ニンジャスレイヤーIF少女   作:BANZAINAMUSAN

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ワッツ・イズ・ハドー?#1

 

その日は酸性雨の降らぬ、晴れた一日であった。「今日は良い天気だしさァ。勉強はしなくて良いと思うんだよね」少女は蒼天を見上げることで、迫りくるドリルから目を背けた。ドリルはドリルでも近未来に発明される螺旋回転削岩機ではない。算数的問題集。

 

 

「いやいや、まずは算数しないと」計算ドリルを突きつけるのはドブネズミだ。「エー、ヤダー」少女はワガママを言った。上空には「懐中時計タイムイズマネー」「ブランド品」「ホーリーブラウニー」のアドバルーン。係留位置のすぐ真上にあるアドバルーン広告は読み取れない。

 

 

とにかく良い天気。気乗りせぬ。スシを食べて、チャを飲み、のんびりしたい。「また今度にしようよ」「ダメ」「エー」二人はピクニックめいてベルリンに複数箇所ある区画整理公園の一つ「ナーハミッターク」へとピクニックめいて訪れていた。

 

 

少女の両手は固定具で固定され、包帯でグルグル巻きになっている。ドブネズミが懇意する闇医者にさせたものだ。闇医者は少女の左腕や右手首より先の壊死可能性と切断を仄めかせたが、連日のスシとニンジャの回復力が歯車じみて噛み合い「ありえない」という言葉とともに前言を撤回させた。

 

 

ドブネズミは少女が物理的に激しいカラテトレーニングのできぬうちに、様々なベーシック知識インプットを進めようと目論んでいた。両手が使えないから勉強できない?では筆記する必要なし。問題を目視し、暗算すれば良い。

 

 

「アッシも雑学じゃない本格的な学問はまったくの専門外だけどさ、方程式って言葉も知らない子が波動を理解しようなんて、烏滸がましいにも程があると思うよ」「っていうか!波動じゃなくてハドーだよ」少女は唇を尖らせた。

 

 

ドイツ語の波動はWelle。発音は全く違う。「コレ絶対そういう頭良いヤツじゃないんだけど」少女はシュツルム・ニンジャとのイクサを終え、満身創痍ながらも帰路につき、ドブネズミに「ハドーというものを知っているか」と訪ねた。

 

 

少女のニューロンに蘇った記憶の中でも、重点情報のひとつ。その場で回答が得られるとは期待してはいなかった。情報を集めてほしかった。しかし返ってきたのは波動方程式、重ね合わせの原理、ホイヘンスの原理、などといった歴史的な雑学知識。

 

 

そして、それらを正しく理解するには数学的知見が必要だと述べたのである。数学is何?「ほーらお嬢ちゃん、今日のドリルだぞー」「ヤダー!」少女は連日の算数ドリル計算にウンザリしていた。解けないわけではない。だが、毎日毎日同じことの繰り返しだと、生きている気がしないのだ。

 

 

「ホッホッホッ、無理強いしてはいけないよ」通りすがりの壮年の紳士がステッキを付きながらハットを持ち上げて語りかけてきた。彼には二人がどのような関係に見えているだろうか?少なくとも、誘拐犯と拉致被害者のような、悪意ある解釈はしていまい。

 

 

「ドーモー。ま、この娘がこんな様子なので、今日は気分転換なんですよ」「おや、そうだったのかい」紳士は頭を下げた。「おじさんはお散歩?」「そうだよ」「ドーモ、僕のニックネームはドブネズミです。この子はエヌエス」「ドーモー」「ドーモ、ルートヴィッヒです」和やかな空気。

 

 

公園はちょっとした出会いの場だ。ちょっとした。今日のドブネズミのお願いは、この自然公園へとピクニックめいて訪れ、ルートヴィッヒと呼ばれる人物と接触することであった。つまり、目前の人物に。「ルートヴィッヒ=サン。僕のちょっとしたつまらない愚痴を聞いてくださいよ」

 

 

さっそくドブネズミは達者な口を動かした。「この子は自然科学に触れてから、しきりに波動について学びたいと言うのですが、計算ドリルを嫌がるのです」「おやまあ」少女はトークのダシにされ、やや俯いた。「自然から学びたいことが得られるとは健全だ」

 

 

ルートヴィッヒは勉学に励めることの幸せを説いた。実際、学びたくても学べない人間は多い。「リフレッシュしたら、お勉強を頑張りなさい」「はあい」少女はやや頬を膨らませながら頷いた。演技の余地なく本心であったが、ドブネズミは少女のその本心からの反応こそを欲していた。

 

 

「ところでルートヴィッヒ=サンは何を?」「少し前から兄弟に会おうとしているんだが、うまくない。なかなか会えないのだ」「へえ。ナンデ?」「大学で忙しくしていて」「大学!」ドブネズミは大げさにのけぞったが、無感動であった。「そりゃスゴイ」

 

 

ドブネズミは全くスゴイと思っていなさそうな口調でそうつづけた。紳士はやや眉を顰めた。「どこの大学なの?」少女がフォローした。「フンボルト大学さ」「エート……スゴイ?」「スゴイさお嬢ちゃん。国家からの「学問の自由」を標語にする大学だぜ?」ドブネズミはフォロー。

 

 

そして、ルートヴィッヒの立ち位置からは見えぬ腰の後ろ位置で、少女へ向けてハンドサインを繰り返す。ゴーサインだ。「アタシ、一回大学に行ってみたいなァー」ピシッ。少女の中で「ウソついたらタタミ針千本飲ます」のネイル・オブ・ザ・テン・コマンドメンツに微かな亀裂。

 

 

全くのウソというわけではないが、勉強漬けの今の少女としては、それほどあんまり行きたいとは思っていないのだ。学校に通いたいと思っているが、若干ニュアンスが違う。「だったら勉強しないと」「ヤダヤダヤダ!キャンパスライフが良い!」これは全くウソではないので問題なし!

 

 

「ホッホッホッ。では気分転換に、一度行ってみるかね?」「エエッ!?良いんですか?」ドブネズミは大仰に食いついた。「なに、今日はまだ訪問していないんだ。校門ゲートでアイツの予定を聞くまでならダイジョブさ」「そりゃあこの娘の良いリフレッシュになりそうです」「アリガト」

 

 

かくして偶然を装いルートヴィッヒ・エーミール・グリムとのささやかな繋がりを得たドブネズミは、その繋がりとも呼べぬささやかさを大いに活用しようとするのだった。つまりドブネズミはそういうやつなのだ。

 

 

◆少年の日の思い出◆

 

 

◆それでも嘘は言ってない◆

 

 

フンボルト大学校門ゲートに陣取る警備員に、けんもほろろに追い返された二人は再び「ナーハミッターク」に戻ってきた。中に入る必要はなかった。ドブネズミとしては、その道中でルートヴィッヒ・エーミール・グリムと幾つかの会話さえできればそれで良かったのである。

 

 

「それで、波動についてだけど、実は計算ドリルを解かなくてもシンプルな説明方法がある事が分かってきた」ドブネズミは自然公園内に流れる小川へ歩み寄り、小石を拾って投げた。ポチャン。「石が飛び込んだところから波打っただろ?あの波が波動の一側面」「そーなんだ」

 

 

「こうやって喋ってる言葉がお互いに伝わるのも、波動によるものなのだ」「そうなの?」「今日までに調べておいたのさ」更にドブネズミは調査結果を述べる。「海は見たことある?」「海?」「アー、とても大きい泉みたいな?そこにも波があって、寄せては返す。波動の一側面」

 

 

「ンー」少女の豊かな空想をもってしても、イマジナリー海存在を想像できなかった。寄せては返すis何?トアル湖は凍り付いていて、波ひとつたっていなかった。ドブネズミはまたひとつ小石を拾って投げた。ポチャン。

 

 

「水に出来上がる波動は目視できるけど、喋ってる声の波動は見えないよね?そういう目に見えない力やエネルギーであることから、オカルトめいた話もある。「生命力エネルギー」や「アストラルライト」と呼んだり、「プラーナ」だとか「エーテル体」だとか」「エテル?」「エーテル体」

 

 

二人の用いる単語が食い違った。ニュアンスが。「ニューロンに引っかかるものがあったかい?」「エテル」「じゃ、そいつがニンジャ真実としての一側面なのかもね。エーテル体についてはもう少し深く調べてみよう」

 

 

「アリガト。じゃ、計算ドリルはもうしなくて良いね!」少女はとびきりの笑顔になった。ドブネズミは笑わなかった。「は?何を言ってるんだい?せっかく買ったんだから、ドリルはやらないと」「ヤーダー!」少女は逃げ出した。「やれやれ。ワガママだなあ」

 

 

ドブネズミは青空を見上げた。そのニューロンに、少年の日の思い出が蘇った。アビインフェルノ・サーカス団。かのサツバツとした団体において、一つのスキル、知識を身に着けられないことは即命取りだった。彼にはかつて、そういう日常があった。

 

 

空中ブランコエリアルカラテ。巨大ルーレット回転2トン玉乗り。ワンハンドシェイクナイフデスマッチ。ジャグリングピストルデスマッチ。クイズサドンデス。メキシコライオンから逃げながら燃え盛る火の輪をくぐり、数の限られた投げナイフで殺す。アウト・オブ・アモーすれば死ぬ。

 

 

感情で手元を狂わせるわけにはいかなかった。狂えば死ぬからだ。だから先に感情を殺した。そして全てを終わらせたのだ。「いやあ、しかし、平和だね、どうも」各地から得、読み取れる断片的な情報とは裏腹に、今この時のベルリンは平和そのものであった。

 

 

シュツルム・ニンジャの起こした騒動は、ベルリンにおいてはロート・シュトルムボックのテロ行為ということになった。ジャーナリズムが不健全。真実は検閲され、修正され、隠しきれぬ真実を叫ぶ者は騒乱罪で逮捕。そしてニュービーへータイの手で銃殺。管理されていた。邪悪に。

 

 

各地から集まる私信から、アトモスフィアを感じるのだ。時代のうねり。革命や戦争、動乱のアトモスフィアが。そしてニンジャ。今日までの数々の近代戦争が余震めいて。海の男が津波の予兆を読み取るように、ドブネズミは情報の海からそれらを読み取った。

 

 

ニンジャ真実を知ってから、見たくもなければ読み取りたくもないものを察しはじめた彼は、今はその全てを水に流し、この場へ戻って来るまでに購入したハンドボール12個入りの肩掛けバッグセットからヤワラカボールを4つばかり取り出した。

 

 

おもむろにトスジャグリング。「ワースゴーイ、ナンカスゴーイ」少女ではない誰かがパフォーマンスに目を奪われたようだった。ドブネズミはジャグリングしながら四方に視線を飛ばし、少女を探す。少女はちょっとした雑木林の陰に隠れ、ドブネズミのほうをチラチラ覗き込んでいた。

 

 

ドブネズミは少女にヤワラカボールの一つを投げる。「お嬢ちゃーん。今日の勉強はヤメとこう。リフレッシュに遊ぼうぜ」少女はリフティングで答えた。蹴り返され、放り投げる。ジャグリングラリー技、パスシングじみた。

 

 

やがて両者の間でクアトロパスシングが。「ウワッスゴッ」「もうケマリやめようかな……」同じ公園内でケマリ選手を志し、チーム内でパスシングしていた少年のうちの一人があまりのレベルの差に絶望し、またひとつ夢を諦めた。

 

 

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……01101011部屋の中央にはチャブテーブルがひとつ。ウッドボトルに注がれたチャが正三角形の点を描くように置かれていた。少女が跪座し、褐色少女ナラクがアグラ姿勢、ゼクスマイレンがガールシットダウン姿勢でそれぞれ座っている。

 

 

ナラクはジッカイによる封印すべてから開放された訳ではなく、少女のアバターイメージを借りたままであった。カコン。ローカルコトダマシシオドシが時を告げる。日付をまたいだ、深夜。少女のローカルコトダマ空間内。

 

 

「ケンカはヤメテにして仲良くしようよ」少女は離婚を仄めかせる両親の合間に座る子どもめいたことを言った。「断る!」「それはできません」そしてテンプレートめいた返事が返される。いつものことであった。色々あったのだ。この話は終わり。少女は本題に入る。

 

 

「ネーネーナラク」「なんだコムスメ」「ハドーってなあに?」「くだらぬ!」ナラクは一蹴した。「分かりきったことをわざわざ整理しようとする無駄!まるで意味が無い!考えるでない!分かれ!」「分かンないから聞いてるの!」

 

 

この場に「ハドー」のマキモノはない。極限の最中、少女のフラッシュバック記憶に過ぎった謎めいたマキモノ存在は、しかしその姿をたちまち隠したのだ。「ネーネーゼクス」「何ですか少女」「ハドーってなあに?」少女は信用度の低いゼクスにも同じ問いを振った。

 

 

「いえ、私からはなんとも」「本当かなあ?何か隠してる?」「隠していませんとも」死のベールに包まれた顔を覗き見えず、欺瞞か否かを察することができぬ。「そも、モータルの科学をバカにしたものではありません。ヒント可能性になることも」

 

 

ここでいうヒントとは、ドブネズミが語った波動概念であろう。「ネーネーナラク」「なんだコムスメ」「海ってなあに?寄せては返す波って?」「くだらぬ!」ナラクは一蹴した。「百聞は一見にしかず!見れば分かる!」「見れないから聞いてるの!」

 

 

「では僭越ながら」ゼクスは片膝立ちとなり、両手を組んでコトダマに祈りを捧げた。ザーン。ザザーン。部屋の障子戸のひとつに、ゼクスマイレンの知る海と波のコトダマイメージ映像。「これが海で、波の動きです」「……」少女はジッと波を見つめた。寄せては返す、波のイメージ。

 

 

ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。「何か分かりますか?」「ンー」

 

 

閃きインスピレーションに不足。ピンとくるものがない。「ネーネーナラク」「なんだコムスメ」「エテルってなあに?」「自分で分かっていることを他人で確認するな」「分かってないから聞いてるの!」少女は憤慨した。

 

 

「ネーネーゼクス」「何ですか少女」「エテルってなあに?」少女はゼクスにも同じ問い。「ジツを行使する際に燃料とする、目に見えぬ何らかの何かと伝わっていますね」「本当かなあ?」少女は首を傾げた。その回答にはニューロンが否と告げていた。

 

 

少女は平坦な胸の前で腕を組み、何度も小首を傾げた。波。分かりきったこと。考えずに分かること。自分が分かっていること。小川に石を投げ入れて起こった波動。空気の波動。波の動き、そしてエテル。「こんがらがってきた」少女は考えるのを止めた。ザーン。ザザーン。一定のリズム。

 

 

(おばあさまは何と言っていたかしら?)少女は敬愛する祖母の言葉を思い出そうとする。ニューロンに深く刻まれた、たくさんのためになる言葉があった筈なのに、そのほとんどがアブストラクトなポップアップイメージのまま弾けて消えていく。

 

 

ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザーン。ザーン。ザザァーン。「……」少女はジッと波を見つめた。寄せては返す、波のイメージに、違和感。

 

 

少女が二度瞬きすると、ローカルコトダマ空間が泡沫めいて全て失われ、現実が見えた。自分の部屋。いまの。草木も眠るウシミツアワー。ニンジャ第六感に感あり。(これも、ハドー?)ニンジャスレイヤー少女はこじつけようとした。本能的なこじつけであった。

 

 

(「ワッツ・イズ・ハドー?」#1終わり。#2につづく)

 

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