魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。 作:八魔刀
俺は校長室まで付いて行き、中へと案内された。校長は部屋の奥の壁に掛けてある、一人の老エルフと書斎の大きな絵画へと近付く。そしてその絵画に片手を文字通り突っ込んだ。まるで泥の中に手を突っ込むような感じで、校長は絵画の中を弄る。そして絵画に描かれていた一冊の本を掴むと、それを絵画から取り出した。どうやら絵の中に物を収納、もしくは隠す魔法だったようだ。
校長が取り出した本は白く固い表紙の大きな物だ。挿絵は無く、随分と古そうな文字が刻まれている。その本からは不思議な魔力を感じる。小さいようで強大で、清浄に感じるかと思えば何処か恐ろしさも感じる。
校長はその本を机の上にドンッと置き、一息吐いて俺に向き直る。
「さて……順を追って話そうかの。あまり時間は取れぬが」
いつの間にか魔法で俺のすぐ後ろに椅子が現れる。それに座り、校長の言葉に耳を傾ける。
「まず初めに言っておこう。これは『光の予言書』の複製品じゃ。本物ではない」
「……何故、複製品が?」
「本物は最初のエルフ王、アーヴル王がアルヴヘイムへと持ち去り共に眠っておる。本物には予言以外にも超古代魔法が記されておったそうじゃが、あまりに危険ということで予言の部分だけを書き記したのがこれじゃ。予言を書いただけじゃというのに、それだけで神性を帯びるようになっておるのじゃ」
アーヴル王と言えば、エルフの祖先と云われている伝説の存在だ。エルフの歴史が始まった時代、推定約五万年前。七神が覇権を巡って戦争を始めるより少し前の時代。光の神リディアスによって生み出された生命体がアーヴル王である。
彼はリディアスの使徒として地上に生まれ落ち、既に存在していたとされる精霊や妖精と手を組んでリディアスへの信仰を深めていった。彼が持つ力は神のそれと同格だとされており、彼が使う魔法は現在では再現不可能とまで云われている。
あくまでも伝説だ。彼の存在を実証する物は無く、文献や言い伝えでしかその名を見ない。しかしエルフ族が存在する以上、真相は兎も角としてアーヴル王の基になったエルフが存在することは間違いない。
「さてと、君が今聞きたいのは他の事じゃ。儂が今まで君に話していた予言は全て此処に記されておる。光神リディアスが読んだ予言がの」
「その前に聞いておきたいがあります」
「何かね?」
「以前、水の神殿にて水神の使いと名乗る存在と対話しました。その際、私が教えられた予言は『悪しき予言』と断言されました。闇神レギアスを復活させる予言だと。その書に書かれている予言は、レギアスの復活を示しているのですか?」
「ふむ……良い質問じゃな。実は儂も最初はそう考えた」
「……では今は?」
校長は髭を一撫でし、落ち着いた様子でその問いに答える。
「確かにこれは、闇神レギアスの復活を望む予言じゃ」
「……」
校長は、今確かに答えた。
闇神レギアスの復活だと。
闇神について俺は何も分からない。ただ闇を司る神であり、復活すれば世界の均衡が崩れる。
この部分だけを聞けば、レギアスを復活させることは避けなければならない案件だ。世界の均衡が崩れるなど、絶対に碌なことじゃない。下手をすれば魔王復活よりも遙かに厄介な事だ。
なのに、俺とララに読まれている予言は本当にレギアスの復活に関する物だった。
それを校長は、あろう事かエルフの大賢者ともあろう方が、その予言を成就させようとしている? 一体全体どういう事だ?
俺が校長の真意を尋ねようとした時、校長が先に手で俺を制した。
「先ずは間違いを正そう。闇神レギアスは世界の均衡を崩すのではない、寧ろその逆じゃ。彼の神こそ世界に真の均衡を齎すのじゃ」
「……どうしてそうだと?」
校長がレギアスに対してどう思うが勝手だ。俺は神に対してどうこう思うことは無いが、大賢者がレギアスに対してそこまで入れ込むにはそれなりの理由があるはずだ。
校長は一つ頷き、予言書の表紙を開いた。
「我らがエルフ族は七神の中でも光神リディアスを信奉しておる。それは何故か――リディアスこそ、唯一残された真なる神だからじゃ」
「真なる神? お言葉ですが、それは余所の種の前では口にしないほうが良いでしょう。最悪、大きな争いが起きる」
それぞれの種族が掲げる神は違う。それぞれの神こそが絶対だと考える種族もいる。人族だけだ、全ての神を等しく信じて掲げているのは。
エルフ族がリディアスを絶対神だと信じるのは別に良い。それは各種族の勝手であるし、それがその種族の社会でもある。しかしそれを他に押し付けることだけはあってはならない。それはきっと大きな災いを招く。
「いやいや、儂は何もそういう意味で言ったのではない。事実として、リディアスだけが現存する神の中で本物なのじゃ」
「……? それはどういう……?」
校長は予言書のページを捲り、そのページの一節目を指さした。
俺はその一節に目を通す。
そこにはエルフの古代語でこう記されていた――。
「『古の神々は既におらず、後の世は偽りに染まるだろう』――これが意味するところは?」
「良いか、ルドガーよ。君は、いや君だからこそ世界に蔓延る欺瞞を見破ることができる」
「何故?」
「君が【ルドガー】だからじゃよ」
そう言って校長は違うページを開いて指を指した。
指先にある一節には、名が記されている。
『黒き髪と赤き眼を持つ者、【闇の勇者】として覚醒す。其は名を【ルドガー】と冠し、闇神の剣となりて偽りの世界を打ち破るであろう』
その名は、俺が獣から人になってから付き合い続けてきたものだ。
俺の親父が俺に名付けた、俺の名前――。
「リディアスは君を予見しておった。君が闇の勇者として覚醒し、世界を救うのじゃ」
「――俺が……勇者……?」
まさか、そんな……俺が勇者……? それも闇の? いったい何だ、それは? 俺はただの半人半魔で、孤児で、教師で、魔王の息子で、勇者達の兄で――。
「君はもうとっくに気が付いておるのじゃろう? 自分が特別な者だと」
「……っ」
その言葉で、無意識に考えていたことが頭の中で鮮明に浮かぶ。
人族と魔族の混血であること、全属性に適性があること、そして勇者の力を得て扱えること。
魔族の魔力は他種族の身には猛毒だ。その猛毒に耐え、更には完全に自身の物にして今の今まで何の問題も無く生き残れている。
全属性の魔力を扱えるのも、ララを覗けば俺と親父しか知らない。そういう意味では稀少で、これも特別な事である。
そして何より、勇者だけが手に入れられるはずの力を、俺はこの身に宿して使うことができる。これが一番、俺が特別な者であると証明しているようなものだ。
なら、予言に書かれている事は真実なのか? 俺が『闇の勇者』になるから、全ての魔力も他の勇者の力も扱えるのか?
「……いったい俺は、何なんだ?」
「……君は君じゃよ」
校長は俺に優しく微笑む。
いったい校長には俺の何が見えているのだろうか?
何でも見通していそうなその蒼い瞳に、俺は気押されてしまった。
「さて、本題に入ろう。君はこれから、七大精霊の試練に挑む。それについても予言がされておる。予言では試練を乗り越えるとされておるが……油断はできぬぞ? 七大精霊はリディアスと同じく、最古から存在する尊きモノじゃ。決死の覚悟で挑まねばならぬ。然もなくば予言は成就せず、世界は偽りに包まれたままじゃ」
「校長、結局のところ偽りとは何ですか? 何故光神が正しいと、そこまで断言できるのですか?」
「では訊くが、仮に他の神々が真実を言っているとして、君は認められるのかね? 神々が、君の大切なララを殺すのを」
息を呑んだ。そうである、神々はララを殺そうとしている。闇神レギアスによって選ばれた闇の聖女であるララを、レギアス復活を阻止するために亡き者にしようとしている。他の六神を正しいものと捉えるのなら、ララが殺されることを認めなければならなくなる。
当然、それは認められない。例えララが闇の聖女だとしても、あの子はただ平和を望む心優しき少女だ。守られるべきただの女の子だ。だからこそ、俺は神々と敵対してまでララを守ることを望んだ。
だが、それはそれだ。それだけで、リディアス以外の神が嘘を吐いているとは断言できない。知るべき情報がまだ少な過ぎる。まだ真相に辿り着くための重要なピースが幾つも足りていない。迂闊にリディアスの予言通り歩んでしまう訳にはいかない。もし闇神レギアスが均衡を崩すモノならばそれを阻止しなければならない。逆にリディアスの予言が正しいのなら、レギアスは復活するほうが善なのかもしれない。
分からない、判断ができない。分かっていることは、例えレギアスがどちらであったとしても、ララを絶対に守るということだけだ。
「……リディアスは、ララをどうするつもりですか?」
「少なくとも、あの子を死なせるようなことは書かれておらぬ。君とララが真なる存在に成り、その力を合わせて闇神は復活する。その真なる存在に成る為に、君は七大精霊の試練を乗り越えなければならぬ」
俺は机の上に置かれている予言書を見つめる。
いったいリディアスと他の神々の間で何があったのか、どうして予言に食い違いがあるのか、闇神レギアスは世界にとって祝福なのか禍なのか、偽りの世界とは果たしてどういう意味なのか、分からないことが多すぎる。果たしてそれもその予言書に書かれているのだろうか? 俺とララはいったい、何に巻き込まれているのだろうか?
尽きない疑問を今は強引に飲み込み、はっきりしている部分だけに焦点を当てる。
兎も角俺は、予言がどうであれ七大精霊の試練を受けて乗り越えなければならない。生きて戻るためにはそうするしかないのだ。
それにだ――それとは別にもう一つ目的ができた。
オリジナルの光の予言書はアルヴヘイムにある――それが本当なら、俺はそれを見付けなければならない。親父が俺に伝えたあの言葉。光の予言書と闇の予言書が揃ったとき、世界の真実が暴かれる――それが偽りの世界というモノを解き明かしてくれるかもしれない。
そう考えれば、ゴチャゴチャとした頭がスッキリした。
やることは二つ――試練を乗り越えること、光の予言書を手に入れること。それさえ分かっていればどうとでもなる。難しいことはその後で考えれば良い。
「……どうやら、やるべき事を見付けたようじゃな?」
「取り敢えずは。しかし校長、最後に一つお聞きしたいことがあります」
「何かね?」
「何故、今まで教えてくれなかった事を、今になって教えるのですか?」
俺がそう尋ねると、校長は予言書をパタンと閉じ、浮遊させて背後の絵画の中へと戻した。
そして静かに申す――。
「予言とは必要な時に必要なだけじゃよ、ルドガー先生。儂はまだまだ予言について君に教えておらぬ事が多々ある。それは儂がリディアスの予言を何としてでも成就させなければならぬからじゃ。何故儂がここまでこの予言に拘るのかは……すまぬが今はどうしても言えぬ。じゃが信じてほしい。儂は何があっても君とララの味方でおる。決して君達の命を害することはせぬ。考えもせぬ。その理由も言えぬが……。言えぬ事ばかりで何も示せず申し訳なく思う。いつかこれを打ち明けられる日が来ると良いが……」
アルフォニア校長はそう言って申し訳なさそうに目を伏せた。
俺だけだろうな、エルフの大賢者をそんな顔にさせることができるのは。
校長が何を考えているのか、俺にはほんの少しぐらいしか推察することはできない。
しかし、この大賢者が世界を破滅を望むようなことはありえないと断言できる。
本当に破滅を望んだ者を俺はこの目で見て、この手で殺しているからこそ分かる。
校長は、本当に世界を救おうとしている。そこにどんな犠牲があるのかは不明だが、少なくとも、その犠牲を良しとは考えていない。
校長が言えぬのなら、俺自身がそれを見付けるしかないか――。
「……分かりました。一先ず、それで良しとしましょう」
「そう言ってくれて助かるのう……。さて、少し長くなってしまったかの? 予定では明朝に出発じゃ。また生徒達には先生の授業が受けられなくなると謝らなくてはのう」
「そろそろ教師としての立場が無くなりそうで心配です」
「ホッホッホ」
「いや笑い事じゃないんだが……」
柔やかに笑う校長とは違い、俺は乾いた笑みしか出なかった。