ガラガラガラガラ!大型幌馬車がベルリンを目指して走っている。馬車といっても曳いているのはホースではなく二頭の牛だ。中には実際たくさんの藁。定期便めいてベルリンと各地方を往復するそれは、家畜需要を賄う輸送業のひとつだ。
輸送ならば、スチーム機関車があるのでは?鋼鉄の輸送網は、未だネオプロイセン全土を網羅しているわけではない。いわば幌馬車は現代でいうところの長距離トラックであり、二頭の牛をゆるやかに走らせる御者席の男は、実質トラック運転手。ガラガラガラガタン!幌馬車は時折上下に動く。
飼料需要は食料需要に次いで根強い人気がある一次産業。農家ともウィンウィン関係。場合によっては焼き捨てるしかないものが、干して纏めればカネになる。そしてそれを運搬するだけでカネになる。藁は行商ギルドへまとめて買い取られ、売れ残ることはない。
家畜のいない生活などありえない。輸送業者、ワッチモンの輸送業は向こう100年はくいっぱぐれることはあるまい。ガラガラガラガラ。出発前にしっかり点検しているので、車輪トラブルも無し。安定。ガラガラガラガラ。
空はよく晴れていた。日が沈む前にはベルリンに辿りつけよう。遠目に見えるたくさんのアドバルーン。垂れ幕の角度的に文字は読めない。更に上空にツェッペリン級の飛行船。ベルリンは変わった。ワッチモンはヨシナシゴトを思い浮かべる。
彼はナポレオン戦争が収束するかどうかの時期に生まれた。実際色々なことがあったが、特にベルリンの再興、発展は著しい。首都の近代化改修とはまさにあのような様子をさすのであろう。ベルリンにたどり着くたびにそう思う。
ガラガラガラ、ガタン!幌馬車は時折上下に動く。「ン?」ワッチモンは背後に振り向き、覗き窓から幌馬車内を見た。実際たくさんの藁。荷車ぜんたいを分厚い布で覆っているので、中は暗くてよく見えないが、積み下ろしにもちいる後部開口部位もまた分厚い布をロープで縛られ、開いたりしていない。
「気のせいか」ワッチモンは再び正面に向き直った。僅かに手綱を繰り、進路微調整。対向馬車と触れ合わぬように。相手御者と相互に帽子を掴んで頭を下げる略式アイサツを交わす。礼節。牛を走らせるうちに、ワッチモンはさきほど感じた違和感を忘れた。
……藁に紛れてニンジャ耐久力を温存していた少女は、ワーム・ムーブメイトじみて街道沿いに伸びる背の高い草に紛れた。重篤なダメージが癒えきっていない。半ば暴走じみて帰路にニンジャを殺していたが、無理が祟ったのだ。オーカミ・ニンジャから見逃された帰路に。
「フゥーッ……ハァーッ……」少女は二度、息を吐いた。コンセントレーション。(((少女。この行程、あまりに無謀。一度やすまなければ)))(足りない……ぜんぜん足りない!)少女はゼクスマイレンからの忠告を無視した。
幌馬車に乗りながらのアグラ・メディテーションで、ランニング時間短縮しつつカラテのおさらい。効率的な。だが、オーカミ・ニンジャのいるカラテ段位はどれほどの高みだ?いまは勝てない。分からされた。クヤシイ……動ける程度の回復を果たし、少女はランニング速度で走り始めた。
スガン・カブレラのもとでキュドーを学び、多少の殺忍衝動をコントロールできるようになったはずの彼女は、敬愛する祖母の仇であるオーカミ・ニンジャと対面しながらも討ち果たせず、しかも見逃された憎しみで、そのセイシンテキは再び不均衡なものとなりつつあった。
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ガチャッ!ガチャ!「おかえり」最低限、動けるようになるまで両肘両膝貫通ダメージの癒えたドブネズミは、帰ってきたニンジャスレイヤー少女を一目見て、ああ今日はヤバイ日なのだな、と察した。リビングのダイニングテーブル上を素早く片付け、整理整頓。「ただいま」
少女は言葉少なにスチーム風呂へと向かう。どうだった?などと無神経な言葉をなげかけたりはしない。仇の名と姿を特定し、怒りも隠さず帰ってきたということは、あまり良くなかった。つまりそういうことだ。注意深く観察するまでもなく、分かる。今日はスープの日だったのが幸いか。
ドブネズミは静けさと素早さ、体調のバランスを取りながらキッチンに向かい、スチームコンロに火をつけた。ナベ内のアイントスプがじわじわと熱を帯びる。あとはスシだ。即興で作れそうなものは、フライド・スシ、フライドポテト・スシ、ナチョ・スシ。「揚げモンばっかじゃん!」
ドブネズミは愕然とした。流石に鮮魚の用意はない。彼は手の平サイズメモに旬の魚を書き、小銭とともに卓上に置く。「お嬢ちゃーん。風呂から出たら、魚買ってきて。スシ握るから」……返事は無い。手の平サイズメモに、いまの言葉も書き足しておく。
いまの彼女に必要なのは、こういった無神経さだ。怒りのバランスを取る必要がある。一歩誤ればストレス発散にスレイされかねないが、そこはバランス感覚だ。ドブネズミはこの世がバランス感覚で築きあげられていると理解していた。デッドライン上は特にだ。
再びキッチンに戻り、時折ナベ内をオタマでぐるぐるしながら、合間に水を飲む。彼の思考は、次に求められる要求の予想に向いていた。彼もやや無理して早めの退院をしたばかりであり、入院中に届いた情報を整理している段階であった。
グリム兄弟へのインタビューもまだだ。再アポイントメントは取れていない。未だに新聞を賑わかせる存在であり、即座にアクセスと言うのは厳しい。ドブネズミの手元にあるグリム童話初版原稿は、ニンジャ真実の宝物庫であったが……
……「なるほど、お互い、大変だったみたいだね」ディナーにはやや早い時間。少女とドブネズミは情報交換し、相互理解を深めた。卓上には本格派イタマエでは握らないような、形の悪い家庭的なスシが並び、木製カップ内にはアイントスプ。
少女は不機嫌さを隠しもせずにチラシ・ズシを口に含んだ。「モッチャム!きっとベリーシザース=サンとスケープゴート=サンの憎悪に中てられたのだわ。落ち着かなくて」「自己分析できているなら、まだマシだろうね」とドブネズミ。
「それで君はどうするんだ?」「オーカミ・ニンジャ=サンを殺したいけど、カラテに不足。たくさんニンジャを殺して鍛えたい」少女はスローターのニンジャドロップ品である謎めいた暗号でしたためられたマキモノをケープの内ポケットから取り出した。
「これは?」「『組織』所属のニンジャが落としたの」「アッシらがパッと思いつく組織はひとつしかないが、それ以外の可能性もあるね」ドブネズミはマキモノを開き、速読めいて最初から最後までを斜め読みした。難解な暗号だ。だが……「なるほど。ほとんど分からない」
少女はアイントスプを飲んだ。温かい……沁みる……「ホウ。ちょっとだけ分かる?」「後半に少しだけ地図が使われているからね。一字一句読み解くのは時間がかかるだろうけど、意図するところはくらいは」ドブネズミもまたアイントスプの具材をスプーンで掬い、口に含める。
少女はさいしょのほうの暗号を見てあたまいたくなったので、後半部分に目を通していなかった。チラシ・スシを手に取り、食べる。魚身と野菜がバランスよく海苔に束ねられて丸められ、カットされたそれを食べると、新陳代謝が加速し、体調がととのう。
「地図を持ってこよう。スシ、片付けてくれるかい?」「ウン」少女はチラシ・スシをどんどん食べる。口の中がパンパンになった。「モッチャムモッチャム」ドブネズミは一度席を外し、三重の鍵を開けて自室に戻り、ヨーロッパ地図を持ち出した。
少女は空になった皿をキッチンシンクへと運んでいるあいだに、卓上へ暗号マキモノの図解部位とヨーロッパ地図が並べておかれた。「この地図は、ここらへん」ドブネズミはマキモノと地図をそれぞれ指差し、ライン川からそれほど遠くない一角を赤い糸で大雑把に囲む。「ウン」
「で、その……誰だっけ?スローター=サン?はフィリャンチャルのモータルを殺してた。アッシは直接行ったことは無いが、フィリャンチャルはのどかな村だと聞いたことがある。めぼしい特産品もない」ドブネズミは再びマキモノ図解部位の各所を指差す。
「こっちには、バッテンマークがいくつもある。でもフィリャンチャルにはしてない」「……」少女の目つきが鋭くなった。豊かな空想で、そのバッテンマークが意味するところを想像したのだ。ドブネズミは少女を注意深く観察した。
「少し調べたら確信を得られるだろうが……察するに、こいつはジェノサイドリストだ。何故?そのあたりは暗号を読み解かなくっちゃあ分からないが……組織的に行われる、なんらかの陰謀計画が進行しているに違いない」
◆暗黒メガコーポ◆
◆暗黒メガユンカー◆
モーターロコモーティブ社、通称モタロ社の線路開拓部部長、ブラウンクリンは20kgのシャチホコ・ソーセージの詰まった車輪付きトランクを後手に引いてハンス重工本社ビルにエントリーし、アポイントメントを受付オイランに伝えると、会議室へと案内された。
働き盛りの男はピッチリとスーツを着こなす、オールバックヘアのカチグミ・サラリマンである。ゲルマンカラテのブラックベルトであり、会議室道中にある階段で、20kg重量のトランクを軽々と持ち上げる。「今日はこちらです」「ありがとう」お礼に受付オイランのヒップをタッチ。
「アーン、いけませんわ」「カチグミ好きだろう?ン?」「アッハイ」男は首都ホテルのキーホルダー番号を見せた。「今晩この部屋に来なさい。可愛がってやる」受付オイランは頬を赤く染めて頷いた。なんと卑猥な!ガチャ!
ブラウンクリンが扉を開くと、ハンス重工やヨロシサン製薬、行商ギルドをはじめとした、ネオプロイセン連合王国の表側を牛耳る暗黒メガコーポ幹部級がそろい踏みしていた。5分前行動!「シツレイ。お待たせした様で」「イエイエ、5分前ですからダイジョブです」
これはまさか……暗黒社会談合!国家的ネマワシだ!独占禁止法無き19世紀に許された恐るべき癒着!もしも読者の中にジャーナリストがおられるなら、この談合からは目を逸らしていただきたい!ネオプロイセンという国家そのものが敵にまわるおそれが!
あとひとり……ガチャ。予定時間ジャストに入室し、会議室のもっとも上座に座るのは……ナムサン。ウィリアムだ。国家的暗部を手中に収めながら、表側の暗黒メガコーポにも彼が目を光らせているのだ。「タイムイズマネー!全員そろっているようだな」
「ドーゾ、お納めください」ブラウンクリンは真っ先にシャチホコ・ソーセージ入りのトランクを献上した。「ムッハハハハ。クルシュナイ」彼を皮切りにつぎつぎとウィリアムにツケトドケ!なんたる賄賂的贈呈物の数々か!
「それでは会議します。まずは代表相談役のウィリアム=サンから」司会進行役のハンス重工幹部が謎めいた最上位役職を暗喩する言葉を発すると、ウィリアムは口を開いた。「まずは恒例であるが、ネオプロイセンの発展、成長に貢献する諸君らの献身に感謝する。いつもありがとう」
「「「「ハハー」」」」一同は上質な椅子から立ち上がり、腰から120°深々と頭を下げた。「前期末のロート・シュトルムボック騒動からワシは方針を変えた」ブラウンクリンは身震いする。唐突な投資額減少に彼はモタロ社から責任を問われ、その指をケジメするハメとなったのだ。
「時代は情報だ。ワシは各地に潜むアカを許さない。そこで行商ギルドには協力をお願いしたい。現場の者にしか分からないこともあろう。巡回警察のしくみを改正し、同行させたい」秘密警察的!「ヨロコンデー」「次にモタロ社には各スチーム機関車にインターネット搭載させたい」
「インターネット?」ブラウンクリンの知らぬ単語であった。「実験的な取り組みの一環だ。詳細は後日資料を送る。そしてレール網!かなり重点施策であるゆえ、ハンス重工とよく連携を取り、社会インフラを高めて欲しい」「「ヨロコンデー」」
「ヨロシサン製薬には稼ぎ時が来たと伝えておこう」「と申されますと?」「W8部隊(訳注・英語でいうところのいわゆる5W1Hのドイツ語版。察するにニンジャ情報部隊)が戦争のにおいをかぎつけた。バチカン諸島、クリミア半島だ」そんな情報まで!?
「わが国にとって直接利権影響の無い地故に、ワシは手を出さぬ。せいぜいふんだくってやれ。人道的に」「おお!ヨロコンデー!」ヨロシサン製薬幹部は歓喜!なんたる国家的機密情報の横流しか!これでは優勢性のあるものばかりが大もうけし、発展途上の中小企業存在が育たぬでは無いか!
ウィリアムは自身の成功体験から、選択と集中政策こそが最大効率だと確信しているのだ!ほかにも各暗黒メガコーポに向け、大小さまざまな情報をトップダウンしていく。3ヶ月に一度。株主総会などよりもはるかに意思決定権に影響する経営方針が暗黒メガコーポに下される。
それらの大半はハズレがなく、かなり確度の高い儲け話だ。無論、そればかりではないが……協力すれば、カネという明確な見返りがある。株の購入という形でだ。上場企業は国家繁栄とともにますます成長していく……富国強兵!カネモチの国は戦争もツヨイだ!
時折、要求が厳しすぎてチャレンジ・ノルマ達成できないインシデントもあるのだが、それは期待にそえない暗黒メガコーポが悪い。「……ワシからは以上だ。質問は?忙しい身ゆえ、なければお先に失礼する」ウィリアムは司会進行役のハンス重工幹部に一度目をやり、その後キビキビと退室した。
暗に議事録はいつものところに送れという目の合図だ。献上品とともに。「精力的なお方ですな。御年は御幾つでしたか……」「確か90は超えているのでは。実質ヨーカイですよ」「ヨーカイ?」「アイヤッ。当然良い意味です!ネオプロイセンを繁栄させる護国フェアリー存在!」
最大の大御所が退出し、いよいよ本当の談合が始まる。ウカツな発言をしたトイアービルディング社が次回の会合に呼ばれるかどうかは怪しい。すでに書記存在の手は動き、筆記していた。たとえ談合の場に呼ばれようと、優勢性無き者はキリステ対象なのだ。一瞬の油断が命取り。
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「フーッ」ブラウンクリンはタフな談合ビズを終え、首都ホテルの上階で一息ついた。彼はベルリン内にカチグミハウスを所有しているが、談合の日は必ず首都ホテルを取る。フラストレーションが溜まるからだ。愛する妻に、女性軽視ハードファックを強いるわけにもいかぬ。
談合の場は国会めいた醜悪な罵り合いと情け容赦ないマウンティングが飛び交う、ハードステージである。弱みをみせればナメられる。特に行商ギルドとモタロ社は輸送という既得利権を争うライバル。いくら将来的な優勢性があるからといって、今現在のアドバンテージは行商ギルドにある。
(最終的にすべて掻っ攫うがな)彼は行商ギルドが公開した資料を振り返る。「フッ」線路を伸ばすうえで邪魔であったいくつかの寒村は消えたという情報を。あちらは危険情報の周知のつもりであろうが、ブラウンクリンには全く別の意味に聞こえたのだ。
無論、彼は情報を聞かされただけであるし、誰に寒村を潰せと指示を出したわけでもない。そんなことをしたら、モタロ社のコンプライアンス問題に発展しよう。だが、実際寒村が消えた。何者かが何らかの手を回した。ブラウンクリンはそう感じている。
そんなことが許されるのか?(許される。何故ならば国家繁栄にとって邪魔だからだ。優勢性のあるポジションに陣取る、生産性の乏しい劣悪的な村々が悪い!)ナムサン。ブラウンクリンは幼少期からの洗脳教育で二極思想が凝り偏ってしまっていた。
ノックノック。「入れ」「シツレイシマス」扇情的な私服姿の受付オイランがしめやかに入室した。タマ・ノ・コシを夢見る馬鹿な女だ。一目で分かった。ブラウンクリンはさほど優勢性を感じない受付オイランを内心で侮蔑した。「エト……アノ……」「ファックしてくださいと言ってみろ」
彼は醜悪な本性を露わにした。タテマエに隠していた、醜悪な本性を。「ファ、ファックしてください」唐突にビンタ!「バカ!ファック懇願するときは股を開きながらセクシーポーズすると習わなかったのか!」「アイエエエエエーーーエエーーー」ああ!なんということを!
ブラウンクリンのボー・オブ・ザ・コラシメルがむくむくとエクレチオン!「アークソッ!思い出したらイライラしてきた……ドゲザ!」なんと横暴な!「ハイ」「これから徹底的にバックアタックしてやるからな。カワイイだね。死ね!」「ンアーーーーー!」【見せられないが】!【見せられないが】!
(「イン・ザ・インターミッション」#1終わり。#2につづく)