魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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第30話 乱戦

 

 

 ユーリは飛ぶことに慣れているが、そうでもない俺は少々出遅れて空を飛ぶ。

 迫る怪物達に向けて、ユーリは魔法を発動する。

 

「纏めて薙ぎ払う! トルネードディザスター!」

 

 ユーリが発動した魔法は複数の巨大な竜巻を生み出し、怪物達の群れに突っ込んで竜巻に巻き込んでいく。怪物達は竜巻によってミンチになっていき肉片が散らばっていく。

 

 いや、肉片は残らなかった。命を終えた怪物達はそのまま魔力の粒子となって消えていった。

 

 あれは穢れた魔力に侵された怪物達じゃない。取り込んだ怪物をベースに魔力のみで生み出された魔力集合体、謂わば穢れた精霊に近い。

 

 どうりで数が尋常じゃない訳だ。魔力の塊なら、魔力があるかぎり何処からでもあの怪物を生み出すことができる。

 

 だが何故此処を狙う。ホルの森を焼き払うともあるが、どうして魔獣は最初にそこを狙う。

 何かまだ隠された事実があるんじゃないだろうか。

 

「ちっ……考える暇も無いか」

 

 ユーリより出遅れた俺も魔法を発動する。風神の力はぶっつけ本番だが、使い方は通常の魔法を使う時と同じのはず。どれだけ魔力を持っていかれるのか知らないが、一度に多くを薙ぎ払ってやる。

 

「トルネードディザスター!」

 

 ――シーン……。

 

 何も発動できなかった。

 

「なんっでだよ!?」

 

 風神の力は確かに発動している。なのに魔法は不発に終わった。

 今度は邪魔された訳じゃない。単純に魔法を発動させることができなかった。

 

 魔力が足りないから? それとも上位魔法を放てるほど力を貰えなかった?

 

「くそっ!」

 

 魔法を上空から使えないんだったら俺にできることは一つだけ。

 

 ――地面に降りて直接叩き斬る!

 

 地上の怪物に目掛けて直滑降で落ち、ナハトで怪物を両断する。

 

 そもそも俺は魔法での殲滅戦タイプじゃない。堂々と正面から相手をぶった斬るのが俺の戦い方だ。

 

「おら来いやァ!」

 

 上位魔法を放てなくても風自体は操れる。

 ナハトの剣身に黒い風を渦巻かせ、触れるだけで木っ端微塵にできる風の魔剣に変化させる。

 

『ガァァァァッ!』

『オォォォォンッ!』

『キシャァァァァッ!』

 

 怪物の軍勢が咆哮を上げながら突撃してくる。

 ナハトを一振りするごとに強烈な鎌鼬が発生し、ナハトが触れることなく怪物らを細切れにしていく。攻撃されてもナハトの一撃で上塗りして逆に斬り裂く。

 

 数は圧倒的に怪物のほうが多いが、それがどうした。この程度で俺が止められるものか。

 

 怪物らをぶった斬っていると、城門から激しい太鼓の音が響いてきた。城壁からの砲撃も止み、俺は城壁へと振り返る。

 

 見ると城門が開き、グンフィルド女王を戦闘にアーロン達が武器を手に現れた。

 

「者共ォ! 戦じゃァ!」

『オォォォォォッ!』

 

 女王達が一斉に突撃を仕掛けた。戦士達が走り大地が激しく揺れる。

 あっという間に戦士達の津波が俺を通り過ぎ、怪物達を喰らっていく。

 

 人族特有の盾を使う部隊が先に突撃して怪物に体当たりし、衝撃で怯んだ隙に盾の後ろから剣や戦斧を持った戦士達が怪物を討ち取る。

 決して一人で戦わず、最低でも盾役と攻撃役の二人組で行動して怪物を叩いていく。

 

 その勢いは凄まじく、ユーリが幾分か殲滅しているとは言え、怪物の軍勢を呑み込んでは進軍していく。

 

 これがエフィロディアの戦士達。恐れを知らず、痛みを知らず、仲間を信じ、ただ敵を喰い尽くす。

 

「グリムロックゥ!」

 

 アーロンが怪物の首を戦斧で斬り落とし、俺に吠えた。

 

「何チンタラやってんだてめぇ! 俺が全部喰っちまうぞ!」

「……残しておけって言ったの誰だよ!」

 

 俺も負けじと怪物の身体を両断する。

 

 久々に戦の血が滾ってきそうだ。怪物を殺す度に口角が吊り上がり、身体が熱く火照る。

 

 忘れていたこの感覚――そうだ、俺は戦場で生まれて戦場で育った戦人。

 

 向かってくる敵は全部魔剣で斬り殺す。敵が怪物なら容赦する必要なんかねぇ……全部喰らっちまえ。

 

「ナハト――喰らえぇ!」

 

 風の魔力を開放してナハトを振り払う。すると風が斬撃となって放たれ、正面にいる怪物らを纏めて薙ぎ払う。

 

 巨人型の怪物が俺に拳を振り下ろしてくるが、その拳をナハトでかち割り、そのまま身体を縦に両断する。

 

 遠くの方で穢れた魔力が結集していき怪物の姿に変わる。数は増えていかないが減ってもいかない。いつまで人と怪物の軍勢がぶつかり合って命を喰らい合う。

 

 左手に黒い稲妻を宿し、怪物らに向けて手を伸ばす。戦士達も射線上にいるが、怪物だけに的を絞って雷を地面に打ち込む。

 

「駆け抜けろ!」

 

 轟ッ! と雷鳴が響いて黒い雷が地面を四方八方に走り抜ける。雷は怪物だけを的確に貫き、確実に殺す。

 

 雷神と風神の力の使い方が少しだけ理解できた。

 

 エリシアやユーリのように上位魔法を使うことはできないが、力そのものは自在に操れる。魔法に変換できないがそれ単体だけで如何様にもでき、引き出せる力は中位程度まで。

 

 だがそれだけでも充分に強い。無言で操れる力の限界を大きく引き上げている感じだ。

 これなら魔法を使えなくても替えが効く。

 

「ソラァ!」

 

 俺の目の前を赤い女性が飛来する。その人は怪物を押し倒し、足で首を踏み潰した。そして槍で周りにいる怪物を斬り裂いていき、槍を投擲して一度に怪物を貫いて殺す。槍はある程度飛んでいくと、独りでに女性の手に戻った。

 

「フハハハハッ! 怪物などこの程度か!」

 

 グンフィルド女王が赤い魔力を滾らせながら高笑いした。

 

「随分とご機嫌だなグンフィルド!」

「おうとも! 久方ぶりの戦に血が騒いでおるわ!」

「そんなだから貰い手がいねぇんじゃねぇか!?」

「ハッ! いつの話をしておる! この戦が終われば、妾は婚儀を挙げるぞ!」

「は!? 誰と!?」

 

 予想外の話に驚きながら怪物の首を斬り落とす。

 グンフィルドはとても楽しそうに笑い、怪物を槍で穿つ。

 

「ユーリとじゃ! 言質は取ったぞ!」

 

 マジで!? アイツにそんな気があったのか!?

 え、じゃあグンフィルドが俺の義妹になるってことなのか!?

 俺の義弟が勇者で一国の女王が義妹って何それ!?

 

「さぁ! 者共! このまま怪物らを呑み込んでしまえ!」

『ウォォォォ!』

 

 女王の声に戦士達が雄叫びを上げ、怪物達への猛攻を続ける。地上の怪物達はどんどん森側へと押し返されていく。

 

 その時、空に無数の黒い影が現れる。注視すると、それは鳥形の怪物の群れだった。

 

「アーロン!」

「はっ!」

 

 女王に命じられたアーロンが空に魔法で光の球を放つ。光は上空で弾けて大きな音を鳴らす。

 

 その直後、城壁から無数の矢が放たれた。それもただの矢ではない。風の魔法で強化された大砲並みの威力を持った矢だ。

 その矢は空を飛ぶ怪物らに襲い掛かり、穿つどころか身体を弾けさせて撃ち落としていく。

 

 そして矢はそのまま地上で戦っている俺達の上から降り注いでくる。

 

「おいおいおいおい!?」

 

 俺は慌てて防御魔法と風を張って矢を防ぐ。他の戦士達は矢が降り注ぐ寸前に盾を上に構え、その下に盾を持っていない戦士達が入って矢をやり過ごす。

 盾を持っていない怪物らに矢が降り注ぎ、一気にその数を減らした。

 

 こいつら、やってることが無茶苦茶だろ! 下手すれば味方を巻き込んでたぞ!

 

「かかれぇ!」

『オオオオオオッ!』

 

 戦士達が一気に怪物を押し返す。数が減ったことで攻勢が更に強まり、もう少しで怪物を全滅させられるところまでやってこれた。

 

 しかし、それもすぐに止まることになった。

 

 ――ゴゴゴッ!

 

「何だ?」

 

 激しい地鳴りが起こり、森から何かが生まれた。

 

 それはあまりにデカい。都の城壁よりも高く、まるで山そのものだ。

 それは巨人だった。巨人の中でも更に巨大な怪物だ。

 

 二本の足と二本の腕で身体を支え、その巨人は咆哮を上げる。

 

『ゴォォォォォオ――!!』

 

 咆哮だけで大地が揺れた。

 あれほど巨大な怪物は見たことが無い。

 

 まさか、あれが魔獣なのか?

 いやだが、穢れた魔力の気配が弱い。魔獣ならもっと強いはずだ。

 

 巨人は両腕をゆっくりと振り上げた。

 

 背筋が凍った――。

 

「我、七神から授かりし盾を持ち、我に仇なす者から万物を守護する者なり!」

 

 全力で魔力を練り上げ、ナハトを地面に突き刺した。

 効果範囲を可能な限り広げ、防御魔法を展開する。

 

「マキシド・プロテクション!」

 

 広範囲に防御魔法を展開し、戦士達を包み込む。

 

 直後、巨人の両腕は大地に振り下ろされた。

 それにより発生した衝撃波が俺達に襲い掛かり、発動した防御魔法に激突する。

 

「ギィッ――!?」

 

 その威力に魔法が崩れ落ちる。できるだけ多くの戦士達を守ろうとして力を広げ過ぎたのが悪かった。ある程度は攻撃を凌いだが、衝撃波が防御を貫き、他の怪物ごと俺達を呑み込んだ。

 

 衝撃波が全身を鞭打ち、吹き飛ばされたのか地面に身体を打ち付けて転がってしまう。

 

 頭を強く打った……気絶しなかったのは幸いだ。

 

 ボタボタと頭から血を流しながら立ち上がり、舞い上がっている土煙を風魔法で吹き飛ばす。

 

 そして見えたのは壊滅したエフィロディアの戦士達の姿だった。

 

 壊滅した、というのは正しくない。比較的俺の近くにいた戦士達は吹き飛ばされているものの、まだまだ戦える状態に収まっている。

 

 だが離れていた戦士達はもろに攻撃を受け、全滅していた。

 

 グンフィルドは大丈夫だ。アーロンも女王の盾になっていたようだが、少し怪我をしているだけで問題無い。

 

 しかし、今の一撃で軍の大半がやられてしまった。これでは戦線を維持できない。

 

「兄さん! 陛下!」

 

 ユーリが隣に降りてきた。空を飛んでいたお陰で攻撃を免れていたようだ。

 

「俺は大丈夫だ……俺よりグンフィルドを心配しろ」

「何言ってるんですか!? 陛下より怪我が酷いですよ!」

「怪我ならすぐに治る!」

 

 言ってる間に頭の傷は塞がった。どうも力を得てから怪我の治りが異常だ。これも恩恵と捉えて良いのか分からないが、今の状況ではありがたい。

 

「それより、あれは何だ?」

「分かりません。魔獣でないのは確かなようですが……」

「何にせよ、アレは俺達で止めなけりゃいけねぇな……」

 

 あれは人の手に負えない。いくら女王でもあれは倒せないだろう。

 

 俺とユーリは女王とアーロンの下へ移動した。

 

「グンフィルド! アーロン!」

「ルドガー……助かったぞ」

「だが守り切れなかった。一度お前達は下がれ」

「何だと!? 妾に撤退せよと申すか!?」

 

 女王は激昂した。魔力が昂ぶり、足下の地面が割れる。

 

「最終防衛線まで下がれ。まだ生きてる戦士達を助けろ。あれは俺とユーリが相手する」

「巫山戯るでない! エフィロディアの女王たる妾が、怪物相手に背を向ける訳にはいかん!」

「あ、おい待て!!」

 

 グンフィルドは俺の制止を無視し、槍を握って新たに生まれて向かってくる怪物らへと突撃する。

 

「ちっ! あの脳筋馬鹿が! アーロン! 動けるならお前が軍を下がらせろ! 生存者を救出して後ろで怪物の侵入を防げ!」

「だが陛下が――ぐっ!?」

「俺とユーリが行く!」

「くそっ……! 頼む!」

 

 俺とユーリはグンフィルドを追い掛ける。

 

 再び穢れた魔力から生まれた怪物を葬りながら、グンフィルドは巨人に飛び掛かった。地面に着いている巨人の片腕を駆け上がながら槍で斬り裂く。巨人はグンフィルドを腕から払い落とそうと、もう片方の腕を動かした。

 

「舐めるなァ!」

 

 グンフィルドはその腕を正面から受け止め、巨人の腕を止めた。

 

「おいおい……!? 無茶すんじゃねぇよ! ユーリ!」

「はい!」

 

 グンフィルドが腕を止めている間にユーリと接近し、グンフィルドの隣まで腕を駆け上がった。グンフィルドが止めている腕に目掛けてユーリと一緒に蹴りを放つ。

 

『はぁぁぁっ!』

 

 巨人の腕は大きく跳ね上がり、正面の道が拓く。

 俺とユーリとグンフィルドは更に腕を駆け上がり、巨人の頭まで到達する。

 

 俺はナハトに、ユーリは脚に、グンフィルドは槍に魔力を込め、巨人の顔面に向かって一斉に攻撃を仕掛ける。

 

『おおおおおっ!』

 

 攻撃は直撃し、巨人の頭部を破壊することに成功した。

 

 これで巨人を倒せたかと思った直後、巨人の腕によって纏めて横から薙ぎ払われた。

 俺とユーリで防御魔法を咄嗟に張ってグンフィルドを庇うが、俺達はそのまま地面に叩き落とされる。

 

「ぐぞっ……!? 痛ぇ……!?」

 

 右の脇腹に激痛が走る。手をやると、破砕されて鋭く尖った石が後ろ側から脇腹を貫いていた。ちょうど鎧のプレートが無い部分で、鎖帷子も貫いていた。血が大量に流れ、地面を赤く染めていく。

 

「兄さん! 大丈夫ですか!?」

 

 ユーリが瓦礫を退かして下から出てきた。そこにはグンフィルドもいて、傷だらけだがまだまだ元気そうだった。

 

「だい――丈夫だっ!」

 

 石を抜き取ると、徐々に傷が再生されていく。傷は塞がり、痛みも完全に消えた。

 

 ナハトを握り締めて立ち上がり、頭部を破壊しても尚動き続ける巨人を見上げる。

 

 あれは生物じゃねぇな……何か別の力があれを動かしてやがる。

 

 巨人の正体を探っていると、破壊した頭部から何かが出てくるのが見えた。

 

 それは男の姿だった。魔族特有の黒くて長い髪に、細くも引き締まった肉体を持つそいつは、背中から黒い鳥の翼を生やした。

 

 そいつは巨人の上から俺達を見下ろし、自分の髪を後ろに掻き上げる。

 

「おやおやぁ……? 今の一撃で死ななかったのですかぁ?」

「魔族……!?」

「どうして巨人の中から……!?」

 

 魔族は何が面白いのか顔を歪めて笑い、興味深げに俺達を見下ろす。その間、巨人の動きは止まり、怪物も生まれてこなかった。

 

「まさか私の作品の一撃を受けて死なない人族がいるなんて! もしかして、貴方達が勇者なのですかぁ!?」

「てめぇ……いったい誰だ!?」

 

「私ですか? 私こそ魔王軍の四天王が一人、暴嵐のルキアーノ! 以後、お見知りおきを」

 

「四天王だと!?」

「魔族が我が国を攻めてきたのか……!」

 

 馬鹿な、何で魔族の四天王がエフィロディアに攻撃を仕掛けてきた!?

 まさか、ララを狙って? だとすればどこから情報が漏れた? それとも別の目的が?

 

 ルキアーノと名乗った魔族は巨人の上でお辞儀をした。

 

 一々動きが癪に障る奴だ。俺が嫌いなタイプだ。

 

「魔族が此処に何の用だ!?」

「それを答える必要は……ありませぇん! でもどうしても知りたいと言うのなら、もう少し私を楽しませてくださいよぉ!」

 

 ルキアーノは再び巨人の中へと姿を消していった。巨人は命を吹き込まれたように再び動き出し、俺達に接近してくる。

 

 くそ、あの野郎ォ……ぜってぇ泣かしてやる!

 

 魔族の四天王が相手になっちまったが、やることは何も変わらねぇ。あの巨人をぶった切ってついでに中にいるクソ野郎を気が済むまで殴り続ける。

 

「ユーリ! グンフィルド! 気合い入れろよ!」

「分かってますよ兄さん!」

「誰に物を言っておる!」

 

 俺達は同時に地面を蹴り、巨人へと突撃した。

 

 


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