ネオプロイセン連合王国、その暗部が主導する選択と集中。都市部は発展し、農村は半ば捨て置かれる。だからこそのサイオー・ホースなのか、ルーエンヴァイグルの空は雲一つなく晴れ渡る。「イヤーッ!」「イヤーッ!」町の大通りでは二人の男がストリートファイトを繰り広げていた。
「私のためにカラテするのはヤメテ!」地に伏した麦わら帽子ワンピース乙女は、口でこそ制止するが満更でもないアトモスフィアを隠さぬ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」あたかも自らが応援されたかのように両者のカラテは過激さを増した。
「イヤーッ!」「グワーッ!」smash!フェアナンドの逞しい拳が無軌道次男坊の顔面へ打ち込まれた。無軌道次男坊はコンジョを見せようとしたが、「イヤーッ!」「グワーッ!」続く二撃目にノックアウトした。「なにがユンカー(訳注・地主貴族)の息子だ。テメエなんざ怖かねぇ!」
「ウワーッ!ウルガー=サンがやられた!」「逃げろ!」男気を争うストリートファイトの行末をハラハラと見守っていた取り巻きめいたコブンたちは主人を連れて逃げていく。フェアナンドは紺色ジューウェアの乱れをわざとらしく整え、それを見逃した。
フェアナンドは彼らが程よく離れたところで「情けねぇなぁ。カラテでかかってこいよ!」紺色ジューウェアが破れぬよう、だが荒々しく見えるよう脱ぎ捨て、逞しい肉体をアッピールした。「アノ、エト、アリガトゴザイマス」無軌道次男坊に迫られていた豊満な美女への逞しさアッピールだ。
金髪碧眼コーカソイドはこのあたりでは珍しくもない。だが豊満かどうかは家庭の豊かさで決まる。「ダイジョブだったかいレディ?」十分なアッピールを終えたフェアナンドは、倒れ込んだ美女に手を差し伸べた。「アッ……アリガト」手を借りて立ち上がる美女の顔が赤い。
「私の名前はクロリスです。お礼をさせてください」美女は名乗り、フェアナンドを家に招待した。(やったぜ。今晩の豊満美女ゲットだ!)なんたる下心に裏打ちされたヨタモノ思考か!社会的地位を背景に肉体関係を迫っていた無軌道次男坊と大差ないではないか!?
だがヒーローアッピールをするだけ、フェアナンドは比較的善良で社会的な害はないのだ……シュー、シュー。コポコポコポ。キッチンから響くコーヒーサイフォンの稼動音。そしてマグカップに注ぐ音。リビングへ持ち込まれたマグカップ中心に広がる芳醇オーガニックの香り。クロス木窓から差し込む夕日。
「たいしたモテナシもできませんが……」リビング内にはダイニングテーブルにチェアが四つ。壁沿いの棚にはクルミ割り人形やピラミッドウサギ、手回しオルゴールなどといったカワイイな小物で溢れている。壁には新古典主義めいた絵画と並んで、極東のウキヨエが飾られている。
彼女は町外れの一軒家に一人暮らしであった。先月、両親が馬車に轢かれる悲惨な事故で亡くなったばかりだという。「それは可哀想に」木造の二階建てハウス。牧歌的な、やや大きい一軒家だ。コーヒーの味はフェアナンドにとって良くも悪くもない。
だが彼はことさら大げさに褒め称えた。エッチのためだ。「フェアナンド=サンはこの町の人ではないですよね?」「そうさ。あてのない旅をしている」「まあ」「生まれてこのかたコワイなもの知らずでね。一度でいいからコワイを知りたいと思って旅に出たのさ。見つからないがね」
肩を竦めてみせる。逞しさアッピール。それがフェアナンドの生き様であった。困ったら、カラテだ。腕っぷし一つで生き残るタフガイ。冒険的な人生。男のアウトロー価値観だ。「逞しいわ」蕩けたようなクロリスの言葉がフェアナンドの自尊心を満たす。
カラテ近代化政策は腕自慢をたくさん増やした。そうした若者の多くは自警団やネオプロイセン警察、ドイツ軍に入る。ナポレオン戦争での手痛い敗北に起因するナショナリズム。祖国のためだ。だが光と闇が均衡を保つように、フェアナンドのようなアウトローもまた数を増やしている。
「もしもこの世にドラゴンや吸血鬼がいるなら会ってみたいね。あちこち探したが、どこにもいやしない」「素敵ね。私、強くて危険な香りのする男の人が好きなの」クロリスは蠱惑的な笑みを浮かべた。アトモスフィアがエッチだ。このままでは青少年のなんかがあぶない!
「そんなあなたに、ゾッとするということを教えて差し上げましょう」その時である。やおら女が身を翻すと、そこには桃色花柄フリル付きニンジャ装束を着た女ニンジャがいるではないか!「アイエエエエ!ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」フェアナンドは腰を抜かし、しめやかに失禁した。
非ニンジャの一般人が、ドラゴンや吸血鬼のような伝説上の存在だと思っていたニンジャと接触する事によって発症する精神錯乱、ニンジャリアリティショックだ。ましてやエッチ目当ての相手がニンジャであるなどと想像だにしていまい。
「ウフフ。ドーモ、フェアナンド=サン。私のニンジャの名前はローチメイドです。あなた、エッチ好きでしょう?私もこれが大好き」風圧!ローチメイドは凄まじい勢いで男の股間を……ナムサン。フェイントだ。その股間破壊キックはワン・インチ距離で止まった。彼の股間は無事であった。今はまだ。
「アイエエエエエ!アイエエエエエ!」フェアナンドはチェアから転げ落ち、口の端から泡を吹いた。顔は恐怖に歪み切り、引き攣って痙攣している!「ウッフフフ!アーン、スッゴイカワイソ。エキサイトしてきたわァ」ローチメイドの顔が嗜虐的に歪んだ。メンポ内面で舌なめずり!コワイ!
コワイなもの見たさで旅をしていたウカツな男の人生は望みが叶ったこの場でカウンター・ファック&股間破壊か!次の瞬間!「イヤーッ!」CRASH!クロス木窓無残!蹴り破って忍殺少女のエントリーだ!「ナニヤツ!」ローチメイドは素早く振り返り、カラテ警戒した。
「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ローチメイドです」「悪いニンジャはみんな殺してやる!」ニンジャスレイヤーはケープに隠したゴールデンアックスを左手に取り振りかぶった!出た!新しいメルヘンニンジャギアだ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」
ローチメイドはバック宙回避!CRASH!ゴールデンアックスが凄まじい勢いでフェアナンドの股間を……ナムサン。股の間の木床を砕くに留まり、彼の股間は無事であった。「アイエエエエ!」フェアナンドは頭を抱えて身を丸めた!動いたら死ぬ!「アイエエエエ!」
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはピボット回転し右手シルバーアックス薙ぎ払い!「イヤーッ!」ローチメイドはダイニングテーブル足をキックし即席盾化!SRASH!切断され盾にならぬ!だがシルバーアックス軌道はローチメイドの豊満まで障子戸一枚距離手前!空振り!
「ヘタッピ!」ローチメイドは罵倒を交えて身を引いた。慣れぬアックスカラテに振り回されていると見たのだ!冷静!「キィエーッ!」そして特徴的なシャウトとともにデリンジャーめいた水弾をニンジャサイン先端から発射!この立ち枯れの時代にこれ程のスイトン・ジツを使うとは!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはシルバーアックスを盾にしてスイトン・デリンジャーを防ぐ!水圧!「キィエーッ!」再びのスイトン・デリンジャーもシルバーアックスを盾にして防ぐ!「ヌウーッ!」水圧!ニンジャスレイヤーが体勢を崩す!床にまみれたスイトンがスライムめいて蠢き少女の足首に!
(((バカ!イクサでそんなオモチャに頼るでない!ヤツはミズ・ニンジャクランのアーチ級ニンジャだ!儂に任せよ!)))(オモチャじゃないモン!ヘタッピじゃないモン!)ああ、罵倒が効いている!アクマめいた助言も逆効果だ!「キィエーッ!」つづくスイトン・デリンジャー!「ヌウーッ!」
ニンジャスレイヤーはシルバーアックスを盾にして防ぐが水圧が強い!スイトン・スライムも這い登る!このままではジリー・プアー(訳注・徐々に不利)だ!それどころか取り回しの悪いダブルアックスに執着していては実際不利だ!何を意固地になっているのだ!イクサはお遊戯会ではないんだぞ!
「キィィエエーッ!」ローチメイドは攻め手を緩めぬ!両手でニンジャサインを描きダブルスイトン・デリンジャー2Way射!狙いはニンジャスレイヤーの頭と股間だ!実際盾ではないシルバーアックスを用いて上下両対応ガードするだけのアックスカラテがニンジャスレイヤーにあるのか!?アブナイ!
瞬間!「モーッ!」カブーム!少女のカンニンブクロがばくはつした!「なにぃーッ!」少女が全身から発したワン・インチ赤黒の炎バーストでダブルスイトン・デリンジャー蒸発!『UGAAAAAA!』這い登るスイトン・スライムも蒸発!「アイエエエエ!?」フェアナンドは伏せていたので影響外!
ではローチメイドは?「そ、それがどうした!」ローチメイドも当然射程外だ!「キィィエエーッ!」再びのダブルスイトン・デリンジャー2Way射!だが既にニンジャスレイヤーはヘイキンテキの乱れを発散し終え、殺意を研ぎ澄ませて深く集中!両目がレーザーポインターめいてギラリと光る!
「イイイヤァーッ!」ニンジャスレイヤーは決断的にゴールデンアックス縦回転投擲!SPLASH!ダブルスイトン・デリンジャーがアックスカラテに裂かれ弾けた!「イヤーッ!」ローチメイドは左ステップ回避!「イイイヤァーッ!」ニンジャスレイヤーはシルバーアックス横回転投擲!
「イヤーッ!」ローチメイドは右ステップ回避!SLASH!「え?」次の瞬間、ローチメイドの主観時間が泥めいて鈍化した。生死の瀬戸際に、時の流れすらコマ送りめいて垣間見え、過去にすら遡る、ソーマト・リコール現象だ。「え?」何故?ローチメイドは逡巡した。
鈍化した痛みが右腕から伝わってきた。「え?」正確には、右腕のあったところから……くるくると、右腕が虚空に円を描いて舞っていた。ローチメイドは辛うじて見えた視界の右端をクローズアップする。「え?」そこではゴールデンアックスが虚空を旋回待機していた。
(ナンデ?)ゴールデンアックスが何らかの超自然現象により前進慣性を無視し、虚空に留まっているのだ!フシギ!(ステップをキャンセルしなくては)ローチメイドはほとんど静止した時の中で、現状を打破する答えを見出した。だが、動けない!(ナンデ!?)
理想イマジナリーにカラテがついてこないのだ!ステップキャンセルムーブメントはローチメイドではカラテに不足!彼女は状況判断を誤った。自ら死地に飛び込み……「アババババババーッ!」ナムアミダブツ!ダブルアックス縦横旋回に挟まれネギトロ重点!全身からスライムが飛び散る!
「サヨナラ!」ローチメイドはしめやかに爆発四散した。「フゥーッ……ハァーッ……」少女は二度、息を吐いた。プシューッ!赤黒ニンジャ装束からスチームめいた熱気噴出!『UGAAAAAA!』カラテ廃熱処理により、未練がましく新たに少女へ這い登りはじめていた強酸性スライム熱気殺!
だが既に赤黒のニンジャ装束下半身はフシアナめいてボロボロだ。「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!お、終わった……?」「ダメ!まだ伏せて!アブナイ!」「アイエッ!?」イクサの終結を感じ、身を起こそうとしたフェアナンドに向かって少女は鋭く指摘。彼は再び頭を抱えて丸くなる。
(((グググ……水滴一滴たりとも見逃すな。すべて蒸発させよ。時にスイトン・ジツは偽装水蒸気爆発し、一滴のミズからでも蘇る。二度も取り逃したくはなかろう?)))(もう!ワガママばっかり!)(((オヌシが言うな!そんなオモチャは捨て置け!)))(ヤダ!)
古のニンジャギアであるダブルアックスはフシギを失い、万有引力に引かれていた。ゴールデンアックスは木床に突き刺さり、シルバーアックスは無造作に床に転がっている。このフランキスカを投擲したなら、ネンリキめいて軌道コントロール可能とも言われる。軌道を超自然的に待機させることもだ。
だがアックスカラテは少女に合わなかった。ニンジャギアは使い手を選び、ニンジャによって向き不向きがあるということだ。ニンジャスレイヤー少女はダブルアックスを拾い上げ、刃先を擦り合わせるとマッチめいて赤黒の炎を灯す。そして残留スイトン処理。
金銀めいたニンジャ由来の素材がローソクめいてじわじわ溶けていく。もはやアックスではなくトーチ代わりなのでは?メルヘントレジャーの成果はどこか虚しいものあったが、少女はまたひとつ強く、賢くなった。だが、敬愛する祖母の仇に繋がる情報は得られなかった……
……凄惨なイクサ痕跡を色濃く残すハウス内。激しいニンジャリアリティショックに襲われたフェアナンドは、それでも最後まで意識を手放さなかった。タフガイ!「アイエエエ……」しかしニューロンへのダメージは大きい。むしろ気を失っていたほうが精神衛生上は良かったであろうに。
「もうダイジョブですよ!」事後処理を終わらせた少女は生存者に声をかける。「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ!」フェアナンドは頭を起こし、少女の平坦に視線を向けるのが精一杯だった。生存本能が逞しい!「アノ、エト、エッチなのはいけないと思います!オタッシャデー!」
「アッ違う!待ってくれ!お礼……」フェアナンドが返事をした時には既に、少女は消えていた。「ハァーッ!ハァーッ!ハァーッ……」フェアナンドはため息めいて大きく息を吐き出した。そして、ゆっくりと立ち上がる。その足はまだ震えていた。
「ウン、借しにしといてやる」逞しさアッピール独白。フェアナンド流のつよがりだ。震える両足を叩き、何度もカツを入れるが、ダメだ。足にカラテが入らない。生まれたての馬めいて足をプルプルと震えさせながら、男はキッチンへ向かった。
コーヒーサイフォンにはまだコーヒーが残っている。フェアナンドは食器棚にあった手付かずのウッドカップに注ぎ、一口飲んだ。飲んでいる場合か?当然、違う。だがコーヒーは心の安寧に必要なのだ。「アー……良い……遥かに良い……美味すぎる……」フェアナンドは恍惚として呟いた。
――なんたる美味。安心感という極上のミルクが実際感慨深い――彼は昔、幼馴染に自慢されたこの味わいを知りたかったのだ。「ああ、それにしてもゾッとする。これで初めてわかったよ、コワイということが」フェアナンドは今後二度とドラゴンや吸血鬼、ニンジャなどとは口にするまいと心に誓った。
やがてフェアナンドは、カフェインからなるザゼン系作用によりニンジャリアリティショックから落ち着きを取り戻すと、エッチ予定であったクロリスのハウスから密やかに抜け出した。巡回ネオプロイセン警察に目をつけられる前に。
(「マン・フー・トラベルス・トゥー・ビー・スケアー」終わり)
◆忍殺◆登場人物#009【フェアナンド】◆少女◆
逞しい筋肉を持つタフガイ。「コワイを知りたい」という浅はかな理由で、ヨタモノめいたあてのない旅をしている。ニンジャというコワイなものを知ったが、運良く生き延びた。
◆忍殺◆ニンジャ名鑑#010【ローチメイド】◆少女◆
ゲイのサディスト。同性愛は銃殺刑であるネオプロイセン連合王国にアンタイ意思を持つ。罪無き美女を殺して皮を剥ぎ、スイトンヘンゲ人的素材にした邪悪ニンジャ。実質フィメールな。ダブルアックスにネギトロ重点され爆発四散。