魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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最新話です。また、時間が掛かっちゃいました……。


第112話 旅路と神話

 

 

 ――明朝。

 

 俺は出発の準備を済ませ、寄宿舎の前にいる。ララ、シンク、リインが見送りの為に起きて外に出て来てくれている。

 今回の旅、というより試練は俺だけが受ける。もうララに掛かっている守護の魔法は完璧に仕上がっており、俺が近くに居なくてもその効力を強く発揮できる。態々ララを危険な場に連れて行く必要は無い。

 

 アルフの都に帰ってから造り上げた、魔法を組み込んだ籠手と具足を装備し、あとは黒皮のジャケットコートを纏いナハトを背負う。

 本当は以前のように鎧が欲しいところだが、半魔である俺の力に耐えられる素材となると、魔族の大陸にしか無いだろう。親父から貰ったあの鎧が一番しっくりきていたが、無い物は仕方がない。今回も軽装で挑むことになった。

 

「それじゃ、行ってくる」

「……」

「……そんな顔するなよ」

 

 ララは拗ねたような顔をして俺を睨んで来る。

 最初、俺が試練に行くと話したら俺が何を言うまでもなくララは付いていくと言い出した。それが当然だと、それが大前提だと言わんばかりに荷物を纏め始めた。俺一人で行くと伝えると、ララは「は?」と額に青筋を立てて俺を睨み、絶対に付いていくと言って中々聞かなかった。最終的に説得はできたものの、もの凄く機嫌を損ねてしまった。

 

「ふん……」

「態々お前が危険を冒す必要は無いんだ。都に居てくれたら、俺も安心できる」

「……でもセンセは危険を冒すんだろ? センセの命は私のだぞ。あの時の契約を守らないつもりか?」

 

 それを持ち出されるのは困るが、俺はこの試練で死ぬつもりは無い。命を懸けることにはなるだろうが、無事に帰ってくれば契約を破ることにはならない。

 

 まぁ……アーサーとの戦いで一度死を受け入れてしまった手前、俺はララに対して負い目を感じて強く出られない。ララをいつまでも守り続ける――その契約を二度と破らない為に、俺は絶対に死ぬわけにはいかない。

 

「必ず帰る。それなら契約違反にはならないだろ?」

「……一度破ったくせに」

「それは……何度も謝っただろ」

「謝って済むものじゃない」

「済ませてくれたお前には感謝しかないよ。精霊の試練なんて、弟や魔王相手に比べたら楽なもんだ。必ず帰るから、それまで待っててくれ」

 

 俺はルートに跨がり、手綱を握る。

 リインとシンクに顔を向けて、留守の間を頼む。

 

「リイン、ララとシンクを頼む」

「ええ」

「シンク、ララを頼むぞ」

「任せてよ、父さん」

 

 ルートを踵で蹴って走らせる。都の城門前でフレイ王子が待っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さ、準備しろ」

「あの……ララ様? 本気なんですか?」

「愚問。聖女である私がこの程度で退く訳がない」

「姉さん、あまり父さんを困らせるのは……」

「違うぞ、シンク。センセが私を困らせてるんだ」

『……はぁ』

 

 

 

    ★

 

 

 

 城門に辿り着けば、既にフレイ王子が一人の女エルフと一緒に待機していた。

 そう言えば、お供を付けるとか言っていたな。てっきり屈強な戦士の一人を連れてくるのかと思ったが、そうではないようだ。いったい誰――。

 

「……アイリーン先生?」

「あ、ルドガー様」

 

 そこに居たのはアイリーン先生だった。伝統的な戦士の装束に緑のローブを纏い、背中に弓矢を背負った姿で俺を待っていた。出立の度にいつも見送りには来てくれていたが、今日のそれは明らかに違う。どこからどう見ても同行する為に待っていたようにしか見えない。

 

 俺が驚いて固まっていると、アイリーン先生の側で座り込んでいたフレイ王子が立ち上がり、俺にアイリーン先生が此処に居る理由を話し始める。

 

「ルドガー、今回の旅はアイリーンに同行してもらう」

「……何故?」

「この都で一番優秀な魔法使いだし、古の文献にも造詣が深い。アルヴヘイムについても、彼女は第一人者と言っても過言ではない。と言うか『様』って何だ? まさか二人はそういう――」

 

 フレイ王子、いやフレイの馬鹿は言葉を途中で止めて、俺とアイリーン先生を指して何かを理解したように何度も頷く。そのムカつくほど整った顔に今すぐ拳を叩き込んでやりたいと激情に駆られたがそれをグッと堪え、掌から水を出して馬上からフレイに投げ付けるだけにした。

 

 ルートに乗ったまま、アイリーン先生に事情説明を求める。

 

「殿下から同行を求められまして。断る理由も無く、ルドガー様の手助けになるならと引き受けたまでです」

「……フレイ。試練を受けるのは俺だけだろ? 何で彼女を巻き込む?」

「手は多いほうが良い。アイリーンなら必ず力になる」

「……分かった。精霊やアルヴヘイムについて俺は詳しくない。世話になる、アイリーン」

「はい、全力を尽くしますわ」

 

 取り敢えず、アイリーンの同行を了承し、都を発つことにする。

 フレイとアイリーンは自分の馬に跨がり、城門を飛び出していった。森へと続く道をフレイを先頭にして走り、都から離れていく。

 

 急遽決まった新たな旅路。七大精霊から試練の招待なんて予想だにしなかったが、また命を懸けた戦いが待っているのだろう。どれだけ危険なのかは分からない。俺にその試練が乗り越えられるのかも分からない。

 

 だがこれだけは分かっている。否、確定している。

 

 俺は必ず生きてララの下へ帰る。今度こそ約束を破らず、胸を張って堂々と帰る。

 

 親父を殺し、弟を殺し、呪いで命の灯火が消えかかっている今、それだけが俺にとって生きる目的なのだから。

 

 ララだけが――俺が生にしがみ付ける唯一の理由なんだ。

 

 

 

 

 

 

 都を出発して暫くが経った。森の中を移動し続け、既に太陽に光があまり差さない深さまで来ている。エルフの大陸ヴァーレン王国は広大な森が幾つも存在し、清浄な魔力で包まれている。森を抜けたら大草原が広がり、川が流れ、動物や魔法生物たちが悠々と暮らしている。

 

 今走っている森を抜ければ最初の草原に出て、また別の森へと入るとフレイは言う。その森に辿り着くまで、まだ一日掛かるそうだ。馬を走り続けさせる訳にもいかず、休憩を挟むとどうしてもそれぐらい掛かってしまう。

 

 思えば、ヴァーレン王国に来て七年経つが、この大陸を旅したことは無かったな。都からある程度離れた場所までは足を運んだことはあるが、今回はそれを越えることになる。そう考えれば、新たな世界を目にするチャンスなのだと心が躍ってしまう。

 

 世界はエルフと人族の大陸だけじゃない。南へ行けば獣族の大陸があり、海には水族の国があり、空には天族の国がある。俺は確かに世界を回ったが、それは人の脚で行ける範囲だけだ。水族の国にはたった一度だけ、しかもほんの僅かな間しか居られなかったし、天族の国に至っては正確な場所すら知らない。

 

 世界は広い――。もし俺が違う生き方をしていたら、それはきっと冒険家になっていただろう。そして、その冒険で見てきた物をララに……。

 

「っ――」

 

 そんな、有り得なかった未来の情景に耽っていたら、右腕が痛み出した。まるで現実から目を背けさせないと主張するかのように、お前の命はもうすぐ地獄へと落ちるのだと訴えるように、右腕の呪いが俺を蝕む。

 

「ルドガー様、右腕が痛むのですか?」

「……いや、大丈夫だ。もう治まった」

 

 ふと、考える事がある。この一年半、ずっと呪いによって蝕まれながら考えている。

 

 俺とララには予言がある。その予言の内容がまだずっと先のこと、何年も先の事であるのならば、それはこの呪いも織り込んだものなのだろうか。

 

 つまり、俺がこの呪いで死ぬとしても、それは予言が成就された後のことなのだろうか。であるのならば、残りの時間から見て予言の時はそう遠くない未来、命が尽きるこの一年以内のはずだ。その短い時間で、いったいどんな事が起きると言うのだ。

 

 その大凡の答えは、昨晩聞いた。俺とララは、闇神レギアスを復活させる。そして世界に均衡を齎すという、どうにも曖昧なモノだった。

 

 世界の均衡とは何だ? 今が均衡的ではないと言うのか? 世界の偽り、闇の勇者、訳の分からないことばかりだ。全てを咀嚼し、理解して受け入れるにはあまりにも抽象的過ぎる。

 

 それ以外にも世界には大きな問題がある。魔王が復活しているんだぞ? 今はまだ力を蓄えている期間だが、いずれは完全に復活して再び大戦が始まってしまうかもしれない。

 

 正直手一杯だ。もう生きられる時間が少ない俺に、これ以上何をさせるつもりなんだ?

 

「ハァ……」

 

 思わず溜息が出てしまう。ララを守ることだけに集中しているのも、実はこの複雑怪奇な状況から目を逸らしたいからでもある。

 

 戦場でただ剣を振るっていた頃が懐かしい。いっそ恋しくもある。眼前の敵を屠るだけで良かった。何も考えず、何も思わず、ただ手に握る剣で骨肉を両断するだけで良い。それがどれだけ楽だったことか。

 

 それと比べると、今の状況は全く以て――面倒だ。

 

「ハァァ……!」

「溜息が多いぞ、ルドガー。まだ旅だって半日も経ってないというのに」

「うるせー。お前のように気楽に生きていけたらどれだけ楽か……」

「『俺』だってそんなに気楽じゃないさ。王に相応しくあれと、色々とやらされてるんだから」

「……『俺』、ねぇ」

 

 フレイの一人称が『私』から『俺』に変わっている。

 フレイは公の立場や城にいる時は『私』と言うが、こうやって都から出てただのフレイになる時は『俺』を使う。フレイもフレイなりに、自己を切り替えていかなければやっていけないのだろう。

 

 まぁ、『俺』を使う時は大抵面倒事が起きることが多いのだが……。

 

「フレイ、お前はただアルヴヘイムに案内してくれるだけで良いんだからな? それ以外のことはしてくれるなよ?」

「おいおい、冗談だろ? せっかくお前とまた旅ができるんだ。命懸けで楽しまなきゃ、死んでも死にきれない」

「何だよ、お前も試練に挑むつもりか?」

「七大精霊の試練、お前だけ味わわせるのは勿体ない。ついでにアルヴヘイムも探検しようじゃないか」

 

 フレイは目を輝かせ、ニヤリと笑った。俺は歩くルートの上でがっくしと項垂れ、フレイらしいやと苦笑する。

 

「お前、道案内を名乗り出たのはそれが本命だな? まったく……しょうがない奴だ」

「殿下……あまり陛下に心配を掛けさせないほうがよろしいかと」

 

 アイリーンが困り顔でフレイにそう提言するも、フレイはキラキラと輝く歯を見せながら笑う。

 

「案ずるな。俺は俺でちゃんと考えている。父上のように城の中で王になるより、世界をこの身で知って王になるほうが、エルフの繁栄に繋がる。父上が思う王よりも、俺は大きな王になるのさ」

 

 そう、フレイは胸を張って言いのけた。フレイの考えを聞いたアイリーンは「まぁ……!」と尊敬の眼差しを向けるが、俺は騙されないぞ。

 

 こいつは自身の好奇心を満たす為に後付けの理由で正当化しているだけだ。仮に本気であっても、最優先するのは好奇心に他ならない。

 度々、こいつが次期王で本当に良いのかと思うことがあるが、ヴァルドール王にはフレイしか子がいないし、フレイも何だかんだで民のことを想っているから一概に否定できない。

 

「で? アルヴヘイムにはどうやって行くんだ? 先に聞いておきたい」

 

 ポーチから水筒を取り出し、水分補給をしながらそう尋ねた。

 

 アルヴヘイムへの行き方はフレイしか知らない。エルフの王が代々それを受け継いでいるそうで、今回は異例で王子であるフレイがヴァルドール王から教えられている。

 

「もう二つほど森を越えた先にある霊峰が最初の目的地だ。その霊峰に住まう案内人に協力を求める」

「案内人?」

「お前も読んだことがあるだろ? エルフ神話を基に描かれたエーヴァの物語」

「……アルダートか!」

 

 それは昔に読んだことがある物語の登場人物。最初のエルフ、エーヴァが旅する物語で、その道中で何度もエーヴァを助ける案内人がアルダートだ。

 

 だがしかし、エーヴァは実在に近い架空のエルフではなかったか? 正しいとされる歴史ではアーヴル王が最初のエルフであり、光神に生み出された存在だ。エーヴァの旅路はアーヴル王の生涯を基に創作された架空の物語で、出てくる登場人物も殆どが架空だったはずだ。

 

「架空の人物じゃないのか?」

「まぁ、他の者達にしたらそうなのかもしれないがな。エーヴァは実在するぞ」

「本当か?」

「アイリーン、我が友にご説明してさせあげろ」

「はい」

 

 アイリーンは馬上で喉の調子を整え、俺にエーヴァの物語について語り始める。

 

「我らが祖先、アーヴル王こそが最初のエルフだと云われていますが、厳密には違います。アーヴル王は光神リディアスによって生み出された生命体であり、私達エルフとは違う存在なのです。謂わば上位種……ハイエルフと呼ばれる者です。そしてアーヴル王によって生み出された種が私達、エルフなのです。つまりは、エーヴァこそが最初のエルフなのです」

 

「ハイエルフ……そう言えば、親父の書物にそんな名前が……」

 

 しかし、そうか。確かにそれは頷ける。アーヴル王が神から直接生まれた存在ならば、それは神と同種だ。もし彼の血を直接受け継いでるのなら、エルフ族はもっと神性な存在として世界に君臨しているはずだ。

 

 おそらくだが、アーヴル王は魔法か何かで自身の複製に近い存在を生み出したのだろう。それがエルフであり、複製故に神性が少ないのかもしれない。

 

「エーヴァの墓を守っているのがアルダートだと聞く。どんな姿をしているのかまでは知らないが、もう数え切れない時間を過ごしているんだ。きっとアルフォニア校長よりも爺だぞ」

「アルダートか……。物語の中で一番好きな人物だ。まさか本物に会えるなんて……」

「俺は精霊の踊り子アーティオンが好きだな。精霊と妖精を踊りで魅了した美貌には興味がある」

「お前にも女の趣味があるんだな?」

「健全な男ですから。じゃなきゃ、お家は俺で終わる」

 

 フレイと俺は二人して笑ってしまう。

 

 懐かしい……。大戦中はこうしてフレイと話ながら部隊を率いて戦場から戦場を渡り歩いていた。部下達ともくだらない話をしながら次の死地へと赴き、半分が生き残っては半分が死んでいった。

 

 いや、それは置いておこう。ともかく、俺とフレイは出会ってからずっと同じ部隊で戦い続けた。そのお陰で今もこうして友人としていられて、エルフ族という居場所を得ることができた。面倒事の尻拭いはいつも俺の仕事だが、それを差し引いても尚、フレイと友人であることは良いものだ。

 

「ま、ともあれだ。アルダートに会ってアルヴヘイムの入り口まで案内してもらう。俺は言ってしまえばお前とアルダートの仲立ちって訳だ」

「頼りにしてるよ。もう此処ら辺からは土地勘が無いからな。お前とアイリーンだけが頼りだ」

「おっと、ずっと都に閉じ込められてた俺に土地勘があるとでも?」

「無いのか? アイリーンは?」

「地図上であれば……」

「……ま、何とかなる……か」

 

 俺達の最初の問題は、迷わず森から抜け出せるかであった。

 

 まったく、行く先が不安な旅だぜ、こりゃ――。

 

 

 

 

 

 


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