魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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第23話 エフィロディアの女王

 

 

 古城での一件から数日が経った。

 

 俺とララはアーロンの協力を得て、エフィロディアの女王が住む国ラファン、その首都であるメーヴィルへと向かっていた。

 

 アーロンから馬車を頂戴し、馬も一頭貰い、ルートを含んで二頭で馬車を引かせた。

 物資も幾らか貰い、これで旅の道中はそれなりに快適なものになった。

 

 さて、件の男の子についてだが。

 

 一度、アーロンと数人の戦士達を伴って古城近くの村の宿屋で、男の子が目覚めるのを待った。

 目を覚ました途端、男の子は一番近くにいた俺に噛み付いてきた。噛まれたと言っても鎧の上からだ、傷は負わなかった。

 

 ヴァーガスの時に刷り込まれた防衛本能なのだろう、俺達を強く警戒して動物のように威嚇してきた。

 

 俺達が敵ではないと示す為に、武器は全部外して手を差し伸べた。

 再び噛み付かれたが、噛む力は子供のそれと同じで、俺の手では噛み痕が残るだけだった。

 

 そのまま男の子を抱き締めてやり、子供をあやすように髪を撫でてやると、敵意が無いと伝わったのか口を手から離してくれた。

 

 それからは温和しいものだった。俺を敵ではないと認めてくれてからは、俺の真似をするようになり、ヴァーガスのような凶暴性を見せることはなかった。

 

 男の子の安全性に一先ず安堵し、アーロン達も思う所はあるだろうが男の子を約束通り俺に預けてくれた。

 

 今は馬車の中で、俺から言葉を学ぼうとしている。

 

 男の子は言葉を理解していなかった。やはり、ヴァーガスとして生まれてから身体だけが成長しているようだった。

 それがこの子の魔族としての特性なのか、ヴァーガスになった影響なのかは不明だが、この子の状態はちぐはぐだ。

 

 赤ん坊のように泣き喚くことはせず、ちゃんと物事を考えられるぐらいには精神が育っている。だが分別の判断は付かず、子供が何でも口の中に物を入れるような行動を取る。性格も落ち着いているが、それが却って子供らしくない。

 精神年齢は見た目以上のようだが、知能は赤子に等しいという特殊な状態である。

 

 それでも教えたことはすぐに理解できるようで、まだ満足に言葉は話せないが、単語を話したり、ある程度の意思疎通はできるようになった。

 

「シンク、これは『リンゴ』だ、リ・ン・ゴ」

「り……ん……ご」

「そう、リンゴ。甘酸っぱくて美味しいぞ」

 

 俺は男の子にシンクと名付けた。

 名の意味は古代の言葉で『旅人』という意味だ。

 この子はこれから色々の旅をして大人に成長してほしい、そんな願いを込めて名付けた。

 

 シンクは俺から受け取ったリンゴをまじまじと見つめる。そして小さな口でシャクリとリンゴを囓り、モゴモゴと口を動かす。

 

「美味いか?」

「うま、い……?」

「あー……もっと食べたくなるか?」

「……うん。シンク、リンゴ、食べたい」

「そうか、そうか」

 

 シンクの頭を撫でてやる。

 シンクは言葉を覚え始めてもあまり話さない。顔も無表情に近いが、それはまだ感情の出し方を覚えていないからだろう。感情が無い訳じゃない。自ずと表情も豊かになっていくだろう。

 

 シンクがリンゴを食べる姿を眺めながら、手綱を握っているララに話しかける。

 

「ララ、そろそろ代わるか?」

「だ、大丈夫だ。やっとコツを掴んできたところだ」

 

 馬車になってから、ララは馬の操り方を学び始めた。馬も二頭に増え、シンクも旅に加わったことで、いつまでも俺に任せる訳にはいかないと言い出した。

 

 乗馬と馬車では違う勝手が違うが、手綱を握って馬を操る点に関しては同じだ。

 

 ララの運動神経は半魔ということもあり、それなりに高かった。

 最初はビクビクして腰が引けていたが、今では中々様になりつつある。

 

 旅の仲間であるララにも、シンクは敵意を抱いていない。

 それどころか、食事を作ってくれる相手として懐いている。

 ララもシンクに物を教える役を買って出て、色々と教えている。どれぐらいシンクが理解しているかは分からないが、二人の関係は概ね良好と言って良いだろう。

 

 ララは弟ができたみたいだと言って喜んでいる節がある。半分だけだが同じ魔族の血を流す者としても、親近感が湧いたのだろう。

 

「とと、リンゴ」

「ん? もう食べ……って、芯まで食べたのか? そこは食べなくて良いんだぞ」

 

 シンクに新しいリンゴを渡す。

 シンクは食欲旺盛で、大の大人が食べきれない程の量をペロリと平らげてしまう。

 教育上、間食を無闇に許す訳にもいかないのだが、これぐらいなら問題は無いだろう。

 

 ところで、シンクは俺のことを『とと』と呼ぶ。

 

 とと、とは父親のことで、ララが面白半分でシンクに俺をそう呼ばせたのが始まりだ。

 確かに俺はシンクを引き取ったが、父親になるつもりなんて無かった。そう言ったら無責任だとか言われそうだから敢えて何も言わなかったのがマズかった。

 

 シンクは俺を呼ぶ時は絶対に『とと』と呼び、ララに関しては『ねーね』と呼ぶ。

 

 まぁ、『ママ』じゃなかっただけマシである。これでママ呼びだったら、変な誤解を周囲に与えることになる。

 

「センセ、街が見えてきたぞ」

 

 馬を操るララが少し強張った声でそう言った。

 荷台から外を覗き込むと、大きな城壁で囲まれた街が見えた。

 

 エフィロディア連合王国・ラファン王国の首都メーヴィルは巨大な山々に囲まれ、都の中心を大河が流れる街だ。そしてエフィロディアの象徴でもある風車が至る所に設置されており、風力によって生活の基盤を築いている。

 

 そしてラファンを象徴とするのは風神ラファートの眷属であるケツァルコアトルを模した黄金の像が、都を見下ろすようにして山の高台に建造されている。

 

 メーヴィルの街の建物は石造で、塔のように高いのが特徴的だ。これは風の恩恵を受けるため、高度が高い場所を住処にしようとした名残だそうだ。

 

 そして女王が住む宮殿は二対から成る巨大な塔だ。

 

 リィンウェルの城も塔のような形をしているが、アレとはまるで違う。リィンウェルのはガラスと鉄の塊だが、ラファンの宮殿は全て石で造られており、形もリィンウェルのが四角に対して此方は三角形だ。

 

 その姿が昔と変わっていなくて安心した。リィンウェルみたく、姿形が変わっていたらどうしようかと思っていた。

 

 ララと運転を代わり、馬車を城へと向かわせる。

 街並みも変わっていない。いや、昔と比べてもっと活気付いているだろうか。

 それもグンフィルドが女王に就いた影響なのだろう。

 

 馬車の荷台からララとシンクが顔を覗かせて街の景色を楽しんでいる。

 今進んでいる通りは市場になっている大通りで、道沿いには様々な露店が並んでいる。

 

 皆笑顔で溢れている。

 

 大戦時代でも、この街は元気だった。空元気、と言ってしまえばそれまでだが、戦争に赴いている戦士達を応援するように、民達はいつも活気で溢れていた。

 

 あの頃とは違う、何と言うか余裕のある活気と言って良いだろうか、そう言う笑顔で溢れていた。

 

 やがて馬車は城の門前まで辿り着いた。

 聳え立つ二つの塔を前に、俺は懐かしさを感じる。

 

 前に此処に来た時は、ユーリの試練に挑む時だったっけか……。

 

 あれから五年、当時の王は現在の女王に決闘で負け既に隠居している。

 

 アーロンからグンフィルドの近状を聞いたが、相変わらず元気なようで何よりだ。

 

「止まれ。此処から先は女王陛下の領域だ。許可無き者は立ち入れん」

 

 門番である女戦士二人が道を阻む。

 

 前から思っていたが、エフィロディアの女戦士の装束は際どいな。もっと鎧とか毛皮とか纏ってほしいものだ。ララとシンクの教育に悪い。

 

 俺はエリシアから発行された身分証明書と、アーロンからの紹介状を出して彼女らに見せる。

 

「グンフィルド女王陛下の友、ルドガー・ライオットだ。陛下に謁見を願いたい」

「……暫しお待ちを」

 

 門番の一人が城の中へと入っていった。

 暫くその場で待っていると、先程の門番が戻ってきて俺の身分証明書を返した。

 

「女王陛下の許可が下りました。ご案内します。馬車は此方で預かります」

「分かった、頼むよ」

 

 馬車から降りて、ララとシンクを降ろす。ララにシンクの手を繋がせ、何処かへ行ってしまわないようにする。

 

 女戦士に案内されて門を潜り、城の中を歩く。

 城内には歴代の王達の遺品が飾られていたり、功績の証として敵から奪い取った武具などが展示されていた。

 その中に、嘗ての魔族の将軍の武器である巨大なランスがあり、懐かしさを感じてしまった。

 

 城内の階段を登り歩くこと数分、案内してくれた女戦士がドアを開く。

 

「此方でお待ちください」

「ありがとう」

 

 案内された場所は謁見の間だった。

 女王が座る玉座を中心に椅子が半円に並び、玉座の背後は巨大なテラスで都が見下ろせる。

 謁見の間には俺達の他に給仕係である女性達と、警備兵である女戦士達が脇に控えている。

 

 そこでふと、違和感に気が付く。

 

 此処に来るまで男の戦士を目にしていない。門番も、城内を巡回していた戦士も皆女だった。

 エフィロディアの王が女王だから、城内の戦士も女性になっているのだろうか。

 

 しかしエフィロディアは完全実力主義な文化だ。いくら女王の采配だからといって、城内を女戦士だけで固めるような贔屓はしないと思うが……。

 

「女王陛下、御入来!」

 

 何処からともなく吹奏楽器の演奏が謁見の間に響き、大勢の女官を引き連れた朱いドレス姿の女性が現れる。

 

 燃えるような赤い長髪に琥珀色の瞳、小麦色の褐色肌に引き締まったグラマラスボディが妖艶さを醸し出す。

 

 彼女こそがエフィロディア連合王国の女王、グンフィルド・カレーラス・ラファンだ。

 

 女王は玉座に優雅に座ると、クワッと目をかっ開いた。

 

 突然の表情に俺とララは困惑した。

 

「ルドガー! 其方(そち)……妾を差し置いて若い女と子を成したのか!?」

「ぶっ飛ばすぞてめぇ」

 

 おっといかん、女王相手に口が滑った。

 

 女王はケラケラと笑う。

 

「冗談じゃ。お主にはエリシアがおるからのぉ」

「それも違うわ」

「何? なら何故妾と番いにならぬ? ほれ、これでも男共が欲情するような身体じゃぞ?」

「子供の前でそんな話をするなよ……」

 

 あはん、うふんとポージングをする女王に呆れて頭を抱えてしまう。

 

 ララをチラリと見てみると、想像していた女王と違ったのか何とも言えない表情をして、シンクの目を手で覆っている。

 このまま女王のペースに飲まれてはいかんと、咳払いをしてから先ずは世間話から入る。

 

「んんっ……兎も角、久しぶりで御座います、グンフィルド陛下」

「止せ止せ、其方から斯様な口振りは聞きとうない。昔と同じで良い」

「……そうかい。なら遠慮無く。五年ぶりだが元気そうで何より」

 

 気遣い無用と言われたので、気を楽にして腕を組んだ。

 グンフィルドも満足そうに頷き、玉座にもたれ掛かる。

 

「まぁ、戦が終わって退屈しとるがのぉ。其方も健在そうで何よりじゃ」

「アーロンから聞いたがまだ結婚してないそうだな?」

「ふん、其方達を知ってしまえば他の男共なぞ有象無象よ。どうじゃ? 先も言ったが其方が番いにならぬか?」

「ならぬ。俺より勇者のユーリがいるだろうに」

「ユーリ……其方の用件はユーリと、グランツ将軍からの報告書に書いてあったのぉ」

 

 グンフィルドは羽毛扇を手に持ち顔を扇ぐ。

 どこか憂いたような表情を浮かべ、俺は彼女が何かを知っているのだと確信する。

 

「聞いているのなら話が早い。アイツは何処にいる?」

「ホルの森の何処かに居るよ。もう三年も顔を見ておらん」

「……都に帰ってきてないのか?」

「そうじゃ。最後に会うた時には、聖獣の研究をしておるとか言っておったな」

 

 聖獣、読んで字の如く聖なる獣。

 

 代表的なのはユニコーンとかだが、それをどうしてユーリが研究している?

 怪物が騒がしいと言うのと何か関係があるのだろうか。

 

「ユーリを呼び出せるか?」

「無理じゃな。手段が無い。此方から探しに行かねばならぬよ」

「何やってんだアイツは……」

 

 ユーリのいい加減さに頭を抱える。

 昔から一人で何処かにフラリといなくなっては、気付けば戻ってきているような奴だった。

 

 それが勇者として国に属してからも続けているとは、エリシアが聞けば説教ものだぞ。

 俺だって説教してやりたいが、大陸を捨てて出た身では何とも言えないからな。

 

 しかし、ユーリの居場所は分かった。

 ホルの森と言えば、メーヴィルからそう離れていない場所だ。彼処には怪物は棲んでおらず、聖獣や野生動物が多く棲息する清浄な森だ。

 そこに赴いてユーリを探せば、エリシアからの頼み事の一つが片付く。

 

 さっさと探しに行って終わらせるとしよう。

 

「それじゃ、ホルの森に入る許可をくれ」

「んー……」

「……グンフィルド?」

 

 グンフィルドは顎に手をやり、何やら考えている。

 そこはかとなく、嫌な予感がするのは気のせいだろうか。

 

 タラリと、背中に嫌な汗が流れ、グンフィルドは「うむ」と大きく頷いた。

 

 あ、これは面倒事を押し付けられる。

 

「許可は出そう。じゃが一つ条件じゃ」

「……聞こう」

「ユーリを連れ戻してくれ。彼奴には勇者故、この地に縛り付けるようなことはせなんだが、我が国に属している以上は国の政にも目を向けてもらいたいものじゃ」

「……それだけか?」

「それだけじゃ。まぁ、ユーリに妾と番いになるよう説得してくれたらありがたいのじゃが?」

「そう言うのは当人同士だけで話してほしいんだが?」

「別に良いが……未だに相手が決まらぬとなれば、妾は総力を以て其方を番いにするぞ?」

「仰せのままに女王陛下。必ずやユーリを陛下に献上いたしましょう」

 

 冗談じゃない。グンフィルドがその気になれば例えエルフ族の大陸に逃げようが、本気で俺を狙ってくる。

 

 俺は素直にユーリを売るしかなかった。俺は悪くない。

 

「うわぁ……」

 

 だからララよ、そんな目で俺を見るんじゃない。

 

「ところで、そこの少年じゃが……」

「……シンクは渡さないぞ」

 

 アーロンの報告にシンクのことが書いてあったのだろう。僅かにだが、グンフィルドから敵意に近いモノを感じた。

 

 ララもそれを感じ取ったようで、シンクを自分の後ろに隠す。

 グンフィルドは俺達の反応を見て肩をすくめた。

 

「そう邪険にするでない。アーロンの報告で聞いておる。じゃが……努々忘れるでないぞ。その子は我が民の命を多く奪ったことをの」

「忘れはしないさ」

「……よい。この事件の怪物は討ち取られた。民達にはそう告げておく」

 

 グンフィルドは俺に警告した。

 

 シンクがまた怪物になることがあれば、その時は自ら俺を含めて殺しに行くと。

 

 ララの後ろで此方を見ているシンクに大丈夫だと微笑みかける

 

 


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