魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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第32話 勇者の使命

 

 俺とララはシンクを探してメーヴィル中を探し回った。シンクの姿は何処にも無く、とうとう日が暮れてしまった。

 

 俺が眠ったのはほんの一時間程度だ。幼い子供の足ならそう遠くまで行けないはずだが、シンクを普通の子供の範疇で考えても良いのか迷った。魔族の子供なら幼くても身体能力は人族の子供よりも高いし、ヴァーガスだった頃の影響もある。

 

 もし都から出てしまったとすれば、いったい何処に行ってしまったのか。都の人に訊いても誰もシンクの姿を見ていない。

 

 もしかして攫われた? だとすればどうして?

 

「センセ……」

「……お前は城に居ろ。シンクが戻ってくるかもしれない」

「センセは……?」

「城壁の外を探してくる」

 

 ララを城に残し、俺は城壁の外へとルートに乗って飛び出た。都の周りを走り、シンクの手掛かりを探した。日は暮れているが、俺の目なら夜でも見える。

 

 一通り走り回ってみたが、手掛かりらしき物は見つからなかった。

 

 いったい何処に行ったんだ、シンク……。

 

「……まさか」

 

 ふと、シンクがアスカを呼び出したことを思い出す。あの時もシンクはふらりと外に出ていった。今回も森へ行ったのかもしれないと頭を過る。

 

 俺は森へ探しに行こうとルートを操る。だがそこへ空からユーリが降りてきた。

 

「兄さん、すぐに城へ戻ってください」

「……何があった?」

 

 

 シンクの捜索を中断して城に戻った。ララはシンクが見つからなかったことに落ち込んでいたが、状況が状況なだけにグッと堪えた。

 

 今、俺達は城の謁見の間に集まっている。グンフィルドを筆頭に、戦士達が顔を突き合わせ、深刻な表情を浮かべていた。

 

「……強大な魔力が此方に向かっているとな?」

 

 それは一人の戦士が齎した一報だった。その戦士によると、魔法による遠視で西の空から強大な魔力の塊が移動してきていることが分かった。それは真っ直ぐ此方に向かってきており、此処に到達するのにそう時間が掛からないとのことだ。

 

 その魔力の正体が何なのかまでは判らず、こうして会議を開いている。

 

「属性は判るのか?」

「報告によれば、風属性だと。ただ、邪気を感じるとも」

 

 戦士の報告を聞き、俺と、この場にいるアーロンはある心当たりに辿り着いた。

 

 ダール村の空に突如として現れた超巨大な鳥――ケツァルコアトルと思われるアレだ。

 

 ダール村に現れてから一度も他で現れたという報告は聞かないが、空に浮かぶ強大な魔力の正体がケツァルコアトルという可能性は高い。

 

 だが邪気を感じる……その言葉に引っ掛かりを覚える。

 

 あの時のケツァルコアトルは凄まじい力を持っていたが、邪気までは感じなかった。観測されるまでに何かあったのだろうか。

 

「……例の報告にあった超巨大な鳥か」

 

 グンフィルドもその可能性に気が付いた。

 

 ケツァルコアトルが此処へ向かっている。

 それを知った戦士達は騒然とする。

 

 ケツァルコアトルは平和を齎す存在だが、同時に異変を齎す存在だ。それにダール村では何の前触れも無く攻撃を仕掛けてきた。俺が全力で防御しなければ俺達は村ごと消滅していた。

 

 もしあの力が此処で振るわれでもしたら、都全体を守ることは俺でも、ユーリがいてもできやしない。

 

「陛下、もしケツァルコアトルだった場合、我らはどう対処すべきだと思いますか?」

 

 アーロンがグンフィルドにそう尋ねる。

 ケツァルコアトルは風神の眷属だ。怪物として処理する訳にもいかないだろうし、かと言って見過ごす訳にもいかない。民達を避難させるなり防衛策を取るなり、何かしらの行動を起こさなければならない。

 

「知れたこと。眷属であれ神獣であれ、我が民に害をなすなら敵として討つまでじゃ」

「しかし斯様な存在、果たして我らの力が通用するか……」

「エフィロディアの戦士、それもランダルンの出がよもや憶している訳ではあるまい?」

 

 グンフィルドはアーロンに挑発めいた言葉を投げる。

 アーロンはそれに強く反応することはなく、ただ淡々と現実を述べる。

 

「陛下、我ら戦士が戦うことに異論はありません。しかし、現実問題として民達のことを考える必要があります。ケツァルコアトルが此処に向かってくるのであれば、避難させるべきかと」

「……お前は奴の力を目の当たりにしているのであったな。それ程か?」

「はい。グリム……ルドガーがいなければ死んでおりました」

 

 グンフィルドは玉座で肘を突いて思案する。

 

 アーロンの意見には俺も賛成だ。此処が戦場になるのであれば、戦えない者達は避難させるべきだ。幾人かの戦士達も一緒に避難させ、最悪エフィロディアの戦士の血を後世に遺さなければいけない。

 

 グンフィルドは溜息を一つ吐き、俯かせていた顔を上げる。

 

「良かろう。歳が二十に満たない戦士達を民の避難に回せ。これは勅命だ。有無を言わさず従わせるのじゃ」

「ご英断です」

「さて、これで問題がまた増えたな。将軍ルキアーノに魔獣、そしてケツァルコアトル。この三つの問題をどう片付けるか……」

 

 グンフィルドは頭を悩ませる。これは確かに厄介な状況だ。

 

 魔獣の問題だけでも世界的危機なのに、そこへ魔族の将軍が乱入し、ケツァルコアトルまでもが戦場にやって来る。

 

 異常事態が三つも同時に発生するのは、どう考えても偶然じゃない。

 一見、無関係そうに見えても、この三つは何処かで繋がっているのではないだろうか。

 

 予言された魔獣復活、目的が不明な将軍、ケツァルコアトル……。

 

 何か、何か大事なことを俺達は見付けられていないんじゃないだろうか。

 

「ユーリ、魔獣は其方に任せても良いのじゃな?」

「はい。兄が聖槍フレスヴェルグを手に入れました。それで魔獣を倒せるはずです」

「ルドガーが? 聖槍は勇者である其方しか使えないのでは?」

「あー……まぁ、色々とあんだよ、色々と」

 

 俺だってその理由を知りてぇよ。

 

 グンフィルドは俺を訝しんだ目で睨み、俺に答える気が無いと解ると「そうか」と言ってそれ以上何も聞かなかった。

 

「では、魔獣は任せるとして将軍ルキアーノじゃが……」

「それも俺達に任せてくれ」

 

 俺は手を上げてそう言った。

 

「良いのか?」

「態々魔族の将軍が此処に現れたんだ。きっと魔獣と何か関係がある。魔獣と戦うことになれば、望まずとも奴とぶつかるだろうさ」

 

 魔族の将軍という立場の魔族が、大きな目的も無しに人族の国に現れて行動を起こすはずがない。タイミングも魔獣が復活する直前だ。きっと何処からか魔獣のことを知ったに違いない。魔獣を狙っての行動なら、何処かで必ずぶつかる。

 

 今度はウルガ将軍のような一騎討ちにはならない。魔獣を巻き込んだ、何が起こるのか予想できない戦いになるだろう。

 

 それでも俺とユーリは勝たなくちゃならない。負ければ世界が再び争いに呑まれ、多大な犠牲を払うことになる。これはそういう戦いなんだ。

 

「……よし、ならばケツァルコアトルは妾達に任せよ」

「因みに、具体的にはどうやって?」

「そんなもの……こう、一気呵成にドォーンっとやれば良かろう」

『……』

 

 俺とユーリはグンフィルドに背中を向け、腕を組みながら顔を寄せる。

 

「なぁ、やっぱケツァルコアトルも俺達でどうにかしたほうが良いんじゃないか?」

「正直、手一杯ってところですけど……並みの戦士では対抗できないでしょうし……」

「最初にケツァル、次に将軍もしくは魔獣って流れで行くか?」

「それでいきましょう。全部終わったら祝言の前に惰眠を貪りたい……」

「婚約おめでとう、弟よ。アレが妹になるなんて驚きだよ」

「まぁ……僕もいい歳ですからね。此処だけの話、彼女のように主張の激しい人は好ましい」

「お前にはお似合いだよ」

 

「これ、何をコソコソと話しておる?」

 

 俺とユーリはくるりと振り返り、咳払いを一つして口を開く。

 

「んんっ、あー、ケツァルも俺とユーリが対処する。お前達は後方での支援と民達の避難を任せたい」

「何? 妾達戦士に戦いをさせぬつもりか?」

 

 グンフィルドの目は険しかった。言ってみれば、確かに彼女達に戦いをさせないようにしているようなものだ。それがエフィロディアの戦士にとってどれ程の屈辱になるのか、容易く想像できる。

 

 けれど、戦士のプライドを尊重したところで、彼らがアレに勝てるとは思えない。

 

 縦しんば勝てたとしよう。だがそれに支払うことになる犠牲は計り知れないだろう。

 であれば、勇者であるユーリと同門である俺が彼らよりも前に立つべきだ。

 

 勇者は誰よりも前に立ち、誰よりも傷付き、誰よりも多くを守らなければならない。

 

 それが勇者の使命なのだから。

 

 勇者と共に戦場を駆け抜けるのが戦士の本願なのかもしれない。勇者と共に戦場で果てることこそが至高なのかもしれない。

 

 だが勇者は決してそれを許さない。共に戦うことはあれど、彼らを死なせることは決してあってはならない。

 

 勇者とは、そういう存在なのだ。

 

「戦いはしてもらう。民達を守る戦いをな。先駆けは勇者の特権だ」

「……其方は勇者ではなかろう」

「これでも勇者の兄なんでね。兄の特権だ」

「……ハァー。分かった分かった。好きにせい。じゃがこれだけは言うておく――死ぬなよ」

『当然』

 

 

 会議が終わり、俺達は謁見の間から出て行く。

 これからすぐにケツァルコアトルの対処に向かい、魔獣が現れる前に方を付ける。

 

 だが俺とララには別の問題がある。

 

 シンクをまだ見付けられていない。森にいるかもしれないとまで予想したが、これから探しに行く時間が無い。すぐにケツァルコアトルの方へと向かわなければならない。

 

 俺が頭を悩ませていると、ララが決心した表情で口を開く。

 

「センセ、私が探しに行く」

「なに? ダメだ、一人じゃ危険過ぎる」

 

 昼間に戦った怪物が森に潜んでいるかもしれない。怪物じゃなくとも、獰猛な野生動物に遭遇するかもしれない。いくら守護の魔法が施されていると言っても、そんな場所に一人で向かわせる訳にはいかない。

 

 それに今は夜だ。ララも俺と同じで夜目は利くが、夜の森はあまりにも危険過ぎる。

 

「シンクだって一人かもしれないんだ。それに私だってある程度は戦える」

「だがな……」

「……兄さん、ララお嬢さんに任せましょう」

「ユーリ……」

「聖獣達にララお嬢さんを守って貰えるよう頼みます。もしかしたらシンク坊ちゃんも、聖獣達のところにいるかもしれない」

「……くそっ」

 

 俺は首から提げている、アイリーン先生から貰った宝石を外し、それに俺の魔力を込めてララに渡す。

 

「いいか? これに俺の魔力を込めた。ちょっとした防衛魔法なら自動で発動する。お前を見付ける目印にもなる。絶対に無くすな」

「……他の女から貰った物を渡して良いのか?」

「お前を守る為なら軽蔑されたって良い」

「……」

 

 ララは少し目を見開いて、宝石を手に取った。

 

 俺はララを一度抱き締める。

 まじないみたいなものだ。ララが無事にシンクを見付けられるように願い、ララの背中をポンポンと叩く。

 

「無事でいろよ……」

「……せ、せんせもな」

 

 ちょっと上擦った声でララがそう返す。

 ララを離し、俺はユーリと一緒に城壁の外側へと向かう。

 

「……兄さん」

「ん?」

「エルフの国に行ってから、誑しになりました?」

「はぁ?」

「いえ……姉さんも大変だ」

 

 何かユーリが呟いたが、どうせくだらないことだろう。

 

「さてと、ユーリ。覚悟は良いか? こっからは休み無しだぞ?」

「望むところですよ。勝負はまだついてませんからね!」

 

 俺とユーリは地を蹴り、風の魔法を操って夜空へと飛びたった。

 

 

 


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