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◆カンカンカン!地下格闘オスモウレスリング当日!「サムライツヨイスギル」「スモトリマクシマム」「シグマエース」「トキハキタレリ」「イニシャルエヌエス」「マルデリキシ」「ミスターデモーリッシュ」「アイゼンリング」「決まり手はウワテナゲでアリンス!」◆
【ウェーニー・ウィーディー・ウィーキー】#2
(相手が誰であろうと、俺は引く気はない!天にまします我らの父よ!ゴウランガ!俺は勝利のためならブッダデーモンにもブッダウォーリアにもなる!)アイゼンリングは用意された参加者用チェアに座って腕を組み、油断なく次の対戦相手候補であるマルデリキシを睨み付ける。
レスラーマスクを被る、3メートルの巨人。日本入り前の仮想敵として丁度良い。自分のパワが通じるのか、ワザマエは通じるのか、タフネスは、コンジョは。一目見るだけで読み取れる情報からイマジナリートリクミを繰り返す。(粗塩を撒かないのか?あまり奥ゆかしくないな)情報収集。
一般的に、トリクミ前には粗塩を撒くものだ。コーナーポストに用意された小皿には粗塩がミニスケールエベレストめいて積まれている。これを掬い取り、ドヒョーリングに撒くことで、主がドヒョーリング内を見守りやすくする。撒いた粗塩は悪霊を払うからだ。だが強制ではない。暗黙の了解。
視点をイニシャルエヌエスにズラす。アワレとは思うが、あの身長4フィート少々の子どもは地下格闘オスモウレスリングを血で染めアトモスフィアをヒートアップさせるためのイケニエ奴隷かなにかであろう。このトリクミを止めることは出来ない。情にサスマタを突き刺せば、メイルストロームへ流される。
「ヘッヘッヘ。俺は平坦が好物でな。徹底的にサバオリしてやるぜ!」「「「ワアアアー!」」」歓声!このような地下施設に訪れるのは下種ばかりだ。アイゼンリングは不機嫌になった。「フーン、ソッカ」イニシャルエヌエスはあっけらかんとしている。今からどのような目にあうのか分かっていないのか?
赤黒の子ども用マワシは見た感じ頼りない。赤淡色ブラウスは、上半身裸よりも掴むところを増やすだけ。フワフワの金髪は髷となっていない。赤い瞳は実際珍しい。その顔はシェレニアレーラに遥かに劣るがカワイイと言えよう。彼女にはこんな子どもを産んでもらいたい。だからこそアワレだ。本当に。
「準備して!……ハジメテ!」ギョウジがグンバイを両者の前に挟み、持ち上げた、次の瞬間!KABOOM!「ヨイショー!」「ハッキョグワーッ!」ブチカマシ強烈!ギシギシギシギシ!荒綱ロープがその構造上在り得ざるほど軋み、歪み……ブチブチブチッ!引きちぎれたのだ!「は?」「グワーッ!」
マルデリキシが、3メートルの巨人が、いまやアイゼンリングの隣の席に座っていた。完全にグロッキー。ブラックアウト状態。「お、お、オオーッ!押し出し!まさかオスモウレスリングで押し出しが見られるなんて!感激でアリンス!」押し出したのは、イニシャルエヌエスだった。カンカンカン!
遅れる勝利確定時のレスリングベル。「「「「ウワアアアアアアーーーー」」」」更に何拍も遅れて、静まり返った会場内騒然!オモテのオスモウレスリングでもこれ程の歓声はそうはあるまい!それはそうだ。それほどまでに衝撃的。
あの体躯のどこにそれほどのパワが?目の錯覚であろうが、その背からニトロバクチクめいた炸裂が見えたような……「ウーン。間違ったかな?」イニシャルエヌエスはグンバイを掲げられ、賞金封筒を受け取りながらも、どこか腑に落ちないかのように首を傾げるばかり。
(マ?)アイゼンリングは戦慄した。アレと、次に、トリクミするのは自分なのだ。トーナメント表にも書かれている。
……アイゼンリングは深く考え込んだ。もはや試合など見ていられない。あの、わけのわからぬ怪力を発揮されてしまえば、マルデリキシの二の舞を踏むことになるのだから。(まるでベアチャイルドハンスだ)その脳裏に甦るのは、幼い頃に寝物語で聞いたスモトリヒストリー。
なんてことはない、ベアに育てられた子供が、色々あった末、プリンセスを助けて結婚する、ありふれた民間伝承アーキタイプをなぞらえる物語のうちの一つ。アイゼンリングのオリジンだ。
(……俺のキャストが懲らしめられるアクダイカーン?冗談じゃない!勝つのは俺だ!シェレニアレーラと結婚するのは俺だ!)次の試合に勝つ。事実上の決勝戦となろう。きっとシェレニアレーラは、あのバケモノを何とかするために自分を。そうイマジナリーすれば、腹の底からパワが湧いてくる。使命感。
アイゼンリングの脳裏で様々なポップアップ可能性が浮かんでは割れていく。やがて彼はひとつの結論に達した。(真っ向勝負は無理だ。タチアイ変化するしかない。リキシを目指す身としてはみっともないが、そういうワザマエは俺にもある。そう、アレは何らかのスチーム兵器に違いないのだから)
生身の子どもにあんなイカれた怪力が出せるわけがない。メルヘンやフェアリーテイルではないのだから。であれば、真っ先に思いつくのが義肢可能性だ。義肢技術は医療科学と平行してデイウォーク・ムーンサルトの勢いで発展する分野。なんらかの最新鋭ハイテック可能性は否定できない。
おそらくだが彼女は最新鋭ハイテック実験体かなにかで、イカれているのだ。つまりこうだ。イニシャルエヌエスはスチームサイボーグ。
(ダイジョブだ。スモトリは機械にだって勝てるハズだ!その気になれば、スチーム機関車だって押し返してやる!ブチカマシをかわして、オクリダシナゲ!これだ!あの子は小さい!荒綱ロープの下を潜らせれば勝機はある!)アイゼンリングはイマジナリートリクミで勝利の方程式を算出した。
イクサにおいて、全く勝ち目がない絶望と、一筋の光明があるのとではメンタル状態が全く異なる。前者であれば、諦めるという勝負の場においてなんらアドバンテージの得られないネガティブ思考に至ってしまうが、後者であれば、その一筋の光明を追いかける方法論をポジティブ思考できる。
アイゼンリングはイニシャルエヌエスの意味不明なパワに恐れを抱きながらも、しかし全く勝ち目が無いなどと惰弱に絶望していなかった。それはセンシとして優れた、称えるべきストロングポイントと言えよう。だが……その思考はメチャクチャ。筋が通っていない。半ば錯乱しているのだ。
カンカンカン!アイゼンリングはレスリングベルの音で現実に意識が戻った。「第五試合!イニシャルエヌエスVSアイゼンリング!」「ドッソイ!」アイゼンリングは特にキアイを入れた。キアイを入れねば、ドヒョーリングを踏まずに棄権可能性があったからだ。
もはやマッタナシ。考えをブラッシュアップする時間はない。(シェレニアレーラ!俺に勇気をくれ!)アイゼンリングは実況席後方を見た。Chu!投げキッス!「ウオオーッ!」キアイ実質100倍!「「「ウワオオーッ!」」」
「アイゼンリングのキアイがすごい!グランドスラム覇者としてトップギアが入ったでアリンス!?」オイランがあまりの中身のない実況を叫ぶ。まっさきにコーナーポストに向かったアイゼンリングは、小皿から粗塩を掬い取り、ドヒョーリングに撒きながらドヒョー入りした。
撒いた粗塩は悪霊を払う。スチームサイボーグではなく悪霊憑き可能性かもしれない。アクマは粗塩で撃退だ。そしてアイゼンリングは、覚悟の準備を終えて仕切り線代わりの畳の縁へ両手をついた。(子どもの皮を被ったブッダデーモンめ!かかってこい!俺はブッダウォーリアだ!)
両者が両手を畳についた瞬間が開始だ。「準備して!……」「マッタ!考えるから!」イニシャルエヌエスはマッタをかけた。オスモウレスリングにおいて、制限時間内のマッタが認められる。今回のルール設定では3分。「オーット!ここでイニシャルエヌエスからマッタドスエ!じらしちゃイヤーン!」
オイランがセクシーな抑揚をつけた。イニシャルエヌエスはドヒョーリング外にいた、なよなよとしてひょろっとした体躯の男になんらかの確認をしていた。コーチ存在か?それとも主従関係な?アイゼンリングはこの場にコーチを連れてこなかった。地下格闘オスモウレスリング参加など問題だからだ。
一度コーナーポストに下がったアイゼンリングは再び小皿から粗塩を両手に掬い取り、ダブルでドヒョーリングに撒いた。放物線!「「「ワオオオーーッ!」」」ダブル粗塩パフォーマンスに観客の興奮ボルテージ倍点!ビタンビタン!アイゼンリングは塩まみれの手で全身をはたく!キアイ!
「モーイーヨ」イニシャルエヌエスはギョウジに断りを入れた。「時間いっぱい!準備して!」アイゼンリングは仕切り線代わりの畳の縁へ両手をついた。両者が両手をついた瞬間がイクサの開始だ。「始めて!」カーン!「ドッソイ!」アイゼンリングはタチアイで右に交わす!次の瞬間!
……特に何も起こらない!(ブチカマシじゃない!?)状況判断しようと感覚鋭敏化させた、その次の瞬間!「ニャーッ!」パアン!ネコダマシ!「グワーッ!」「ヨイショー!」イニシャルエヌエスはネコダマシにひるんだアイゼンリングの太い右足にガップリヨツ!そのままズンズンと押し込む!
(マズイ!)「ヌウウウウーッ!」アイゼンリングはなんとか抗おうとした。だが体勢が悪い!まるでベアチャイルドハンスだ!転倒せずにいるのが精一杯!イニシャルエヌエスはアイゼンリングを荒綱ロープまで押し込む!ギシギシギシギシ!荒綱ロープが軋む!
(ドヒョーギワ!)「ドッソイ!」アイゼンリングは背の荒綱ロープでバランスを取り、そのカワイイな顔に張り手をかました。「ムゥーン!」だが腰が入っていない!実質パワ半減以下でワザアリとは言えず!イニシャルエヌエスはあまりひるまずアイゼンリングの右膝関節を曲げさせていく!
「「「「ウワアアアアーッ!」」」」観客悲鳴!手にした賭札が紙切れになる瀬戸際なのだ!イニシャルエヌエスはパワとワザマエでアイゼンリングの上体を荒綱ロープ上へと持ち上げ、更なるパワで踏み込み、アイゼンリングをドヒョーリング外へと放り投げた!「グワーッ!」
またもやドヒョーリング場外で決着!「キャーキャーキャー!スンゴーォイ!シュモクドリなのだわ!ドスエ!私ドヒョーリング内ではじめて見たカモ!ワザマエ!」「「「「ウワアアアアアーッ!」」」」実況もシェレニアレーラも観客も大歓声!歓声には悲鳴も混じり、無数のチケットが宙を舞う!
桜吹雪めいて舞い散るそれらはもはやただの紙切れだ!……「グウーッ……まさかパワだけじゃなく、ワザマエまであるとは……完敗だよイニシャルエヌエス=サン。いつか一緒にチャンコ食おうぜ」「良いよ」その後、アイゼンリングは参加者用チェアに座って潔く敗北を認めた。
イニシャルエヌエスはスチームサイボーグなどでは無かった。悪霊憑きでもなかった。血肉の通った人間であった。強かった。自分などよりよほどリキシリーグに参戦可能性であろうと思うほど。だが女人禁制。
おそらくイニシャルエヌエスは、異常体質か過剰発達筋肉かなにか……なんらかの生まれ持ったなにか……により、溢れんばかりの才能に溢れていたが、女人禁制に拒まれ、リキシの道を諦め、裏の格闘世界を渡り歩かざるを得なかった、第二第三のシェレニアレーラ存在であったのだ。きっと、おそらく。
そう思えば、アイゼンリングはこの子どもが愛おしい存在に見えてきた。無論、恋愛感情とはかけはなれたものではあるが。「決勝戦、ガンバレ。俺の分も勝ってくれ」「ウン」カンカンカン!その背後で第六試合が決着していた。勝ったのは女だ。この大会、妙に女性陣が強い。
「アッアネサン=サン」少女の目つきが鋭くなった。「そいつはサムライツヨイスギル=サンの本名かい?あまりマナーが良くない。スモトリの名前はリングネームで呼ぶのが礼儀だ」アイゼンリングは忠告を言って聞かせた。「そーなんだ。ゴメンナサイ」「構わんよ。次から注意すればな」
サムライツヨイスギル。ふざけたリングネームだ。だがこの手の非合法大会で、おかしなリングネームを名乗るものは少なくない。「アーン!女の子二人が勝ちのこりドスエ!せっかくだから決勝戦は勝負服にするアリンス!」実況が妙なアドリブルールを決めた。
15分間を予定していた休憩時間が30分の化粧直し時間になった。そのあいだにアイゼンリングは実況席のほうへ近づいた。「何負けてんだよ!」「金返せコラー!」「ヤオチョコラー!」「シャーナイ!シャーナイ!」「まるでベアチャイルドハンスみたいだった!」「ベストバウトな!」
観客席から批判と擁護と感想が入り混じる野次が飛んできた。それらを無視して、アイゼンリングはシェレニアレーラに頭を下げた。「ごめんよシェレニアレーラ=サン。負けちまったよ」「見たわ。ダサかった。タチアイ変化?ダサすぎ」シェレニアレーラ辛辣!
「そんなにダサいままリキシリーグに行っても恥かくだけだから、もっとネオプロイセンで修行していきなさい。グランドスラム3連覇くらいしてみせないさいな」「ヨロコンデー」「ウワオー!アイゼンリング=サンがスモトリレスリング界に残るってよ!」「グランドスラム3連覇目標!?」「マ!?」
インサイダーめいた先行情報に観客がいろめきだった。彼らのうちの数人は新聞記者にタレコミするに違いない。ともすればシェレニアレーラとの関係も。だが、もう、構わない。心は晴れやかだ。なにより男に二言はない。
その後、アイゼンリングは参加者用チェアという名の観戦特等席に戻り、しばし考え、ギョウジに確認をとる。「なあ、チェアの位置を動かしてもいいかい?タチアイを真横から見たい。アンタの真向かいからだ」
ギョウジはかなり精神的に疲弊し、ギョウジ専用チェアにぐったりと身を預けていた。本場日本ではそのようなミットモナイ姿をギョウジが見せることはないと聞く。それだけ、レベルが違うのだ。スモトリもギョウジも。カラテ先進国日本おそるべし。オスモウ界のエベレスト日本おそるべし。
「……正直、助かるよ。おいら、あの二人を審判なんて無理だ。アイゼンリング=サンをサブギョウジ枠に持ち込めないか相談してみる」「それで構わんよ。判定は俺に任せろ。アンタの腹は俺が守る」アイゼンリングは男気を見せた。
……その後、アイゼンリングは最大の特等席で静かに決勝戦のはじまりを待った。この地下格闘スモトリレスリングは普通じゃない。ベアチャイルドハンスが出たなら、ニンジャが出てきてもおかしくない。見逃すわけにはいかぬ。
やがて勝負服に着替えた二人が決勝戦のドヒョーリング舞台に上がった。
(「ウェーニー・ウィーディー・ウィーキー」#2終わり。#3につづく)