魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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第6話 東へ

 

 アルフの都から東海岸の港まで馬を走らせて凡そ4時間は掛かる。

 ぶっ通しで馬を走らせ続ける訳にもいかず、時間は更に掛かる。

 フレイ王子が時間稼ぎをしてくれると言っても、できるだけ早く港に着きたい。

 

 もし港に着く前にバレてしまえば、精霊を使っての交信術で港の戦士達に一報を入れられてしまう。そうなれば少し厄介だ。

 

 今は山を越え、平坦な大地を移動している。

 此処から最初の村まで後ほんの数十分程度だろう。そこで一度馬を休ませるべきか否かを悩んでいた。

 

「……ルドガー、馬がしんどそうだ」

「だよな。鎧を装備した大人一人に子供一人」

「ムッ」

「失礼、レディ一人だ。此処までよく走り続けてくれたもんだ」

「私が馬に乗れていればもっと距離を稼げたか?」

「気にすることじゃない。もうすぐ村に着く。そこで馬を休ませるぞ」

 

 本当にララが気にするようなことじゃない。馬での移動を選んだのは俺だ。ララが馬に乗れないことはこの一ヶ月の間で知っていたことだ。

 

 それでも馬を選んだのは、一番身軽で早く移動できる手段だったからだ。

 

 もう少しだけ馬に頑張ってもらい、最初の村に到着した。

 

 閑散としているようだが、エルフ族の村はこんなもんだ。都が特別集まっているだけ。

 だが村がある場所では必ず自然の恵みが得られる。農作物でも狩りでも漁でも、何かしらの恩恵が得られる。

 

 この村は農作物で暮らしているらしい。各家の近くに畑が広がっている。

 

「止まれ! 何者だ!」

 

 村に入った途端、弓を携えた若者が数人現れた。

 

 村にもよるが、大抵はその村の自警団が村を守っている。

 彼らはその自警団なのだろう。

 

 俺は一度両手を上げて抵抗する気が無いことを示す。

 

「落ち着け。俺はルドガー・ライオット。フレイ王子の盟友にして戦士だ。王子から任を預かり東の海へと向かっている。この村には馬を休ませる為に来た。書状もある。だから武器を下ろしてくれ」

「え、英雄ルドガー様!? し、失礼しました!」

 

 どうやら彼らは俺の名を知っているようだった。

 

 慌てて弓を下ろし、腕を胸の前に持ってきてエルフ族の礼をする。

 

「そう畏まらなくて良い。馬を休ませたい。彼に水を提供して欲しいのだが……」

「すぐに!」

 

 若者達は道を空けて、馬を休める場所へと案内してくれた。

 

 一応、本当に事前に受け取っていた王子の証明書を見せて確認を取らせた。

 馬から下りてララを下ろし、馬に少しの間の休息を与えた。

 

「本当に此処までよく走ってくれた。名前は――ルートか。この先もよろしくな」

 

 馬の鐙に記されていた名前を確認して優しく撫でてやると、ルートは気持ちよさそうに小さく嘶く。

 

 ララが馬を撫でたそうにしていたのに気が付き、ララにも撫でさせてやる。

 そこへこの村の村長であろう老エルフがやって来た。

 

「ルドガー様、宜しければ我が家でお休みになられますか?」

「いや、構わなくても良い。先を急いでる。書状にある通り、急を要するものでな」

「そうですか。では、我が村で採れたカボチャのキッシュだけでも召し上がってください」

「ご厚意、感謝する」

 

 丁度、飯時だったのだろう。ホクホクの焼きたてキッシュが盛られた皿を受け取り、ララと分けて食べる。

 

 カボチャの甘味を堪能していると、周囲をキョロキョロと見ているララが首を傾げ、あることを訊いてきた。

 

「センセ、ずっと気になってたんだが……エルフ族はどうやって物を手に入れてるんだ?」

「物を?」

「ほら、お金とか」

「金? ああ、無いよ。基本的にエルフ族は助け合いの掟と大地の恵みで生きてる。都に市場なんて無かったろ?」

「無かった」

「それで生きていけるのは大地の恵みが他の大陸よりも圧倒的に多いからだ。何で多いか分かるか?」

 

 ララにそう質問すると、少し考える素振りを見せてから「あ……」と声を漏らした。

 どうやら気が付いたようだ。

 

「清浄な魔力が多い……」

「そう。この西の大陸は他の三大陸と違い、圧倒的に清浄な魔力が多い。それのお陰で森や水が枯れることが無く、生命で溢れている。だからエルフ族は大地から与えられる恵みだけで豊かに暮らしていける。そして何より、欲が無い。共通の掟に従い、正しく生きていく事こそがエルフの幸せと考えているから成り立っている。たぶん、他の種族が同じ恵みを貰っても成り立たないだろうな」

「……性欲も無いのか?」

 

 ズルッと、姿勢を崩してしまった。

 

 気になるところがそこかよと突っ込みたかったが、単純に知的好奇心から来ているようなので素直に答えてやる。

 

「他種族よりは少ないと思う。ただ発情期はあるらしくて、その時にパートナーが居れば……」

 

 俺は拳を前後に突き動かして性行のジェスチャーをしてみせる。

 

 ララはふんふんと頷き。「ん?」と首を傾げる。

 

「パートナーが居ない場合は?」

「……そら、自分でするだろ」

「エルフもするのか……ならアイリーン先生も?」

 

 思わず、俺はその光景を想像してしまった。

 

 あの色気溢れるグラマラスボディの美女が、熱気に籠もったベッドの上で身をくねらせている様は正に素晴らしき理想郷かな。

 

 その考えが見抜かれたのか、ララはジトーっと見つめてくる。

 

「……考えさせたお前が悪い」

「私は何も言ってないぞ」

「……言っておくが、俺は手を出したことは無い。ホントだ」

「だから、何も言ってないって」

「ったく……」

 

 キッシュの最後の欠片を口に放り込み、ララの頬に付いているキッシュのカスを指で拭い取ってやる。

 

 それから少し経ち、休息を切り上げて先へと進む。

 

 今度の村までまた暫く時間が掛かる。休息が必要かどうかはその時に判断しよう。

 

 馬を走らせている途中、ララは初めて見る景色に興味津々なのか目に付く物を何でも訊いてくる。

 

 あの山には何が棲んでいるのか、あの湖では何が棲んでいるのか、あの遺跡は何の遺跡なのか。あの鳥は何だ、あの動物は、知りたがりな子供の様に何でも指さして尋ねる。

 

 俺はまるで小さな子供を相手にするように、その一つ一つに答えていく。

 

 嘗て俺が師に全てを教えられた時のように、今度は俺がララに教えていく。

 

 気付けば剣を握り、生きる為に戦場を闊歩していた俺が、誰かに物事を教えることになるとは二年前まで考えてもみなかった。

 

 アーヴル学校の教壇に立っている時は、自分が教師に相応しくないといつも心の何処かで思っていた。

 

 だがララにこうやって教えているこの時は、教師になって良かったと思い始めている。

 

 惜しむらくは、俺がララにとって両親の仇であるということ。

 ララにその真実を伝える時が、刻一刻と近付いている予感がある。

 だけどその時まで、この不思議な幸福感を噛み締めたい。

 

「……? センセ、あれは……?」

「次は何だ……?」

 

 丘を登り切った辺りで、ララは何かに気付いて指をさした。

 

 今度は何を訊かれたのかと、其方へと視線を向けた。

 

 離れた所に黒い大きな布切れのような物がフヨフヨと浮いている。

 

 いや、あれは本当に布切れか……?

 

「……しまった! あれは悪霊だ!」

「悪霊!? うわっ!?」

 

 俺は全速力でルートを走らせた。走り続けで疲れているだろうが、どうか堪えてほしい。

 

「悪霊って、何で!?」

「ウルガ将軍の配下だろ! お前が都を出るのを粘り強く待ってやがったな!」

 

 気を抜き過ぎていた。ウルガ将軍はずっとララが都から出て来るのを、都から離れた場所に悪霊を隠れさせて待っていやがったんだ。

 

 何でその可能性を少しでも思い付けなかった。ララが都に匿われてることは、将軍は知っていただろ。手先を潜ませることぐらい予想できたはずなのに。

 

 五年間の平和に頭が呆けてしまったか、このクソッタレ!

 

 逃げる俺達を、悪霊は地を這うように飛んで追い掛けてくる。その速さは馬以上だ。

 このまま平地を逃げ続けても追い付かれてしまう。

 

「ララ! 悪霊祓いの魔法は習ったか!?」

「な、習ってない――けど自分で学んだ!」

「よし! 奴らが近付いてきたらやれ!」

 

 どこか、どこか身を隠せる場所は無いか?

 

 奴らは鼻が利かない。姿を隠して音を立てなければやり過ごせる。

 戦ってる時間は無い。グズグズしてると王に気付かれる。

 

 逃げ隠れる場所を探しながらルートを走らせていると、隠れる場所では無いが、木の壁に囲まれた集落を見付けた。

 

 しめた! 砦の中なら悪霊は招かれないと入れない!

 

「センセ! 来た!」

 

 チラリと後ろを見ると、悪霊がすぐ後ろまで追い付いていた。

 

「ララ! やれ!」

「くっ……光の精霊よ来たれ――ルク・エクソル!」

 

 ララは王子から貰った杖を握り締め、俺にしがみ付きながら後方へと伸ばし、悪霊祓いの呪文を唱える。

 

 杖から神々しい光の霞が放たれ、悪霊の一体に纏わり付いて動きを封じた。

 

「ルク・エクソル! センセ! 数が多い!」

「中級の魔法は!?」

「わかんない!」

「もっと魔力を精霊に与えて広く光を出すイメージだ! 呪文はルク・ド・エクソルズ!」

「光の精霊よ来たれ――ルク・ド・エクソルズ!」

 

 ララが呪文を唱えると、先程よりも大きな光の輝きが杖から放たれる。

 

 扇状に光が放たれていき、一気に悪霊達を押し返していく。

 

 俺はその威力に驚いた。エルフ族の中級悪霊払いでも此処まで力強く悪霊を押し返す力は無い。精々、壁となって進行を妨げるぐらいだ。間違っても押し返すことは無い。

 

 やはり魔王の娘だからか、魔法力に対して大きな才能を持ち合わせているのだろうか。

 

 しかし、今はありがたい。お陰で無事に集落へと辿り着ける。

 

「せ……せんせ……くるし……!」

「ララ!?」

 

 ララがぐったりとしていた。

 

 一目で魔力失調症を引き起こしていると分かった。急速に魔力が精霊に吸い取られている。

 

 集落の門番の制止を無視してルートを突入させた。

 

 エルフの戦士達が取り囲んでくるがそれどころじゃない。

 ララを急いで馬から下ろし、地面に寝転がらせた。

 

「ハッ――ハッ――!?」

「息をしろ! 息をするんだ!」

 

 俺はララの手を掴み、自分の魔力をララに送り込んでいく。

 

 魔力は生命の源。魔力を失えば命に関わる。失った分の魔力を補填しなければいけない。

 

 次第にララの呼吸は落ち着きを取り戻していき、青かった顔色も血色が通った良い色に戻る。

 

「ララ! ララ! 大丈夫か!?」

「せんせ……いったい何が……?」

「精霊に魔力を根刮ぎ持ってかれたんだろう……魔力のコントロールを誤れば、精霊に喰い尽くされる。俺が迂闊だった……いきなりやらせるべきじゃなかった」

「い、いったい何事だ!?」

 

 この集落の戦士の一人が槍を突き付けながら近付く。

 

 門の外へを見れば、悪霊達はいなくなっていた。

 

 俺はララを立たせ、戦士達に身分と事情を明かしてララを休ませる場所を提供してもらった。

 魔力を奪われて体温も一気に下がったのか寒そうにしていた。腰のポーチから毛布を取り出し、ララに羽織らせた。

 

「大丈夫か?」

「あ、ああ……ちょっと寒いだけ」

「……本当に悪かった。俺が祓うべきだった」

「初めてだったから加減を間違えただけだ。次は大丈夫」

「……すまない」

「そ、それより、そのポーチ……」

「ん? これか? 校長先生から特別に借りた。空間拡大魔法を掛けてある魔法のポーチだ。どんな大きさの物でもこれに入れて持ち歩ける」

 

 試しにポーチから大きな本を取り出して見せる。

 ララは寒さなど忘れて、そのポーチを食い入るように見つめる。

 

 その気持ちは分かる。俺も初めてこの魔法を目にした時は口が開きっぱなしになった。他の種族でこの魔法を使ってるのは見たことが無い。たぶん、エルフ族だけが知る魔法だと思う。

 

 でも似たような魔法で、自分自身だけの固有空間を創造して、そこに物を収納する空間魔法があったな。確か上位の魔族が使っているのを見たことがある。

 

 ララにポーチを渡すと、ララはポーチの中を可愛らしく覗き込む。

 

「……」

 

 しかし、今回は本当に迂闊だった。

 ララの魔法の素質ならどんな魔法でも操れると勝手に思い込んでしまっていた。

 

 精霊を介して使用する魔法の危険性は充分に承知していた。それを忘れて、危うくララを死なせてしまうところだった。

 

 どんな魔法にも必ず危険は伴う。どんなに簡単な魔法でも、コントロールを失えばそれは自分に牙を向ける。己の魔法に呑まれて死んだ者を何人も見てきた。

 

 浮かれていた訳じゃない、気が緩んでいた訳でもない。完全に忘れてしまっていた。

 

 しっかりしろルドガー。ララはまだ子供で知らない事が多い。俺が間違えれば、常に危険に晒されているララは簡単に死ぬぞ。

 

「……センセ?」

「……もう少し休んだら出発しよう。今度は港までノンストップだ」

「……うん」

 

 ララの頭を撫で、場所を提供してくれた主人に礼を言って外に出る。

 

 悪霊達は祓えた。一度祓った場所には当分やって来ないだろう。

 

 だが魔族に居場所はバレたはずだ。この集落の周りに増援が来て潜んでいるかもしれない。

 その前に港へ辿り着ければ良いのだが、どうにか安全を確保する手段は無いだろうか。

 

 ポーチから黒い石を取り出し、魔力を込めて精霊を呼び出す。

 

「精霊よ来たれ――」

 

 石は砂粒に変わり、小人の形になり精霊と化す。

 その精霊に付近に偵察をさせ、魔族が潜んでいないか確認してもらう。

 

 この大陸に魔族の軍がやって来ているとは考え難い。いても数人、後は怪物の類いだろう。

 軍で来ていたら、侵略行為と見なされて停戦協定違反として攻め入る口実を与えるだけだ。

 

 それは魔族も望んではいない筈だ。少なくとも、今すぐには。

 あの将軍が、そんな愚かな事を考えていないのを願うばかりだ。

 

 偵察に行かせた精霊が戻り、まだ敵らしき影は見当たらないと、吉報を持ってきてくれた。

 今がチャンスだと思い、まだ少し怠そうなララに辛抱してもらって集落を出発した。

 

 ルートはよく頑張ってくれている。人を二人乗せて走り続けてくれるコイツはきっと名馬だろう。王子が気を利かせて、できるだけ良い馬を用意してくれたんだろうな。

 

 ほんと、フレイはイイ奴だ。友人になれたことは俺の誉れだ。

 

 やがて太陽がそろそろ一番上に昇ろうとしている頃、やっと目的の港が目に入った。

 丘の下に広がる青い海に、俺は懐かしさを感じた。湖や川は何度も目にしているが、海は久々だ。この大陸に来てからは近付いていないから、二年ぐらい目にしていないのか。

 

「あれが港か?」

「ああ。北のとは違うだろ?」

「北のは何か雰囲気が暗かった」

「魔族の大陸に一番近いからな。戦士達の基地として機能してるから、彼処みたいに明るくはない。さ、ルート。あとほんの少し頑張ってくれ」

 

 ルートを走らせ、港へと急ぐ。

 


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