『ガァァァァァァァッ!』
三つの頭から耳を劈く咆哮が上げられ、俺とララは耳を塞ぐ。
獅子は翼を羽ばたかせ、宙を浮いて周囲に風の槍を展開した。
ここからが正念場だ。ここを乗り越えれば試練を突破できる。
「ララ! 踏ん張れよ!」
「センセこそ!」
「我、大地の怒りを以て敵を貫く者なり――ラージド・アースランス!」
「火の精霊よ来たれ――サラ・ド・トゥルボーズ!」
俺が床から大岩の槍を生み出して射出し、獅子が放った風の槍とぶつける。そしてララが発動した炎の竜巻が獅子を呑み込む。獅子は翼を動かして風を起こし、炎の竜巻を掻き消して広間を飛び回る。
デカい図体して頭上を飛び回りやがって。アイツに大ダメージを与えるには一度床に叩き落とさなければいけないか。
なら地属性の重力魔法だ。それも威力の強い魔族の奴でいくか。
飛び回る獅子に手を翳し、魔力を一気に練り上げる。
「大地に這い蹲れ――グラヴィタス・ディアボロス!」
獅子の頭上に魔法陣を展開し、巨大な黒い球体を生み出す。その球体から発生させた重力で獅子を上から押し潰す。獅子を床に勢い良く叩き付け、そのまま重力で押し潰してしまおうと更に力を高める。
これは魔族の中位魔法だ。魔力の消費が激しいが、その分威力は高い。
「そのまま潰れろ……!」
『グル……グラァァ!』
最初こそ獅子は苦しんでいたが、咆哮と共に魔力を瞬間的に爆発させ、重力の魔法を強制的に解除させられた。魔法を壊され、制御していた左手にその反動で激しい痛みが襲い来る。
「くっ……!?」
『ガァァア!』
獅子は風を全身に纏い、回転しながら突撃してくる。
ララを抱き上げ、獅子の突進を避ける。ララは俺に抱えられながら杖を獅子に向けた。
「サラ・ド・ハスタズ!」
炎の槍が一本、杖から放たれて獅子に迫る。しかし獅子に直撃する前に纏っている風によって掻き消される。
ララを獅子から遠ざけた場所で降ろし、ナハトを構えて獅子に立ち向かう。
獅子は三つの口から風の砲弾を乱射し、俺とララに当たる砲弾だけを見切ってナハトで斬り裂く。
先程よりも威力が増している。ただ数が増えただけじゃないようだ。ナハトが魔剣じゃなければ打ち破れなかっただろう。
『グルォォォォォオ!』
獅子が雄叫びを上げると、広間中に幾つもの竜巻が発生した。その力で試練の間の天井が破壊され、蒼天と太陽が俺達を照らす。天井の瓦礫を巻き込んだ竜巻が乱雑に移動し、俺とララを呑み込もうとする。
更に天井が壊れたことで試練の間の結界が破れたのか、獅子は空高く飛び上がって神殿から飛び出て上空で力を高め始めた。
マズいな、空のアドバンテージを取られたら戦況が不利になってしまう。
地上に落とすか、もしくは俺達も空を飛べれば――。
「――っ、そうだ! ララ、こっちへ!」
ララを近くに寄せ、俺は魔法で音を大きくした指笛を吹く。
指笛の音が響いてすぐ、馬の嘶きが聞こえた。
壊れた天井を見上げると、そこからペガサスが現れて目の前に降り立つ。
「え、センセまさか!?」
「そのまさかだ!」
顔を若干青くしたララをペガサスに乗せ、俺も乗ってララの後ろから手綱を左手で握る。
「ハイヨォ!」
「いやああああっ!?」
ペガサスを走らせ、急加速で上空へと飛び上がる。
同時に獅子から風の衝撃波から放たれるが、ペガサスを操ってそれをかわす。衝撃波は神殿に直撃し、神殿に大きな損傷を与えた。
「ったく、貴重な歴史的遺産なんだぞ!」
「センセ! そんなのはいいから前!」
前から獅子が突撃してきた。それを寸前でかわし、獅子の周りを旋回する。
獅子も俺達の様子を窺いながら、まるで空の王者だと言わんばかりに翼を羽ばたかせる。
「行くぞララ! 振り落とされないようにしっかり掴まってろ!」
「何に!? 落ちない魔法は!?」
「それに割いてる余裕は無い!」
「そんな――きゃああああっ!?」
ペガサスを急加速させ、獅子を追い掛ける。ペガサスの速度は獅子が飛ぶ速度よりも速く、追い付くことは簡単だった。
此処からは近接戦闘ではなく魔法戦闘が主体になる。
俺とララは残っている魔力を総動員して魔法を獅子に向けて放っていく。
今の魔力残量では魔族の魔法は使えず、人族の魔法を使う。威力は下がるが、魔力消費量は此方のほうが少ない。
雷神の力もまだ使えないか試してみるが、結界が壊れた今でも使えなかった。
「ラージド・フレイムバーン!」
「サラ・ド・イクスズ!」
俺の炎とララの爆発が獅子を攻撃し、獅子はそれらを纏う風で防いでいく。
あの風に炎を混ぜ込ませればと思ったが、そうは問屋が許さないようだ。風が鋭い刃のようになり魔法を斬り裂いてしまう。
近寄って斬ろうにも風が邪魔で近付くことができない。同じ空というステージに立ったのは良いが、これでは無駄に魔力を消費するだけで終わってしまう。何とかしてあの風を突破する方法を考えないと。
「センセ! どうするんだ!?」
「……あの風をナハトで断ち切るしかない!」
「どうやって!? うわっ!?」
獅子が風の砲弾を放ってきた。ペガサスを駆って砲弾を避け、獅子の後ろを追い掛けるようにして空を走らせる。
「ララ! 俺がこれから教える魔法を、合図したら放て!」
「何をする気なんだ!?」
「奴に斬り込む! それしか勝つ方法は無い!」
「でもアイツの身体硬いんじゃ!? それに風の結界だって!」
「賭けになるが……やってみるしかない!」
ペガサスを急加速させ、獅子の上空へと向かわせる。その途中でララに呪文を教え、ペガサスの手綱を握らせる。
「いいか! 魔法を放ったらすぐに離れろ!」
「センセ! 信じて良いんだな!?」
「嘘吐いたことあるか!?」
「隠し事はある!」
「そうだったな! ――今だやれ!」
ララにそう合図した俺はペガサスから下を飛んでいる獅子へ目掛けて飛び降りる。
ララはペガサスの上から杖を構え、空に向けて魔法を唱える。
「我、此処に天照らす日輪を具現させし神の巫女なり――マキシド・ソリス!」
ララが魔法で赤い太陽を創り出した。これで空に自然の太陽と魔法の太陽、二つの太陽が存在することになる。
太陽は月と同じく魔法的要素が強い。それが片方は擬似的とは言え二つ、俺の頭上に存在する。
つまり、強大な魔法を使える準備が整ったということだ。
「我、火神に捧ぐ! それは我が右手! 我、火神に捧ぐ! それは二つの太陽! 我が剣に宿れ! 火神の剣! その名は魔剣――倶利迦羅!」
直後、二つの太陽から強大な魔力が俺の右腕に注ぎ込まれる。その魔力は凄まじい熱を発し、俺の右腕がガントレットごと真っ赤な炎に染まる。灼熱による激痛が襲うがすぐに慣れ、注ぎ込まれた魔力をナハトに全て喰わせる。灼熱の魔力を喰らったナハトの刀身が真っ赤に染まり、炎を凝縮したような刀身に形を変える。
「オオオオオオオッ!」
右腕が完全に焼け落ちる前に勝負を決める。
倶利迦羅と化したナハトを振り上げ、眼前に迫る獅子の風へと力を解放しながら斬り払う。
一瞬の拮抗があったが、倶利迦羅は獅子が纏う風の結界を焼き斬り、ズパンッという音を立てて結界は砕かれる。
「ハアアアアアアアッ!」
がら空きとなった獅子の背中に倶利迦羅は簡単に突き刺さり、獅子の体内に灼熱の炎を一気に送り込む。
『グギャアアアアアッ!!』
体内に炎が流れ込んだ獅子の口や目から炎が噴き出し、全身の内側から炎が漏れ出す。
「燃えろぉぉぉぉオ!」
全ての力を流し込んだその時、獅子は内側から弾けて爆発した。
決着がついたのを確認し、すぐに魔法を終了させる。右腕は殆ど炭と化し、シューシューと音を立てている。
これが人族の身体なら右腕はもう使い物にならず、即座に切り捨てるべき状態だが、都合良く俺の身体は半魔だ。時間は少し掛かるが、治癒魔法も加えたら元通りに治る。
「っ……!」
空を落ちながら獅子が爆発した煙を眺めていると、中から緑色の光が見えた。
まさか、獅子を倒しきれなかったのか?
俺は焦りを覚えたが、それは杞憂だった。
煙の中から現れた光は煙から飛び出し、俺の炭と化した右腕に飛び込んできた。
その途端、風属性の魔力が全身を駆け巡り、俺の中の魔力を刺激した。
瞬間理解した――これは風神の力だと。
試練を乗り越えた証として、風神から力を授かったのだと。
右腕はガントレットごと元通りになっていた。痛みも無く、問題無く動かすことができる。
「……」
俺は落ち着いて風神の魔力を意識する。風を纏い、自由に操れるようなイメージを強く持つ。風で身体を持ち上げるように操り、落ちていく身体を支えた。
「……ふぅ! やればできるもんだな!」
「センセ!」
滞空に成功したことに安堵していると、ペガサスに乗ったララが泣きそうな顔でやってきた。
俺があのまま空から落ちていってしまうとか思ったのだろう。
空に立つようにして身体を起こすと、ララがペガサスから俺の胸に飛び込んできた。
「おいバカ!?」
「バカはセンセだ! 落ちていくかと思ったじゃないか!」
「悪い悪い……それまでにお前が来てくれると思ってたんだよ」
「……でも空飛んでる」
「あー……風神の力を手に入れたみたいだからな」
「……やっぱりセンセって勇者?」
「……そろそろ否定できないかもな」
ララをペガサスに戻し、俺も背中に乗り込む。
空の上から風の神殿を見下ろすと、神殿からは力を感じなくなっていた。
役目を終えたのだろう。力は俺に授けられた。
そして聖槍フレスヴェルグも、その存在を俺の内に確かに感じる。
魔獣を倒す武器は手に入れた。ついでに風神の力も。
どうして雷神の力を持っているのに風神の力も授けられたのか、俺にはまだその理由は分からない。
だがこれが俺に課せられた予言なのだろうか。
だとすればいったい俺に、ララに、この先で何が待ち受けているんだ。
……今はそれを考える時じゃないか。魔獣を倒さなければならない。
「さ、ユーリとシンクのところへ帰ろう」
「ああ……安全運転で頼むぞ?」
「……ニヤ」
俺はペガサスを全速力で走らせるのだった。