「ザッケンナコラー!」ヘドロは怒りのままに直属の上長を力いっぱい殴った。それで終わりだった。殴った瞬間は(ザマを見ろ!制裁!)と思ったが、それから三度四度と殴り続けたのが良くなかった。社会人として当然許されることではない。彼は暴力事件の犯人として逮捕され、懲戒免職解雇された。
あとは一、ニ週間後に銃殺刑にされるだけだ。「俺は悪いことシテネー!」留置所での初日、ヘドロは無駄に騒いだ。戦闘用スチーム義足「ブレヒ」で蹴りつけなかったのだから、かなり理性的で邪悪のかけらもなく、むしろパンチ制裁ですませただけ慈悲深いとすら思っている。
暴行の理由?理不尽だ。労働者への不当な労働力搾取……許せなかった……退役軍人再就職者の基本給を50%カット?理由は傷病賜金で生活年収を確保できるから?ふざけている。月収を50%もカットされて生活などできるものか。年々傷病賜金は切り詰められていることを企業が知らぬ訳がない。
逮捕されたヘドロが連行された留置所はダンジョンめいて、薄暗い地下通路が長く長く続いていた。灯りは連行マッポの持つハンド・ランタンだけ。連行マッポは彼を檻に放りこんで放置した。以後の見回りすらなかった。反省を促す暗黒空間がヘドロの心を削った。
翌日、事務的な事情聴取があった。死んだマグロめいた隣人に似た目をしたマッポが取調室に連行し、5W1Hを簡潔に尋ね、公文書にまとめた。「マケテくださいよ」ヘドロは商店街での値切りめいて懇願したが「ハァ?マッポは商人じゃないから」という返事。
吐き出される溜息がヘドロの心を削った。マッポはブリキケースを取り出し、トントントンと人指し指を弾いてブリキケースを叩くと、カラテ有害物質シガーがニンポめいて一本だけ飛び出てくる。マッポはそれを口で咥え、マッチで火をつけた。
「スゥーッ……フゥーッ……」紫煙!「ケホッケホッー!」ヘドロはむせた。喫煙者ではないのだ。「マッポはねぇ、公務員だからサ」マッポは先ほどの言葉を繰り返す。トントントン。トントントン。マッポは繰り返し机を叩く。そしてハンドジェスチャー。
ナムサン。口に出さずして賄賂を払えという暗喩である。なんたる悪徳腐敗マッポ!「いまこれしか」ヘドロはなけなしの所持紙幣を支払った。「フゥーッ!」紫煙!「ケホッケホッー!」マッポは足を組んでパイプチェアに仰け反り、紙幣を数えた。こんなことが許されて良いのか!?
「……明日、面会、来るから」マッポは事情聴取の終わり際、取調室から出る際にヘドロの耳元で囁いた。再び拘留され、反省を促す暗黒空間でまた一晩過ごした。プシュウウウンー……「ブレヒ」のスチーム燃料が切れる。
ブリキの義足は彼の行動を阻害するだけの重りと化す。こうも暗くては手入れも出来ない。道具もない。「クソッ!このポンコツめ!」ヘドロは床を叩いた。便意を催してきたがなにも見えない!「おーい!誰か!灯りをくれ!」懇願はとどかず、ヘドロは惨めな嘆きを漏らした。
「畜生。畜生!畜生!クソが!クソが!クソがあああァァァアアア!」……「ナンデェ、ヘドロじゃねぇか」「小隊長?ナンデ」翌日、ヘドロの元へ面会に来たのは国境警備隊に所属していた頃の、かつての部隊の小隊長だった。眼帯をつけた厳つい顔には見覚えがあった。「クッセ。漏らしたかァ?」
「そうだよ」小隊長の軽口に耐えられず、ヘドロは項垂れた。メンタルに負ったダメージは大きい。「クソッタレめ。だから俺は言ったんだ。オメーはまだヘータイだってよ」二人はほんの少しばかり思い出話に興じた。「面会時間はあと5分です」しかし監視マッポが無慈悲に時を告げる。
「保釈金を出してやる。貸しだ。このあと付き合え」「マ?」「マ」5分とたたずヘドロは釈放された。保釈金無罪だ。小隊長が本当に保釈金を払ったのだ。少しでも犯罪学に詳しい者なら、ここまでに至る一連のシステムは明らかに間違っていると指摘しよう。だが、いまのネオプロイセンはこうなのだ。
現在のネオプロイセンの刑法はかなりシンプル化してあり、基本的に銃殺刑だ。犯罪者を刑務所で養う経費削減。そしてヘータイニュービートレーニングのため。助かるためには犯罪毎に定められた保釈金を払うしかない。保釈金を払えば無罪放免。(おかしい。10年前はこうじゃなかった)
ヘドロは回顧するが、過去の栄光は右足とともに弾けた。在りし日の思い出はかききえ、現実を見なければならなかった。早朝から半日経った夕暮れ時、身支度と手入れを整えたヘドロはパブ「ビールビール」二階個室で十数人のむさくるしい男達と席をともにしていた。
いかにもなアウトローアトモスフィア。卓上には贅沢な飲食物。プシューッ!ヘドロのものではないスチーム義肢が余熱を放つ。誰も彼もが、どこかしらを義肢化していた。両手両足、あるいは肩周り、肘関節、場所はさまざま。どれも戦闘用スチーム義肢だ。
たったいま入ってきた小隊長は、隻眼を隠す眼帯がそうであり、ガスガンめいて何かを射出する機構になっていると聞いたことがある。「呑んどるか諸君」小隊長の手には追加のビールジョッキ。カンバンムスメに任せず自ら持ち込んだのは、うしろぐらい話があるからだろう。
一同は誰かへ派手に絡むということをせず、こそこそしている。どちらかというと飲み食い重点。互いに知り合いというわけではないようで、やや警戒しあっているかのよう。だが、同じ義肢者という一点だけでほんの少しばかり一体感。
多少出来上がってきた人間が出始めたあたりで、小隊長はデブリーフィングに入った。「概要を説明する。明日マルロクマルマル、ポツダム駅をジャックする。鉄道ストだ。ハンス重工に経済制裁する」「テロ計画か?」じろり。
一人の男に全員の視線が集中した。「テロという呼び方は正確ではないな」「うむ。テロルはかなり注意深く扱うべき言葉だ。非難のニュアンスが含まれる」「鉄道ストは、一般利用者たちを無賃乗車できるように駅員を抑える進歩的春闘だ。暴力は必要最低限な」数人がそのように言葉をつなげた。
ハンス重工。アイゼン系企業ならば大なり小なり関わる軍事企業メガコーポ。その主産業は鋼鉄類生産から各種製造まで一貫している。鉄パイプからニーゼン銃、規格統一ネジの一本にいたるまで、おおむねハンス重工が独占しているのだ。
当然、鉄道ストともなれば、モーターロコモーティブ社、通称モタロ社が最大の直接的被害を負うことになろう。トバッチリ!だが巡り巡ってハンス重工にもダメージ。「同志は他にもいて、それぞれの方法でハンス重工に経済制裁するが、作戦の全容を知る必要は無い。俺も知らんしな」「ハッ」
誰かが乾いた笑いをあげた。先程の男だった。「オメーどこの工作員だァ?」酒を呑んでいない義手男は言った。「俺は国境警備隊員だよ。国を売っちゃいない。だがハンス重工の狼藉を見逃せば、市民はどんどん搾取される。それが許せんのだ」ナムサン。その思想、ブルジョワジー打倒的。
これは春闘に便乗した決断的闘争では?ヘドロは口を挟んだ。「細けェこたァどうでもいいんだよ。派手にカマして増上慢を困らせる。それで良いじゃねぇか。理由はシンプルで良い」「ソーダソーダ」「ヤッチマエ!」幾人もの便乗。なんとヤバレカバレな。その心中はヘドロと類似なのだろう。
国のために働き、戦傷を負って帰ってみれば半ばムラハチ。許せなかった。これが命を賭けたヘータイへの仕打ちか。許せぬ!元へータイであった市民の怒りを受けよ!制裁!その心には、たしかに革命の火種があった。火種というものは、燃焼物を得ることで大きくなるのだ。
◆進歩的革命組織な◆
◆初期社会主義ミーム◆
「実際大変です!」ウィリアムがキングサイズベッドで4人のメイドオイランと退廃的活動をしていたところへ、ハイパーグロッセが叫びながら入室した。まだまだカイデンには至らぬが、ウィリアムがカリメンキョとしてニンジャネームを名乗ることを許した第一の側近存在。
ウィリアムはアトモスフィアを素早く切り替え、白銀色に黒鷲の刺繍が走る皇帝的ニンジャ装束を纏った。「なにがあった」「ロート・シュトルムボックがポツダム駅をジャック!スチーム機関車が運行できません!他方も同時多発的!」ロート・シュトルムボック。赤い破壊槌。
近年になって頭角を現しはじめた、ウィリアムの望まぬ形で革命を成そうとするアカ!「始末しろ!ニンジャ小隊を投入しても構わん!最優先はポツダム駅!優先順位設定!経済影響順!」「タダチニッ!」「「「アイエエエエ!」」」怒号にあてられ、メイドオイラン達はしめやかに失神した。
アカとはノミかダニめいた矮小存在でありながら、異常なミーム性で伝播拡散し国家を蝕むウイルス性害悪である。「おのれ!ベルリンはワシのものだぞ!狼藉は許さん!」ウィリアムは早足でツカツカと歩きながら憤慨した。自身が直接赴きたい衝動にかられるが、指揮存在は必須。作戦室へ向かう。
「ハンス重工に通達!アイゼン・ティーガー投入!アカは殺せ!」入室直後の指示でモータル伝令が駆ける!ウワーオ!ウワーオ!プシューッ!ウワーオ!ウワーオ!スチーム拡声器がベルリン中に警報発報!「市民にお知らせします。ただちに住居に避難して。テロリスト発生な。外出者は銃殺可能性」
「繰り返しお知らせします。テロリスト発生な。プシューッ!外出者はただちに住居に避難して。銃殺可能性重点な」緊急的に出動し都市内を駆けるヘータイ!コワイ!まさかこの男は、ここまでベルリンに支配を行き届かせているというのか!その頃、ニンジャスレイヤーは……01011101100……
『サラリマンは通す。
低賃金労働者も通す。
少女は通さない』とクルミ割り人形は言いました。
「ナンデ?」少女はクルミ割り人形に聞きました。
『ここから先は危険なところ。アブナイだよ。ヤメテにしよ?』
少女はおこりました。
だって、こういうふわふわローカルコトダマ空間を使ったイタズラはいつもゼクスマイレンがするのですから!
「ヤーメーテーヨー!」カブーム!カンシャクバクチク!
『少女。やめなさい。警報が鳴っているではありませんか。家でおとなしく』
カブーム!『ンアーッ!』
クルミ割り人形ばくはつ!ゼクスマイレンさいとうじょう!
「アタシ、ザールブリュッケン行く!キュドー欲しいんだモン!」
『良い!ですがそれは今日でなければならないのですか?明日でも明後日でも良いではありませんか』
「ダーメーナーノー!」カブーム!
プオーッ!シュッポ!シュッポ!
ふわふわのはらではスチーム機関車の先頭車両に擬人化フェイスのはりついた「キシャポッポ」が円形線路をぐるぐる走り回っています。
『せんろはザールブリュッケンまでつづいているよ』架空のキャラクターであるキシャポッポはいいました。
昨日ドブネズミから聞いたおはなしでした。
「スチーム機関車乗るんだモン!今日はスチーム機関車だモン!」
ああ、少女の頭がすっかりスチーム機関車になっています。
昨日はおとなりさんちのヘドロくんがたいへんで、いろいろありましたが、帰ってきたのでダイジョブ!
いまの少女はスチーム機関車がたのしみでたまらないのです。
プシューッ!キシャポッポが止まりました。
『お嬢ちゃんも乗ってみますか?』
「乗る!」
少女はキシャポッポのせなかに乗りました。
プオオーッ!シュッポ!シュッポ!
少女はキシャポッポに乗りましたが、乗り心地は馬車で、妙に上下します。あんまりスチーム機関車っぽくないなあと思いました。
「コレジャナイ!違うもん違うもん違うもん!」カブーム!
『事故が発生!サヨナラ!』キシャポッポはばくはつしました。
『なんたるワガママ!』ゼクスマイレンがこまりました。
「モーッ!スチーム機関車のりたいのりたいのりたい!ホンモノが良いんだモン!」
ビキビキビキ!少女の平坦な胸中で、なにかがひび割れていきます。
「キュドーほしいほしいほしいーッ!」ジタバタ!ジタバタ!
少女はじだんだを踏みました。
……1101010001011……バリン!その胸中深くに隠されたローカルコトダマ内で「クレクレ乞食は奥ゆかしくない」のネイル・オブ・ザ・テンコマンドメンツが粉々に砕け散った。(((ナンデェ!?)))「イテキマース!」少女は自己を戒める迷いを払い、玄関をとびだしてジャンプ!
空に太陽は無く、曇天が覆っていた。「お国のために働きます」「ポテト三昧」「今日もビール」のアドバルーンが中途半端な高さで止まっている。アドバルーン操作員が、規定の高さまで揚げる前に急いで避難したのだ。少女は建造物の屋根伝いにポツダム駅を目指し、パルクールめいて駆けては跳躍。
なんだか体が1割くらい軽い。ゼクスマイレンをヤッツケターから?ピッキーン!ニンジャスレイヤー少女は1割くらい鋭敏化の増したニンジャ第六感で、ベルリン内を暗躍せんと活動するニンジャの影を捉えた!(警報が出てるのに外出するなんて悪いニンジャだ!殺してやる!)
なんたるダブルスタンダード!(((ニンジャ殺すべし!)))少女の憎悪に呼応するかのようにアクマめいた声も活性化!誰彼構わずスレイしたい気分だ!もう我慢できない!ああ、少女よ!せっかく野放図な殺意を耐え忍ぶことを覚え始めていたというのに、ばくはつしてしまうのか!?
いや、ギリギリのラインで堪えている!あくまで殺意の矛先はニンジャに限定!「イヤーッ!」少女は一際高く跳躍して高低差アドバンテージを獲得すると、大きく振りかぶって、手にしたスリケンを、投げた!「イイイヤアーッ!」チョットツヨイ・スリケン!
明けの明星から零れる流れ星めいて、太陽なき夜明けを裂く一条の小さな小さな鉄十字が、その日のイクサのノロシとなった。「グワーッ!」「ナニヤツ!」頭一つ高い3階建てビルの屋上から、少女は彼らに両手を合わせてオジギした。「ドーモ、悪いニンジャのみなさん。ニンジャスレイヤーです」
【アングリー・プロレタリアート・ストライキ】#1終わり