魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。 作:八魔刀
長い長い洞窟を抜けると、その先に待っていたのは不思議な空間だった。
水の中に沈んでいるはずのその空間は、見えない何かで水を塞き止めているのかのように空気が広がっていた。上を向けば水の天井があり、横を向けば水の壁がある。太陽の光は此処まで届いていないのか暗く、代わりにクリスタルの光で辺りが照らされている。
此処が湖の底にある街……古い街だが手入れされているのか綺麗な街だ。此処にローマンダルフ王国の民達が避難しているのだろうか?
街の入り口に辿り着くと、シオンは足を止めた。私達も足を止めると、街の入り口から数人の男達が、エリシアが持っているカタナと同じ形の剣を握って現れた。
そういえば、センセがエリシアのカタナは此処が発祥とか言っていたっけ。
男達は私達にカタナを向けて対峙するが、相手がシオンだと気が付くと驚いた顔を浮かべてカタナを下げた。
「し、シオン様!? シオン様じゃないですか!?」
「本当だ! シオン様だ! シオン様が帰られた!」
「おい! 急いで皆に知らせろ!」
男達は騒ぎだし、シオンの周りに集まり始める。
シオンはそれを鬱陶しがってはいるが、強く拒絶したりはしなかった。
彼らがローマンダルフの民達なのだろう。此処にいるということは、予想通り此処へ避難していたのだろう。
だが国民全員が避難できるとは思えない。湖は小さくはなかったがそこまで大きくはなかった。街だってそこまで大きな街とは言えない。他の場所にでも避難しているのだろうか……。
「貴方達、無事に避難できてたのね?」
「はい! カイ陛下のおかげで……! 此処にいない者達も、陛下のお力で別々の場所に逃がされております!」
「そう……お兄様の行方は?」
「此方に居られます!」
「っ!? 案内しなさい!」
カイ……水の勇者が此処にいる? 城じゃなかったのか……?
シオンは民達に案内され、街の中へと走って行った。
残された私達は此処で待っている訳にもいかず、仕方なくシオンの後を追いかけた。
街の中は人で溢れていた。それも怪我人が多い。男達は兵士……なのだろうか。カタナを腰に提げている者達ばかりだ。勿論、武器を持たない男達もいるが、殆どがカタナを携帯している。
此処に逃げて来たのは兵士が主で、それ以外は逃げ遅れた民達なのだろうか。
シオンが駆け込んでいった建物に遅れて入ると、寝台に横になっている男性にシオンは縋っていた。
暗い蒼の髪をした色白の美男子……あれが水の勇者カイ・ライオットなのだろう。
シオンはカイの手を握り締め、涙を流しながら勇者を呼ぶ。
「お兄様……お兄様……! シオンが戻りました! どうかお目覚め下さい!」
「――――ん……シオン……?」
カイの瞼がゆっくりと開く。エメラルド色の瞳がシオンを映すと、その表情は柔らかいものになった。
「シオン……戻ったのか」
「お兄様……! はい! 戻りました!」
「無事で良かった……」
カイはシオンの頬を優しく撫でると、身体を寝台から起こす。シオンはカイの身体を支える。
病気……なのか? 随分と身体の具合が悪そうだ。そういった噂が流れているとセンセとエリシアから聞いてはいたが、どうやらそれは嘘でもないらしい。血色もあまり良くなさそうで、結構重病のように思える。
「……シオン。大兄上は呼んでくれたか?」
「っ――はい、お兄様。既に地上の街で戦闘を始めています」
「そうか……。なら僕も……!」
カイは寝台から立ち上がろうとするも、立ち眩みが襲ったのかフラついてしまう。
シオンがしっかりと受け止めなければ倒れていただろう。
おいおい、随分と危なっかしい状態じゃないか。そんな状態で地上に向かおうとしてるのか? 流石にそれは見逃せないぞ。
それに見逃せないと言えば、建物の外にいる兵士達もそうだ。怪我人が多い。治療が充分に行き渡っていないように見える。
「お兄様!? いけません! この様な状態で外に出られるなどと!」
「それでも行かなければ……! 大兄上に伝えなくてはならないことがある……!」
カイは止められても尚、寝台から立ち上がって地上へと向かおうとする。
シオンは必死に止めようとするが、カイは意地でも聞かない。
しかし、外に出ることを許せないのはシオンだけじゃない。この私と、アイリーン先生もだ。
アイリーン先生はポーチから杖を取り出すと、カイに向けて軽く振るう。するとカイの身体は蹌踉めき、寝台へと見えない力によって押し戻された。
「うぐ……!?」
「勇者様、ご無礼を承知で申し上げます。地上はおそらく戦闘中。そこへ今の勇者様を送り出すことは認められません」
「貴女には関係無い――!」
「地上に勇者様がいないと分かれば、ルドガー様も此処へ来るでしょう。それまでどうかお休み下さい」
「……だが!」
アイリーン先生の笑みがこれ以上無いくらいに引き攣った。握り締めている杖を再びカイに向けると、カイは寝台に横になり離れなくなる。
あぁ、これは完全にキレてるな――。
アイリーン先生は黒い笑みを浮かべながら、パシンッ、パシンッと杖で自分の手元を叩き、強く宣言した。
「私の目が黒い内は、何人たりとも地上へは行かせません。少なくとも、治療を終えるまでは」
「……」
「ララさん」
「っ、はい」
思わず背筋を伸ばしてアイリーン先生へと振り向く。
アイリーン先生は朗らかな笑みを浮かべてはいるが、その奥には確固たる覚悟を感じられた。
絶対にカイを此処から出さないと――。
「怪我人の治療、手伝ってくれないかしら?」
「――」
私は首を縦に振ることしかできなかった。
ま、まぁ元々そのつもりだったし、別に良いけど……。
アイリーン先生にカイを任せ、私は外に出て動ける怪我人を集めた。
ポーチからありったけの霊薬を取り出し、それぞれの怪我にあった物を渡して飲ませていく。
私が作った霊薬はセンセのお墨付きだ。呑んだだけで即座に効果が現れる。判りやすい怪我なら即効で治るだろう。
現に、目の前で私の霊薬を呑んだ怪我人達は忽ち回復していく。貴重な霊草を材料に作り出した霊薬の効果は抜群だ。帰ったらまた材料を集めに行かなくちゃな。
霊薬を渡しながら、彼らから地上で何があったのか話を聞いた。
ある日、突然三人の勇者がこの国を襲い、カイとシオンは勇者と戦った。
しかし、カイは御覧の通り病気で力を発揮できず、シオン一人では三人に太刀打ちできなかった。
そこでカイは魔法で民達を別の場所へと逃がし、シオンも逃がしてたった一人で三人と戦ったらしい。最初は捕まってしまったらしいが、隙を見て逃げ出してきたらしい。
この街にいるのは基本的には兵士で、逃がしきれなかった一般人達もいるようだ。
兵士達は勇者とは戦わなかったが、現れたゴーレムや怪物達と戦っていたらしい。
いったい、アーサー達は何を企んでいる? 最終的には魔王を蘇らせるつもりなのだろうが、どうして水の勇者を狙ったのかは分からない。地上で戦っているセンセが無事であってほしいが……何だか胸騒ぎがして落ち着かない。
霊薬の整理をしていると、リインが息を切らして私の下へと駆け付けてきた。
「ララ様! ルドガー達が来ました!」
「っ!」
私は霊薬を捨て置き、街の入り口へと急いだ。入り口にはエリシアとユーリ、そしてセンセがいた。センセの服が替わっているが、無事のようだ。
「センセ!」
「ララ……っ!」
私はセンセの下へと駆け寄り、その胸に飛び付いた。
普段ならこんなことはしないのに、さっきから感じていた胸騒ぎの所為でガラにもないことをしてしまった。
慌ててセンセから離れ、乱れた髪を整える。
「よ、良かった……何だか嫌な胸騒ぎがしてたから……」
「……心配掛けたな。この通り、無事だよ。服は戦いで駄目になったから城から拝借した」
センセは笑みを浮かべて左手で私の頭を撫でてきた。
センセの服は兵士達と同じような蒼い軍服だ。センセは何を着ても様になるから狡いと思う。
「……エリシアも無事か」
「……ええ、残念ながらね」
「お嬢さん、私もいるのですが?」
「分かってるよユーリ。三人とも無事で何よりだ」
本当に、三人が無事で良かった。あの胸騒ぎも考えすぎのようだ。
ああ、そうだ。センセにカイがいることを伝えなきゃ。
「センセ、水の勇者が奥にいる。随分と具合が悪そうだけど、アイリーン先生が看てる」
「そうか……案内してくれ」
「こっちだ」
私は水の勇者がいる建物へとセンセを案内する。
この時、私は気が付くべきだったんだ。
センセが右手だけ黒い手袋をしていることに。
センセの右腕から歪な魔力が僅かに漏れていることに――。