魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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第9話 ガラスの花

 

 

 人族の大陸には七つの大きな国が存在する。

 

 それぞれが七神を祀った国であり、それぞれの神が最初に降り立ったとされる場所が首都に指定されている。

 

 此処、ゲルディアス王国は雷の神マスティアを祀る国であり、七つの国の中でも一番技術革新が進んでいる国でもある。

 

 その国の第二都市リィンウェルは、円形の城壁に囲まれた都市である。それもかなりの大きさであり、街の端から端まで行くのに、乗り物に乗って一時間以上掛かると言う。

 

 五年ぶりに目にした街の様子は、昔の記憶にあるまま変わらなかった。

 いや、どこか綺麗になって明るい印象があるな。

 

 軽快な街並みが広がっており、人々も賑やかに活気づいている。あまり貧困な様子は見られず、皆それなりに裕福そうな暮らしをしている。

 

 大戦が終わるまで、人族は魔族に領土を侵略されて資源も食料も乏しい生活を送っていた。子供が餓死することなんて当たり前のようにあった。

 

 それがたった五年で此処まで変われるものなのだろうか。魔導機の技術革新が進んでいるとは聞いていたが、それも一役買っているのかもしれない。

 

 それに俺とララが一番驚いたのは、鉄の馬車だ。馬車というか、馬も無しに鉄の箱が動いて人を運んでいる。

 

 俺達以外にも馬を移動に使っている人達はいるが、大通りの真ん中を巨大な鉄の箱が多くの人を乗せて運んでいる光景に二人して目を疑った。

 

 あれは魔導機、だと思うのだが、よもや此処まで魔導機が成長しているとは思わなかった。

 

 俺の知る魔導機は使い勝手が悪く、魔力の燃費も激しくて、何より大きくて持ち運びが大変な物ばかりだった。兵器としてしか魔導機を運用していなかったから、それも仕方が無いことかもしれない。

 

 しかしあの鉄の箱は兵器じゃない。日常の移動手段として使っているようだが、あれは安全なのだろうか。爆発したり、暴走したりするんじゃないだろうな。

 

「センセ……何、此処……?」

「……どうやら俺も、これから学んでいく必要があるみたいだ」

「あれ乗ってみたい!」

「……俺は遠慮したい」

 

 ともあれ、人族が大戦から立ち直れているようで一つ安堵した。

 俺は早々とルートを歩かせ、リィンウェルの城へと向かう。

 

 確か、リィンウェルの城は大戦中に倒壊したんだったか。

 新しく建て直したとして、たぶん大きくて綺麗な建物になっているだろう。

 それを探せば辿り着けるだろう。

 

 それにしても、リィンウェルの建物もよく見れば少し変わっているな。基本的な造りはレンガや木だが、そこに鉄やらガラスやらが多く見られる。と言うか、窓が全部ガラスだ。

 

 ガラスは人族の魔法技術ではこんなにも多く作れなかったと思うが、これも魔導機の技術だろうか。

 これじゃあ、ガラス細工を生業としていた数少ない職人は廃業してしまったんじゃないか。

 

 いや、寧ろ技術が進んで仕事が増えたかも?

 

 昔は女性へのプレゼントにガラス細工の物を渡すのが、どれだけの富を持っているのかを示せる手段だったが、今じゃそれも無さそうだ。

 

 そう言えば、ララもそう言った物に興味があるのだろうか。普段からあまり装飾品を身に付けていないが、もしかしたら欲しかったりするのかもしれない。

 

 丁度良く、目の前に廃れたのではと思っていたガラス細工の装飾店が目に入った。

 

「ララ、お前ってああいうのに興味あるか?」

「ん? え、何あれ!?」

 

 おっと、どうやら興味津々らしい。

 

 俺達はルートから下りて、街灯に手綱を結んでから店に入った。

 

 店に並べられているガラス細工は見事な物だった。宝石のアクセサリーとなんら変わらない美しさに加えて、宝石では加工できないような形の物まである。色も様々あり、本当にこれがガラスなのかと疑う程だった。

 

「いらっしゃいませ。おや、お客様方は外国の方ですかな?」

 

 店主であろう、膨よかな男性がそう聞いてきた。

 

「分かるのか?」

「それはもう。この街でそんな格好をしてれば、余所から来たと一目で分かりますよ」

 

 言われてみれば、街に入ってから鎧姿の兵士を見ていない。門番も鎧を着けておらず、黒い服で統一されていた。街に入ってから視線を集めているような気がしたのは、その所為か。

 

「その背中の剣もあまり見せないほうが良いかもしれませんねぇ」

「……確かに、怪しく見えちまうな」

 

 俺はナハトを背中から抜いてポーチの中へとしまう。鎧も脱いだほうが良いだろうが、此処で脱いで着替える訳にもいくまい。

 

「ほう? 珍しい魔法のポーチですね」

「エルフ族の特別製でな。珍しいと言えば、このガラス細工も凄いな。こんな加工技術、他じゃ見たことない」

「ええ、ええ。余所の国の事情は深く存じませんが、ゲルディアス王国は魔導技術の最先端を行ってますからね。ガラスの精製も加工も、魔導機さえあればあとはアイディア次第で何でも作れます」

「それは……凄いな。もうガラス細工の魔法使いは廃れたか」

「そんな者もおりましたね。今じゃ、自力で魔法を使う物好きはこの国では見かけませんねぇ」

 

 それは寂しいことを聞いた。

 

 人族の魔法は心の表れとも言われていた。魔法を使って物を作る人は、魔法に願いや思いを込めて作り上げる。出来上がった物には作った人の心を感じられると、人々は語ったものだ。

 

 それが魔導機に取って代わられたと聞けば、この美しいガラス細工も見かけだけで中身が無いように思えてくる。

 

 だがお陰で人々が豊かになっている。それ自体は素晴らしいことなのだろうが、やはり寂しさを感じてしまう。慣れてしまえばその限りではないのかもしれない。

 

 そんな俺の心を店主は見抜いたのか、ニッコリと微笑んでカウンターの後ろの棚からいくつかのガラス細工を取り出した。

 

「ちょうど此処に、その物好きがおりましてね。ただ、少々不得意なものですから店先には並べてないのですよ」

 

 それは色んな花の形をしたガラスのブローチだった。

 

 確かに店先に並んでいる商品に比べたら、どこか洗練さが足りないように思える。

 だけど却ってそれが味を出して、他のどれよりも素晴らしい物に見える。

 

 ララはその一つを手に取ってまじまじと見つめる。

 

 美しい赤色のガラスの花で、少し花びらが丸っこい感じだ。

 

「……店主、これをこの子に」

「え?」

「かしこまりました」

「いや、悪いよ……それにこういうのって高いんじゃ……」

「気にするほどじゃない」

「……ありがとう」

 

 ララは頬を緩めて嬉しそうに笑った。

 

 店主から提示された額は、予想外に安いものだった。最初、これは店主が敢えて安くしているものだと思ったのだが、よく見ると他の商品よりもちょっと安いぐらいだった。

 

 多く生産できるから価値が昔よりも下がったのだと分かり、だけど俺は提示された額よりも多くを支払った。これ程の作品に提示された額は安すぎると思い、せめてこれだけは支払わせてほしいと、三倍の額を支払った。

 

 人族の金は、実は潤沢に持ち合わせている。エルフ族の大陸で過ごしていれば、お金は埃を被るだけだった。それに大戦の功績で得た金も結局使わず終いでいたから、腰のポーチにたんまりと入っている。

 厄介払いの為に支払われた金が、此処で役立つとは当時は考えもしなかっただろう。

 

 店から出る前に、店主はララに花のモチーフについて語った。

 

「それはアネモネという花を模して作りましてね。花言葉はご存じで?」

「……」

 

 ララは首を横に振った。

 俺も花言葉は詳しくない。

 

 店主は俺達を見てニッコリと笑う。

 

「貴女を愛す……お二人に幸せが訪れることを願ってますよ」

「いや店主!? 俺達はそういうんじゃ――」

 

 最後の最後でとんでもない発言をしてくれた店主にはいつか礼をしてやる。

 

 ララは店から出てずっとブローチを見つめて黙り込んでいる。

 

 俺はルートの手綱を引きながら、ルートの背で黙り込んでいるララを見る。 

 その顔は何を考えているのか分からないが、何かとても懐かしんでいるような気がする。

 

「……アネモネの花に、思い入れでもあるのか?」

「……母が……お母さんが好きだったんだ」

「……」

 

 ララはそのブローチを通して母親を思い出していた。

 今にも泣きそうな顔をして、ポツポツと母について語ってくれる。

 

「母は父のことをあまり話さなかった……。だけど、父から花を贈られた話をしてくれたことがある。その花が赤いアネモネで、それ以来その花が好きだって……」

「……そうか」

「花言葉なんて知らなかったけど、母と父は知っていたのかな……なんて、魔王が花言葉なんて知る訳もないか」

「……花を贈るような魔王だ。きっと知ってたさ」

「……うん」

 

 俺は立ち止まり、ララが持っているブローチを貸すように手を出した。

 

 ララは俺の掌にブローチを載せ、俺はブローチに魔法を掛けた。

 

「時よ、永遠に――ペェレマーメン・セーレヴァ」

 

 半永久保存の魔法。俺の魔力が尽きるまで、ブローチが壊れないようにする中々難しい魔法だ。この魔法に属性は無く、強いて言うなら無属性魔法と言ったところか。

 

「壊れるから物は美しいとは言うが、これは壊れてほしくないだろ? 俺の魔力が尽きない限り、このブローチは壊れない」

「……その魔法、私も覚えられる?」

「俺のオリジナルだが、お前ならな」

「……センセ、ありがとう」

 

 ララはブローチをローブの胸元に付けた。白いローブに赤いブローチが良い具合にアクセントになって似合っていた。

 

 少し湿っぽかった空気も明るくなり、俺達は城を探した。

 

 先程からずっと歩いているのだが、城らしき建物が見つからない。

 昔あった場所には巨大な塔が建っているが、まさかそれが城な訳がないだろう。

 

 念の為、その塔へと近付く。

 するとだ、塔だと思っていたそれは塔ではなかった。

 

 鉄とガラス窓で聳え立っているのは紛れもなく城であった。

 空高く聳え立つそれは城と言うには真っ直ぐすぎた。だが城であると分かる。

 

 何故なら、入り口らしき所にご丁寧に『ノクティス城』と彫られた鉄の看板がある。

 

「……何がどうなって城が塔になった?」

「凄いな……何階まであるんだ?」

 

 ララはルートの上で城を見上げ、ルートまでもが首を上げて城を見ていた。

 

 と言うか、ルートは何処に繋げていけば良いんだ?

 

 辺りを見ても馬留めも無ければ厩舎も見当たらない。馬に乗っている人もいたから、何処かにはあるんだろうが、来客用が見つからない。

 

 いや、それより何だこの城は? 城壁も無ければ城門らしき物もない。入り口、だと思う所は一面ガラス張りだしドアノブも無い。

 俺の常識が通用しない建物だと? おいおい、勘弁してくれよ。これからアイツに会うのに、余計なところで精神を消耗させたくないって。

 

「センセ、とりあえずあの人に訊いてみたら? たぶん、兵士だろ?」

 

 俺が目を回していると、ララがそう言って指をさした。その先には黒い服を身に纏った男が此方を不審者を見るような目で見ていた。

 

「……そ、そうだな。おーい、そこの人! ちょっと訊きたいんだが!」

 

 俺が手を振って呼ぶと、その男は警戒しながらもこっちに近寄ってくる。

 

「……城に何の用だ?」

「やっぱ城なのか……。あー、エリシア・ライオットに会いたいんだが、どうすればいい?」

「……雷の勇者様にいったい何の用だ?」

「えりしあ……? ライオットって……」

 

 男は左腰に差している棒状の物に左手を添えた。

 おそらく警棒の類いだろう。纏う雰囲気と足の運び方から、場慣れしていない兵士だ。

 

 此処で下手に騒ぎを起こす訳にはいかない。

 俺はあくまでも穏便に済ませようと、そもそも尋ねているだけなのだから何もしていないが、軽く笑みをみせて用件を伝える。

 

「ルドガー・ライオットが来たと伝えてくれれば、すぐに分かるからさ。ちょっと中に入って伝えてくれないか?」

「貴様!? 勇者様の家名を騙るか!」

「いや本名なんですけど!?」

 

 男は警棒を抜き放ち、俺の眼前に突き出す。

 

 分かっていたことだが、やはり俺の名前は人族の間では浸透していないらしい。

 エルフの間では英雄と持て囃されていたから、逆に新鮮さを感じてしまう。

 

 だがこのままじゃ騒ぎが大きくなってしまう。

 

 此処は諦めて一度離れようかと考えた、その矢先――。

 

「ルドガー……? おいルドガーじゃねぇか!?」

 

 少ししゃがれた声で俺を呼ぶ者が現れた。

 声がしたほうを向くと、城から褐色肌で灰色の髪を短く切った初老の男が出て来ていた。

 

 彼の顔を見て、俺は驚いた。

 

「モリソン……? おまっ、モリソンじゃねぇか!」

 

 何故なら現れたその男は大戦時代を共に戦った戦友だったからだ。

 

 モリソン・J・クリフォード、老将ではあるが実力は人族の中でも随一で、どんな時でも最前線に立ってきた兵士だ。

 

 俺にとって、彼こそが人族の英雄なのではないかと思っている。

 

 モリソンは俺に駆け寄り、拳を突き出してきた。

 

「てめぇ久しぶりじゃねぇかよおい!」

「それはこっちの台詞だ! お前、まだ引退してなかったのかよ!?」

 

 突き出された拳に自分の拳をぶつけ、ガシッと握手を交わす。

 

 このっ、あれから更に年食ってるはずなのに力が全く衰えていねぇ!

 

「あたぼうよ! ジャリ共を育て上げるまでは嫌がられようとも離れてやんねぇよ!」

「元気そうで何よりだ」

「てめぇもな。それで、こんな所で何をしてる? ああ、おめーさんは見回りに戻りな。こいつは俺のダチ公よ」

 

 モリソンは俺に警棒を突き付けていた男にそう言うが、男はこの場から退こうとしなかった。

 

「しかし、クリフォード教官! こいつは勇者様の家名を騙ったのですよ!?」

「馬鹿野郎ッ!」

 

 モリソンが怒鳴ると、辺りの大気が震えた。

 ララから「おおっ」と驚く声が漏れる。

 

「俺がダチ公っつったらダチ公なんだよ! 家名なんざ世界を探しゃ同じ奴もいらァ!」

「えぇ!?」

 

 あー、うん。正直、困惑する気持ちは分からなくはない。

 

 すまん、名も知らぬ若き兵士よ。これもこれ以上面倒事を起こさない為、その理不尽に屈して立ち去ってくれ。

 

 モリソンに一喝された若き兵士は渋々とこの場から立ち去っていった。

 

「すまねぇな。お前さんのことを知る奴は、一部しか軍に残ってねぇ」

「いや、仕方ねぇよ。あの若者には気の毒な事をした。あとで飯でも奢ってやってくれ」

「ふん、お前さん持ちだからな。それで……こっちの嬢ちゃんは誰だ?」

 

 モリソンはルートに乗っているララを見上げる。

 ララをルートから下ろし、彼女をモリソンに紹介する。

 

「この子は俺の教え子だ」

「ララ・エルモールだ」

「教え子? お前さん、今どこで何をしてんだ?」

「ちょっと学校の教師を――いや、それは良いんだ。エリシアに会いたい。魔族絡みの案件だ」

「……よし、取り敢えずこっちに来い。その馬を休ませる場所に案内してから、詳しく話そう」

 

 俺達はモリソンに案内され、城を回り込んで裏から敷地内に入った。

 

 


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