魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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第33話 遺跡にて

 

 

 ララはホルの森の中を走る。白いローブが泥で汚れることも構わず、額に汗を流しながら暗い森を見渡す。

 

 弟のように思っているシンクが森の何処か、もしくは遺跡にいることを願って探し回る。右手に握っている杖の先に光を灯し、シンクが見付けられるようにする。ララ自身は夜目が利き、どれだけ森が闇に染められようとも、遠くまで見通すことができる。

 

 此処まで怪物にも獰猛な動物にも遭遇することはなかった。代わりに見たことが無い動物がララの目に付いた。

 

 鳥の羽のような耳をした兎に、毛深い白い鹿のような動物、角が生えた小熊のような動物。

 

 魔法生物のようだが、アレがユーリの言っていた聖獣なのだろうと、ララは察した。

 聖獣達はララに何をする訳でもなく、遠巻きにララを見守っているようだ。

 

「ハァ……ハァ……見てるだけじゃなくて、探すのも手伝ってほしいものだがな」

 

 流れる汗を袖で拭い、聖獣達に文句を呟く。

 

 夜だというのにこのエフィロディアは気温が高い。森の中は更に熱が籠もっている。魔法で水を生成して水分を補給し、脱水症状に気を付ける。

 

 シンクがもし一人でこの森にいたら、この気温の中で水に飢えているかもしれない。

 そう考えるとララは焦心に駆られる。あんな幼い子供では体力が保たない。

 

 ララは何とかしてシンクを見つけ出す方法を考える。

 自分にできることは魔法と霊薬作り。魔法でシンクを探せないかと、使える魔法を頭の中から探す。

 

「痕跡を見つける……ダメ、範囲が広すぎる。ならシンクの魔力を探知する……探知系の魔法……アレなら使えるか?」

 

 ララは杖の光を消し、頭上でくるんと振り、呪文を唱える。

 

「精霊よ来たれ――デプレーション」

 

 探知対象をシンクの魔力にして、ララは精霊魔法を発動する。

 

 特定の属性精霊を介する魔法ではなく、全ての精霊を使役して発動する魔法。習得難易度はそこまで高くないが、術者の力量次第で探知範囲は左右される。

 

 ララの魔法力は言わずもがな、探知範囲は広範囲になる。

 

 精霊によって範囲内の魔力をララに教える。複数の反応があるが、それらは魔法生物や魔石の魔力だ。

 

 ――何処だ……頼む、見つかってくれ……!

 

「っ、あった……!」

 

 シンクの魔力を見付けた。ララは魔力の反応があった方向へと走る。

 その途中であることに気が付く。この道は遺跡へ向かう時に通った道だと。

 ならシンクは遺跡にいるのだろう。遺跡にいるのなら守り神であるアスカと一緒にいるはずだ。少なくとも、シンクの安全は保障されているだろう。

 

「シンク……どうして一人で遺跡に……」

 

 木々を掻き分け、シンクがいる場所へ急ぐ。

 

 早くシンクを見付けてやりたい。センセの下へと連れて帰ってやりたい。

 

 その一心でララは夜の森を駆けた。

 そして遺跡へと辿り着き、ララはもう一度探知魔法を発動する。

 この遺跡の何処かにシンクがいるはずだ。ララはシンクの魔力を探した。

 

「……魔力の反応が……無い?」

 

 ――おかしい、確かに魔力は此処から感じたはずなのに。

 

 遺跡は結界で守られていると、アスカはそう言っていた。その結界の作用なのだろうか。

 そう言えば、聖獣の姿も見えない。

 何か変だと気付いたララは杖を握り締めて警戒した。

 

「落ち着け……常に周りを意識して……両手はいつでも動かせるように……心を落ち着かせて……」

 

 ララはルドガーに教わった通りに、戦闘時の心構えを口にする。

 

 この場にルドガーはいない。自分を守ってくれる勇者は今回はいない。自分の身は自分で守らなければいけない。

 

 ララはルドガーから渡された緑の宝石の首飾りに手をやる。身を守ってくれると言っていたが、それも何処までの力があるのか分からない。

 

「……センセ、力を貸してくれ」

 

 ララは意を決して遺跡の中へと足を踏み入れる。

 

 遺跡の中は不気味なまでに静かだった。夜の遺跡ということもあり、不気味さは更に増している。虫の音すら聞こえないことにララは不信感を抱き、何か異変が起きているのだと確信する。

 

 早くシンクを見付けて此処から出なければならないと思い、ララは急ぐ。

 

 最初に探したのはユーリの家だ。中に入って杖に光を灯し、シンクがいないか探す。

 

「いない……」

 

 ララは手当たり次第に遺跡内の建物を探し回る。粗方小さな建物は探し終わり、残ったのは遺跡の中心にある大きな建物だけだ。不気味に佇む建物を見てゴクリと唾を飲み込み、ララは意を決して建物に近付く。

 

 神殿か何かだったのだろうか。中は広い空間で柱や壁にビッシリと文字が彫られている。壁画もあったが、掠れて何が書かれているのか分からない。ユーリが研究をしていたのだろうか、何かの資料や道具が山積みにされている。

 

「……魔力?」

「おんやぁ?」

「っ!?」

 

 ララが神殿の奥から魔力を感じたその時、背後から男の声が聞こえた。ハッとして振り返ると、上半身裸で白いコートを着た長い黒髪の男性が立っている。赤い瞳に歪んだ笑みを浮かべたその男性は、ララを面白そうに見つめる。

 

「おやおやおやぁ? 何処かで見た顔ですねぇ? そう魔王様の城で……」

「……ルキアーノ……将軍……!?」

「ああ! ララ姫じゃあないですかぁ!」

 

 ララはその男性を知っていた。城に住んでいた頃に顔を何度か合わせている。

 

 魔王軍の将軍、ルキアーノ――暴嵐のルキアーノ。

 

 どうして魔族の将軍が此処にいるのか。この遺跡は特別な結界が張られているのではなかったか。

 否、それは今はどうでも良い。問題なのは、ララの目の前に魔族の将軍が立っているということだ。

 

 ララは自分がどう言う立場なのか理解している。次期魔王の候補として挙げられており、魔族に力を取り戻す心臓として狙われている。

 

 半年前はウルガ将軍が狙ってエルフの国にやって来た。アルフォニア校長の話では、他の将軍はララを積極的に狙っている訳ではないと言っていた。

 

 だがこうして目の前に現れたら話は別だ。目の前に格好の獲物がいて見逃すハンターはいない。

 

「これはこれは姫様ァ……こんなところでお目にかかれるなんて。エルフ族の大陸にいると聞いておりましたが、どうしてこんな所に?」

「お前こそ……何故此処にいる……!?」

「私はぁ、研究でこの遺跡に用があるんですよぉ。何やら邪魔者もいましたけどぉ、ご退場願いましたよぉ」

「アスカに何をした!?」

 

 ララは杖をルキアーノに向ける。いつでも攻撃魔法を放てるように魔力をセットし、ルキアーノを睨み付けた。

 

 ルキアーノはニヤニヤと笑いながら、「チッチッチ」と舌を鳴らして指を振る。

 

「誤解しないで下さいぃ……確かに殺そうとしましたけどぉ、その前にワーウルフに邪魔されて逃がしてしまいましたからぁ」

「ワーウルフ……?」

 

 ふと、ララの頭にシンクが過った。だがアレはヴァーガスの呪いだったはずと、その考えを頭から消した。

 

「聖獣、でしたかぁ? 私の研究材料に丁度良いかと思いましたけどぉ、逃げられたのなら仕方ありませんねぇ」

「……」

「――代わりに姫様を材料にしましょうかぁ?」

「サラ・ド・イクスズ!」

 

 ララはルキアーノに火属性の爆発魔法を放った。炎弾がルキアーノに直撃する寸前、ルキアーノの背中から黒い翼が生え、盾になってララの魔法を防いだ。

 

 爆煙でルキアーノの視界が遮られている内にララは出口へと振り返って全力で走った。

 

 しかし出口に辿り着く直前、ララの後頭部に衝撃と痛みが走り、ララは力なく床に転がってしまう。

 

「いけませんねぇ、魔王様のご息女が精霊魔法を使うだなんてぇ……。ただでさえ混ざり者だと言うのに、それ以上穢れてどうするんですかぁ?」

「くっ……!」

 

 ララは何とか身体を動かし、杖を振るってルキアーノを吹き飛ばそうとする。

 だがルキアーノはララの魔法を簡単に手で弾いた。

 

「おんやぁ? 殺すつもりで攻撃したのに、何で生きてるんですかぁ?」

 

 ルキアーノは首を傾げ、倒れているララに近付く。首を掴もうと手を伸ばすと、激しく光が迸り、ルキアーノの手を弾いた。

 

 弾かれたルキアーノの手からは煙が立ち上がり、ルキアーノは驚いた顔で焼かれた手を見つめる。

 

「これは……防御魔法? いえ……その程度で私の手が……まさか、守護の魔法ですかぁ?」

「……ッ!」

「これはこれはぁ! 珍しい魔法をお使いで! でもまだ不完全のようですねぇ! 完全な守護なら弾かれるだけでは済みませんでしたからァ!」

「くそっ――」

「おそぉい!」

 

 ララの杖がルキアーノによって蹴り飛ばされ、見えない力によってララは壁まで吹き飛ばされる。防御魔法と守護の魔法によって致命的なダメージは負わないが、衝撃で全身に痛みが走る。

 

 ルキアーノが両手をララに伸ばすと、ララは首を絞められたように持ち上げられ、宙で藻掻き苦しむ。

 

「がっ――!?」

「この程度ならば私の力で上から押し潰せますぅ。でもぉ、姫様をこの場で殺すよりもっといい事を思い付いたので殺しませんよぉ! 少しの間眠ってもらいますねェ!」

「くがっ――!?」

 

 ――せ、センセ……たすけ……。

 

 ララはそのまま意識を失った。ぐったりとしたララを魔法で浮かばせたまま、ルキアーノはララを連れて遺跡の中へと姿を消してしまう。

 

 魔族が、魔王の娘を手中に収めてしまったのだ――。

 

 

 


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