魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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第51話 ゲルディアスの王

 

 

 兵士達に連れられ、俺達はハーウィルの城へとやって来た。城は昔ながらの作りだが、所々魔導技術が後から組み込まれているようで、その様は異様なものだった。

 

 まるで手当たり次第に新しい物を一緒くたにしたような感じだ。

 城に入る直前、兵士の一人が頑丈な手錠を持って俺の前に立った。

 

「……何だ?」

「貴様にはこれを付けてもらう。半魔だからな」

「はぁ? そっちから呼びつけておいて囚人扱いか?」

「半魔を手錠も無しに陛下の前に出せるか! そっちのガキも、フードを取れ!」

 

 兵士がララのフードに手を伸ばそうとした瞬間、俺はその兵士の腕を掴み、ゴリッと音がするまで握り締めた。兵士は骨が折れた痛みで悲鳴を上げ、その場に蹲る。

 

「き、貴様!?」

「この子に触れるなクソ共が。手錠すれば良いんだろ?」

 

 手錠を持つ兵士に両手を差し出す。

 どうせこんな手錠、俺が力を入れたら簡単に壊せる。

 

 兵士は俺を睨み付けるが、これ以上グダグダ言えば暴れてやるぞと目で訴えたらそれ以上何も言わずに俺の手に手錠を掛けた。

 

「センセ、何で……」

「大丈夫だ。お前は何も言わずに静かにしてろ。フードは取るな。リイン、ララの近くにいろ」

「分かってるわ。せ――ララ様、私の後ろに」

 

 此処で聖女と口にするのを避け、リインはララの名前を呼んだ。

 

 聖女と知られてしまえば悪いことが起こるのは明白。此処は素直にコイツらに従ってララに余計な注目をさせないようにしなければ。

 

 手錠をされた状態で連れて行かれた場所は謁見の間ではなく、食卓だった。食卓では数人の男達がお世辞にも行儀良くとは言えない食べ方で食事をしていた。

 

 その中の一人、茶髪に濃い無精髭を生やしたそれなりに屈強な男が肉を摘まみながら俺に向けて口を開いた。

 

「久しいな、グリムロック」

「ヘクター・ヴォルティス……」

 

 ゲルディアス王国、現国王、ヘクター・ヴォルティス。生まれながらにして王族であり、戦士であり、魔族を強く憎む男。大戦時代には国王でありながら前線に出ては魔族の首を剣で刎ねていた猛勇でもある。魔族への恨みが強すぎて蛮勇な行動を取る時があるが、それ以外は王としては相応しい人物でもある。

 

 ただ、本当に魔族に対して恨みしかなく、半魔である俺を何としてでも戦場で殺してやろうと色々された覚えがある。

 

「お前は我が国から追放したはずだが?」

「追放された覚えは無いな。俺から去っただけだ」

「何故戻った?」

「戻ったつもりは無い。アスガルに用があるから通り道にしただけだ」

 

 ヘクターは肉を食いながらぶっきら棒に俺に話しかける。如何にも不機嫌だと言わんばかりな顔だ。そんなに不機嫌になるのなら俺を呼ばなければ良かっただろ。

 

 ヘクターの周りで食事をしているのは国の重鎮だろう。戦士の風格を持つ者もいれば、ぶくぶくに太った奴もいる。彼らは政治を担当しているんだろう。

 

「アスガルに? 何の用でだ?」

「答える義理は無い」

「……俺は王だぞ?」

「王ならもう少し上品に食事したらどうだ?」

「貴様、無礼であろう!」

 

 太った男が口の中の食べカスを噴き出しながら怒鳴る。

 知るか馬鹿が。俺にはお前達に払う礼儀など持ち合わせてないんだよ。

 

「……まぁ良い。お前と長々と会話する気は俺にも無い。お前、黒き魔法について調べてるのは本当か? これは答えろ。さもなきゃその女とガキを殺す」

 

 手錠がミシリと歪んだ。

 

 ヘクターの言葉には虚偽が無い。コイツらは俺の関係者ならば殺しても良いと心その底から思っている。俺達を人として見ていないのだ。

 俺は心を何とか落ち着かせながら言葉を選ぶ。此処で嘘を吐く必要は無い。答えたく無い気持ちがデカいが、余計な面倒は起こしたくない。

 

「本当だ。その為にアスガルに向かってる」

「……あの女の言った通りか」

 

 あの女――?

 

 ヘクターが食事の手を止め、指パッチンで召使いを呼んだ。俺達に聞こえない程度で耳打ちし、召使いは何処かへと去って行く。

 ヘクターは手拭いで手と口の汚れを拭い取り、ワインをグラスで飲み干す。

 

「グリムロック、お前に仕事をやる」

「あ?」

「喜べ、半魔でも仕事をやれば報酬は出す」

「おい、誰が引き受けるっつったよ? お前達に構ってる時間は無いんだよ」

 

 冗談じゃない。何で俺がこんな奴らの頼みを引き受けなければならないんだ。戦時中ならいざ知らず、もう俺はお前達とは何の関係も無い。仕事を引き受ける必要も、ましてやこうして話す必要だって本来は無いんだ。

 それなのに仕事をやる? 報酬を出す? どうせ碌なもんじゃないだろうし、報酬だって微々たるものか、何だかんだ言って無くすつもりだろう。

 

 ヘクターは舌打ちを一つしてから口を開く。

 

「チッ……お前はつくづく俺を苛つかせる。だがお前は絶対にこの仕事を引き受ける。何せ、黒き魔法が関わってるんだからな」

「……何?」

「お前、いや、そこの女が大通りで男達を殴っただろ?」

 

 それはあの魔法を使っていた奴らの事だろうか? あれがいったい何だ?

 

「アイツらは最近になって現れた集団の一員でな。手を焼いてる」

「それが俺達に何の関係がある?」

「アイツらは黒き魔法を信奉している魔術組織でな。組織の名は『クレセント』。信奉者達を黒魔道士と呼んでる」

 

 黒き魔法を信奉? それは初耳だ。

 そもそも、黒き魔法は殆どが御伽噺のような存在だ。実際に存在したのかどうかも怪しく、本気で研究している者など今まで誰一人としていない。

 それなのに黒き魔法を信奉している組織が存在する? アーサーの件と何か関係しているのか?

 

「黒魔道士は我が国だけじゃなく、他の国でも確認されている。他の国がどうなろうと知ったことではないが、我が国で不届き者が蔓延るのは我慢ならん。お前にはクレセントを潰してもらう」

「だから、何で俺がそれを引き受ける? お前からの仕事など引き受ける気は無い」

「貴様! 先程から陛下に対して何て口を――」

「クソデブは黙ってろ!」

「で、でぶ――!?」

 

 太った男は顔を真っ赤にして歯軋りをし、今にも血管がはち切れそうだ。

 俺はヘクターを睨み付ける。ヘクターだってそこまで馬鹿じゃない。俺が仕事を断るのは分かっていたはずだ。それなのにまるで俺が仕事を引き受けるのが当然だと言った態度を取っている。それには何か理由があるはずだ。

 

 ヘクターと睨み合っていると、食卓の扉が開かれ、扉の向こうから灰色の髪をした女性が入ってきた。

 薄紫のローブ姿に、魔法使いが持つ等身大の杖を手にしたその女性は紛うこと無き魔女であった。

 

「陛下、お呼びでしょうか?」

「アーゼル、この男がお前の言っていたグリムロックだ」

「この方が……」

 

 何だ、この女……。人族か? それにしては体内に流れている魔力が濃い。他種族との混血? だがヘクターが混血を側に置くか?

 

 アーゼルと呼ばれた女性は俺を一瞥した後、ニコリと微笑みかけてくる。

 

「お初にお目に掛かります。私はアーゼル。ここ、ハーウィルで陛下の相談役として務めております、特級魔法使いです」

「特級?」

「お前が去った後で新たに導入した制度だ。魔法を使える者の実力に応じて役職を与えてる。そんなもんはどうでも良い。問題は、アーゼルの占いでお前と黒き魔法が読まれた」

 

 占い……占い? 予言の次は占いかよ。いったい何なんだよ? 俺は何かに呪われているのか? 不確定な未来の所為で俺に面倒事が降り掛かってくるなんて、俺がいったい何をしたってんだよ!

 

「私の占いでは貴方様が我が国に蔓延る犯罪組織を一掃してくださると。その結果、貴方様が追い求める答えを、或いは手掛かりを得られると出ました」

「占いって……そんな不確定なもんで俺が引き受けるとでも? 嘗められたもんだ」

「クレセントに対処しなければ、そちらのお嬢さんが殺されるとしても?」

「――あ?」

 

 とうとう手錠を壊してしまう。引き千切り、魔力を滾らせ、アーゼルを睨み付ける。

 リインはララを守るべく腰の剣に手を伸ばし、ララもローブの下で杖を握り締める。

 

「それは脅しか?」

「いいえ、警告です。もし貴方様がクレセントを見逃してしまえば、彼らはお嬢さんに危害を加えるでしょう。私の占いの的中率は絶対に等しい。少なくとも、危険には見舞われるでしょう」

 

 つまりは、コイツらが何かをする訳じゃなく、そのクレセントって組織がララを狙うことになると?

 それは俺達がクレセントに関わるからそうなるのではないのか? 何もしなければ狙われることはないと思うが。

 

 だが、この女の言葉をそのまま信用するのならば、何もしなければ狙われ、対処に走ればララは安全だと言う。

 どこまでその言葉を信じれば良いのか、判断に困る。

 

 俺は周囲へと目を走らせる。

 剣や槍を携えた兵士達が俺達を睨み付けている。いつでも命令が下されれば即座にその刃を突き立てるだろう。

 こいつらにやられるような俺ではないが、ララを危険な状態に置く訳にはいかない。

 

 それに黒き魔法、アーサーの手掛かりを得られるかもしれない。ここで放置したとしても、いずれこの先で相手にすることになるだろう。

 

 少々危険だが、此処はこいつらの話に乗せられてみるべきか……。

 

「……分かった。そのクレセントについて分かってる情報を寄越せ」

「英断です」

「ふん……それほどそのガキが大事か? 何だ、お前の番いか?」

 

 後ろ腰のナイフを抜いてヘクターが座っている椅子の背もたれに投げ付けた。

 

「……次からお前を呼ぶ時は手錠だけじゃなく、丸裸にしたほうがいいな」

「それで止められるのなら、止めてみろ。彼女達に手を出してみろ。お前を必ず殺してやる」

「……さっさとアーゼルと失せろ。飯が不味くなる」

 

 俺達はアーゼルに連れて行かれ、食卓を後にした。

 

 

 


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