魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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第27話 風の試練

 

 

『グルァァァァァァアッ!』

 

 これが試練の相手か。

 ただの怪物に見えるが油断はできない。どんな姿であっても風神の力を有する存在の筈だ。

 

「ララ! 奴が俺に引き付けられてる間に好きなだけ魔法を放て!」

「分かった!」

 

 俺は床を蹴り、獅子へと突撃する。

 ナハトを獅子の顔目掛けて振り下ろす。獅子は後ろにずれてナハトをかわし、右前足を振り下ろしてくる。その足を、身体を捻りながらジャンプしてかわす。

 

「サラ・ド・イクスズ!」

 

 ララの杖から火花が放たれ、獅子の身体に着弾する。その途端、着弾した所が大きく爆発し、獅子にダメージを与え、獅子は身体を怯ませる。

 

 その瞬間を逃さず、ナハトで横薙ぎにする。獅子の左前足に刃が食い込むが、毛皮の硬さで斬ることができなかった。そのまま足を弾き、返す刃で顔面に叩き付ける。獅子の顔面も硬く、ただ殴り付けるだけになってしまう。

 

「硬っ!?」

『グラァァ!』

「センセ! サラ・ド・イクスズ!」

 

 獅子が俺に噛み付こうとしたところを、ララの魔法が割り込み、獅子は大きく仰け反る。

 俺は一度獅子から距離を取り、今一度ナハトに魔力を喰わせる。俺の魔力を喰ったナハトは黒い刃を爛々と輝かせる。

 

 獅子は黄色く輝く眼光で俺を睨み付けてくる。俺も負けじと睨み返し、ナハトを握り締める。

 

「デリャアッ!」

『ラァァァッ!』

 

 俺と獅子がぶつかり合い、剣と爪が火花を散らす。

 俺がナハトを振るうと獅子は器用に前足の爪で捌いてくる。獅子が俺の攻撃に気を取られていると、そこにララの魔法が炸裂しダメージを通していく。

 獅子はララの魔法を嫌がったのか、後ろに飛び退いて俺から距離を取る。

 そして獅子は鬣を逆立たせ、風の魔力を練り上げた。

 

 ――魔法が来る!

 

「ララ! 防御だ!」

 

 ララにそう命じると、ララは無言で人族の防御魔法を展開する。俺には展開しなくても良いのに、ララは俺の分まで障壁を展開した。

 

『ガァァァァァアッ!』

 

 獅子は最大限まで魔力を練り上げると、大きな咆哮を上げて鬣と口から竜巻を吐き出した。

 竜巻は真っ直ぐ俺達に襲い掛かり、ララの障壁に激しく音を立てながら直撃する。

 俺は魔力を風属性に変換し、魔力を練り上げる。

 

「我、風の竜を生み出し敵を喰らう者なり――ラージド・ウインドラグーン!」

 

 魔法で生み出した風と獅子の攻撃によって吹き荒れる風を利用し、風のドラゴンを召喚して獅子に攻撃を跳ね返す。獅子の風を巻き込んだことで威力が倍増したドラゴンの顎が獅子に喰らい付く。

 

 獅子はその衝撃で後ろに吹き飛ぶも、硬い毛皮のお陰でそこまで大きなダメージは通っていないようだ。

 

「ちっ……!」

「センセ! 全然攻撃が通用してないぞ!」

「あの硬い毛皮をなんとかしなきゃな!」

『ガルルゥ……!』

 

 獅子は立ち上がり身体を捩らせる。

 俺が放った魔法はそれなりに強力な物だった筈なんだが、傷一つ付いていない。

 

 あの毛皮の強度は中位の魔法じゃ突破できない程か。上位の魔法を放つことはできるが、流石に上位になると放つまでに少し時間が必要になる。その時間をあの獅子が許してくれるとは思えないな。

 

 此処で雷神の力を使ってみるか……? 相手がまだ『本気』を出していない間に速攻で方を付けたほうが良いか。

 

「よし……使うか」

 

 俺の中の魔力に意識を集中させ、雷神の力に切り替える。

 イメージするは黒い稲妻、圧倒的力で相手を焼き貫く神罰の雷……!

 

「見様見真似! アラストール!」

 

 エリシアが神殿で放った雷の集束砲を放つイメージでナハトを思いっ切り突き出す。

 

 黒い雷がナハトから迸り、強力な雷を放――――。

 

「……」

「……」

『……』

 

 ――――何も、起こらなかった。

 

「あれぇ!?」

「センセ! 何やってるんだ!?」

「っ!?」

 

 獅子の口から風の大砲が放たれ、俺は慌ててナハトで風を斬る。風の大砲は掻き消え、直撃は免れたが、俺にはそれに安堵する余裕が無かった。

 

 雷神の力が使えなかった――。

 

 確かに魔力は雷神の物に切り替わった。それは間違いない。

 だが身体の外に魔法として放とうとしたら、蝋燭の灯火を吹き消すようにフッと消えた。

 

 俺が雷神の力をコントロールできなかった、という訳じゃない。

 第三者による妨害を受けたような感覚だった。

 

 もう一度、雷神の力を使おうと手から雷を放つ。

 やはり同じように力が消え、手からは何も放たれなかった。

 

「何でだ!?」

「センセ! 危ない!」

『ガァァァ!』

 

 ララの叫びで獅子が飛び付いてくるのに気が付き、後ろに飛び退いて攻撃を避ける。

 ララの隣まで後退し、ナハトを構え直す。

 

「センセ、どうしたんだ!?」

「分からん! 雷神の力が使えない!」

「え!?」

「まさか……試練は勇者の力無しで挑めってことか!?」

 

 だとしたらかなり面倒だ。あの獅子はまだ本気を出していない。魔法だってちょっと漏らしてる程度の力だ。あれが本気になれば、また雷神の時と同じようなことになるかもしれない。

 

 俺がやられたら、ララが死ぬ――。

 

 脳裏に嫌な未来が過る。鼓動が荒くなり、呼吸がしづらい。

 落ち着け、落ち着け。雷神の力が無くても俺は魔王を倒した。やることをきっちりやれば、間違いを犯さなければ風神の試練だろうがなんだろうが乗り越えられる。

 

 だから落ち着け、落ち着いてナハトを握り締めろ。

 

「センセ! センセ!!」

「っ!?」

 

 思考の海に飲まれていた俺を、ララの声が掬い上げた。

 ララは以前の時とは違い、強い眼光を持ったままそこに立っている。

 

「センセ! 私達なら勝てる! だって聖女と勇者なんだから!」

 

 そう言うララは、目の力は強くても足が少しだけ震えていた。恐怖を必死に抑え込んで強がっているんだ――。

 

 ――違う、ララは信じてるんだ。

 

 しっかりしろルドガー・ライオット! 大切な生徒がこんなにも頑張ってるんだ!

 俺がここで臆していったい何ができる!

 

「悪い、ララ! ちょっとへこたれてた!」

「……センセ! 指示をくれ!」

 

 今一度、獅子を観察する。

 

 獅子が本気を出すまでにつけ込めるだけつけ込んでおきたい。本気を出しても覆せないアドバンテージを掴んでおくのが確実な勝利に繋がる一手だ。

 

 考えろ、獅子は風の魔法を使う。毛皮は硬いが石や鉄で構成されている訳じゃない。風の魔法なら跳ね返すことも可能。あとは魔法を使う際には鬣が逆立つ動作が入る。

 

「サラ・ド・イクスズ!」

 ララが獅子に牽制として火の精霊魔法を放つ。獅子の鬣付近に着弾し、大きな爆発を起こす。

 獅子は嫌がったように声を上げ、身体を捩らせる。

 

 ……そう言えば、その魔法だけやけに反応が大きいな。ダメージは通っていないように見えるが、もしかしてそれは表面上だけか?

 

 俺は試しにと魔力を火属性に変換し、火の魔法を放つ。攻撃力が高い、魔族の魔法を選ぶ。

 

「我が敵を焼き貫け――フレイムランス!」

 

 炎の槍を生成に、獅子に投擲する。

 獅子は魔法で防ぐ訳でもなく、爪で叩き落とす訳でもなく、今まで一番大きな動きで炎の槍を避けた。

 

 まるでそれには絶対に触れたくないと言わんばかりな反応だ。

 

「……なるほど」

 

 獅子の攻略方法の一つが思い浮かんだ気がする。

 

「ララ、使える火の魔法で一番デカいのは何だ?」

「……火の精霊魔法で、炎(えん)雲(うん)召喚」

「ちょうど良い。俺が合図したら放てるよう、準備してろ」

「……ああ、分かった」

 

 ナハトを肩に担ぎ、獅子に近付いていく。

 

 さぁ、いっちょ派手に立ち回ろうじゃないか。

 

「行くぞ、化け獅子。できるだけ派手な技を頼むぞ」

 

 魔力を練り上げ、身体能力を向上させる。一歩で獅子の懐に潜り込み、下からナハトで突き上げる。

 

「ドォォリャァァ!」

 

 そのまま獅子を宙に浮かせ、更にナハトへ魔力を集束させてもう一度突きを放つ。

 魔力による衝撃波を獅子に浴びせるが、獅子は少し怯んだだけに終わる。

 獅子は空中で体勢を整え、俺に向けて風の砲弾を放つ。

 

 違う、これじゃない。

 

 砲弾を斬り裂き、落ちてくる獅子をかわし、ナハトで顔面を殴り付ける。

 

『ガオォォォォ!』

 

 獅子は牙と爪を立てて俺に反撃してくる。

 爪に風の魔法が纏わり付き斬れ味を増大させているが、望んでいるのはその魔法じゃない。

 

 爪をナハトで受け流していき、隙を見付けては反撃してナハトで殴り付ける。

 

 ガキンッ、ゴキンッ、と硬い物を殴る音が響き、鳴る度に火花が散る。

 

「ゼリャァ!」

 

 ナハトに魔力を喰わせ、衝撃波を放ちながら獅子の前足を大きく弾き、顔面にナハトを突き立てる。切っ先が獅子の眉間に直撃し、そのまま獅子を突き飛ばした。

 

 獅子の巨体はそのまま壁まで吹き飛び、壁に激突して床に転がり落ちる。

 ただ、見た目に反してやはりダメージが通っていない。頑丈な硬さで全身を守っていやがる。

 

『グルゥゥ……!』

 

 獅子の鬣が激しく逆立つ。風が獅子の周りで吹き荒れて集まっていく。

 

 来た、この魔法だ。この魔法に合わせて反撃すれば!

 

『ガァァァァァァッ!』

 

 獅子が咆哮を上げ、巨大な竜巻が砲弾となって放たれる。

 俺はナハトで正面からその砲弾を受け止める。

 

「ララ! 今だ!」

「火の精霊よ来たれ! サラ・フォル・フラマヌーベスディア!」

 

 ララの魔力が一気に高まり、広範囲に紅蓮の炎が生み出される。その炎は大地に走る雲のように広がっていき、俺が受け止めている竜巻の砲弾に襲い掛かる。

 

「ナハト! 喰らえ!」

 

 ナハトの鍔であるドラゴンの眼が紅く光り、獅子の風とララの炎を喰らい始める。

 二つの魔力がナハトの物となり、獅子から竜巻の制御を奪い取る。ララの炎も制御し、巨大な炎の竜巻をナハトに纏わせ付けた。

 

「返すぞ化け獅子! 炎竜破!」

 

 嘗て戦ったウルガ将軍が使っていた炎の技。それを俺なりにアレンジした物を獅子に向かって放つ。ララの炎で倍増された威力の炎の竜巻が砲撃となって獅子を呑み込む。

 

『グギャアアアアア!』

 

 今までダメージというダメージが入らなかった獅子が絶叫する。

 

 やはり、こいつには火属性の魔法が効くようだ。通りでララの魔法だけ大きく反応していた訳だ。弱点である火を本能的に嫌っていたのだ。

 

「燃えろォ!」

『グルァァァァア!』

 

 魔力が大きく爆ぜた。獅子は全身を燃やし、床にぐったりと倒れる。

 

 これで終わった、とは思ってはいない。

 試練の第一段階が終わり、次の段階へと移行するはずだ。

 

 そう考えている間に、それは起きる。

 

 燃えていた獅子から炎が掻き消され、焼けていた肉体が再生していく。獅子は立ち上がり、鬣の隙間から二つの首を生やす。三つの頭を持った獅子へと変貌し、更に背中から一対の翼を生やしやがった。

 

 


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