魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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第49話 姉の心配

 

 

 暗がりの書庫にて――。

 

「――只今戻りました、我が君」

 

 ルドガーの前でグリゼルと名乗ったフード姿の女性が、本棚の前で本を読んでいる金髪の青年の後ろに現れて跪く。

 

「……どうだった?」

「兄君様はシードラゴンを容易く葬りました。それもお一人で」

「流石にそれだけの力は持っている、か。勇者の力は使っていたか?」

「元素の力を引き出しておりました。また、風を操り空を飛行する術を持っております」

「魔法は使わなかったのか?」

「使っておりません」

「……そうか。分かった。追って指示を出す」

「御意」

 

 グリゼルは霞のように姿を消した。

 青年は本を棚に戻し、何処かへと歩き出す。

 

「……来るか、兄さん。精々失いたくないモノを手放さないようにな」

 

 

 

    ★

 

 

 

 シードラゴンの襲撃以降、何事も無く港へと辿り着くことができた。

 

 グリゼルという謎の存在が現れ、俺達に敵対する存在がいることが分かった。シードラゴンを嗾けられることから、魔族であることは確かだ。あれは水族でも操ることはできない。できるのは強力な力を持つ魔族だけだ。

 

 問題なのはララを狙っている魔族なのか、それともそれとは関係の無い魔族なのかだ。

 あの女のボスであろう存在は俺と再び会うことを楽しみにしていると言った。

 つまり、俺の知る何者かになるのだが、正直魔族には恨みを買い過ぎていて誰か分からない。

 

 狙いは俺、なんだろうがそれでもララに危険が及ぶ。俺を狙う為にララを利用するかもしれないからだ。

 

 船から港に降り、船長に向き直る。

 

「これからすぐに帰るのか?」

「いや、今回は旦那の帰りまで託されてる。旦那達が戻ってくるまで此処に停泊してるさ」

「そうか。世話を掛ける」

「だから必ず戻って来るんだぞ。俺は仕事を必ず完了させる男だからな」

「……全力を尽くすよ」

 

 船長と握手を交わし、俺達はルートとフィンに乗って港を出る。

 

 先ずはリィンウェルを目指しエリシアに会う。会わなくても良いが、態々リィンウェルを通るのに挨拶も無しだと、後々何か言われて面倒でもある。それにエリシアから人族の国の情勢を聞いておきたい。もしアーサーが何かを企んでいるとしたら、その影響が何か出ているかもしれない。

 

 道中、人族の大陸が初めてのリインはまるで子供のようにキョロキョロと辺りを見渡す。

 時折すれ違う人族を見てはフードを深く被り、顔が見えないようにしている。

 

「どうした、リイン?」

「な、何でも無いわよ。ただ……貴方以外の人族は初めてだから」

「怖がりめ」

「お前だって最初は怖がってただろ」

「怖がってなどいない!」

 

 どうどうと、ララを諫めてルートを進める。

 

 リインはエルフ族の大陸を旅しても、人族の大陸は初めてだ。異なる土地に異なる環境、異なる種族に異なる文化の所に足を踏み入れるのはとても勇気がいることだ。それに加えて命懸けの旅ということもある。彼女の胸中は緊張と不安でいっぱいだろう。

 

 ここは人族に慣れている俺が確りしなければならないな。

 

「リイン、人族は基本的にエルフ族と同じだ。目が合ったからといって食われる訳じゃない」

「わ、分かってるわよ」

「ま、エルフ族との交流はまだ浸透してないから、注目はされるだろうけど」

「おまけにその乳じゃ瞬く間に男の餌食になるだろうさ」

「こら、ララ」

「ふん」

 

 ララは頬を膨らませて鼻を鳴らす。どうもララはリインのことが気に入らないようだ。俺に斬りかかったことが一番の原因らしいが、もう一つはリインのララに対する態度だろう。

 

「聖女様! その言い方はあんまりです!」

「だから聖女様と呼ぶなと……!」

 

 リインはララを聖女様と呼び、腰を低くして敬うように接する。それがララの琴線に触れているようで、リインに冷たく当たる。

 

 ララは己が聖女であることを自覚してはいるが、受け入れがたい事実だとして認識している。聖女にされたお陰で命を狙われ、普通の生活を奪われてしまった。ただでさえ魔王の娘というだけで大変な立場なのに、そこへ聖女という更に大きな重役を押し付けられてしまった。

 

 だからララはお堅い場所では聖女と呼ばれることを良しとはしているが、それ以外で聖女と呼ばれることをかなり嫌っている。同時に魔王の娘として呼ばれることも嫌っており、ただのララとして接することを望んでいる。

 

「いいか牛女! 私を聖女と呼ぶな! その恭しい態度も止めろ!」

「いいえ、聖女様! 私達エルフ族にとって聖女様という存在はとても神聖な御方なのです!」

「だから私は聖女なんて呼ばれたく……センセぇ! 何とかしてくれ!」

「諦めろララ。ま、時間が何とかしてくれるさ……たぶん」

「いーやーだー!」

「ちょっと! 聖女様にあまり失礼な態度を取らないで!」

「えぇ? 俺も?」

「それは絶対に嫌だ!」

 

 こんな感じで騒がしいまま俺達は道を進んだ。ワイワイと騒いでいる二人を見ていると、そこまで仲が悪いようには見えない。子供同士がちょっと喧嘩遊びしているような光景にほっこりしてしまう。

 

 リィンウェルには問題無く到着することができた。初めての人族の都市にリインは言葉を失う。リインじゃなくても、今のこの都市の様子を見て俺とララも言葉を失ったもんだ。

 相変わらず大通りの真ん中には鉄の箱が走っており、リインはそれを見て悲鳴を上げる。

 

 さて、早速俺達はエリシアがいるであろう城(後から聞いた話じゃ、あれはビルと呼ぶらしい)へと向かう。玄関に立っている兵士にエリシアを訪ねてきたことを伝え、ルートとフィンを預けてロビーへと通される。

 

 暫く待っていると、走ってくる足音が聞こえてきた。

 

「ルドガー!」

「おー、エリシア」

 

 紫色の髪を揺らし、満面の笑みを浮かべたエリシアがそこにいた。

 エリシアは俺の前で立ち止まると、乱れた髪を整えてニッコリと笑う。

 

「どうしたのいきなり? 私に会いたくなったのかしら?」

「ん? まぁ、お前に会いに来たのは間違いないけど」

「ンフフフ……そう! それは良い心懸けね! あ、アンタも居たんだガキんちょ」

「ふん」

 

 ララはロビーのソファーに座ったまま腕と足を組んでムスッとしている。その隣ではフードを被ったままのリインがエリシアを興味深げに見つめている。

 エルフ族にとって勇者も神聖視されている存在だ。エリシアが雷の勇者だとは知られていることだ。噂の勇者に会えて興奮しているのだろう。

 

「それで? どうしたの?」

「ああ、これからアーサーを探しに行くつもりなんだが、アスガルに向かうついでにお前に挨拶と、人族の国の情勢を聞きにな」

「アーサーを? 居場所の検討は付いてるの?」

「まぁな。お前がどうしても探してほしいって言うから、色々と準備してたんだよ」

「そう! それは良かったわ! で、情勢って何を聞きたいの? あ、その前に部屋に案内するわね」

 

 俺達はエリシアに案内され、エリシアの書斎に案内される。書斎ではモリソンが書類と睨めっこしており、俺達に気付いたモリソンが手を挙げる。

 

「ルドガー! 久しぶりじゃねぇか! 嬢ちゃんも、元気してたか?」

「久しぶりだな、モリソン」

 

 モリソンと握手を交わし、空いているソファーに座る。エリシアは上機嫌な様子で自分のデスクに座り、モリソンが俺達に茶を淹れてくれる。

 

「仕事の邪魔したか?」

「なーに、大したことないさ。寧ろお前さんが来てくれたお陰でエリシア嬢の機嫌が良くなった」

「んんっ、モリソン」

「おっと。それじゃ、お邪魔虫はここで失礼するよ。別の仕事があるもんでな」

「悪いな。またゆっくりと会おう」

 

 モリソンは書類を手に持ち書斎から出て行った。自分の仕事があるのに態々御茶を淹れてもてなしてくれるのは流石と言ったところだ。本当に貴族か? と疑いたくなる程だ。

 

「それで、えーっと、そっちは誰?」

 

 ララが座っているソファーの後ろに控えるリインに向かってエリシアが尋ねる。

 

「あ、悪い。まだ紹介してなかったな。この子はリイン・ラングリーブ。エルフの戦士で、ララの護衛。学校で護身術を教えてる。リイン、彼女はエリシア・ライオット。雷の勇者だ」

 

 リインはフードを取り、その美しい美貌を曝け出す。長い金髪が零れ落ち、エルフ特有の長い耳が現れる。

 

 その瞬間、エリシアの瞳から光が消えた気がした。

 

「初めまして勇者様。アルフの戦士、アドラスの子、リイン・ラングリーブです。雷の勇者様にお目にかかれて光栄です」

 

 リインはエルフ式の敬礼をする。その時、フードの間からリインの大きな胸が溢れ出る。

 それを見たエリシアから稲妻が迸り、俺を光の無い眼で睨み付けてきた。

 

 え、何で睨まれてるんだ?

 

「ルドガー……? また女……?」

「因みに一緒に住んでる」

「お、おいララ……!」

「一緒に住んでるですってぇ!?」

 

 エリシアが雷となってデスクからソファーに座っている俺の下へ接近し、俺の胸倉を掴み上げる。雷が俺の全身を駆け巡ったが、同じく雷神の力を有する俺には流れるだけでダメージを負わなかったのが幸いだ。

 

「ルドガー! アンタ! やっぱこんなエロい女がタイプなのね!? だからエルフ族の国に行ったんだ!」

「違う違う違う違う! 誰がそんなこと言ったよ!?」

「じゃあ何で一緒に住んでるのよぉ!? 私も住むぅ!」

「俺が住んでるのは教師の寄宿舎だからだ!」

「じゃあ私も教師になるぅぅ!」

「わぁ!? 馬鹿落ち着け! それ以上は流石に受け止めきれアバババババババッ!?」

 

 エリシアから流される雷の許容範囲を超え、全身にもの凄い痺れと痛みが襲い来る。

 

 どうしてエリシアが癇癪を起こしたのか不明だが、その後何とかしてエリシアを落ち着かせて本題へと話を持っていくことに成功した。

 半ばグズっているエリシアに、アスガル王国の情報が何か無いかと尋ねると、エリシアは少し考える素振りを見せる。

 

「ぐすっ……情報も何も、アスガル王国の話は何も聞かないわ。ゲルディアスは隣の国だけど、交流が深い訳でもないし」

「でも何かあるだろ? 人族の国は終戦後、国を建て直す為に協力し合っていた訳だし」

「アスガルは別よ。アーサーが属してからアスガルは何処からも協力を得ずに再建して復興してるわ」

 

 つまり、アスガル王国は他国に干渉していないしされてもいないという訳か。アスガルに赴く前に何か有力な情報でもと思ったが、そうは上手くいかないか。

 

 いや、情報が何も無いというのが情報なのかもしれない。

 もしアーサーが最初から何かを企んでいたとするのならば、可能な限り情報を外に漏らさないはずだ。つまり意図的に他国から自国を遮断している。遮断するということは、何か隠しておきたいモノがあるということだ。

 

 やはり本当にアーサーが黒き魔法と関わっているのか……?

 

「……」

「……ねぇ、アーサーは何か厄介なことに巻き込まれてるの?」

 

 エリシアが心配そうな声色でそう聞いてきた。

 

 ここで俺が知っていることを全てそのまま伝えても良いのかと、少し躊躇った。

 エリシアは弟であるアーサーを純粋に心配している。俺にとってもエリシアにとってもアーサーはかけがえのない家族だ。その家族が黒き魔法に関わっていると知れば、エリシアの心配は大きくなってしまうだろう。

 

 こう見えてエリシアは繊細な奴でもある。これ以上心配を掛けてしまえば、不安で押し潰されてしまうかもしれない。

 

 俺はエリシアに全てを伝えないことにした。

 

「大丈夫だ。アイツは真面目で良い子な奴だ。俺とはあまり馬が合わなかったが、俺にとっても大事な弟だ。何かあったとしても、俺が解決してくるよ」

「……うん。お願いね」

 

 エリシアは少し不安そうだったが、ニコリと微笑む。

 

 まったく、アーサーめ。お前の大好きな姉に何心配掛けてんだ。再会したら良からぬ事を企んでようといまいと、一発殴ってやらないと気が済まないな。

 

 その後、エリシアと少しだけ談笑し、俺達はリィンウェルを出発した。リィンウェルで一泊しても良かったが、どうしてか先を急いだほうが良いと思った。

 

 これからゲルディアス王国を横断してアスガル王国へと向かう。道中、船の上であったように敵からの妨害があるかもしれない。一瞬たりとも気が抜けない危険な旅路に、俺達は挑む。

 

 

 

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