魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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第15話 帰還

 

 

 フレイ王子からの知らせを受け、俺とララ、そしてエリシアはすぐにリィンウェルを出発することになった。

 

 魔族の侵攻が始まってしまったのなら、本国に乗り込んで穏健派を助けても止めることはできない。それはもはや何の意味も無い。今から穏健派を助け出しても、出兵まで叶えてしまったウルガ将軍を止めることは不可能だろう。

 

 だがまだ侵攻が始まっただけで戦いは始まっていない。今ならまだ別の手段で戦争を阻止することができる。

 その為には、魔族がエルフ族の軍とぶつかる前に現地へ到着しなければならない。

 

 だがリィンウェルからアルフの都は数日掛かってしまう。それでは間に合わない。最低でも今日中に戻らなければならなかった。

 

 そこで俺達は、ある特別な手段を用いることにした。大昔に編み出された魔法で、魔法力の高い魔族やエルフ族でも、歴史上でほんの数人しか使えなかった古の転移魔法だ。普通の転移魔法では短い距離しか移動できず、加えて転移させられるのは物だけに限定される。

 

 アーヴル学校の大食堂で厨房から皿の上に現れるのも、転移魔法の一種だ。

 

 しかし、これから使う転移魔法はそのどれよりも難しく、大きなリスクを伴う。

 失敗すれば命の保証は無い。死ななくとも、身体が滅茶苦茶に壊れるだろう。

 

 だが俺達なら成功する可能性は高い。確信めいたものもある。

 

 魔法の発動は魔法力が高いララに、用いる魔力はエリシアに、そして魔法を安定させる為に俺が魔法のバランス調整を行う。伊達に親父から魔法を学んじゃいない。

 

 過去に一度、親父に内緒でこの魔法を使ったことがある。魔力が足りずに短距離しか移動できなかったが、転移自体は成功させた。その後死ぬほど叱られたのは今では良い思い出だ。

 

 ララには魔法を発動させる為の呪文と仕組みだけ教える。俺が発動するよりもララに発動してもらったほうが魔法の安定率は高いはず。

 

 城の屋上に出た俺達は互いに手を繋ぎ円を作る。

 

 これから行うのは文字通り命懸けの魔法。最悪、俺達は死体となって何処かに放り出されるかもしれない。だがこの方法しか今は移動手段が思い付かない。本当に戦争が始まる前にアルフの都へと戻らなければ、多くの犠牲者が生まれてしまう。

 

「良いか、ララ。もう一度言うぞ? 意識するのは目的地、そこへ行きたいと言う願望、そして明確な移動姿だ。移動姿は何でも良いが、鈍いのは避けろ。目的地も明確にイメージしろ。でないと下手すりゃ地面や壁の中に埋もれて即死ってこともある」

「わ、分かった」

「ちょっとルドガー! 怖がらせるようなこと言わないでよ! 私まで怖くなるじゃない!」

「大丈夫だララ。魔法の制御は俺がする。お前が発動させた魔法なら制御しやすい……筈だ」

「ルドガー!?」

「仕方ないだろ!? 俺だってガキの頃に一回しか試してないんだ! でもその時の記憶は鮮明にあるし知識もある!」

「もう! 良い!? ガキんちょ! こうなったら一蓮托生よ! アンタが失敗して死んだとしても恨みっこ無しよ! ……ごめんやっぱちょっとは恨む!」

「二人とも落ち着けぇ! 嬢ちゃんよりも大人なてめぇらが慌ててどうする!?」

 

 一緒に屋上に来ていたモリソンが一喝して俺とエリシアを止めた。

 モリソンは煙草を吸いながら頭を抱え、俺達を心配そうに見てくる。

 

 確かに俺達がしっかりしなければならない。一番不安なのはララのはずだ。

 

 ララを見ると、少し不安そうだが頭の中で必死にイメージを固めている。

 

 俺達がやることは、ララが安心して魔法を発動できるようにすることだ。その俺達が動揺してどうすると言うんだ。

 

「……ララ、俺達を信じろ。自分自身の力を信じろ。必ず成功する」

「そうよ、ガキんちょ。私の魔力を使うんだから失敗なんてありえないわよ」

「……大丈夫。やるぞ……!」

 

 ララが閉じていた目を開けると、赤い目が光り輝く。ララが魔法の発動体勢に入ったのを確認したエリシアが、魔力をララに同調させて握っている手から魔力を送る。

 

「目的地……願望……姿……目的地……願望……姿……!」

 

 ララはイメージを呟きながら頭の中で明確な物にしていく。エリシアの魔力がそれに反応し、辺りに紫電色の魔力粒子が沸々と浮き上がって輝いていく。

 

「姿……姿……姿……! センセ! 行くぞ!」

「よし……やれ!」

「我らを運べ――シーネ・フィーネ・ヴィエートルズ!」

 

 直後、魔力が爆発するような音と光が炸裂し、俺達は城の屋上から姿を消した。

 

 

 

 世界が高速で回るような感覚を味わい、気が付いた時には見慣れた部屋に立っていた。

 

 此処はアーヴル学校の俺の私室であり、この場所に出た際に生じた風で本やら教材やらが滅茶苦茶に散らばった。

 

「……」

「……」

「……」

『……!』

 

 俺達は三人同時に窓へと駆け寄り、叩き割るような勢いで窓を開けて外に頭を突き出す。

 

 そして同時に胃袋の中をオロロロッと吐き出した。

 

 転移は一瞬だったが、その一瞬だけで目が回ってしまった。

 三人仲良く吐瀉物を窓の外から撒き散らせ、どっと疲れたように床に座り込む。

 

「ルドガー……うぇ……ちゃんと安定させてよ……!」

「これでもだいぶ……うぷっ……安定させた……! ララ、いったいどんな移動姿をイメージしたんだ……!?」

「な、流れ星……気持ち悪い……」

 

 流れ星とはまた予想外なものを想像したもんだ。確かに鈍いのは避けろと言ったが、それはそれで速過ぎる。だがそのお陰で転移魔法が上手く発動できたとも言える。

 

 まだ若干目が回る状態で何とか立ち上がり、身体に何も起きていないことを確かめていると部屋のドアが勢いよく開かれた。

 

 部屋に飛び込んできたのはアイリーン先生だった。

 

「る、ルドガー先生!? いったい何が……!?」

「アイリーン先生。いや何、転移魔法で戻ってきただけさ」

「……誰? あの女」

「センセの愛人」

「は?」

「アイリーン先生! 紹介します! 雷の勇者エリシアです!」

 

 ララが言った変な冗談をサラリと無視し、エリシアを紹介する。

 

 何故か怖い視線を向けてくるエリシアは咳払いを一つ挟み、ものっ凄い笑顔を浮かべてアイリーン先生に挨拶をする。

 

「エリシアです。『うちの』ルドガーがお世話になってるようで」

「は、はぁ……アイリーンです。この学校で魔法学を教えております」

「よし、もういいな! 先生、色々と積もる話があると思うけど、それよりも俺達は急いで城に向かわないといけない」

「そ、そうですわ! ルドガー先生、陛下が大変お怒りですよ! フレイ王子が諫めなければ罪人として戦士達を差し向けるとことでしたわ!」

 

 うーむ、あのヴァルドール王が静かに怒るところは何度も目にしてきたが、そこまで激怒しているのは初めてかもしれないな。城へ行ったら問答無用で牢へぶち込まれる可能性だってあるかもしれん。

 

 だが魔族の軍が侵攻してきているのであれば、それどころの話じゃないだろう。

 

 まぁそこら辺はフレイ王子と校長先生が何とかしてくれるだろう。話に乗ったのは俺とは言え、持ってきたのはあの二人なのだから。

 

 俺達は急いで城へと向かった。道中で都の様子を見たが、民達には知らされていないのか何も変わった様子は見られない。だがすれ違う戦士達は一様にしてピリついていると言うか、緊張感を高めている。少なくとも異変が起きていることは知っているようだ。

 

「ルドガー様!? いつお戻りに!?」

「今さっきだ。中に入るぞ」

 

 城門の戦士達を素通りし、城の中に入る。

 どうせ王達がいるのは会議室だろう。

 

「アンタ、様付けで呼ばれてんの?」

「そう。何か文句でも?」

「ふーん……あのアイリーンって女エルフとはどう言うご関係?」

「別に、ただの同僚だ。かなり魅力的ではあるがな」

「……やっぱエロさか。エロさが足らないのか」

 

 エリシアが何かブツブツと言いながら自分の身体を弄っているが、気にしている時間はないと思い無視した。

 

 会議室に辿り着き、ドアを開いて中に踏み入る。

 やはりそこには王を初めとした重鎮達が集まっており、そこには校長先生の姿もあった。

 

 王は俺の姿を見るや否や、顔を険しくさせて腰の剣を抜いて俺に詰め寄ってきた。

 

「この愚か者が! 聖女を都から連れ出しおって!」

「父上!」

 

 喉元に剣の先が食い込み、薄く血が流れる。エリシアがカタナに手を添えるが、何もしないようにと制する。

 俺は王に跪いて頭を垂れる。

 

「ヴァルドール王、全ては戦争を止める為にしたことです」

「その行為も無駄に終わったようだがな」

「確かに当初の目的は果たせておりません。ですが収穫もありました。此度の戦争を止めることに繋がるかは別として、おそらく予言に関わる事かと」

「何?」

「しかしながら、今はそれを語る時ではないかと。今は何よりも戦争を止めることです」

 

 王は少しだけ考えた後、俺に向けていた剣を鞘に収めた。

 周りの者達から力が抜ける安堵の声が漏れる。

 

「今は貴様の口車に乗せられてやろう」

「感謝します。紹介が遅れました、此方は雷の勇者エリシア・ライオット」

「……エリシアです。エルフ族の王、ヴァルドール陛下にお会いでき光栄です」

 

 エリシアは似合わない言葉遣いを口にして畏まったように一礼する。

 雷の勇者と聞いて、王は眉を顰める。

 

「何故勇者が此処に? 人族からの援軍か?」

「私が個人的に力を借りました。今回の件には、私の戦友(とも)として来ていますので、人族とは無関係にあります。そこをご理解ください」

「……よかろう。今、軍議をしておる。話に加われ。聖女殿は別室に案内せよ」

「私も此処で話を聞く」

「……好きにするが良い」

 

 王の許しを貰い、俺達はフレイ王子側への移動する。

 王子は俺に前に立って手を軽く振り上げ、俺もそれに合わせて王子と手を叩き合う。

 

「ルドガー、よく戻った」

「悪い、フレイ……間に合わなかった」

「まだ諦めるには早い。そうだろ?」

「ああ」

「ンンッ……軍議を再開する」

 

 長テーブルの上には西大陸の模型のような物が置かれており、二つの配色の駒が散りばめられている。青は西大陸の内側に、赤は海側に配置されており、それがエルフ族と魔族の軍を表しているのだと分かる。

 

 赤い船の形をした駒が北の海域に置かれているだけで、それだけを見ればまだ大陸に乗り込んでいない思われる。

 

「ゾールズ、報告の続きを」

「はい。魔族の軍勢は凡そ三千。数だけをみればそこまで大きな軍ではありませんが、見慣れぬ怪物達の姿もあります。また、先頭の船団には新しく将軍の地位に就いたウルガ将軍の姿も確認しております」

「奴らからの要求は?」

「何もありません。ですが、狙いは一つだけかと」

 

 重鎮達はララに視線を向けた。

 

 此処にいる彼らはララが魔王の娘であり聖女であることを知っている。

 

 ウルガ将軍が聖女のことまでを知っているかは不明だが、ララが魔王の娘であり、その座を継がせようとしているのは周知の通りだ。ララがそれを望んでいないのも知っている。

 

「陛下、此度の騒動の原因は魔族の聖女様を我が国に隠した為です。戦を避けるのであれば、聖女様を魔族へとお返しするべきでは?」

 

 重鎮の一人がそんな提案をすると、ララが俺の手を握った。

 

 大丈夫だ、誰もお前を渡すつもりなんてない。

 

 俺の思いを代弁するように、王子がそれに異を唱える。

 

「姫君を我が国へ招いたのは、悪しき者の手によって魔王の座に就かせないようにする為だ。新たに魔王が生まれれば、魔族は依然と同様の、いやそれ以上の力を得ることになる。此処で姫君を返したとしても、それは戦場が我が国から世界へと変わるだけだ。より酷い未来が待っている」

「しかし、聖女様が現代の魔族に現れたのならば、それは天啓では? 我らは大戦で必要以上に魔族の力を削ぎ落としてしまったのかも……」

「だからと言って戦争を是とするのか?」

「掟では神々の御意志が絶対です。人族の時は勇者という神々の御意志が御座いました。此度は聖女様です。掟に従い、やはり聖女様を魔族へとお返しすべきです」

 

「その結果、戦争が起きてもか? だったら俺はこう言おう。掟などクソ食らえだ!」

 

「な、なんと!?」

「王子ともあろう御方が……!?」

 

 王子の発言に重鎮達は度肝を抜かれる。ワナワナと怒りで震える者もいるが、俺は腹の中で大笑いしていた。

 

 以前から王子はエルフの掟遵守の文化を嫌っている所があった。美徳で尊ぶべき所はあるが、大事なことさえも掟にだけ従って決めるようではこの先に未来は無いと。他種族と交流をしていくのなら、いずれは掟の解釈を改めていく必要があると。今がその時かもしれない。

 

 王子は言ってしまって吹っ切れたように堂々と居座る。

 

 だが流石にその発言を無視できなかった王は、テーブルを叩いて騒ぎ始めた皆を静かにさせる。

 

「静まらんか! フレイ、今までお前の遊び癖には幾度も目を零して来たが、今の言葉は許せん。掟は我らエルフ族が恵みと繁栄を得る為の神聖な物だ。それを王族であるお前が侮辱するとは何事だ?」

「では父上も聖女をウルガ将軍へ引き渡し、更なる戦火を広げようとお考えですか?」

「それが天啓であるのならば我らは従う」

「父上!?」

「だがまだそうと決まったわけではない! ララ姫は確かに聖女ではあるが、まだその力がどういったものなのか不明だ。魔王になる為の力なのか、それ以外の為の力なのか判らないのであれば……将軍に渡すのは早計であろう」

 

 陛下の言葉に、ララはホッと胸を撫で下ろす。俺も少しだけ身構えてしまったが、陛下の掟遵守が良い方向に働いてくれたようだ。王子も父親が戦争を望んでいる訳ではないと分かり、安心した顔をする。

 

 だが言い換えれば聖女の力が魔王になる為の力であれば、魔族に引き渡すと言うことだ。

 

 そんなことは絶対に無いと信じているが、確証的なものは何も無い。

 

「では陛下……我々は魔族と一戦交えるのでしょうか?」

「……その答えを持っているのは、そこにいる英雄殿だ」

「……ルドガー、ご指名よ」

 

 エリシアに肘で突っつかれる。

 

 陛下のご要望に応え、俺は前に出て王子の隣に立つ。重鎮達からの注目を集めて少々居心地が悪いが、戦場のど真ん中に立つよりは気楽だ。

 

 いや、剣で薙ぎ倒せば良いだけの分、戦場のほうが気楽かも。

 

 校長先生も目を光らせて此方を見てくる中、王が手を組んで口を開く。

 

「では聞こう。この戦いを止める手立てがあるのかね?」

「――はい。一つだけ」

「ほう?」

「それを話す前に一つだけ確認を。アルフォニア校長、魔族の軍事力を支えているのはウルガ将軍だけですか?」

 

 校長先生は長い髭を撫でて頷く。

 

「左様。儂の調べでは、戦意を煽ったのも、戦力を整えたのもウルガ将軍ただ一人。他の将軍らは穏健派ではないようじゃが、かと言って此度の騒動には見向きもしておらぬ」

「ありがとうございます。それを聞けて安心しました。ヴァルドール王、この戦いはウルガ将軍一人が焚き付けたもの。言ってしまえば、将軍が戦う理由です」

「つまり?」

「エルフ族と魔族、二つの軍がぶつかる前に将軍を退けます。それしか戦争を止める手段はありません」

 

 俺の発案に、重鎮達はざわつく。

 

 それもそうだ。俺が言っていることは机上の空論に等しい。矛盾も孕んでいる。

 戦いを止める為に戦いを仕掛けると言っている。それも将軍だけを狙い、二つの軍が戦いを始める前に成し遂げると言うのだから、そんな話をいったい誰が信じられよう。

 

 しかし、この狙いは外れていないと思う。魔族はまだ力を大きく削がれている状態だ。新しい魔法や新種の怪物などで補強できていたとしても、地盤を整えられているとは思えない。

 

 そんな状態でウルガ将軍は強引に打って出て来た。それについては正直驚いているが、付け入る隙があるとすれば此処だけ。旗印である将軍が崩れてしまえば、魔族の軍は戦いを止めざるを得なくなる。

 

 だが不安要素もある。先に考えたとおり、ウルガ将軍の強引な出兵だ。北の森で対峙した時の底知れぬ力、あんな力を持つような将軍が博打を打つような真似をするだろうか。この出兵には何か裏がありそうだが、現状として戦争を止めるには将軍を退けるしかない。

 

「では貴様が将軍を退けると? 流石英雄殿、言うことが豪胆だな。傲慢も甚だしい。貴様一人でどうにかできるとでも?」

 

 王が俺を侮蔑するような目で睨んでくる。どうやら今回のララの件で相当お冠のようだ。今までは俺が何を言っても「そうか」の一言で済ませていたが、今は何を言っても悪いように捉えられそうだ。

 

「どうやってウルガ将軍を退けると言うのだ?」

「一騎討ちです。俺とウルガ将軍で一騎討ちをします」

「将軍がそんな提案を飲むとでも?」

「飲まざるを得ないでしょう。ララを条件に提示すれば、将軍に一騎討ちを受ける以外の選択肢はありません」

「聖女殿を?」

 

 そうだ。将軍が勝てば戦力に一切の消耗もなくララを手に入れられる。少しでも力のある魔族を残したい彼らにとって、この条件の一騎討ちは喉から手が出るほど欲しくなる状況の筈だ。

 

 仮に断ろうとしても此方にはエリシアがいる。エリシアの力を今一度魔族に示せば、どれだけの損害を被るかはすぐに想像できる。一騎討ちを飲むしか選択肢は無い。

 

「……今起ころうとしている戦いは、聖女を将軍の手から守る為であると理解しておるのか?」

「無論です」

「では貴様は、我々に世界の命運を貴様一人に託せと、そう申すのだな?」

「有り体に言えば――そうなります。私が必ず将軍を退けます」

「大きく出よったな、ルドガー・ライオット……」

 

 王は椅子に深く腰を掛け、頭を抱え込む。

 

 この一騎討ちの勝敗次第で、世界の命運は大きく変わる。

 勝てば今の平穏が続き、負ければ将軍の手によって再び戦乱の世に変わる。

 

 それにララも、望まぬ宿命を背負わされる。

 

 全ては俺の手に委ねられることになる。それを良しとするかは、ヴァルドール王次第だ。

 

 最悪の場合、エルフ族を敵に回す事になったとしても、俺は単身でウルガ将軍の下へ向かうだろう。そうしてでも、戦火を止めなければならない。

 

 もし戦争になれば、俺の教え子達が地獄を見ることになる。生きとし生けるもの全てが焼け野原になっていく悪夢を、家族を目の前で失う残酷な光景を味合わせる訳にはいかない。

 

「父上、私はルドガーを信じ、ララ姫を託したいと思います」

「フレイ……何故貴様はそこまでその男を信じることができる?」

「彼に命を助けられました。彼に世界を救ってもらいました。そして彼は私の唯一無二の友です。私はルドガー・ライオットの為ならば自分の命も差し出しましょう」

 

 フレイ王子は椅子から立ち上がり、片膝を床に付けて王に跪く。

 そして校長先生も立ち上がり、王子の隣で同じように跪く。

 

「陛下、儂もルドガーを信じております。何より、彼には『予言』がある。その予言通りならば、ルドガーはララと共に必ずや戻ってきます」

「エグノール……其方は彼の予言を信じておるのか?」

「予言を信じておるのではありませぬ。ルドガーとララを信じておるのです」

 

 校長先生の言葉に、王は今度こそ頭を抱えて項垂れた。

 

 二人が言う予言とは何のことか分からないが、その予言を信じるならば俺とララにはこの先の未来があるらしい。それを聞けただけでも戦いに赴く心が軽くなる。

 

 しかし、二人だけに頭を下げさせる訳にはいかない。この策を思い付き言い出したのは俺なのだから、俺が王に頭を下げるのが道理だ。

 俺も二人の隣に並んで跪き、王に許可を求める。

 

「王よ、我が命に変えてもララを守り抜きます。どうか、ご英断を」

「――王様、私からもお願いします」

「聖女殿……」

 

 ララも隣で跪き、更にエリシアも跪いてくれた。

 

 王も聖女と勇者から請われては流石に撥ね除ける訳にはいかなくなったのか、諦めたように溜息を吐いた。ドッと疲れたような表情を浮かべ、天井を見上げてしまう。

 

「――良かろう。もしこれで聖女殿が将軍の手に渡ったとなったら、それは神のお告げであると言うことだ」

「陛下!?」

「ああ、王よ! 今一度考え直しては――」

「ええい! 黙らんか! もう決めたことだ! ルドガー!!」

 

 王は椅子を蹴るようにして立ち上がり、跪いている俺の前にズカズカと近寄る。「立て」と言われて立ち上がると、王は苦虫を潰したような顔で俺を睨む。歯を噛み締め、拳を握って何かを耐えているような、そんな様子の王はわき上がる感情を呑み込み、澄んだ蒼い目で俺を覗き込む。

 

「――私とて戦争なぞ望んでおらん。貴様を信じた我々を、努々裏切るでないぞ」

「――御意」

「――宜しい。では行け、英雄ルドガーよ」

 

 そう言うと、王は会議室から出て行った。その後を重鎮達が追い掛けていき、この場に残ったのは俺とララとエリシア、そしてフレイ王子と校長先生の五人だった。

 

 王の許しも出たことだ。後は覚悟を決めてウルガ将軍が乗っている船に突撃をするだけ。

 

「センセ……」

「ララ……大丈夫だ。俺が必ずお前を守り通す」

「……私は魔王になりたくない。この聖女の刻印も消せるなら消したい」

「分かってる。お前は俺の大切な生徒だ。だから信じててくれ」

「……うん」

 

 未だ不安そうなララを撫で、校長先生と王子へと顔を向ける。

 

「校長先生、俺とララの予言とやらは……」

「すまぬが、まだそれを明かす時ではない。じゃがこれだけは言える。君とララはここで道が終わることはない」

「……それを聞けただけでもありがたい」

 

 予言は絶対だとは思っていないが、少なくとも予言では今回の戦いで終わるとは言われていないようだ。

 

 そうだ、こんな所で終わるわけにはいかない。予言を守る為じゃなく、ララを守る為、エルフ族を守る為にはウルガ将軍に勝たなければならない。

 

 それだけじゃない。魔族をこれ以上滅ぼさないように、最低限の被害で終わらせなければならない。

 

 俺は魔族を滅ぼしたい訳ではない。それは俺が半魔だからではない。魔族にだって穏健派のように他者と共存を望む者がいる。それを知ったからこそ、魔族を滅ぼしてしまえばそれは滅ぼそうとしてきた魔族と同じだ。

 

 共存を望むのなら、俺はその手を握る覚悟がある。

 その為にも、俺は絶対に負けられない。

 


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