一歩一歩、瓦礫を踏みしめ接近するほどに、墜落衝撃で吹き飛んでいた短期記憶が鮮明に戻って来る。瀕死のニンジャの名はナーエシュトラッセ。つい先ほどアイサツし、少女が致命傷を与えた。右腕は付け根から失われ、鎖骨と肩甲骨が破壊されている。長くはあるまい。カイシャクし、とどめを刺すべし。
このニンジャがマフィアクラン「アリアンブラザーズ・クラン」の所属である事は間違いないが、目当ての相手ではない。(((殺せ)))「殺す」少女は精神の奥底に湧き出したアブストラクトな殺意に頷き返す。ニンジャを殺していった先にオーカミ・ニンジャがいる。本能でわかる。(((然り)))
はじめからこうしていれば良かった。なんて遠い回り道。少女は余計で余分な回り道をする事で、たくさん学んだ。カラテの何たるかを知り、情緒を育て、祖母の仇の名を知り、ストレスが成長を促し、そして、そして、そして――
――得たものと同じくらい、たくさんのものを亡くしたのだ。マージョンめいて。なにかを得れば、なにかを失う。自然の摂理。許さぬ。そして安らかに。この重金属酸性雨は天の計らいだ。ニンジャに涙は許されぬのだから。
瀕死のナーエシュトラッセは赤黒のビロードの頭巾を被るニンジャを、そのメンポ(註:面頬)にレリーフされた「忍」「殺」のカンジを見上げ、恐怖した。「狂人……!」這って逃れようとする。その背をニンジャスレイヤーは踏みしめる。「グアッ」「念のため訊いておく」インタビューだ。
彼女はジゴクめいて言った。「オマエはオーカミ・ニンジャ=サンを知っているか」「知らぬ」ナーエシュトラッセは血を咳き込んだ。「知っていたとしても教えぬ。その者がお前の目指すものか。ならば望み果たせぬまま野垂れ死ね。狂人に似合いの末路よ」「だったらオマエに用はない」
ニンジャスレイヤーは踵を捻じり込んだ。「目的はアリアンブラザーズ・クランのパパ、ビシュティムングだ」「キサマ!オヤジの名を……ゲホーッ!」背を踵で捻られ、咳き込む。ナーエシュトラッセは絶望した。どのみち、売るべき情報が既に無い事がはっきりした。
「オヤジが必ず貴様を殺す!絶対にだ。許さ……」ナーエシュトラッセは首を90°捻り、背後を睨む目を見開いた。敵の眼差しに込められた尋常ならざる憎悪が、彼の怒りを押し流した。彼はただ恐怖した。「イヤーッ!」カイシャク!ニンジャスレイヤーの踵が持ちあがり、頭部を踏み砕いた。
「サヨナラ!」ナーエシュトラッセは爆発四散した。吹き込む風が爆発四散痕の灰をさらい、吹き流した。ニンジャは死ねば肉体すら残さない。半神めいたニンジャの生態を詠んだ「死して屍拾う者無し」のコトワザが示す通りである。
頭上、砕けた木窓の上では旋回するバイオカモメが影を為し、ゲーゲーという泣き声が重金属酸性雨と共に降り注ぐ。ニンジャスレイヤーの身体が雨に触れて蒸気を発する。燃える血が身体の傷を癒し、装束を再生してゆく。超自然の憎悪が体内を循環し、戦う力を、殺す力を呼び戻す。
「ビシュティムング……どこだ……!」ニンジャスレイヤーは頭に手を当て、呻いた。ニンジャの痕跡を……その息遣いを感じ取るべく。近い筈。既に敵のはらわたに近づいている。アリアンブラザーズ・クランは小規模クランだ。ニンジャは今のナーエシュトラッセとパパのビシュティムングのみ。
ニンジャの魂の音……ソウル共振音を微かに聞く事で、敵のおおまかな居場所を特定できる。ニンジャ感知力。ここはもはや、実質人口ゼロ地帯……ニンジャがいれば、目立つ……「どこだ……!」コーン……コーン……アクティブソナーめいた超自然的エテル振動が少女を中心に発振。
非物理的な音が深く集中する少女のニューロンに繰り返される。フーリンカザン。ハドー。そしてフーリンカザン……コオーン!ニンジャ感知力に感アリ!「そこか!」ニンジャスレイヤーは走った!シャッタアウト・ランドの不毛なりし鎖国都市、その転覆ガレオン船!「イヤーッ!」
ニンジャスレイヤーは斜め倒壊した三階建てビルから脱出。連続側転からフリップジャンプを放ち、湾口、浮島めいて突き出した転覆ガレオン船残骸めがけ、跳んだ。「イヤーッ!」赤黒の装束が重金属酸性雨に残像を焼きつける。まるで雨に描く墨絵だった。
その地の呼称が示すとおり、汚染度が極めて高く、住む者のない海抜ゼロ地帯の廃墟だ。後ろ暗い者以外は誰も進んで入り込まない。そして、入り込んだ者のことごとくが24時間以内に死ぬか「アリアンブラザーズ・クラン」の家族になることを強要される。
二丁の猟銃が、ハヤイ過ぎる影を追おうと必死に動く。BAANG!その一丁がふいに火を噴き、分厚い黒煙をまき散らした。「イヤーッ!」「アバーッ!」投げかえされる鋼鉄の星。スリケン。脳天直撃。「アバーッ!」それが二枚ダブルヒット!迎撃に潜むマフィアの家族2人はともどもに即死。
少女は人間を殺した。その胸中に打ち込まれた殺人を忌諱する楔は、既に無い。ザーン、ザザーン。寄せては返す水飛沫の霧が立ち込める中、赤黒のニンジャは腰をやや落とし、ジュー・ジツじみた構えをとった。霧の中から徒歩の者が現れた。その者もまた、ニンジャ。
アクティブ・ソナーめいた超自然的エテル振動によるニンジャ感知は、敵にニューロン不快感を与え、ニンジャソウルを探られたことを悟らせる。「お出ましか。腐れネズミめ」「カワイイな俺の部下をずいぶんと殺してくれたようだな。狂人め」舌戦相殺。相互のメンタルに無傷。
両者は互いに睨み合い、そして直立し、同時にオジギを繰り出した。「ドーモ。ニンジャスレイヤーです」赤黒のニンジャが告げた。「ドーモ。ビシュティムングです」新手の者が名乗った。アイサツである。イクサに臨むニンジャにとってアイサツは神聖不可侵の掟だ。
アイサツされれば、返さねばならない。アイサツの最中に攻撃を仕掛けてはならない。アンブッシュ(奇襲)攻撃を仕掛けた当の相手であろうとそれは同様。極めて重大な掟だ。破る非礼は許されぬ。古代ローマ史にも古事記にもそう書かれている。
オジギを終えると、あらためて二者はカラテを構え、互いの間合いを測る。ビシュティムングは誰何すらしなかった。だがそれが、それこそが真のニンジャのイクサなのだ!「イヤーッ!」ビシュティムングはシングルアクションニンジャサインから重金属酸性雨が消失して見える空白地帯ドーム生成!
(((カワキ・ジツ!コムスメ!ドーム範囲から逃れよ!)))「イヤンアーッ!」だがあっという間に空白地帯ドームは広がり、その立ち位置は既にカワキ・ドーム範囲内!セト・ニンジャに繋がる古代エジプト系ニンジャクラン系譜のジツか!?
ニンジャスレイヤーの体表から、みるみる重金属酸性成分が消え去った!当然、汚染除去だけではすまない。その内部、彼女の水分が全身から失われていく!「グワーッ!」ビシュティムングのジツ集中が削がれた!瞬く間にドーム状の空白地帯消失。一体何が!?
スリケンだ。ニンジャが用いる極めて強力な投擲暗殺武器だ。ニンジャスレイヤーはドーム拡大速度から連続バック転での回避が間に合わぬとみるや、ジツ維持集中阻害のためにスリケン投擲反撃を選択していたのだ!なんたるスーサイド・タクティクスか!「おのれ!」「イヤーッ!」
ビシュティムングは眉間軌道のスリケンを左手の甲を犠牲にガードしていた。ジツ集中によりタツジン技を見せる余裕は無かったのだ。既にやや腰を低く落とし、ニンジャスレイヤーからの攻撃に備えている。トビゲリ。だがどのようなジツを隠しているか、手の内がわからぬ。
コオオオ……その右掌が再び超自然の球状空白を帯びる。カワキ・ボール。カワキ・ジツの一形態だ。無差別広範囲殲滅から汚染除去、果てはカラテ融合までをも備える単体ジツのレパートリー応用範囲は語らずしてセト・ニンジャの多角的対応性を暗示するかのよう。
タタミ6枚距離が一息で2枚距離になったとき、ニンジャスレイヤーはトビゲリキャンセルし転覆ガレオン船の不安定な斜面を駆けた!カラテランニングはニンジャスレイヤーがカニ歩きツマミグイめいて様々なカラテの優勢性を収集したカラテの中でももっとも得意とするカラテのひとつ!
「イヤーッ!」前傾ダッシュパンチ!「イヤーッ!」右掌打カウンターカワキ・ボール迎撃!ピタッ!ニンジャスレイヤーは急制動し、滑ることなくカラテ慣性をゼロ速度静止!「なにいーっ!?」迎撃右掌打空振り!直後!
「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはザンシン狩りのしゃがみなぎ払い足払い!「グワーッ!」痛烈!ビシュティムング転倒!どういうことだ!?一度時の流れを巻き戻し、スーパースロー再生でもう一度見て見よう。
あれは……伝説のカラテステップ、ガマク。真のカラテマンはあらゆる重心を操作し、時空の流れをも捻じ曲げる。ニンジャスレイヤーは前傾ダッシュパンチにガマクを仕込み、ゼロ速度急制動。ビシュティムングに誤ったイクサの流れを読ませたのだ!「イヤーッ!」マウントカワラ割りパンチ!
「グワーッ!」メンポが破砕し、よろめくビシュティムング。マウントを取っているニンジャスレイヤーは間髪入れず襲い掛かった。もはやカワキ・ジツを絡めたカウンター攻撃を許さぬ。「イヤーッ!」「グワーッ!」破砕したメンポ越しの顔面に更なる右拳が叩き込まれた!ナムアミダブツ!
◆スシとチャの時間◆
◆インタビューの時間◆
「あのままダッシュ攻撃しておれば、リーチアドバンテージ差で勝っていたのに……」「だからしてないンじゃん。ワカル?わっかんないかなァ?バカだもんね?」「ヌウーッ!」舌戦はニンジャスレイヤー優勢!
ビシュティムングは言葉も無い!誘い水に騙され、迎撃右掌打空振りした事実は覆せぬ!ゼンモンドーでニューロンに追い討ちの追加ダメージ!「……何故ここまで……どこのテッポダマだ!」誰何することで話題を変えるしか!
「イヤーッ!」マウントカワラ割りパンチ!「グワーッ!」「オーカミ・ニンジャ=サンを知ってるよね?ね?」ニンジャスレイヤーのインタビューがはじまった。大人しく喋ればカイシャクするという、極めて残虐なニンジャの事情聴取。
「オーカ……」「イヤーッ!」「グワーッ!」「オーカミ・ニンジャを知ってるよね?ね?」「待て……取引を」「イヤーッ!」「グワーッ!」「オーカミ・ニンジャ=サンを知ってるよね?ね?」「……」「知ってるハズ」「……!」ビシュティムングの目に異質の恐怖がよぎった。
「奴が……お前に何をしたかは知らんが……」「イヤーッ!」「グワーッ!」「アタシは生かされた。アイツが全ての始まりだ」ニンジャスレイヤーは瞑想じみて呟いた。そして目を見開いた。「オーカミ・ニンジャを!知っているな!答えろ!」ガシイィッ!ノドワペンチ!
どこでそのような残虐なコッポドーを!?「かっ、カッ」ニンジャスレイヤーはビシュティムングにノドワペンチ圧迫をしかけたまま頭を持ち上げ、叩きつけた。「イヤーッ!」「グワーッ!」「言ってみろ!」ノドワペンチを離して恫喝!コワイ!
「関わりは!関わりはした!……だが、し、知らぬ……奴の事は……実験結果のやりとりはEUヨーロッパアンダーグラウンド経由……」ビシュティムングの瞳孔が収縮した。嘘は言っていない。アトモスフィアでワカル。未熟なときから得意だった。
「だったらニンジャをイケニエだ」ニンジャスレイヤーはジゴクめいて言った。「オーカミ・ニンジャに繋がるニンジャの名を言え。そうすればカイシャクしてやる。さもなくば!」カブーム!「アバーッ!」赤黒の炎バーストによってビシュティムングの目が白濁した!
「キリー……フィッシュ……」瀕死のニンジャは呟いた。「キリーフィッシュ」ニンジャスレイヤーは復唱した。次の瞬間!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはチョップを振り下ろし、首を刎ねた。「サヨナラ!」ビシュティムングは爆発四散した。
旋回するバイオカモメが影を為し、ゲーゲーという泣き声が重金属酸性雨と共に降り注ぐ。ニンジャスレイヤーはバイオカモメを見上げ、暫し立ち尽くしていた。渇いた全身が再び徐々に汚染されはじめ、潤っていく。
いつまでも無垢ではいられない。現実を知り、学んだのだ。何らかの非道実験が行われしシャッタアウト・ランド。この地はあたかもマッポーの未来を先取りするかのよう。
やがてニンジャスレイヤーは決断的に腕を振りあげ、再びカラテチョップ。「イヤーッ!」KRASH!転覆ガレオン船無残!破砕エリアから転覆ガレオン船内部に侵入!
KRAAASH!KRAAAASH!ニンジャスレイヤーの破壊活動の音が奥から聴こえてきた。ファイル類や取引データを収奪しているのだ。KRAAASH!カラテマスターキー開錠音!KRAAASH!カラテマスターキー開錠音……!サツバツ!
オーカミ・ニンジャを殺すために、ニンジャをイケニエに捧げ、次なるニンジャ情報を得る……なんたるジゴク巡業飛び込み営業めいた暗黒非合法ディティクティブ行為か!
ニンジャスレイヤーが何を思い、何を成すのか……その心は、いま現在の我々に推し量ることはできまい。いずれ分かる。いずれ。彼女の辿ってきた軌跡が。彼女が進んでいく道筋が。
【キル・ニンジャ・アス・ア・サクリファイス・トゥ・ニンジャ】終わり
◆忍殺◆ニンジャ名鑑#076【ナーエシュトラッセ】◆少女◆
アリアンブラザーズ・クラン所属ニンジャ。ダークカラーレインコートニンジャ装束のニンジャ。カフカ・ジツにより汚染濃度を異常加速させるジツを持っていたが、赤黒の炎バーストによる汚染相殺によりイクサにケリがついた。
◆忍殺◆ニンジャ名鑑#077【ビシュティムング】◆少女◆
アリアンブラザーズ・クランの首領にして恐るべきカワキ・ジツの各形態を使いこなす油断ならぬニンジャであったが、カラテ成長したニンジャスレイヤーには及ばず死亡。何らかの実験に協力するためシャッタアウト・ランドを根城にしていた。