魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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お忘れかもしれませんが、人族の前ではララは常に銀髪を隠すためにフードを被っています。


第89話 兄の後悔

 

 

 ララに案内され、俺達は一つの建物に入った。その中では数人の兵士と心配そうな表情を浮かべているシオン、そしてその視線の先には寝台に横になっているカイと、カイを看ているアイリーンがいた。シンクは部屋の端っこで大人しくしている。

 

 カイはアイリーンの治癒魔法を受けてはいるが、顔色が優れないように見える。アイリーンの肩に手を置き、場所を変わってもらう。寝台横の椅子に座り、カイと目が合う。

 

「やぁ……大兄上」

「カイ……無事で良かった」

「……すみません。僕じゃ、アーサー達を止められなかった」

 

 カイは寝台から身体を起こそうとし、それに手を貸してやる。

 

 カイが病に侵されているとは風の噂で聞いていたが、まさか此処までとは……。

 以前と比べて血色は悪いし、身体も痩せ細っている。こんな状態でアーサーらと戦ったのか。

 

 カイは咳をし、辛そうにしながらもそれを堪える。

 

「すみません……彼女のお陰でだいぶ楽にはなったのですが……」

「いったいどうしたんだ? 何の病気だ?」

「……」

 

 カイは答えなかった。いや、周囲を見ていることから、この場では答えられないものなのか。

 

 俺は他の皆に建物から出て行くように伝える。

 エリシア達は少し戸惑うもすぐに頷いて出て行くが、シオンだけは頑なに居座り続けた。エリシアが一緒に出るようにと促すが、シオンはカイの側から離れない。

 

「シオン……大兄上と二人だけにしてくれないか?」

「でも……!」

「シオン、お願いだ……」

「……」

 

 カイにそう言われ、シオンは渋々と頷く。

 出て行く間際に俺を射殺すような目で睨み付けてきたが、俺は肩をすくめるだけで何も言わない。

 俺とカイの二人だけになり、念の為に音漏れ防止の魔法を部屋に掛けた。

 

「すみません、大兄上……お手数をおかけして」

「再会してから謝ってばかりだぞ。シオンのアレは俺の所為だ」

「……」

「……それで? いったいどうしたんだ?」

 

 カイは視線を下に落とした。

 

 以前のカイならこんなに弱々しい姿を見せるような真似はしなかった。もっと自信満々で、クールに振る舞って、格好つけなのがカイだ。だと言うのに、今のカイからはそんな影は微塵も見当たらない。

 

 いったい何がカイを蝕んでいる? カイにいったい何があった?

 

 暫しの時間が過ぎ、カイは重苦しく口を開いた。

 

「大兄上……僕には……もう時間がありません」

「何を言ってる……?」

「父上が僕達に何をしたのか……大兄上はどこまで理解していますか?」

 

 カイの言葉で頭の中に過去の光景が思い浮かぶ。

 

 一つの場所に集められた、俺よりも年下の子供達。親父によって何かを『埋め込まれ』、苦痛に藻掻き苦しみ、泣き叫びながら助けを求める俺の弟、妹達。何もしてやれなかった俺は、ただ地獄を見続けさせられるだけだった。

 

 右腕がズキズキと疼き、堪らず震える右腕を左手で握り締める。

 

「……親父がお前達にやったのは……すまない、詳細は知らないんだ」

「……父上は僕達に各属性の力を宿した特別なクリスタルを埋め込みました。そのクリスタルが今でも体内で勇者としての力を引き出させています。僕達はそれに適合し、更なる篩にも生き残り、勇者としての今があります。だけど僕は……どうやら勇者では無かったようです」

「何言ってる? お前は誰もが認める水の勇者だ」

 

 カイは悲しそうな笑みを浮かべ、胸元を開けさせた。カイの白い胸元が露わになると、カイは胸に施している『魔法』を解いた。

 

 すると白くて綺麗な肌は消え去り、代わりに現れたのは毒々しく赤く腐ったような肌だった。その中心には紺色のクリスタルが僅かに、体内から盛り上がって姿を見せている。

 

 俺はそれを見て息を呑んでしまう。

 

 この状態は嘗て見たことがある。篩に耐えきれず死んでしまった彼らのそれと全く一緒だった。

 

 まさか……まさかまさか……! そんな、ありえない! どうして今になって……何でこんな……!?

 

「何の冗談だ……これは……!?」

「冗談……なら良かったんですけどね……。最初は身体の不調だけでしたが、徐々に痣が広がって、このように身体を蝕んでるんです。一年は保ちましたが……そろそろ限界なようです」

「巫山戯るな! どうして今更拒絶反応なんて起こるんだ!? もう十数年も経ってるんだぞ!?」

 

 カイは篩を乗り越えたはずだ! だからこそ勇者としての力を手に入れて今まで生きてこられた! 力を使っている間も何とも無かった! ありえない! 何か別の要因が働いているはずだ! それを取り除けば、カイは助かるはずだ!

 

 カイは再び魔法で肌を綺麗なものに見せ掛け、開けた服を元に戻した。

 

「ちょっと長く耐えていただけなんでしょう……。いずれにせよ、僕は彼らと同じ道を辿る……。それも、そう遠くない内に」

「諦めるな! 何か手があるはずだ……!」

「それを探している時間もありません。聞いてください、大兄上。今はアーサー達が先決です」

「いいや! お前のことが先だ! 俺にまた弟を見殺しにさせる気か!?」

 

 あの時の、彼らの悲鳴が蘇る。

 

 ――痛いいいいいいいい!

 ――やだあああああ!

 ――アッ……ガッ……ごべぇ……!

 ――たすけ、たすけて……!

 ――おかぁさぁぁぁん! おとぉ……!

 

 

 ――助けてぇ! お兄ちゃぁん!

 

 

 俺はその全てを聞き流した。扉一枚隔てた先で、弟達が泣き叫んでる。

 助けに行こうとしても、親父がそれをさせてくれなかった。

 

 ――ルドガー、お前は何もしてはいけない。

 

 あの時ばかりは親父が怖かった。一切の表情を見せず、子供達の悲鳴が途絶えるまで扉を開けなかった。悲鳴が途絶え、扉が開けられたその向こう側では、半分以上が息絶えていた。

 

 生き残った殆どの者達の目が訴えていた。

 

 ――どうして助けてくれなかったの?

 

 俺は何も言えなかった。ただ親父に連れて行かれ、次の篩に掛けられるのを黙って見ていることしかできなかった。

 

 俺はあの時、弟妹達を見殺しにしたんだ。

 

 だけど今度はあの時とは違う。親父はもういない。苦しんでいる弟を助け出してやれるんだ。あの時よりも知識がある、力がある。弟一人を助けることぐらいできるはずだ。

 

「絶対に……絶対にだ……! 俺の弟である以上、絶対に助けてやる!」

「……ありがとうございます、大兄上。でも、僕よりも世界が大事です。アーサーの目的は既に半分達成しています」

 

 カイは俺の気持ちを差し置いて話を進めてしまう。これ以上この事で問答をする気は無いのだろう。

 

 だが俺の気持ちは変わらない。弟も世界も全部纏めて救う。今度こそ弟を見殺しにしない。

 

 興奮していた気をなんとか静め、カイの話に耳を傾ける。

 

「知っての通り、僕には魂を視る力が備わっていました。アーサーはそれを狙って僕を捉えました。そして彼は見たことも無い魔法で、僕から力を奪ったんです。抵抗や自決を試みましたが、無駄でした」

 

 やはり、カイは死のうとしたか。どうやらアーサーがカイからすぐに力を奪わなければ、俺は間に合っていなかったようだ。その点だけはアーサーに感謝しなければいけない。

 

 いや、そもそもアーサーがそんなことをしなければ良かっただけの話だが……。

 

 ともあれ、カイが今こうして生きてくれている。タイムリミットが掛かっているとは言え、こうして生きてくれている。それだけでも心が救われる。

 

 しかし、やはりアーサーの狙いはその力だったか。魂を視る力…やはりそれで親父を、いや魔王を……。

 

「カイ、あの力は……もしかして魂に『干渉』することも可能なのか?」

「はい……ずっと黙っていましたが、可能です。ですがそれは人の尊厳を侮辱する、命の冒涜に他ならない。だからずっと秘密にしていました。それをアーサーはどうやって……」

 

 やはり、俺の推測は正しかったようだ。カイの力は視るだけじゃなかった。

 

「……カイ。アーサーは今、闇の魔法を習得している。黒き魔法だ。俺達の知らない力を、アーサーは持っている」

「……アーサーが言っていました。父上を蘇らせると。僕達がよく知る父ならまだしも、もし『魔王』として蘇ってしまったら……」

「……ああ。半年前にアーサーは親父の復活を試みた。俺を依り代にしてな。結果は最悪なことに魔王だったよ。今回もまたそうなるだろう」

 

 俺は半年前にミズガルで起こった出来事を話した。

 

 アーサーが黒き魔法、闇の魔法を使って親父を蘇らせようとしたこと。その結果、魔王が蘇ってしまったこと。アーサーが親父の依り代として俺を狙っていること。

 

 あの時は魔王の魂に抗えたから最悪の事態は免れた。

 

 そう、魂だ。あの時、俺が魔王にならなかったのは俺の魂が魔王の魂に勝っていたからだ。

 

 だが今回、アーサーは魂に干渉できる力を手に入れてしまった。もし魔王の魂に干渉し、俺が抗えなくなってしまったら、その時は今度こそ終わりだ。

 

「……カイ。干渉はどこまで及ぶ?」

 

 俺は右手を摩りながら訊いた。

 

「……分かりません。ただ……あの感じなら大兄上の言う通り、魂の強化のようなものも行えると思います」

「……逆に言えば、弱めることもできる――か」

「……大兄上?」

 

 右腕が酷く疼く。

 

 痛い――。痛みがする度に精神が磨り減っているのを感じる。

 その度に弟妹達の恨み辛みが聞こえてくる。見殺しにした俺を責め立てる言葉が聞こえる。

 瞼を閉じれば、血塗れの弟妹達が俺を地獄へと引き摺り込もうとしてくる光景が浮かんでくる。

 

 その度に――俺の魂が削られていく。

 

 アーサーめ……やってくれたな。

 

「大兄上、まさか……!?」

「……誰にも言うな。特に……ララって子には」

「……あのフードを被った魔族の子ですか?」

 

 俺は苦笑し、右手から左手を離す。

 

「あの子は俺と同じ半人半魔だ……親父の実の娘だよ」

「……どうりで、懐かしい気配を感じた訳だ」

「……カイ。あとは俺達に任せろ。アーサーは必ず俺達が止める」

「……では大兄上。任せるにあたってもう一つお話が」

「何だ?」

 

「――水の神殿の話です」

 

 

 

 

 

 

 

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