魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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第7話 出港

 

 此処まで魔族の襲撃などは無かった。あとは王にバレていないことを願う。精霊を使った交信術じゃ、圧倒的に精霊のほうが早く港に着く。

 

 用心しながら港へと入り、王子が用意してくれているはずの船を探す。

 ララはフードを被って顔を隠してはいるが、キョロキョロと物珍しそうに辺りを見る。

 

「……何か、都のエルフと違う」

 

 ララがふとそんな事を口にした。

 

「どう言う風に違う?」

「んー……何と言うか……ゴツい?」

「ぷっ……」

 

 ララの感想に思わず笑いが漏れてしまう。

 

 だがそう言うのも無理は無い。何故ならララの言う通り、港にいるエルフ達は筋骨隆々の者達が多い。都や此処まで来る間に見た村のエルフ達は、戦士であっても此処までゴツくない。

 

「この港は漁業が盛んだ。遠い海を航海して、数週間から数ヶ月掛けて漁に出る。歴戦の戦士ですらキツい体力仕事をする彼らが、ムキムキになるのは当然だ。決して戦士達の訓練が楽って意味じゃないぞ。それに、海には海賊がいる。海賊と戦う彼らも立派な戦士だ」

「海賊……」

「海賊の多くは水族だが、決してそれだけじゃない。厄介なのは水族以外の海賊だ。水族は種族故に海を自由に航海できるが、他の種族はそうもいかない。それなのに水族を押し退けてまで勢力を拡大しているってことは、それ程大きな力を持ってるってことだ」

「遭遇したくないものだな」

「それが一番だ。さて、王子が用意した船を見付けなくちゃな」

 

 一応、向こうも俺達を探してくれている筈だ。

 港の端から端までを探していき、目的の船を見付けた。

 

 だが少し様子が変だ。

 

 船に乗船しているエルフの船乗り達と、エルフの戦士達が睨み合っている。

 

 俺はルートの足を止めて建物の物陰に移動させる。

 

 おそらくだが、あの戦士達は王側の者達だ。きっと俺達のことがバレたんだ。

 ララをルートと一緒に隠し、俺は様子を探るため船に近寄って彼らの話を盗み聞く。

 

「退くのだ。この船に魔族の要人が乗っていると、陛下から報告があった」

「知らねぇな。この船はフレイ王子御用達の船だ。魔族なんざ乗せちゃいねぇ」

「それを確かめる為に調べるのだ」

「聞こえなかったかい? これはフレイ王子の船だ。王子の許しが無けりゃ、誰も乗せさせねぇよ」

「これはヴァルドール陛下の御命令だ!」

「こちとら王子から、例えヴァルドール王だとしても乗せるなと言われてんだよ! 文句があんならフレイ王子に言いな! 王子から許可が出たらいくらでも乗せてやらァ!」

 

 その一言で戦士達が今にも剣を抜きそうになる。

 船乗り達も決して退くことなく、剣や斧を手に取って威圧する。

 

 だが戦士側のリーダーは同族で争うことを望んでいないのか、戦士達に下がるように命じる。

 船乗り側も、武器を下ろす。

 

「……分かった。陛下と王子に今一度連絡を取る。今は下がろう」

「フン、初めからそうしときゃ良いんだよ」

 

 戦士達はその場から一度離れていき、先程まで見事な啖呵を切っていた船乗りは軽く溜息を吐いた。

 

 俺は今がチャンスだと思い、マントのフードで顔を隠して物陰から出て彼に声を掛けた。

 

「失礼、アンタが船長か?」

「……そうだが、てめぇは?」

「ルドガー」

「じゃ、アンタが……!? 遅ぇんだよ! もっと早く来れなかったのか!?」

 

 船長は野太い声で俺に怒鳴る。

 

 それも仕方が無い。もっと早く到着していれば、彼らも戦士達と喧嘩腰になる必要も無かった。彼らへの反感は、そのまま王への反感になりかねない。それは船長達だって絶対に避けたいはずだ。

 

「すまない。これでも急いだんだ。それより、出港できるか?」

「いつでも出せるように準備は済ませてある。だが戦士達の目がある。それをどうにかしねぇと面倒だ」

「分かった。彼らの陽動は俺がする。戦士達の目が離れたら、すぐに出港してくれ。出港したら、一度左手の海岸に船を寄せてくれ」

「……それは分かった。で、件の子は?」

「こっちだ」

 

 俺は船長を連れて、ララとルートが待っている場所に戻る。

 

 ララに船長を紹介し、ララとルートを船長に任せて俺は一度港の門から外に出る。

 今、戦士達は王に精霊を使わして連絡を取っているだろう。戦士達の目を船だけじゃなく港からも離しておきたい。

 

 港から少し離れた場所にある雑木林に入り、背中のナハトを抜いた。

 

「さて、ちょっとド派手にやるぞ」

 

 剣を前に構え、剣身を左手で撫でるように動かす。同時に己の魔力を練り上げ、光属性へと変換する。その魔力を剣身に纏わせていく。

 

「我、此処に不死鳥の幻影を顕現させる者なり――ラージド・ファントムフェニクス!」

 

 剣を天へと突き出すと、天へ向かって剣から光が放たれる。

 その光は雑木林を越えると眩く炸裂し、空を覆うほどの炎を撒き散らしながら不死鳥へと姿を変えた。

 巨大な火の鳥となったそれは咆哮を上げながら、空を泳ぐ。炎を雑木林に降り注ぎ、火の海をへと変えていく。

 

 これで戦士達は港から離れて此処の消火活動に回るはずだ。

 

 フェニックスを操りながら少し待っていると、戦士達が駆け付けてくる音が聞こえた。

 俺は剣を背中に戻し、海岸へと急いで向かう。

 

 狙い通りに船は出港を始めており、海岸沿いギリギリを走っていた。

 船の甲板ではララが俺を見付けて大きく手を振って呼んでいる。

 

 海岸に出た俺は、今度は魔力を氷属性へと変えて右手に集める。

 

「我、凍て付かせる者なり――アイスバーン」

 

 右手を下から上に振り上げると、海水の一部が凍り付いて船までの氷道ができた。

 滑るようにして渡り、船へと飛び移ると氷は砕けて消える。

 

「船長!」

「よし来たァ! 野郎共! かっ飛ばせ!」

 

 船長の号令により船乗り達は帆を下ろし、風の魔法で風を起こして帆に受けさせる。

 船の速度がぐんぐんと上がっていき、海岸から一気に離れていった。

 

 遠く離れていく港を眺めながら、暫しの別れを告げる。

 

「ったく、旦那も滅茶苦茶なことをしやがる。誰が大火事を起こせつったよ?」

 

 船長が燃え盛る雑木林を見て溜息を吐く。

 確かに、あれではかなりの被害が出るだろう。

 

 だが、それはあれが本当の火事だったらの話だ。

 

「安心しろよ。あれ全部、幻だから」

 

 俺は発動を続けていた魔法を解いた。

 すると空をずっと羽ばたいていた不死鳥は蜃気楼のように消え、広がっていた炎も嘘のように消えた。

 いくら人目を集める為とは言え、本当に火災を起こすつもりなんてない。

 

 船長はあれが幻だと分かり目を丸くし、ララは「凄い……」と感嘆の声を漏らした。

 

「……さ、流石英雄と呼ばれる旦那だ。エルフでも、彼処まで本物と違わない幻影を出すなんざ中々できやしねぇ」

「そうか? あんな魔法より、王子に忠を誓って戦士達に彼処まで啖呵を切れるあんたらのほうが凄ぇよ」

「ヘッ、エルフ族きっての海の戦士は何者も恐れねぇ強者ばかりよ。旦那、予定の港までは四日は掛かるぜ。だが安心しな。居心地は保証するぜ」

「ああ。世話になる。さっきも名乗ったが、ルドガー・ライオットだ」

「エルヴィスだ。英雄と航海できるなんざ光栄だ。野郎共もこんなに可愛い子を前にしてイイとこ見せようといつになく張り切ってやがる」

「……この子について、王子から何を聞いてる?」

「旦那、安心しな。船長であるからには事情は知っている。だが野郎共は知らねぇし、俺も言う気はねぇ」

 

 船長の言葉に嘘は無いように思えた。目を見て、この船長なら信頼できると確信した。

 

 船長に礼を言うと、甲板の端っこで海を眺めているララの隣に立つ。

 ララは銀髪を海風で靡かせながら、赤い目を子供の様に輝かせて景色を楽しんでいる。

 

 俺も久々の船旅に、年甲斐も無く少しだけ高揚している。

 

「エルフの大陸に来る時、船から海を眺めなかったのか?」

「ずっと部屋に閉じ込められっぱなしだった。少しでも私を守る為だったんだろうけど……」

「……目的地まで四日掛かる。その間に海釣りでも教えてやろうか?」

「良いのか!? あ、いや、でも……王子と一緒にする約束したし……」

「それもそうか。取り敢えず、船室に行こう。たぶん、驚くぞ」

 

 ララは驚くぞという言葉に首を傾げる。

 

 百聞は一見にしかずと言うことで、これから四日間過ごす部屋へと連れて行く。

 

 甲板にあるドアを潜ると、そこは長い廊下に繋がっていた。

 

 ララは一度廊下に出て、足を止めて甲板に戻って船を端から端まで見渡す。

 

 そしてもう一度ドアを潜って廊下に出て、混乱したように目をパチパチとさせる。

 

「これと同じだ」

 

 俺は腰のポーチをポンポンと叩いた。

 

 そう、この船の内部にも空間拡大魔法が掛けられている。船の大きさからはあり得ない長さの廊下が現れたのはこの為だ。

 

 当然、各船室にもこれが掛けられている。

 ララが使用する船室は王子が過ごす場所であり、他よりも広く豪華になっている。

 ソファーにベッドに、備え付けの浴室まである。

 船の揺れも感じず、快適に過ごせるように魔法が掛けられている。

 

「……エルフの魔法って凄いな」

「ちゃんと学んで訓練すれば、お前も使えるようになるさ」

「センセの部屋は?」

「向かいの部屋だ。天気の良い日で、船乗りの仕事の邪魔をしなけりゃ、外に出てもいい。波が荒い日は出るなよ」

「わかった。……センセ」

「ん?」

 

 自分の部屋に入ろうとしたらララに呼び止められた。

 ララは少しモジモジとしてから、漸く口を開く。

 

「……いや、何でもない」

「そうか? それじゃ、俺は少し休む」

「ん……」

 

 俺は部屋に入るとドアを閉め、剣を壁に立て掛けて鎧を外してからベッドに寝転がる。

 

 久々に魔法を連発して少しだけ疲れてしまった。エルフの大陸に来てからはエルフの魔法しか使ってこなかったからか、人族の魔法を、それも少し大きめの物を発動して身体が吃驚してやがる。

 

 人族の魔法はエルフ族の魔法と違い、自分の魔力だけ発動する。

 

 世界に存在する七つの属性へと用途に分けて変化させ、精霊ではなく七神に名を告げる呪文の儀式を経て魔法を発動する。

 

 火の神イフリート、水の神ティアマト、風の神ラファート、地の神テラート、氷の神ニフルート、雷の神マスティア、光の神リディアス。

 

 この七神に名を告げることによって人族は魔法を発動する力を得る。あとは己の魔力を対応する属性に変化、もしくは余所からその属性の魔力を用意して発動呪文を唱える。

 

 しかし、人族は魔法力に適応する能力が低い。多くの人族は中級までの魔法が限界であり、その上を発動できる者はそういない。

 

 だからこそ、勇者の力は凄まじい。殆ど呪文など要らず、上級を越えて最上級の魔法を扱える。

 ただし、一つの属性のみだが。

 それでも七人の勇者達のお陰で人族は救われた。

 

「……元気にしてっかな、アイツら」

 

 東の港から出港したこの船は、更に東へと進んでいく。

 


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