魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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お金の話が出ますが、難しく考えないで下さい。


第19話 噂話

 

 

 前回と同様、エルヴィス船長の船で海を渡り人族の大陸へとやって来た。

 

 エフィロディア連合王国は港から南に位置する場所にある。

 リィンウェルに立ち寄れないこともないが、寄る必要も無かったのでそのまま南下した。

 

 ララは人族の大陸について俺に色々と尋ねてきた。

 

 例えば、大陸の形態について。

 

 エルフ族の大陸はヴァーレン王国と言う一つの国で、大陸全土が緑豊かな土地だ。清浄な魔力で満ち溢れており、何処に行っても気候は同じで住みやすく、アルフの都の他は集落や村だけである。 

 

 対して人族の大陸には七つの国が存在し、それぞれが領土を持ち守っている。気候も様々であり、暑い地域もあれば寒い地域もある。

 

 リィンウェルは比較的バランスの良い気候だったが、これから向かうエフィロディア連合王国は人族の大陸の中でも一番緑が生い茂り、様々な生物が棲息する場所だ。気温は少し高めだが、風の神の恩恵を受けている為か心地良い風が毎日吹いている。

 

 エフィロディア連合王国は幾つもの氏族が興した小国が集まって出来上がった国で、ラファンという国を中心に南を支配している。

 

 俺が知っているエフィロディアは風力による技術が盛んで、多くの風車が聳え立っていた。

 魔導機が普及し始めているのなら、その姿は変わっているのかもしれないが、草原に立ち並ぶ風車の光景は有名であった。

 

 また、エフィロディアは少し変わった特徴があり、それは王の決め方になる。

 通常、人族の王は血筋によって決められるだが、エフィロディアは完全実力主義。

 つまり、武力や知力だけで頂点に登り詰めることができる。

 

 どうしてそうなったかは諸説あるが、複数の氏族を従わせるのに一番分かり易くて手っ取り早いからという理由が始まりらしい。

 

 現在の王はグンフィルド・カレーラス・ラファンという女王が国を治めている。

 

 彼女はカレーラスという氏族の出で、大戦当時は氏族の当主を務めており、エフィロディアの一番槍として戦場に赴いていた。

 

 あの光景は今でも忘れられない。

 千を越える魔族を相手に、槍一本を握り締め単身で攻め入った時のことだ。

 勇者でもない彼女は、類い希な膂力と槍術で魔族の軍勢を足止めした。

 

 いや、あれは足止めなんかじゃない。俺達が駆け付けた時にはその殆どを壊滅させ、血塗れの顔で笑っていた。

 

「本当に人族なのか?」

「紛れもない人族だよ。間違っても彼女の前でそれを言うなよ? 実は結構気にしてるらしいからな」

「ふーん……」

 

 南へ進む道中は平穏そのものだった。一応、魔族がララを狙っていないか警戒しているものの、前回とは打って変わって何の問題も起きなかった。

 

 校長先生曰く、魔族は魔王無しで力を高める研究に没頭しているらしく、ララを奪いに来るような行動は取っていないそうだ。

 ただ、ララを狙っているのは間違いなく、常に警戒の必要があると言う。

 

 しかし、校長先生のその情報網はいったいどうなっているのだろうか。

 魔族の大陸にエルフを忍ばせているのか、それとも精霊を使役して情報を探っているのだろうか。

 たぶん、精霊を使っているんだろう。流石にエルフを危険な場所に配置し続けることはしないはずだ。校長先生はエルフ族きっての魔法使い、精霊を魔族の大陸まで飛ばすことなど造作も無いのだろう。

 

 ルートを軽快に歩かせていると、最初の街が見えてきた。

 遠目からだが、リィンウェルのような魔導機仕掛けの建物は見当たらない。

 やはりリィンウェル延いてはゲルディアス王国が進んでいただけらしい。

 

 此処は既にエフィロディア連合王国の領地だ。

 東の港から一番近い街は、確かマルネの街って名前だったか。

 至って普通の街で、酒場もあれば市場もある。そこで少し休憩しよう。

 

 街門から入り、酒場の馬留めにルートを繋いで酒場にララと入った。

 時間にして今は昼間だ。酒場は昼飯を食べに来た客で埋まっている。

 隅っこに空いてる席を見付けてそこに座る。

 

「いらっしゃいませ」

 

 此処の給仕係である若い娘がやって来た。

 

「オススメのランチを二つ。それから、馬の食事は此処でも用意してもらえるのか?」

「はい、ご用意できますよ」

「それじゃ、外にいる白い馬に。金は先払いか?」

「はい! 全部で1500レギいただきます!」

 

 ポーチから銅貨を十五枚取り出して給仕に渡す。

 給仕は注文を厨房に伝えに行き、俺はガントレットを外してポーチにしまう。

 

「なぁ、センセ。お金って、やはり種族によって違うのか?」

「ん? ああ、当然違う。金銀銅を通貨に使うのは人族と魔族で、お金の概念が無いのはエルフ族と天族、水族と獣族は特別な魔石を使う」

「人族と魔族は同じ通貨なのか? でも魔族じゃ『レギ』じゃなくて『アス』だったぞ?」

「人族の場合はお金という概念が生まれた時から『レギ』という通貨単位を使ってるが、流石に俺も魔族の通貨単位の語源は知らないなぁ。人族は、光の神リディアスがそう名付けたからとされてるが、魔族もそんな感じかもしれない」

 

 ポーチから金貨を一枚取り出してララに渡す。

 ララは受け取った金貨を摘まんでジロジロと見つめる。

 金貨には男性のような顔と、その金貨がいつ作られたかの製造年月日が彫られている。

 

「銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚って計算だ。これは魔族でも同じだろ?」

「ああ。でも彫られてるのは違うな。魔族はドラゴンだ」

「ドラゴンか……そっちの方が格好いいな」

 

 ララから金貨を返してもらい、ポーチにしまう。

 

 人族の金はまだまだ残っているが、もしこれから度々人族の大陸に足を運ぶことになるのならば、その資金を調達する方法を探しておかなければならないな。潤沢にあると言っても限度がある。贅沢を続けられる程は持っていない。

 

 エリシアやモリソンに相談でもしてみようか。

 いや、エリシアにしたら絶対に割に合わない見返りを求められる。止めておこう。

 

「お待たせしました! ウォータートードの丸焼きです!」

「ヒギッ!?」

 

 給仕が運んで来た料理を目の当たりにしたララは、変な悲鳴を漏らして表情を引き攣らせた。

 何をそんなに驚いているのかと思い、俺もテーブルに置かれた料理に目を向ける。

 

 すると皿の上に載っているソレと目が合う。

 

 こんがりと旨そうな焼き色が付き、匂いも空腹をそそるスパイスの利いたものであったが、それらを全て台無しにさせる姿がそこにはあった。

 

 巨大なカエルの丸焼きが皿に載せられており、顔が俺を見上げていた。

 

 待て……給仕の子は何て言ってた? ウォータートードの丸焼き?

 え? あれって食えるの……?

 

「せ、せせせせ、センセ……!? 何これ……!?」

「……エフィロディアに棲息する巨大なカエルで、ウォータートードの名前の通り、水中を泳いで魚や甲殻類を捕食する生物。中には超巨大な個体もいて、そいつは人族の子供を食べるとか……」

「た、食べられるのか……?」

「だ、出されてるから、食べれるんだろ……」

 

 エフィロディアの食文化は他と少し変わっているとは聞いたことがあるが、まさかこれを食すなんて知らなかった。

 

 確かに世の中には蜥蜴や蛇も食べる文化もあるし、昆虫食なんて言葉だって存在する。

 カエルが食卓に出たぐらいで驚くことは無い。

 

 ただ……皿の上からこっちを見ないでほしい。もの凄く食欲が失せる。

 顔を見ないように頭部を掴んで身体から骨ごとへし折って取り外す。こうすれば少しは食べやすいだろう。

 

 ララはナイフとフォークを使って肉を切り分け、口まで肉を運ぶ。

 俺もカエルを持ち上げ、肉に齧り付く。

 肉汁が口の中で弾け、スパイスと肉が舌の上で飛び跳ねる。

 

「……美味ぇ」

「……美味しい」

 

 見た目は兎も角、味は最高だった。肉が瑞々しいと言うか、もの凄く柔らかくて口の中で蕩けるようだ。

 

 カエルの肉を堪能していると、周りの客の話し声が耳に入ってきた。

 

「なぁ、聞いたか? また村が襲われたってよ」

「また? これで何件目だ?」

「さぁ、だが少なくはねぇさ」

「今度は何処だって?」

「ダール村だよ」

「おい、此処からそんなに離れてねぇじゃん! 此処は大丈夫なのか……?」

 

 何やら物騒な話だ。その感じから、おそらく死者が出ているのかもしれない。

 それによく耳を澄ませてみると、似たような話がそこら中から聞こえてくる。

 

 もしや、ユーリが言っていた怪物が騒がしいというのに何か関係があるのか?

 それにどうやら被害はかなり大きいようだし、勇者であるユーリが放っておく筈もない。

 調べて見る価値はあるか……。

 

 食事を済ませ、ララを先にルートの下へと行かせて俺は酒場の人達に起きている事件について聞き回った。

 

 聞くところによると、小さな村や町で怪物による殺人が行われているらしい。

 それも一人二人ではなく、村全ての人を殺しているという。

 しかも質の悪いことに、目的は捕食ではなくただの殺し。遺体を調べてみると、何処にも捕食された痕跡が無いそうだ。

 

 怪物が捕食以外で生物を殺すことが無いわけではないが、珍しい部類だ。

 そう言った怪物に限って、中途半端に知能があることが多い。

 

 最近被害に遭ったというダール村の場所を教えてもらい、そこに向かうことにした。

 ダール村の場所は、此処から半日の場所らしい。

 

「センセ、その怪物ってどんなだと思う?」

 

 ルートに乗って道を進んでいると、ララがそんなことを聞いてきた。

 

「正直、何も情報が無いから何とも言えない。遺体には大きく斬り裂かれた痕があったと言うが、そんなものは特徴にはならない。ただ、捕食が目的じゃないみたいだから、知能は高いはずだ」

「どうして?」

「殺しを楽しんでる。そんなことができるのは知的生命体だけだ。動物や怪物が生物を殺すのは捕食という本能、もしくは自己防衛や闘争本能からだ。決して殺しだけを目的に動くことはない」

「知能が高い怪物か……」

「それかもしくは……」

 

 俺は少しだけ言い淀む。

 何故ならこれはあまりあってほしくない事だからだ。

 これは謂わば禁忌、犯していけない生命への冒涜に近しい。

 もしそれを犯せば、人族の法では問答無用で死罪を言い渡される。

 

「センセ……?」

「……もしくは呪いだ。呪いで怪物を生み出し、人を殺させる。呪いで生み出された怪物は殺すことしか考えられず、殺しだけが奴らの快楽だ」

「……怖いものだな」

「ああ、まったくだ」

 

 世界には数多くの呪いが存在する。子供の悪戯から身の毛もよだつ恐ろしいものまで。

 呪いを解く魔法や手段は粗方開発されているが、存在しないものもある。

 もしその呪いを掛けられてしまったら、術者を殺しても止まらなければ覚悟するしかない。

 

 だが呪いにも当然リスクはある。

 その第一が術者が支払う代償だ。強力な呪いほど、自身の命に関わる代償を払うことになる。

 また失敗して呪いが跳ね返ってくることもある。

 

 だから滅多なことで呪いを使うことは無い。

 呪いを掛ける者がいるとすれば、それ程の覚悟を持たざるを得なかった悲しき者達が多い。

 稀に研究の為にと呪いを掛けようとする狂った奴もいるが、そう言う奴らは尽く死んでいった。

 

 今回の事件にも呪いが関わっている可能性は捨てきることはできない。

 ただの怪物の仕業なら退治だけで済むかもしれないが、呪いだと退治だけでは済まない。術者の発見と拿捕、呪いを解呪しなければ怪物は生まれ続けるだろう。

 

 件の村に到着する前に日が暮れてしまう。

 俺達はキャンプすることにし、ポーチからテントやら道具やらを取り出して寝床を設置する。

 テントは一つだけだが、ララに使わせて俺は見張りも兼ねて外で火の番をする。

 食事は定番のシチュー。肉は干し肉を使ったが、簡単に噛み千切れる程度まで煮込んだ。

 調理はララが行った。霊薬作りで調理自体も好きになったようで、率先して調理を始めた。

 

 食事を済ませ、あとは寝るだけだったが、ララは焚き火に当たりながら本を読んでいる。態々杖の先から光を出して熱心に本を読んでいる。

 

 何を読んでいるのかと気になり、本の表紙を確かめる。

 

「……エルフ神話?」

「ん? ああ……校長先生がくれたんだ。面白いぞ?」

「知ってる。俺も読んだ」

「へぇ……それじゃ、どの登場人物が好きなんだ?」

「それを答えたら寝るか?」

「答えによる」

 

 ララの返答に苦笑し、「そうだなぁ……」と物語を思い返す。

 その間に何故かララは俺の隣に移動して腰を下ろした。

 右隣にララの温もりを感じながら、星空を見上げる。

 

 エルフ神話は、エルフ族の誕生から繁栄までを描いた物語だ。

 最初にエルフを生み出したのは光の神リディアスだとされている。だからエルフ族は七神の中でも光の神を特に神聖視している。神の予言というのも、そのリディアスからの天啓だと考えている。

 

 エルフ神話には最初のエルフと、世界を旅するお供である精霊達が登場する。

 

 火の精霊サラマンダー、水の精霊ウィンデーネ、風の精霊シルフ、地の精霊ノーム、光の精霊ルーク、氷の精霊グラキエス、雷の精霊ヴォルト。

 

 精霊魔法の呪文は、この精霊達に向けて唱えている。

 

 最初のエルフは男とも女とも捉えられる説明書きで、そのどちらでもあったとされている。

 名前はエーヴァと呼ばれ、純粋無垢な存在で良心に溢れていたと記されている。

 エルフ族には人気の存在だが、俺はこの人物よりも印象に残っている者がいる。

 

「旅の案内人アルダートかな」

「アルダート? どうして?」

「一緒に旅こそしてないが、エーヴァの行く先々で彼を助けてる。そう言った影の主人公みたいな奴が結構好きなんだよ」

「ふむ……」

「お前は誰が好きなんだ?」

「……私もアルダートかな」

「本当に?」

「本当だ! 別にセンセと一緒でも良いだろ!」

「……そうかい」

 

 センセと一緒、か……。

 

 ――俺も親父と一緒のが良い!

 

 何処かで聞いたことのある台詞だ。

 その台詞をララの口から聞けるのは、何だか感慨深いものを感じる。

 

 まだ本を読もうとするララから本を取り上げ、テントへ入れと言う。

 半魔だろうと、眠らない日が続けば活動に支障をきたす。もう休ませて明日に備えなければならない。

 

 ララは渋々とテントに入り、寝袋に身体を収めた。

 

「おやすみ、センセ」

「ああ、おやすみ……」

 

 眠りに入ったララを見つめ、焚き火に目を戻す。

 薪を焼べて、小さくなった火を少し大きくする。

 

 野営は野生生物や魔法生物に気を付けなければならない。その為には火を熾し続ける必要がある。決して絶やさず、常に明るくしておくこと。

 

 昔は気兼ねに野営はできなかった。何故なら盗賊が沢山いたからだ。

 魔族や怪物によって拠り所を失い、生きる為に他人の財を奪うことは日常茶飯事だった。

 今でこそ、それは少なくなったかもしれないが警戒は必要だ。

 

「……」

 

 それにしても、こうしてララと旅をすることになるとは思いもしなかった。

 

 言葉にして伝える気は無いが、俺はララと旅をすることに嬉しさを感じている。

 それはララが好きだからとか、そう言う理由ではない。

 

 ヴェルスレクス――親父の娘と旅をしていると、親父と二人で旅をしていた頃を思い出すからだ。

 

 立場は今と逆。俺がララで、ララが親父の立場だった。

 

 あの頃はまだエリシア達と出会っておらず、親父とずっと二人きりだった。

 戦場で育った俺に初めて愛情を向けてくれた親父と旅をするのが好きだった。

 旅の途中で色々なことを教えてもらった。俺が持っている知識の殆どは親父が教えてくれたもの。

 

 その知識を、親父の代わりと言っては何だが、その娘であるララに授けられている。

 それがとても嬉しく感じた。

 

 親父はクソッタレな奴だったが、少なくとも俺にとっては最高の父親だった。ほんとにクソッタレだったが。

 

「……最期の言葉ぐらい、ちゃんと聞いておけば良かった」

 

 焚き火に薪を放り込み、火がパチパチと鳴いた――。

 

 


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