魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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第48話 敵

 

 

 一月が経った――。

 

 旅の準備は滞りなく済ませることができた。霊薬はこれでもかというぐらい補充ができたし、怪物退治の道具も予備も含めて揃えられた。旅が便利になる道具も用意できたし、道中で可能な限り不便な思いはしないだろう。

 

 人族の金も、校長先生がある程度用意してくれた。どうやって手に入れたかは訊かんでくれと言われたが、真っ黒な金ではないことを祈るばかりだ。

 

 アイリーン先生は俺がリインを守ることを約束してからはリインの旅立ちを許すことができた。あれからもう一度話し合い、自分の心を打ち明けてリインもその気持ちを汲み取ることができた。絶対に死なないことを約束し、必ず帰ると誓って旅立ちに向けて準備を進めた。

 

 そして今日――俺達は旅に出る。目的地は光の神を祀る国、アスガル王国。そこで待ち受ける何かと命懸けの戦いをすることになる。

 

「センセー! そろそろ時間だぞー!」

 

 寄宿舎の部屋で最後の装備点検をしていると、外からララの呼び声が聞こえた。ベッドに置いてある黒皮のコートを着込み、ナハトを背中に装着する。

 

 部屋を後にして外に出ると、寄宿舎の前にはフレイ王子と校長、そしてアイリーン先生もいた。

 

「へぇ? そういう格好も似合ってるじゃないか」

 

 フレイ王子が茶化すように俺の格好を見てニヤニヤと笑う。

 

 俺の装備は結局、鉄を使った鎧にはならなかった。魔法を編んだ革と布を使って、ロングコートを作った。勿論それだけじゃなく、胴体にフィットさせたレザーアーマーや脛当てを作った。ブーツには鉄板も仕込んでいるし、コート自体も矢を防ぐほど強固だ。

 

 ただ、彩りが単色でしかも真っ黒になってしまっているから目立つ気がしてならない。

 

「うるせぇ」

「センセ、格好いいぞ」

「そらどうも」

 

 親指と人差し指が飛び出た薄皮の手袋をぎゅっぎゅっとはめながら、側に寄ってきたシンクを抱き上げる。

 シンクは校長先生とアイリーン先生の二人が面倒を見てくれることになった。二人なら何かあっても問題無い。安心してシンクを預けられる。

 

「シンク、良い子にしてるんだぞ?」

「うん」

「気軽に変身はするな。他の子供達が怯えてしまう」

「うん……良い子にしてる」

 

 シンクの髪を撫でてシンクを降ろしてやると、今度はララと抱擁を交わす。ララはシンクを慈愛深く抱き締め、「すぐに帰ってくるからな」と言って離した。

 

 アイリーン先生はリインに何度も忘れ物は無いか、無茶はしては駄目とか、心配する様子を見せている。

 

「本当に忘れ物は無い?」

「無いわよ。大丈夫だから」

「ルドガー先生のご迷惑にならないようにするのよ? 貴女はまだまだ子供っぽい所があるんだから……」

「姉さん! 大丈夫だから! 私はもう大人よ? それに一人前の戦士なの!」

「自分でそう言ってる間はまだ半人前よ」

 

 アイリーン先生は一瞬泣きそうな表情をするが、ぐっとそれを引っ込めてリインを抱き締めた。リインは驚くもその抱擁を受け入れ、別れの前に確りと互いの温もりを感じ取る。

 

 これから向かう旅路は文字通り命懸けになる。黒き魔法が関わっているのなら、それが噂通りの恐ろしいモノならば、命が幾つあっても足りないかもしれない。その黒き魔法に関わっているのは最強と謳われる勇者の一人、アーサーだ。最悪、アーサーと敵対することになるかもしれない。

 

 その時、アーサーを止められるとすればそれは俺だけだ。ララとリインを守れるのは俺だけなのだ。命に替えてでも、二人を必ず生きて此処へ帰さなければならない。

 

「ルドガー先生、くれぐれも命を粗末にせんでくれの?」

 

 俺の心情を読んだのか、校長先生が俺の前に立って柔やかにそう言ってくる。

 

 命を粗末にする気は無いが、命と引き換えに二人を守れるのなら俺は迷わずそうするだろう。

 だから校長先生のその言葉には頷くことはできなかった。

 

 俺はルートにララを乗せ、その後に跨がる。リインはフィンに跨がる。

 

「ルドガー先生! これを!」

 

 アイリーン先生が以前にくれた宝石の御守りと似たペンダントを差し出してきた。

 蒼色の宝石で、小さなナイフのような形をしている。

 

「御守りです。どうか無事に帰ってきて下さい」

「アイリーン先生……ありがとう」

「ルドガー。帰ってきたら俺の遊びに付き合ってもらうからな」

 

 今度はフレイ王子が、まるで家に帰る友達を見送るような態度でそう言った。

 

「お前は心配してくれないんだな?」

「心配? してないさ。お前なら無事に帰ってくる」

「……じゃあな、フレイ。精々、陛下に小言を貰わないようにな」

 

 そう言って、俺はルートの手綱を握って走らせる。後ろからリインも付いてフィンを走らせる。都の門を潜り、俺達は再び人族の大陸へと旅立っていった。

 

 

 

 今回の旅路は前々回、前回と同様にエルヴィス船長の船に乗って国を出港する。東の港に到着したら、そのまま更に東へと向かいアスガル王国へと向かう。

 

 アスガル王国に向かう最短の道はゲルディアス王国を横断することだ。リィンウェルを通過することになるし、一報も兼ねて一度エリシアと顔を合わせるつもりだ。

 

 エルヴィス船長の船に乗船し、大海原を進んでいく。ララとリインは宛がわれた部屋で休んでおり、俺は甲板に出て景色を眺めている。

 そこへエルヴィス船長が話しかけてきた。

 

「旦那、今のところ航海は順調ですぜ」

「おう、今回も悪いな」

「王子の御命令だ。仕事でやってるからよ。謝る必要はねぇさ」

 

 通常、貿易の仕事が無ければ人族の大陸へと航海することはない。エルヴィス船長の本業は漁師だ。貿易でもなければ運び屋でもない。それでも俺達を運んでくれるのはフレイ王子の命令があるからだ。

 

 航海は決して安全なものではない。天候によって波の状況が悪くなり船が転覆する可能性がある。海賊や海の怪物に襲われる可能性だってある。それを覚悟して航海してくれているのだ。仕事とは言えど、船長達には感謝しかない。

 

 海の潮風を浴びながら、船長と船端にもたれ掛かって会話を続ける。

 

「聞きやしたぜ? 今回の旅は中々に厄介だと」

「厄介じゃなかったことなんて無いさ。結局はいつも命懸けだ」

「心中お察しするぜ。せっかく戦争が終わったってのに、旦那は未だ戦いから抜け出せねぇ」

「教師生活に専念したいが、どうも世界はそれを許してくれないみたいだ」

 

 本当に、いつか戦いを完全に捨て去れる日が来るのだろうか。予言とやらが成就した暁には俺は、俺達は戦いから解放されるのだろうか。

 最悪、俺が戦い続けるのはまだ良い。だが、ララの人生からは戦いを取り除いてほしい。あの子には平穏に生きていてほしい。

 

 いったい校長先生が言う予言ってのは何を示しているのだろうか。黒き魔法が関わっているのは分かった。だがそれだけで、俺達がそれに対してどう対峙するのことになるのか不明だ。

 また世界を巻き込んだ大きな戦いになってしまうのだろうか。再び戦火が世界を覆ってしまうのだろうか。そうならないことを切に願う。

 

 

 その後の船旅は順調に進んだ。嵐に見舞われることなく、着々と人族の大陸へと近付いていく。

 夜、部屋で寝ていると不思議な感覚に目を覚ました。敵意は無いが邪気を孕んだ黒い気配に警戒心を高め、ナハトを手元に呼び寄せる。気配は部屋の外から感じ、物音を出さないように警戒しながら廊下に出る。

 

 船員も寝静まっており、波で船が揺れる音だけが響く。だが確かに邪な気配が俺を視ている。

 

 甲板か――。

 

 俺は廊下を進み、甲板へと出るドアを開けて身を乗り出す。甲板は不気味なまで静かで、薄らと霧が辺りを包んでいた。

 甲板には見張りの者がいるはずだが、霧でその姿は見えない。

 

 何者かの襲撃か? 狙いはララか?

 

 船内に入るドアに防御魔法を掛けて入れないようにし、ナハトを構えてゆっくりと甲板を進む。

 気配はまだ何処からか感じる。霧で周囲が見えないが、何処から襲われても対処できるように気を全方位に張り巡らせる。

 

「……っ!? おい!」

 

 甲板を進んでいると、見張りの船員が倒れていた。急いで駆け寄り抱き起こすと、彼は意識を失ってはいるが命に別状が無いことを確かめて胸を撫で下ろす。

 

 その時、背後に誰かが立つ気配を感じた。

 

 ナハトを後ろへと振り払うと、そいつは片手でナハトの剣身を掴んでピタリと止めた。

 そいつはフードとローブで全身を隠してはいるが、滲み出る気配までは隠せていなかった。

 

「言の葉を交わす前に刃を振るってくるとは……些か乱暴者ですね」

 

 声は女性のものだった。

 

「何者だ?」

 

 女性はナハトから手を離し、数歩後ろに下がって行儀良く一礼する。

 

「お初にお目に掛かります、ルドガー様。私はグリゼル。我が君から貴方様への贈り物を預かって参りました」

「我が君……?」

「はい――我が君は楽しみにしておられます。貴方様と再び相見える日を」

 

 突如、波が大きくなり船を揺らした。

 何が起こったのか把握する前に、女性は霞となってその場から姿を消した。

 霧も晴れ、周囲の景色がはっきりと見えるようになる。

 

「待て! くそっ!」

 

 ――グオオオオンッ!

 

 何かの咆哮が聞こえた。それもおそらく巨大なナニかが発した咆哮だ。

 まさかと思い、船端から身を乗り出して海を見下ろす。荒波の中から、巨大な生物の背鰭がチラリと見え、血の気が引いた。

 

 あれはシードラゴン!? まだ子供のようだが、襲われたら船なんか一溜まりもないぞ!

 あのクソアマ……! 厄介なのを押し付けやがったな!

 

「我、光照らし続ける者なり――ラージド・ルミネイト!」

 

 手から夜空に向かって光を放ち、船の周囲を照らす。それにより異常を察知した船員達が動き出す。

 

「船長! 怪物の襲撃だ!」

「何だと!? 野郎共! 聞こえたな! 各自武器を手に配置に着けェ!」

 

 船長の指示で戦意達は弓と槍を手に取り配置に着き始める。槍を投擲する弩弓も準備するが、それではシードラゴンを撃退できない。

 シードラゴンは海の魔物であるリヴァイアサンの眷属であり、鯨以上にデカい鮫のような怪物だ。その鱗は固くて槍程度じゃ貫けない。

 

 ここは俺一人でどうにかするしかないか。

 

「センセ!」

「馬鹿! 部屋に戻ってろ! リイン! 絶対にララを外に出すな!」

「わ、分かったわ!」

 

 騒ぎを聞き付けて外に出てきたララをリインに任せ、俺は船の先頭に移動する。

 

 シードラゴンは船の前方を塞ぐ様に泳ぎ回っており、その巨体をチラチラと海面から覗かせる。

 

 落ち着け、シードラゴンはリヴァイアサンと違って魔法は使わない。ただのクソデカい鮫だ。昔ならいざ知らず、今の俺には力がある。シードラゴン程度に後れは取らない。

 

「船長! このまま船を進ませろ! 絶対に止まるな!」

「旦那ァ! 何をするつもりだ!?」

「奴を仕留める!」

 

 俺はそう言うと、ナハトに黒い雷を纏わせる。風を操り船から飛び立ち、泳ぎ回っているシードラゴンへと近付く。ナハトをシードラゴンへと向け、雷を放つ。雷はシードラゴンが泳いでる海を駆け巡り、シードラゴンへとダメージを与えていく。

 

 雷に焼かれる苦しみから逃れようとしたのか、シードラゴンは海面から飛び出しその姿を見せる。鮫にしては毛のように長いヒレをしており、黒いゴツゴツした鱗が全身を覆っている。

 

 シードラゴンは俺を狙って首を伸ばしてくるが、それをかわして雷撃をナハトから放ってシードラゴンに直接打ち込む。

 

『グギャアアア!』

「フン!」

 

 シードラゴンに接近し、雷撃を纏わせたままのナハトをシードラゴンの腹に突き刺す。

 シードラゴンはその状態のまま海へと潜り、俺はシードラゴンと一緒に海へと沈んでしまう。

 呼吸を止めた状態でシードラゴンにしがみ付き、雷撃をシードラゴンの体内へと打ち込む。海に雷が流れ出して俺も被弾するが、焼かれる側からすぐに再生していく。

 

 ナハトでシードラゴンの腹を掻っ捌き、真っ赤な血が海へと広がっていく。

 シードラゴンはそのまま絶命していき、海の底へと沈んでいく。

 

 俺はナハトを下に向け、風の衝撃を放つ魔法を発動して、その勢いで海面へと急上昇する。海上に出ると風を操って海から飛び上がり、船へと戻った。

 

「旦那!」

「ゲホッ、ゲホッ! だ、大丈夫だ!」

 

 シードラゴン……手に入れた力があったから簡単に倒せた。だが俺が昔のままだったら今のように倒せただろうか。少なくとも、空を飛べなかったから船上で戦う羽目になっていた。そうなれば船を転覆させられていたかもしれない。船に近付く前に倒せたから被害は出なかったが、もし船に体当たりでもされていたらと思うとゾッとする。

 

 それにしても、あの女はいったい誰に差し向けられた? 我が君とは誰だ? シードラゴンが贈り物ならば、明らかに敵対の意を示している。それに俺と会うのを楽しみにしている? 殺そうとしておいて何を言ってやがる。

 

 甲板に寝転びながら、俺は存在を示してきた敵を警戒するのだった。

 

 

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