少女が目を覚ますと、そこはドヒョウリングであった。「え?」ドヒョウリングは直径タタミ2.6枚距離円周の注連縄の円で構成されており、注連縄の外にはふわふわ絵本めいた画素数のすくない森が広がっている。
平時より視界が高く見えるのは、ドヒョウリングまわりの土が盛られているからであろう。おおよそタタミ3枚距離四方の台形に。「え?」中央付近に引かれた仕切り線の向こう側にはピンク色のクマチャンがいた。少女と同じくらいの身長だ。
「ドーモー、オスモウを夢見るカワイコチャン。バグベアーだよー?」バグベアーは顔の横に両手を沿わせて振っている。「ドーモ、ニンジャスレイヤーです」少女はほとんど反射的に両手を合わせてオジギした。「アイエエエエ!?ニンジャ!ニンジャナンデ!」
バグベアーはNRS発症!ワッザ?顔が動いているではないか!被り物ではないのか!?「アッおいっ待てゐ。ここは神聖なオスモウ・インストラクション会場だゾ。カラテはダメ!」「え?」少女は目を瞬かせた。まだよくわかっていないのだ。
その様子を見て、バグベアーは何度か深呼吸することで落ち着いた。「フー。あービックリした。ニンジャナンデ?」「ネーネー。バグベアー=サンはニンジャなの?」「え?バグベアーはスモトリフェアリーだよ?」欺瞞……とは言い難い。
「オスモウフェアリー?」「バグベアーはオスモウを夢見る少年少女の夢に現れるフェアリー。きみもオスモウのこと考えながら寝たんだろ?ぼくといっしょにオスモウしようよ」バグベアーは謎めいたサイドステップ・シコを踏んだ。
確かに少女はオスモウのことを考えながらふわふわベッドで寝た。ドブネズミから、今度オスモウレスリングをすると聞いたからだ。「きみは強くなりたい?強くなりたいね?」一方的に決めつける物言いだ。「強くなりたい」少女は答えた。であるならば、やることはひとつ。トリクミだ。
その時である。画素数のすくない森の中から画素数のすくない森のオトモダチがたくさん現れたではないか!トン、トトン、トントン。トン、トトン、トントン。低画素数タヌキが儀式的リズムでハラダイコを叩く。
「じゅんびして!」低画素数カエルがギョウジに立つ。「がんばえー」「がんばえー」「がんばえー」低画素数ウサギやキジ、不如帰が応援だ!ほかにもたくさんエトセトラ!みんなも事前に配ったパワーリングでニンジャスレイヤー少女を一緒に応援して!
「エート、エート、こう?」少女は不安げに、仕切り線へ両手を開いてついた。「パーじゃなくてグーだよ」「こう?」「そうそう」バグベアーは子どもにも分かりやすくインストラクション。「じゅんびはよい?」低画素数カエルも優しく確認。「いいよ」
「それじゃ、カエルくんが『ハッキョホー、ノコータ』という合図を出したらトリクミだ。最近は『始めて!』と一言ですませるから、気を付けるように」バグベアーは子どもにも分かりやすくインストラクション。「ウン」
実際はスモトリ同士が息を合わせる必要があるのだが、それは言わなかった。必要以上にルール説明がふくざつになってしまうからだ。あれもこれも説明をつけては、モチベーションが失せてしまう。トン、トトン、トントン。トン、トトン、トントン。オスモウ・デンデンハラダイコ。
「ハッキョホー……」バグベアーもまた仕切り線に両手をついた。「ノコータ!」「ニャーッ!」少女はインステップネコカラテパンチ強襲!夢への目覚めという寝起き状態で禁止行為がしっかり頭にインプットされていなかったのだ!
「ドッソイ!」バグベアーはその突き手の内側から外側に向けて張り手!バアン!「ウワーッ!」少女のネコパンチが外に逸らされカラテが泳ぐ!バランスが悪い!「ハッキョホー!」ガップリヨツ!そして!おお、見よ!なんという大技だ!
「ウントコショ!」あ、あれは!アルゼンチンバックブリーカー!「ウワーッ!」少女は高々とバグベアーに海老ぞりに持ち上げられていた。しかしそこからニンジャ梃子の原理を働かせていないのか、彼女に痛みはない。
「エート……ウン……色々あるけどさ……まず、オスモウは江戸時代からカラテパンチするの反則」バグベアーは優しく諭すように言った。「そーなんだ」「他にもあるけど、もしかしてきみ、オスモウしたことない?」「無いよ」少女は海老ぞりのまま頷いた。痛みはまったくない。
「それじゃ、トリクミは早かったね。ゴメンゴメン」バグベアーは夢じみて腰を横に90°曲げ、少女をドヒョウに立たせると、タタミ1枚距離離れた位置で繰り返しスクワット。「カワイコチャンはオスモウのルール、知ってるかな?」「ちょっとだけ」「それ一番困るやーつ」
バグベアーはスリアシステップでドヒョウぎわに進みつつ、エア張り手を繰り返した。動いていないと落ち着かないのだろうか?「ドスコイヤーッ!」そして180°反転エア張り手スライド!右から左、瞬間移動的にタタミ2枚距離!逆側ドヒョウぎわに迫る!ハヤイ!「目で追ったね?」「ウン」
「良いね。きみはあたまで覚えるより、目で見て覚えるタイプと見た」バグベアーの動きを目で追っていた、少女のそのアトモスフィアをこそバグベアーは感知したのだ。その第六感、油断ならぬ。何者?バグベアーはポスンポスンとヌイグルミめいた胴体を叩いた。
「それじゃあまず、バグベアーがオスモウ・フォーティーエイトのカタをして見せるから、良くみててね?ちょっとふくざつなやつもあるけど、分かりやすくやるからさ」「エート、エート、オネガイシマス」少女は頷くように頭を下げた、次の瞬間!「ドスコイヤーッ!」
バグベアーが少女に突き出し!「ウワーッ!」張り手一突きで場外に!だが場外したはずの少女がなぜか再び仕切り線位置に!?フシギ!「ドッソイ!」寄り切り!「ウワーッ!」「ヤテッボ!」押し出し!「ウワーッ!」少女とバグベアーはポジションリセットめいて毎回仕切り線位置にワープ!
現実では到底不可能なカワイガリだ!「ハッキョホー!」ガップリヨツ!「マ、マッタ!」「待たない!」上手投げ!「ウワーッ!」下手投げ!「ウワーッ!」小手投げ!「ウワーッ!」掬い投げ!「ウワーッ!」出し投げ!「ウワーッ!」
次々と少女にスモトリ基本技、オスモウ・フォーティーエイトを仕掛けるバグベアー!少女はあえて抵抗せず完全に見の構え!バグベアーの言動から欺瞞は無いと見て、少しでも強くなるヒントを得ようと必死なのだ!日に日に強くなる忍殺衝動を抑えるために!「ソイヤー!」引き落とし!「ウワーッ!」
イポン背負い!「ウワーッ!」居反りバックドロップ!「ウワーッ!」これもスモトリの基本技なのだ!オスモウ・フォーティーエイトのカタ……それは江戸時代、賭博オスモウ禁止令の解禁ごろに、オスモウ制度の厳密ルール重点に合わせて改めて制定されたものだ。
その内訳は投げ手十二種、掛け手十二種、反り手十二種、捻り手十二種の合計四十八種類で構成される。バグベアーは流れ作業のようにそのすべての基本技を少女に体験させた。だがまだ終わってない!「リバースハンドオープン!オスモウコントローラー!」ワッザ?その時である。
バグベアーが地に向けた手の平を天に向けてひっくり返す謎めいたハンドサインをしたかと思うと、少女の頭頂部から謎めいたケーブルが伸びたのだ!「オスモウ体験学習のためだから!卑猥は一切ないから!」画素数の少ない猿が、オスモウコントローラーをぽちぽちしてみせた。
「えっえっえっえっ」少女の身体がジョルリ人形めいて動く!少女の頭頂部から伸びる謎めいたケーブルへと繋がるオスモウコントローラー操作により少女を一時的に操作しているのだ!現実では到底不可能なコントロール能力!「これがバックハンドカウンターのカタ!」「エー!」
そして少女に張り手させ、バックハンドカウンターを体験させる!「ウワーッ!」少女の体感的にはノーダメージ!だがなにか腑に落ちない!「マッタ!考えるから!」「考えるんじゃない!分かれ!」なんたる一方的なカワイガリ教導訓練か!
バックハンドカウンターのカタ体験直後に、頭頂部から伸びる謎めいたケーブルは切れている。わざわざあのひとつを体験させるために一時的コントロールしたのか?努力の方向性がおかしい。口頭で言えば良いはずでは?
「これが猫騙し!」「ウワーッ!」「これがぶちかまし!」「ウワーッ!」更にはオスモウの基本からはやや外れる変則技までも!「そしてこれが足取りと撞木反りを組み合わせた撞木取り!」特殊合成技まで!「ウワーッ!」しかしノーダメージ!
「そしてこれがイチバンに最新の架空の技!フランケンシュタイナー!」「ウワーッ!」「フーッ!気持ちが良い!オスモウサイッキョ!」バグベアーはたくさんワザマエを披露し気持ちよくなっていた。一方的に投げ続けるのは気持ちが良い!フラストレーション発散!
「いまの決まり手はだいたい300種類くらいかな?きみも新しい決まり手を考えてみてね!バグベアーとの約束だよ!それじゃ、バイバーイ!」バグベアーは顔の横に両手を沿わせて振っている。「エー!アタシはできないの!?」少女は憤慨した。
「アー、夢で変な癖つくといけないから!やられぬから!あとは現実で実際にやって確かめてみてくれ!」「ま、待てーッ!」「バイバーイ!」バグベアーは謎めいた浮力で天に浮き上がり、一方的に退散した。ユメミル空間の画素数がどんどん下がり、ふわふわしていく……010111011011……
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「それで、オスモウレスリングの基本をインストラクションしてくれるメンターなんだけど……」「いらない」「え?」朝食の席で少女は首を振った。ドブネズミは寝て起きたら不貞腐れる少女を見て(また変な夢を見たんだな)とあたりをつけた。「フーン、そっか」そして無感動に頷く。
ドブネズミは一度、今日の予定をすべて水に流した。「ヨシッ。それじゃ、今日のお昼はスシ食べようか」「スシ!ヤッタ!」そして胃袋から宥めることに決めた。美味しいものを食べれば、だいたいは機嫌が良くなるのだから。
(「エクスペリエンス・オスモウ・フォーティーエイト・エトセトラ」終わり)
◆忍殺◆ニンジャ名鑑#085【バグベアー】◆少女◆
ピンク色クマチャンぬいぐるみニンジャ装束のニンジャ。オスモウに興味がある子どものユメミル空間に現れ、一方的にオスモウ・インストラクションを施していく謎めいた存在。その身長は夢見る子どもに合わせて変化する