魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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第三章の始まりです!


第三章 後継者
第40話 プロローグ


 

 

 その青年は、愛に飢えていた。

 

 物心が付いた時には掃き溜めの中で暮らしていた。家族は居らず、ゴミ漁りをして飢えを凌いでいた。

 村の通りを歩く家族を見ると、どうして自分には家族がいないのかといつも疑問に感じていた。どうして自分は独りなのだと、どうしてゴミを漁らなければいけないのだと嘆いていた。

 

 青年が少年だった時、焼け野原となった戦場を漁っていた。何か食べ物に換えられる物はないか、運が良ければ食べ物がないかと泥だらけになって亡骸を引っくり返す。

 

 そんなある日、少年の日常は転換する。

 

「何してんだ、お前?」

「え……?」

 

 少年の前に、少し年上の黒髪の少年が現れた。ぶっきら棒で少年にしては険しい目をしている彼は、泥だらけになっている少年をまじまじと見つめる。

 

「どうした、ルドガー?」

 

 その少年の後ろから、白銀の髪をした美丈夫が現れる。腰に差す剣や装いからして兵士だろうか。だが何処となく高貴な雰囲気を纏い、兵士にしては綺麗な格好をしていた。

 

 その美丈夫は泥だらけの少年を見ると、「おや?」と声を漏らして歩み寄る。

 少年に手を伸ばした瞬間、少年は怯えたように身体を縮こまらせた。

 

「おやおや……大丈夫。手荒なことはしないよ」

「……あぅぁ……ぅあ……?」

 

 少年は言葉を話せなかった。誰にも教えてこられなかったからだ。

 

 美丈夫は少しだけ顔を暗くすると、すぐに優しい笑みを浮かべる。そして懐から何かを取り出して少年に差し出す。それは紙に包まれた菓子だった。

 

 菓子を受け取った少年は美丈夫を見上げ、美丈夫が頷くと一心不乱に菓子に食いつく。

 少年にとってちゃんとした食べ物はこれが初めてだった。あまりにもの美味しさに少年の目からは涙が流れる。

 

「ルドガー、この子を連れて行くぞ」

「分かった」

 

 少年は二人が何を話しているのか分からなかった。黒髪の少年の手が自分の手を掴み、そのまま歩き出す。手を引かれる少年は少しだけ恐怖心を抱いた。

 

 黒髪の少年が振り返り、小さな少年に笑いかける。

 

「俺、ルドガー。お前、名前は?」

 

 これが、後に光の勇者となるアーサー・ライオットと魔王を殺すことになるルドガー・ライオットの出会いだった――。

 

 

 古ぼけた建物の中にある古い書庫で、金髪の青年が棚から本を取って開く。静かに本に目を通すその姿は、まるで芸術家が描いた絵のようだ。

 凜々しくあり美しい顔立ちである青年の腰には煌びやかな剣が差されている。

 

 本のページを捲っていると、青年の後ろにフードを被ったローブ姿の女性が影から現れる。

 

「我が君――」

「……収穫はあったか?」

 

 女性は金髪の青年を我が君と呼び、青年は本から目を離さずそう訊いた。

 

「兄君様は雷神と風神の力を手に入れたようです。しかしながら、他の勇者様のように上位の魔法を使えない模様です。代わりに、元素そのものの扱いに秀で、更に魔の部分がより強力になるようです。まるで純粋な魔族のように」

「……そうか。やはり遺跡の力は兄さんの為のモノか」

「現在はアルフの都に帰還して療養しております。如何なさいますか?」

 

 青年は本を閉じ、棚に戻した。

 蒼い瞳を女性に向け、静かに命じる。

 

「何もするな。まだその時ではない。兄さんにはもっと力を高めてもらわなければならない」

「――御意のままに」

 

 女性は青年に一礼すると、再び影の中に姿を消した。

 

 一人残った青年はおもむろに首から提げているペンダントを取り出した。小さな盾のような形をしているそれを、青年はどこか寂しそうに見つめる。

 

「父さん……僕は……兄さんを……」

 

 ペンダントを握り締め、額に当てる青年の声は掠れて消えていった。

 

 

 

    ★

 

 

 

 エフィロディアでの戦いから二ヶ月が経過した。

 

 ルドガーの身体はすっかり元通りとなり、今ではいつものようにアーヴル学校の教壇に立って生徒達に授業を行っている。

 

 何週間も授業を休んでしまった分、生徒達からの質問攻めに遭い、当初はそれだけで時間が潰れてしまう程だった。与えておいた課題も当然とっくの昔に終わっており、ルドガーの授業が好きな生徒達は水を与えられた魚のように食ってかかった。

 

 ルドガーも教師として責任を果たすべく、アーサーを探しに行くことよりも生徒達を優先し、授業に腰を入れて専念した。

 

「暴れ木であるトコヤニの木を静めるには蜂蜜酒を一壺用意すればいい。側に置いておけば、勝手に飲み干して酔い潰れる。トコヤニの木から何が作られる?」

「はい!」

「よしヤーベン、答えてみろ」

「トコヤニの木は頑丈で弾力性が高いので、弓の材料に使われます。また火に耐性が高く、建築素材にも活用されます。地属性の魔力に適正も高く、魔法の杖の素材にも好まれます」

「正解だ。トコヤニの木の性質上、枝一本採取するのにもかなり危険だ。油断すれば命を落とすことだってある。だからトコヤニの木を採取する職人達には蜂蜜酒は欠かせない物であり、彼らの村は蜂蜜酒の名産地になる。酒を売るほうが安全に金を稼げると思うけどな」

 

 こうして教壇で教鞭たれるのが幸せなことだと思える日が来るとは思わなかった。今まで俺には教師が向いていないんじゃないかと思い、どこか後ろめたい気持ちが見え隠れしていた。戦場で手を血で染めてきた俺が子供達に教える資格はないんじゃないかと。

 

 でもララのお陰でその気持ちは消えた。親父の娘であるララに物を教えることで、教える者としての喜びを本当の意味で知ることができたし、ララとの契約で気持ちの踏ん切りも付けることができた。

 

 今は子供達に授業をすることが楽しみになっている。今までが嫌々だった訳じゃないが、以前と比べたら気持ちの明るさは雲泥の差だ。

 

「トコヤニの木と似た性質を持つヤエヤナギは蜂蜜酒ではなく葡萄酒を飲ませれば良いが、此方は適量を見極めないと即座に枯れてしまう。ヤエヤナギは枝先が鋭く大昔ではその頑丈さと切れ味から剣の代わりにされてきた。今でも充分使える優れものだ」

 

 従業終了の鐘が鳴り、開いていた教科書を閉じる。

 

「さ、今日の授業は此処まで。また近い内に先生は学校を空けることになるから、それまでに質問があればしておくように」

『はーい』

 

 生徒達は荷物を纏めて教室から出て行く。板書した物を消して自分の荷物を纏めていると、教材を持ったアイリーン先生が現れた。

 

「ルドガー先生、宜しいですか?」

「アイリーン先生、ええ、どうぞ。あ、どうせなら俺の部屋で御茶でも?」

「まぁ、いただきますわ」

 

 教材を手に教室から出て離れた場所にある俺の私室へと向かう。道中では最近の授業の様子や、日常生活での他愛ない会話をしつつ話を弾ませる。

 

 私室に招き入れると、アイリーン先生を座らせて紅茶を淹れる。茶菓子にはいつも隠している棚からマカロンを取り出してテーブルに置く。

 

 二人で紅茶を啜り、俺は一つアイリーン先生に謝罪する。

 

「あ、そうだアイリーン先生。いただいた御守りだけど、勝手にララに渡して申し訳ない。せっかく俺の為にくれた物なのに……」

「ああ、いいえ。確かにアレはルドガー先生を守る為に差し上げた物ですけれど、ララさんを守れたのならそれはそれで本望です。お気になさらずに」

「まぁ、その……必要なことだったとは言え、女性からのプレゼントを他の女性に渡すってのも……」

「私は気にしておりませんわ。ですが、先生が気にしてくれているのなら、今度は先生から何か贈り物が欲しいですわね。それで手打ちとしましょう」

 

 アイリーン先生はニッコリと微笑む。

 

 む、アイリーン先生への贈り物か……。困ったな、そうなると都で手に入れられるような物じゃ駄目か。ララにプレゼントしたようなガラス細工とか、リィンウェルにあるような此処じゃ手に入れられないような物じゃないと相応しくないか。

 

「んん……それでアイリーン先生、何か御用があるようで?」

「ああ、そうでした。ルドガー先生とのお話が楽しくてつい忘れていましたわ」

 

 んん……アイリーン先生はワザとやっているのだろうか。一々男の心を惑わせるような言動をしてくる。心臓に悪い。本当に一夜の過ちが起きてしまうのではないかと内心バクバクしてしまうじゃないか。

 

 結婚なんて考えていないが、だからこそそれは宜しくない。エルフは高潔な存在でもある。結婚しない相手との行為なんて禁忌に等しいものだ。

 

 もし俺と先生が過ちを犯してしまったら、俺は責任を取ってアイリーン先生と誓い立てをしなければならない。

 

 別にアイリーン先生が嫌だっていう訳じゃない。先生なら男としても個人としても最高の女性だ。何ら不満は無いし、寧ろ勿体ない気がするほどだ。

 

 問題は俺自身。半人半魔である俺は普通の人族とは生きる時間は違うだろうし、子供ができたとしたらその子には魔族の血が混ざる。純粋な魔族じゃなければ保有する魔族の魔力に身体が付いていかない可能性がある。身籠もった母体にも影響がでるかもしれない。

 

 だから俺は結婚なんて考えていない。

 

 ――あれ? でも待てよ? 子供云々は兎も角、生きる時間ならエルフ族であるアイリーン先生は問題無いのでは? エルフ族の寿命は千年を超えると言うし、少なくとも俺よりは長生きするよな? そう考えるとアイリーン先生はあり、なのか……?

 

「お話というのは私の妹のことなんですが……先生?」

「……え? あ、ああ! 何でもない! って、妹? 妹がいるのか?」

 

 それは初耳だ。アイリーン先生と出会って五年になるが、先生の口から妹という言葉は聞いたことがない。

 先生の妹さんだ、さぞかし美人なんだろう。

 

「はい。もう五年も会っておりませんが、文通はしているんです」

「五年も……。妹さんは何をなされて?」

「それが、妹は父に似て武芸に秀でてまして。父と一緒に大陸中を旅して剣術の修行をしているんです」

「へぇ、アイリーン先生の父君の話も初耳だ。父君は戦士なのか?」

 

 思えば、アイリーン先生の家族構成を知らないな。初めて先生の口から家族の事を聞くかもしれない。これも友好関係が深まったからなのだろうか。

 

「ええ。立派な戦士でしたわ」

「……でした?」

「大戦で負傷してしまいまして。戦士は引退したんです。もしかしたら先生と顔を合わせているかもしれませんね」

 

 そうか、大戦の参加者だったのか。それなら確かに何処かで顔を合わせているかもしれない。

 エルフ族とはフレイ王子を初めとして幾度も共闘してきたから、同じ作戦に参加していても何らおかしくはない。世間は広いようで狭いというのは正にこの事か。

 

「それからは妹が父の後を継ぐと言って。私は見ての通り戦士としての才能はありませんから」

「でもアイリーン先生の知識や魔法に関しては素晴らしいじゃないか。どのエルフにも引けは取らない」

「そんな褒めてくださっても、先生には敵いませんわ」

 

 いやいや、俺なんか広く浅く知識を得ているだけだから、専門的になればなるほど通用しなくなるし、魔法だってたぶんアイリーン先生の足下に及ばないかもしれない。先生の魔法の知識量には敵わない。

 

 俺の魔法の知識は魔王である親父仕込みだが、全部使える訳じゃない。確かに適正は全部にあるが、それでも得手不得手がどうしても出てきてしまう。魔力量もそうだし、精度だって粗い物もある。

 

 その点、アイリーン先生の魔法は素晴らしい。俺の知らない魔法も知っており、精霊魔法だって上位の物でも杖の一振りで発動してしまう。その精度も美しく、芸術作品を見ているかのように目を奪われてしまう。

 

「それで、その妹なんですが……近々帰って来ることになりまして」

「それはそれは。五年ぶりの再会はさぞ嬉しいでしょうね」

「父は田舎で過ごすことになって、妹だけ帰ってくるんです。でもその……ちょっとした問題が……」

 

 アイリーン先生は苦笑いを浮かべる。

 妹が帰ってくるのに、どうして問題なんかが出て来るんだろうか。

 あ、もしかしてアイリーン先生にイイ人がいて、それを妹に知られたくないとか?

 いやいや、それは無いか。別に知られたところで何が起こるわけでもない。

 ああ、でも俗に言うシスコンって奴で、大好きな姉を盗られたくないと癇癪を起こすとか?

 

 いや、そんなまさか――。

 

「その……手紙にルドガー先生のことを書いていましたら、妹が勘違いをしまして……私を誑かす男になってしまっているようで」

「ブゥー!?」

 

 思わず口に含んでいた紅茶を窓の外に向けて吐き出してしまう。

 

 え、なんでそうなったの……!? なんでまさかの考えに近い事象が起きてやがんの?

 

「……ど、どうしてそうなったんで?」

「いえその……それは言えませんけど」

 

 あ、アイリーン先生の顔が赤くなった。

 駄目ですよ先生、そんな反応しては世の男共はすぐに勘違いしてしまうので。

 

 しかしまぁ、俺がアイリーン先生のそういう人と勘違いされてるとして、いったい妹さんに何をされると言うのだろうか?

 

「それで、どう問題に?」

「……先にも言いましたが、妹は戦士として少々荒っぽくて……帰ったらルドガー先生を斬りに掛かるしれません」

 

 テヘッ、と笑うアイリーン先生は可愛かった。

 だが笑ってる場合じゃない。どうやら俺はアイリーン先生の妹さんに命を狙われているようだ。

 

「はは……」

 

 乾いた笑みが出てしまう。

 

 まぁ、命を狙われるのには慣れっこだしそれはいい。斬りかかってくるのならそれなりに応戦してやり過ごせば良いだけだ。

 

 問題なのは、何故だか無性に嫌な予感がするということ。それももの凄く面倒そうな予感がする。具体的に言えと言われたら言えないが、何故だがもの凄くそう思うのだ。

 

 またエリシアが乗り込んでこないだろうかと心配になってしまう。

 

「ですので、妹が帰ってきたら気を付けてくださいとご忠告を……」

「止めては……」

「ごめんなさい、言っても聞かない子なので……」

 

 軽く頭を抱えた。

 

 まぁ、たぶん、大丈夫だろう……。

 

 俺は何となしに、そんな風に考えてしまった。

 それが、俺の頭痛の種になるとは、この時本気で思ってもみなかったのである。

 

 

 


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