魔王を倒した半人半魔の男が、エルフ族の国で隠居生活を送っていたら、聖女に選ばれた魔王の娘を教え子に迎えて守り人になる。   作:八魔刀

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す、進まねぇ……!


第95話 裏切り

 

 

『ルドガー、お前はいつか大きな選択を迫られる』

『……?』

『その時、私は側に居ないだろう。信じられるのは自分自身だけだ』

『……』

『お前は【ルドガー】としてこの世に生まれてしまったが故に、背負わされたくもない責任を背負うことになる。それは決して避けられない。だからルドガー……全てを受け入れ、強くなりなさい。それだけが、お前に残された唯一の道だ。お前だけが……世界の希望だ』

 

 大きな手が頭を撫でる。どこか冷たい印象を受ける細い手は何処までも温かく、大きな安心感をくれる。

 目の前の男が何を言っているのか理解できなかった。何の話しか訊いても答えてくれず、ただ悲しそうな笑みを浮かべる。

 

 まだ弟妹ができる前の話……親になってくれたばかりの頃だった。

 

 親父に言われた通り、俺は力を追い求めた。親父の厳しい鍛錬に耐え、必死に魔法を覚え、社会を学び、戦場を彷徨く獣から一端の人になれた。

 

 俺は実の両親を知らない。気付けば屑鉄を片手に戦場を闊歩していた。言葉も話せず、自分以外の生き物は獲物か敵かの二択しかなかった。

 

 そんな俺を拾い育ててくれた親父の言い付け通りに力を身に付け、人として成長していく内に俺は親父が言っていた話をいつしか忘れてしまっていた。

 

 大きな選択、【ルドガー】、世界の希望――。

 

 親父は何を知り、何を想い、何の為に俺を育てた。

 いつかその答えを知る日が来るのだろうか。

 俺は正しい選択をすることができるのだろうか。

 

 俺はいったい――何者なんだ。

 

「……」

 

 目を覚ました。

 

 薄らとぼやける視界の先は見慣れない天井だ。首を横に向けると、銀色が見えた。

 俺はどうやらベッドに寝かされていて、その脇に誰かが顔を伏せて眠っている。

 

 誰かはすぐに分かった。

 ララだ。ララが俺の左手を握って眠っている。

 

 何でララがいる? 俺は何でベッドに寝ているんだ?

 

 上手く働かない頭で眠る前の記憶を探る。

 

 確か水の神殿に向かい、そこで神の使いと名乗る奴が現れて闇神のことを聞いた。

 それからララを狙うとか言うから神と敵対して――。

 

「……俺、生きてるのか」

 

 思い出した。海竜を倒した後、俺は湖に落ちて気を失ったんだ。そのまま死ぬのかと思ったが、どうやら不思議なことに生きているらしい。

 

 誰かが助けてくれたのか? それに此処は何処だ? あれからどれぐらいが経った?

 

 ララを起こすために俺は右腕を動かそうとした。

 

「ッ!?」

 

 ガチンッ、と強烈な痛みが襲った。悲鳴を上げそうになったが堪え、右腕に目をやる。

 

「……何だ、これ?」

 

 右腕は肩まで白い布で巻かれていた。怪我をした時に巻く医療用の布ではなく、もっと厚くてしっかりとした布だ。魔力も帯びており、まるで何かを閉じ込めるかのように『拘束』されている。

 

 右腕……あるよな? 感覚はあるし、痛いが動かせる。

 

 よく観察してみると、これは封印魔法の一種のようだ。目を凝らして見れば、布にエルフの文字が刻まれている。それを見るに、これを施したのはアイリーンなのだろう。ということは、右腕の呪いは知られたと見るべきか。

 

 ともあれ、このまま黙って寝ている訳にもいかない。ララを起こして状況を確認しよう。

 

「ララ……ララ、おい、起きろ」

 

 左腕は問題無く動く。ララを揺さぶって声を掛けると、ララはもぞもぞと動き出して顔を上げた。暫し俺の顔を見つめると、目をクワッと見開く。

 

「センセ!?」

「おはよ――」

 

 お目覚めの挨拶は遮られた。他ならぬ、ララの拳によって。

 

 ララは一応怪我人であるはずの俺の頬に拳を叩き込み、そのまま拳を振り切る。俺は首が捻れ、反動で右腕が強烈に痛み出す。

 

「ァ~~~~~~ッ!?」

 

 声にならない悲鳴を上げ、ベッドの上で悶え苦しむ。

 ララはそんな俺に向かって怒り心頭の様子で怒鳴り出す。

 

「この大馬鹿者! アホ! マヌケ!」

「ら、ララ……?」

 

 ララの目には涙が浮かんでいた。椅子から立ち上がり、フーフーと肩で息をして興奮している。

 

「センセ……何で黙ってたんだ……?」

「……何の話だ?」

「惚けるな! その呪いのことだ!」

 

 やはり知られてしまっていたか。

 

 俺は右腕をララから見えないように身体を反らす。そんなことをしても意味が無いと言うのに、俺はララにこの腕を見せたくなかった。

 

 これは俺の罪の証。俺がどれだけ汚れているのか示すものだ。多くの命を奪い、見殺しにしてきた俺の悪の象徴と言っても良いだろう。

 

 魂殺の鏡――俺を呪い殺すにはこれ以上無い最高で最悪な魔法だろう。

 

 そんな汚れた部分を仲間達に、特にララには見せたくなかった。

 

「……どこまで聞いた?」

「その腕の呪いがセンセの命を奪うって……解呪方法も分からないって水の勇者が言っていた」

「そうか……」

 

 良かった、最も知られたくない部分をララは知らない。カイが黙っていてくれたのか、カイすらも分からなかったのかは知らないが。

 

 俺がホッとしたのを見逃さなかったのか、ララが更に怒る。

 

「なに安心してるんだ!? センセ、死にかけてたんだぞ!? アイリーン先生が呪いを抑え込む呪符を巻かなかったら、呪いに殺されてたんだぞ!?」

 

 海竜を倒す際、右腕の呪いを抑え込むのを止めてその力を引き出した。呪いに宿る闇属性の魔力を使用して最強の一撃を叩き込んだ。その影響で呪いが一気に進行したのだろう。

 

 一つの賭けだったが、どうやら賭けには半分勝って半分負けたらしい。海竜は倒せたが呪いには勝てなかったか。

 

 今俺がこうして生きているのは、アイリーンが適切な処置をしてくれたからだ。

 

 しかし、疑問が残る。俺達は別行動していたはずだ。湖に落ちた俺を助けたのは誰だ?

 

「俺を湖から助け出したのは誰だ?」

「……水の勇者がセンセを連れてきたらしい。私はそこにいなかったから詳しくは知らない」

 

 カイ、が……。おそらくだが、カイだけに使える移動魔法だろう。

 

 カイは水を通して遠くの場所に移動できる。水の神殿での異変を感じ取り、動かしづらい身体に鞭打って駆け付けてくれたのだろう。

 

 不甲斐ない……弟妹達に助けられてばかりだ。仲間達にも心配を掛けて、力も奪われて死にかけて……いったい何やってんだ、俺は。

 

 自己嫌悪に陥り、俺は頭を抱える。

 

「センセ……センセは誓ったよな? 私を守り続けるって……アレは嘘だったのか?」

「嘘な訳ないだろ……俺はお前を守る為なら何だってする」

「なら死ぬようなことをするな! 生きて私を守り続けてよ!」

「……すまん」

 

 謝ることしかできなかった。

 

 親父とララの母親の指輪に誓ったのは、親父以上にララを守ること。勝手に死ぬことは許されない。それがララに対する贖罪であり、俺にとって心の救済だったはずだ。

 もしカイが助けに来てくれなければ、俺はその誓いを破ることになっていた。

 ララにとってそれは決して許せないことであり、最悪の裏切り行為になる。

 

 それなのに俺は海竜に勝つ為に自分の命を天秤に掛けてしまった。そうしなければ勝てなかったのは変えられない事実だ。死ぬことなんて考えもしなかった。

 

 だが実際はどうだ? 海竜に勝てたが俺は死んでいた。ララを守る為に神々と敵対する道を取ったのに、呆気なく死んでいた。

 

 俺が取った行動はララを裏切るところだった。何も言い返せない。

 

「謝るくらいなら……もっと私達を頼ってよ……!」

「……頼りにはしてるさ。ただ今回は……いや、すまない。もう二度と危険な賭けはしない」

「……約束だからな」

 

 ララは涙を拭い、蹴飛ばした椅子を戻して座る。俺の右腕を見て、不安そうな表情を浮かべる。

 

「腕……痛むのか?」

「あぁ……痛いな」

「何で黙ってたんだ?」

「……心配掛けたくなかった」

「……本当にそれだけか? 何か隠してるんじゃないのか?」

 

 ララは鋭いな……。でもこれだけは言いたくない。

 少なくとも、打ち明ける覚悟がまだ無い。

 

 軽く笑みを浮かべて首を横に振る。

 

 ララの前では格好いい勇者でありたい。汚れた勇者なんて見せたくない。

 

「……分かった、信じる」

 

 ララに嘘を吐いてしまった。

 その罪の意識が右腕の呪いを強めた気がする。呪符に巻かれた右腕が痛い。

 

 ララは表情に落ち着きを取り戻し、思い出したように立ち上がる。

 エリシア達を呼んでくる、そう言ってララは部屋から飛び出していった。

 

 残された俺は自己嫌悪で吐きそうになり、顔を顰める。瞼を閉じれば、見殺しにした弟妹達の顔が浮かび、呪いを刺激してくる気がする。

 

 ララ、許してくれ……。これからこの先、俺はお前を守る為に今以上に己の命を懸ける。例えそれで命を失うことになるとしても、俺は迷わずお前をとる。裏切り者と蔑まれることになろうとも、恨まれるとしても、お前を守る為なら迷いはしない。

 

「……碌な死に方しねぇな、俺」

 

 俺の呟きは誰にも届くこと無く、ただ天井に吸い込まれていった。

 

 

 

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