FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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epilogue2 老人の日記

 満月を映し出した大河。

 身体は失っても、魂はそこに。

 夢は破れ。

 希望は砕け散っても。

 私は、ただ貴方と共にありましょう。

 二人は世界に嫌われて。

 あらゆる悪意をさ迷い歩く。

 そして、いつの日か、同じ虹の辺へ。

 そこで、共に笑いあいましょう。

 遠い記憶の貴方。

 私の愛しい貴方。

 

 epilogue2 老人の日記

 

 3月10日

 

 時計の針だけでは正確な時間が分からなくなって、何年の月日が流れたのだろうか。

 おそらく今は午後の七時のはずだ。開け放たれた窓から香る、庭の草木の匂いがそれを教えてくれる。

 視界が彩度と明度を極端に失ってから、午前と午後の判別が難しくなることが多くなった。

 しかし、それも今日で終わりだろう。

 おそらく、私は明日死ぬ。

 長年連れ添ってきた妻もこの時期に死んだ。

 彼女の妹と同じ名前の花が咲く時期、その直前に彼女は息を引き取った。眠るような、本当に穏やかな最期だった。

 先に逝った人と同じ季節に死ぬのは真に想い合っていた証拠。そんな馬鹿な話を聞いたことがある。

 その話を聞いたとき、妻は鼻で笑った。

 しかし、私はその話を聞いておいて良かったと思う。なぜなら、その話のおかげで、ほんの少しだけうきうきする気分で死出の旅路につけるのだ。それ以上の幸福など、そうはあるまい。

 

 今、私は本当に安らかだ。

 魔術師、いや、魔術使いになってから多くのものを得て同じ量の何かを失ったが、魂の不滅を知ったことと、自分の死期を正確に計ることができたことは、己が獲得した数少ない特権だと思う。おかげで、静かな気持ちで死と向かい合うことが出来た。

 思えば長い人生だった。

 魔術などという、たった一つの命をチップにしてわずかばかりの自己満足を得る、そんな世界に身を置いてこれだけの時間を生きることが出来たのは僥倖以外の何物でもないだろう。事実、数多くの知人が若くしてこの世を去った。死徒との戦いで、実験の失敗で、協会による制裁で。数え上げればキリがあるまい。

 そう考えてみると、私の人生は少々長すぎたのかもしれない。

 死徒になったわけでもないし、他者の魂を啜るような外道もしなかったが、それでも普通の人間よりもかなり長い時間を生きた。風の噂によると、高校時代の友人の曾孫が新たに住職として寺を継いだらしい。

 私は妻との間に子を成すことが出来た。そして、子供達はたくさんの孫の顔を私に見せてくれた。

 可笑しかったのは、その全てが何らかの形で人助けに関わる道を選んだことだ。医師になった子供、警官になった子供、難民救援ボランティアの設立に尽力した子供もいた。そんなところは衛宮の姓の為せる業かと思ってしまう。

 しかし、私の子供達は、一人として魔術師の道を選ばなかった。だから、妻が受け継いだ刻印は、妻の妹の子供達に受け継がれている。

 

 色々なことがあった。

 辛いことも、死にそうな目にあったこともたくさんあった。

 しかし、幸せだった。そう断言できる。

 一生を賭けて愛するに足る女性を娶り、自分と妻に忠誠を誓ってくれた最高の友人を得て、暖かい、本当に暖かい人生を送ることが出来た。もし叶うなら、もう一度同じ人生を送りたい、そう思う。

 だから、胸を張って言える。

 私は、私を救ってくれた数多くの人達に恥じない一生を送ったと。

 

 今日、これが最後ということで、今まで書き溜めた日記に目を通してみた。

 驚くのは、最近になってあの二週間に関する記述が富みに増えていることだ。

 聖杯戦争。

 本当の意味で妻と出会う切欠となり、たくさんのものを失った戦い。

 既に私の中で記録と成り果てた、遠い遠い過去の話。

 あの二週間が無ければ私の人生は全く違ったものになっていただろう。

 間違いなく私の人生の中で最も灼熱とした時間だった。

 生と死の狭間でありながら、どこかに愛すべき日常の空気を纏った日々。

 思い返せば、自分の精神の青さに歯噛みし、自分の覚悟の甘さに辟易とし、自分の理想の熱さに羨望してしまう。

 もっと他にやりようがあったのではないか。

 自分以外の誰かなら、遥かに上手く戦いを収めることができたのではないか。

 あまりの悔しさに枕を噛んだ事など一度や二度ではない。

 しかし、今はあれでよかったのだと思えている。

 もちろん、全てが最善の結果を得たわけではない。考えようによっては最悪を極めた結末を選んでしまったのかもしれない。

 だが、私にとってあれが精一杯だった。少なくとも、あの当時において取りうる最善の行動をしたはずだ。それなのに自分を責めるのは、自分を含めて、あの儀式に関わった全ての人たちを侮辱しているのではないか、最近はそう思うようになってきたのだ。

 

 そして、彼女のことを考えることが多くなった。

 今際の際に妻以外の女性のことを考えるのはあまりに不謹慎かもしれない。

 それでも、今、私の頭を支配するのは彼女のことだ。

 小さかった彼女。

 いつも笑っていた彼女。

 今も、死に続けている彼女。

 私はついに彼女が帰ってくるまで待つことが出来なかった。その事だけが、本当に悔やまれる。

 もし彼女が帰ってきても、彼女は一人ぼっちだ。それが哀れで仕方ない。

 

 ああ、ついに自分の持つペンの先が見えなくなってきた。鷹の目と言われた視力も老いさらばえたものだ。

 きっと誰かがこの日記を見つけたとしても、この字を解読することなど不可能だろう。何せ、書いた本人ですら何と書いてあるか分からないのだから。

 だから、最後に私の願いを書き綴ろうと思う。

 これは、誰に当てたものでもない。書いた当人ですら読めないのだ。

 いうなれば、これは神に対して当てた嘆願書だ。

 

 切に願う。

 どうか彼女に与えてやって欲しい。

 

 あの細い肩では。

 あの小さな背中では。

 絶対に背負いきれないほど。

 大きな、大きな幸せを。

 

 彼女が背負ってきた苦しみを。

 覆い尽くすして、包むこむほどに、広大な安らぎを。

 

 どうか、どうか。

 

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