魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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やっと更新です。

実は主人公のファミリーネームが誤字ってたり、年月日が狂ってたりとしていたので微修正。

新章ですから更新頻度を戻したい……。


第110話 プロローグ2

 

 

 アイリーンの書斎室前にやって来た。少々躊躇いながらもドアをノックすると、中からアイリーンの声が返ってくる。

 

『はい、空いていますよ』

 

 ノブに手を伸ばし、ゆっくりとドアを開く。部屋の中ではアイリーンが机に向かって何やら書き物をしていた。ただ本を開きノートに字を書いているだけだというのに、その上品な佇まいが彼女の美しさを更に強調しているようだった。

 

「……すまない。忙しかったか?」

「あ、ルドガー先生でしたか。いいえ、そんなことはありません」

 

 学校では、アイリーンは俺のことを先生呼びをし、それ以外では様付けで呼ぶようになった。様付けはやはり止めないかと改めて提案したが、どうしても様が付いてしまうということで受け入れることにした。決して、ルドガー呼びにならなくて残念がってはいない。俺も校内ではアイリーンのことを先生付けで呼んではいるが、私用の時はアイリーンで通している。

 

 アイリーンが杖を一振りすると、部屋の隅から椅子が机の前に引っ張り出され、俺はそれに腰を下ろす。

 

 アイリーンの書斎は魔法の研究室にもなっている。ズラリと並んでいる本棚には魔導書がビッシリと詰め込まれ、幾つもある棚には古い魔法道具から新しい魔法道具まで置かれている。俺も魔法道具の知識はそれなりに持ち合わせているが、見たことも使い方も分からない道具もある。

 

「やっと来て下さいました。もし今日来られなかったら……」

 

 ニッコリ、とアイリーンは威圧的な笑みを浮かべた。とても……とても威圧的で、数々の修羅場を潜り抜けてきた俺でさえある種の覚悟を決めてしまいそうになった。

 

「さ、腕を診せて下さい」

 

 俺はシャツの袖を捲り、隠匿魔法を解除する。肌色だった右腕は黒く腐ったものに戻り、呪いの瘴気を発する。アイリーンは机を回り込み、俺の右腕に触れて持ち上げる。手に淡い光を灯し、光の魔力による癒しの魔法を右腕に流し込んでいく。我慢していた苦痛がほんの僅かだが和らいでいく。

 だがそれもほんの僅かな間だけだ。またすぐにいつもの苦痛に苛まれる。アイリーンもそれは分かっているはずだが、諦める事無く治療してくれている。

 

 アイリーンはずっと『魂殺の鏡』について研究し続けてくれている。学校や城にある大図書館から古い魔導書を片っ端から手に取り、闇属性の魔法について調べては呪いを解こうとしてくれている。残念ながら何の進歩も無いまま一年半が過ぎ去り、呪いは進行している。

 

 俺が闇属性の魔法を使えるようになれば或いは解呪できるのかもしれないが、生憎とまだその域までには至っていない。闇属性の魔力が生まれる原理は理解したが、それを成せるだけの力が俺には備わっていない。

 

 備わっていない、は語弊かもしれない。厳密に言えば、素質は持ち合わせている。全属性に適正がある俺は理論上体内に全属性の魔力を取り入れる、又は練り上げる事が可能だ。だがそれは身体の中に火薬を入れて爆発させるようなものだ。猛毒を流し込むと言ってもいい。

 

 アーサーが闇属性の魔力を生み出せていたのは、恐らくだがグリゼルによって刻まれた刻印による効力が副作用を抑え込んでいたのだろう。しかしそれでも此処ぞという時にしか使えなかった。呪いを掛けたり親父を蘇らそうと俺に魔法を掛けた時にしか。それでも破格の効力だが。

 

「……前回に診た時よりも呪いが進んでいます。まだ先生の力が最後の一線を越えないように押し止めていますが、このままではそれも越えてしまいます」

「……遺書でも認めておくか」

「馬鹿なことを言わないでください。いくら先生でも、その発言は許しません」

 

 うっかり漏れてしまった言葉にアイリーンが目尻を立てた。

 

 いけない、随分と精神的に参っているようだ。人前でこんな後ろ向きな発言をしてしまうなんて……。まぁ、それも仕方が無い。呪いの所為もあって肉体も心も休む事ができていないのだから。

 

「昨日見付け出した魔法を試してみます。解呪できなくとも、進行を遅らせたり戻すことができるかもしれません」

「……なぁ、アイリーン。正直に言ってくれ――――どれぐらい時間が残ってる?」

「絶対に解呪してみせます。ですからその問いには意味がありません」

 

 魔法を施すアイリーンの手をそっと掴み、右腕から離す。アイリーンの綺麗な青い瞳から目を離さず、真剣であると伝える。

 

「答えてくれ。希望的観測なんてものはいらない。事実が知りたい」

「希望なんてものじゃありません。先生は呪いなどで死ぬことはありません」

「アイリーン」

「――――」

 

 アイリーンの手を握る力を強める。彼女の手が震え、彼女は唇を噛み締める。泣きそうで、辛そうで、憤りの表情を見せ、やがて口を開いてくれた。

 

「――良くて一年……悪くて……半年です」

「……そうか」

 

 俺の命はあと半年で呪いに殺される。それまでに解呪しなければ、ララを守ることはそれ以上できなくなる。解呪は絶望的、俺が闇属性を扱えるようになるのも見えてこない。

 であれば、早くて残り半年以内に全ての戦いに決着を付けなければならない。予言とやらをさっさと片付けて、ララが平穏に暮らせるようにしていかなければならない。

 

 そんなこと――本当にできるのか? こんな様で神々からララを守ることができるのか?

 今の俺にいったい何が――何をしてやれると言うんだ?

 そんなの――戦うことしかないだろうが。

 

「……ルドガー様。どうか、どうか諦めないでください。貴方様は決して呪いに負けません。私が、私がこの命に替えてでも必ず呪いから解放させてみせます」

 

 アイリーンの手が俺の手に重なる。

 

 どうして彼女は此処まで俺に尽くしてくれるのだろうか? たった三年ちょっとの付き合いだと言うのに、どうしてそう己が身を懸けることができるんだ?

 

「アイリーン……どうしてそこまでして俺を助けようとしてくれるんだ?」

「それは……」

 

 アイリーンの口が止まった。俺から顔を逸らし、「ぅー……ぁー……」と声を漏らすだけで話そうとしない。

 

「……それは?」

「えぇっと……あ、貴方様が……ゆ、勇者様ですから」

「……それは違う。俺は勇者達の兄であって、俺が勇者って訳じゃない」

「いいえ、勇者様です。少なくとも……私にとっては」

「……?」

 

 はて……? それはどういう意味だろうか? アイリーンとはアルフの都に来てからの付き合いのはず。確かにエルフとの交流は大戦中にもあったが、それはフレイ王子が率いるエルフの戦士達とだ。フレイ達と一緒に戦場を戦い抜いたが、その時も俺は勇者とは名乗らなかったし、彼らも『英雄』とは呼んだが勇者とは呼ばなかった。何か個人的にアイリーンが俺を勇者として見るような出来事でもあっただろうか?

 

 俺は記憶を遡って見たが、心当たりがあるような過去は思い浮かばなかった。アイリーンにもっと詳しく話を聞かせてもらうという手もあるが、言葉を濁しているということは話したくないのだろう。俺は聞かずそのままにしておくことにした。

 

「と、とにかく、私は先生を必ずお助け致します。ですから、どうか諦めないでください」

「……あぁ、そうだな。すまない、ちょっと弱気になっていた。最近、眠れていないからそれでかな」

「まぁ……。でしたら眠りにつける魔法の香をご用意しましょうか?」

「お願いしようかな」

「はい。ですがその前に、右腕に魔法を施しますね」

 

 右腕をアイリーンに差し出し、魔法を掛けてもらう。やはり解呪することはできなかったが、心なしか身体が楽になった気がした。いつものように一時的なものかもしれないが、それでもいつもより効果的に思えた。

 

 

 

    ★

 

 

 

 その日の夜――。

 

 アイリーンから貰った魔法の香を焚いて眠りにつき、夢に魘されることなく静かな夜を過ごしていた。何度か起きてしまったが、またすぐに眠りにつけるようにはなっていた。

 

 しかし、その時間も唐突に終わりが来る。

 

 突然、寄宿舎の玄関からけたたましい音が鳴り響いた。ノックにしては乱暴で、まるで殴り付けているかのようだ。

 

 俺はすぐに目を覚まし、ナハトを手に握って一階へと下りる。ララとリイン、そしてシンクも起きて何事かと警戒しながら下りてくる。三人に離れているように伝え、ドアの向こうにいる者に声を掛ける。

 

「誰だ?」

『夜更けに申し訳ありません! 至急、ルドガー様に登城するようにと、王から御命令です!』

「何?」

 

 相手はエルフの戦士だった。

 

 王が俺を呼んでいる? それもこんな夜中に?

 

「センセ……」

「……お前達は寝てろ」

 

 これは只事じゃない。俺はすぐに向かうと戦士に伝え、上着を羽織って寄宿舎から出る。

 馬小屋からルートを連れ出して跨がり、できるだけ急いで城へと向かった。

 城に入り、案内された場所は会議室だ。そこでは寝巻姿のフレイ王子と玉座に疲れたようにして座り込んでいるヴァルドール王がいた。

 

「ルドガー、只今参りました」

「友よ、夜更けにすまない」

「いや、それより何があった?」

 

 フレイ王子にそう尋ねるも、首を振るだけで何も分からない。ただ玉座に座る王を一瞥し、深刻そうな表情を浮かべるだけだ。

 王は俺を見ると疲れ切った顔を引っ込め、重っ苦しい声で話し出す。

 

「……先程、天啓を受けた」

「天啓、ですか?」

「左様……それも『七大精霊』からだ」

 

 七大精霊――それは七つの属性をそれぞれ司る精霊の呼称。エルフにとって神に等しい存在のことだ。

 通常、精霊は精霊魔法の契約以外ではエルフに接することは無い。その姿を目にすることも、ましてや言葉を聞くことなど長寿のエルフですら極稀なことだ。

 

 それなのに王は『七大精霊』から天啓を受けたと――そう言った。

 七大――つまり全ての精霊からだ。そんなの、エルフの歴史上でも初期の初期ぐらいにしかないだろう。

 

「父上、それは本当ですか?」

「本当だ。夢の中で、七大精霊が私を囲んだ。そして私にある役目を与えたのだ」

「役目ですか?」

「ウム……その役目とはルドガー、お前に関することだ」

 

 いきなり俺の名前が出て驚いてしまう。

 

 何だ? 精霊に喧嘩を売るような真似はしてないぞ? 神に逆らったから精霊からも敵対されるのか?

 

 俺のそんな心配を余所に、王は静かにそれを告げる。

 

「ルドガー、私はお前に命じねばならん。即刻、アルヴヘイムへと向かい七大精霊の試練を受けよ」

「アルヴヘイム? アルヴヘイムとは……あの伝説の?」

 

 我が耳を疑った。その名は伝説上でしか聞いたことがない。

 精霊と妖精が住まう伝説上の土地。妖精とは精霊の眷属のようなもので、その姿形は様々だ。

 アルヴヘイムはヴァーレンの何処かにあるだとか、異世界にあるだとか、地下世界にあるだとか色々言われているが、その存在を確認できたことは一度も無く、空想上の存在だと思われている。

 親父は実在するとは言っていたが、それでも確固たる証拠が無いから伝説上という認識でしかなかった。それが、実在するのか?

 

「父上、本当にアルヴヘイムが存在するというのですか?」

 

 フレイも知らないようだった。フレイは少しばかり興奮した様子で王に迫る。

 

「私もこの目で見たことは一度も無い。だが我らが祖先はその地に足を踏み入れている。だからこそエルフ族は精霊との繋がりが深い」

 

 ヴァルドール王ですら実際に見たことが無い伝説の地。そんな地にいったいどうやって向かえと言うのか。それ以前に、どうして俺が試練とやらを受けなければならない? ララを守ることだけでもう精一杯だと言うのに、何故精霊側の事情に巻き込まれなければならない。

 

 正直に言おう、できることなら断りたい。ただでさえ俺には時間が残されていないんだ。もう一年半も時間を無駄にした。これ以上無駄にはできないんだ。

 

「王よ、何故自分がその試練とやらに? 私は聖女であるララを守るので精一杯なのですが……」

「そんなもの、私が訊きたい。何故エルフではないお前が、それも人と魔の混血がアルヴヘイムに呼ばれるのか理解しがたい。だが七大精霊がお前を呼んでいるのは確かだ。私はお前をアルヴヘイムへと案内しなければならない」

 

 頭を抱えた。理由も分からずに試練を受けさせられるというのか。いったい何だと言うのだ? どうして俺が精霊に目を付けられなければならない? まさかこれも、予言に読まれているとか言い出さないだろうな?

 

 俺が頭を抱えて黙り込んでいると、会議室のドアが開かれた。現れたのはアルフォニア校長で、眠いのか目をゴシゴシと擦りながら入ってきた。

 

「お呼びですかの? 我が王よ」

「エグノール、七大精霊によって天啓が齎された。ルドガーをアルヴヘイムへと案内し試練を受けさせねばならない」

「何と……彼の地へですと? それは真ですかの?」

 

 校長先生は眼をカッと開き、事の大きさに眠そうだった身体をビシッと真っ直ぐに伸ばした。

 王が本当だと肯定すると、校長は長い顎髭を摩りながら「ふむふむ」と頷く。

 

 俺には分かる、分かりたくないけど分かる。どうせこの後、例の言葉が出るんだ。

 

「――予言と一致しておりますな」

 

 ――ほらな? 出たよ、予言が。

 

 予想通りの流れに脱力し、王の前だが空いている椅子に腰を落としてしまう。

 もうこれで俺の逃げ道は無くなった。きっと俺はアルヴヘイムへと行くことになるだろう。

 

「件の予言……何処まで信じるつもりだ?」

「儂は予言を信じておるつもりはありませんぞ? 儂が信じるのはルドガー先生じゃ」

「……まぁ良い。予言のことは其方に任せる。私はルドガーを案内せねば」

 

 王は玉座から立ち上がろうとした。だが王の身体はガクッと崩れ落ちて玉座に座り込んだ。

 フレイ王子は慌てて王に駆け寄り、玉座から倒れようとした王を支える。

 

「父上!?」

「ヌゥ……天啓を受けてからというもの、気分が優れん」

 

 王の顔色は悪かった。先程よりも疲れが増してきているようにも見える。

 

「おそらく、精霊からの干渉により身体へ大きな負担が掛かっておるのでしょうな。七大精霊全員からとくれば、数日は引き摺ると考えたほうが良いかと」

 

 校長が髭を摩りながらそう予想付ける。

 それを聞いた王は首を横に振り、辛そうに喋り出す。

 

「いかん……ルドガーをアルヴヘイムへと案内せねば。道を知っておるのは代々エルフの王だけ……」

「父上、いけません! そんな身体では動けるはずありません!」

「だが――」

「私が父上の代わりに案内します」

「何だと……? いや、しかし……ウム。時間も無い。お前は私の子、次期王だ。特例で王の秘密を知ることを許そう」

 

 フレイ王子がヴァルドール王の代わりに案内をすることになり、王子は俺に向かってウィンクを飛ばしてきた。

 

 アイツ、城から抜け出す大義名分を得たと喜んでるだろ……。

 

「共はお前が選べ。良いか? 絶対にルドガーをアルヴヘイムへと案内するのだぞ?」

「お任せ下さい、父上」

 

 王子はニコニコ顔だった。

 俺は溜息を吐き、椅子から立ち上がる。

 

 もう今更何を言っても俺が試練を受けることは避けられない。だったらいっその事それを受け入れて準備を進めたほうが建設的だ。それに予言に読まれているのであれば、癪ではあるがララを守るために必要なことだ。やるしかないんだ。

 

「では私は準備を――」

「おっと、ルドガー先生。少し儂に付き合ってくれぬかの?」

 

 準備を進めて参ります――そう言おうとして校長に呼び止められた。

 校長は真剣な眼差しで言う。

 

「新たな旅に出る前に、先生には言っておかなければならぬ事がある」

「……?」

「『光の予言書』――つまり、君とララについての予言じゃ」

「――!」

 

 ――光の予言書と闇の予言書を見つけ出しなさい。光はエルフの国に、闇は魔の国にある。二つが揃ったとき、世界の真実が暴かれる――

 

 親父の遺言が、頭を過った。

 

 

 

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