FATE/IN THE DARK FOREST 作:shellfish
あらためて見回せば、ぼろぼろの室内だった。
家具、そう呼べるものは比較的に新しく小奇麗なものが多いが、それ以外、例えば部屋の内装などは、致命的なほどに私の美的感覚とかけ離れてしまっている。
剥がれかけの壁紙、天井に見えるむき出しのパイプ管、罅の入った窓ガラス。
暖房器具などは無く、指先がぴりぴりと悴む。
実際、どこからか隙間風が入ってくるのだろう、部屋の温度は、外気の低下と共に急激に下がってきている。
思わず肩を震わすような、室内。
電気は通っていないのだろうか、ランタンの火だけが燈る、薄暗い室内。
素のコンクリートの床、そこに敷かれた薄いマットの上に、私と彼女は直接に腰を落ち着けている。そして、分厚い毛布を、まるでお雛様のように、ぐるりと体に巻きつけているのだ。
「…ここ、どこ?」
「聞いたことがありませんか?町外れの廃工場に、幽霊が出るという噂…」
ああ、そういえば。
確か、あれは蒔寺だったか、それとも外見にそぐわず噂話の好きな氷室だったか。
町の外れにある、見捨てられた廃工場。
そこに一組の男女の幽霊が出て、それを見てしまったものは呪い殺されるという。
これでもこの霊地の管理人だ。いずれは調査に行かなくてはと思いつつ、延び延びになって未だ足を伸ばしたことも無い。
そこに、今、私はいる。
奇縁、そういうことになるのかも知れない。
「で、いたの、幽霊?」
「はい、いました。もっとも、丁重にお引取り願いましたが」
…嘘だ。
もちろん、嘘なのは、後半の発言。
幽霊は、いた。
しかし、きっと丁重でも穏便でもない手管で、こいつは幽霊を追い払ったのだ。
この顔にへばりついた、如何にも嬉しそうな、そしてこの上なく嗜虐的な笑みを見れば、幼児でも分かるだろう。
「噂どおり、幽霊は男女二人組みでした。最初は、ぼう、と、柳の下に構える幽霊のように、悲しげにこちらを見つめるだけだったのですけどね、私の腕の令呪を見つけるなり豹変しました。まるで、長年の仇敵を見つけたかのように」
「…それって…」
「ええ。もしかしたら、過去の聖杯戦争参加者の怨念、だったのかもしれません。だとしたら、余程に高名な魔術師だったのでしょう。液体、あれは水銀でしょうか、それを盾のように、あるいは刃のように扱う完成された魔術、あんなものは流石の私も見たことが無かった」
腰掛けた二人の間には携帯式のバーナーが置かれ、その上には並々と水の張られた鍋が置かれている。
当然、電気が通っていないのだから、水道だって止められている。
部屋の片隅には、山と置かれたミネラルウォーターのペットボトル。
なるほど、ここは彼女の隠れ家なのだ。
「…で、勝ったのね」
「私は一度細切れにされましたがね、アサシン、英霊を前にして魔術師の亡霊程度では荷が勝ちすぎる。速やかにご退場願いました」
interval15 IN THE ABOLISHED FACTORY 2
バーナーで熱せられた冷たい水は、既にぐらぐらとゆだる熱湯になっている。
沸き立つ白い湯気が、部屋を満たさんとするほどだ。
唯一、それが暖房器具と言えないことも無い。
彼女は、その中に食材と調味料を放り込む。
干し肉、海産の乾物、ジャガイモ、にんじん、大根、そして米。
ほとんどごった煮だ。
私は賓客なのだから、ホストのお手前を、ただじっと眺めている。
やがて浮いてきた灰汁を丁寧に掬い取りながら、彼女は言った。
「…しかし、調教部屋に、隠し扉があったのですね。私は長い間あそこで暮らしていましたが、そんなものにはつと気付けなかった。情けないことです」
「慣れ親しんでるからこそ気付けないこともあるでしょうし、あれは余程精緻に隠されていたから。別に、気にすることも無いんじゃない?」
鼻の奥を強烈に刺激する、いい香り。
増進された食欲が、ほとんど無条件に、お腹のベルをかき鳴らす。
ぐう、と。
小気味いい音が、室内を満たした。
「…」
「…」
「………く…」
「…笑えばいいでしょう…!」
「…では、お言葉に甘え…、ぷっ、くく、あっはっはっはっはっはっは!」
彼女は、右手で顔を握り潰すようにしながら、大いに笑った。
翻って、私は不機嫌だ。
だって、仕方ないじゃあないか。
昨日の夕飯以来、水以外の食べ物を目にするのは、初めてなのだ。
それが、こうもいい香りを醸し出していては、腹の虫の一匹も鳴らない方がおかしい。
だいたい、私を空腹の状態で放置し続けた張本人が笑うのは、流石に筋違いだと思う。
「…そんなに、面白い?」
「だって、あの、あの、遠坂先輩が、遠坂先輩が、あの、遠坂のお腹が、ぐうって…そんなの、初めて聞いたよ!」
肩が、痙攣するようにひくひくと動いている。
まったく、ゲンが悪い。
…しかし、代羽の口調は、時折変化する。
普段の、丁寧そのものといった女性の口調から、やや男性的な、ぶっきらぼうな口調に。
それは、後輩であることを装う必要が無くなった、ある種の開放感から生まれたものなのだろうか。
それにしては、そこに込められた暖かい感情が、多過ぎる気がする。
いや、ただ暖かいとか、親愛とか、そういう程度では言い表せないような感情の塊。
これは、一体?
「―――いやいや、失礼しました。真っ赤な貴方が、余りにも可愛らしかったから。誓って他意はありません」
「だから性質が悪いってのよ…」
そんなくだらない会話をしていたら、やがて料理は出来上がった。
彼女は、それを椀に盛り、私に手渡す。
「はい、どうぞ。お口に合うかどうか分かりませんが、通常、人が口にするもの以外の食材は入っていませんので、どうか安心して召し上がってください」
「そんな前置きされると、逆に意識しちゃうじゃない…」
彼女は、苦笑した。
それを横目に見ながら、湯気の立つ椀に挑む。
まず、だし汁を一口。
…旨い。
そりゃあ、しっかりとした調理器具、しっかりとした食材で作ったものとは比べるべくも無いけど。
それでも、こんな環境、こんな食材で作るのであれば、望むことのできる最高のレベルなのではないだろうか、これは。
もちろん、空腹だったというのもあるのだろう。古来より、空腹は最高の調味料というが、それは完全な事実だ。
そんなことを考えながら箸を進めていたら、あっという間に椀が空になっていた。
「おかわりは?」
「…お願い」
ぶっきらぼうに、椀を手渡す。
彼女は、さも嬉しそうにそれを受け取った。
お玉で鍋の中身を適当により分け、盛り付ける。
その動作が、どこかぎこちなかったのが、少し不思議だった。
「…嬉しそうね」
「はい。こんなふうに、他人に自分の料理を喜んでもらえるのは、初めてですから。…いえ、そういえば、以前あの子に料理を作ってあげたとき、それはそれは喜んでくれたでしょうか」
「…それって、いつの話?」
「おや、聞いていませんでしたか?つい先日のことです。彼が体調を崩したときにね、彼の家で看病してあげたのです。ふふ、可愛らしかったわ、あの子…」
あの子。
こいつが言うあの子なんて、この世に一人しかいない。
―――あの、浮気者が。
帰ったら、泣かす。
「冗談です。そんな険しい顔しないで、遠坂先輩。私が作ったのは、あくまで姉、或いは兄としてです。彼にとって恋人は、貴方だけなのですから」
「…そんなこと、知ってるわよ」
「ふふ、でも、油断しないことです。彼、意外ともてますよ。桜以外にもライバルは多い。手綱を離したら、あっというまです。絶対に、放さないでいてあげてください」
「…わかってるっての」
「約束、しましたよ」
再び手渡された椀に、ヤケクソ気味にがっつく。
暖められた各種の根菜、そして肉類が、身体に染み渡っていく。
それが、ささくれ立ちかけた心を、癒してくれる。
人間、寒いときと空腹のときは碌なことを考えない。それは、確かに真理だろう。
暖められた血液を、まだ私のものではない左手も、心なしか喜んでいるようだった。
「…ところで、さっきあなた、どこに行ってたの?ずいぶんと長かったようだけど…」
「ああ、宣戦布告を、ちょっと」
その不穏当な発言に、あれだけ滑らかだった箸の動きが止まる。
ゆっくりと、脇に椀を下げる。
「おや、もういいのですか?」
「誰に?」
きっちりと睨みつける。
彼女は、いとも容易く私の視線を受け止める。
これは、培ってきた人生の差だろうか。それとも、それ以外の何か。
「おそらく、貴方の予想通り。私は、私の双子の弟に宣戦布告をしてきました。珍しく、あの子、怒ってました。殺してやる、そう言われたんですよ、私」
彼女は、そのほっそりとした右手首を摩りながら、言った。
目を凝らしてみれば、そこにはうっすらとした赤い痣が。
もしかしたら、士郎にやられたのだろうか。
「流石に、化け物殺し、ヘラクレスの斧剣。投影品とはいえ、それなり以上の概念が附加されている。切断傷など、普段であれば瞬時に完治するのですが、これは中々…」
なるほど、先程、手つきが妙に覚束なかったのも、その影響だろうか。
それにしても…。
「貴方、嬉しそうね」
「…そう、見えますか?」
「ええ。とっても、嬉しそう。血を分けた弟に手首を吹き飛ばされて、殺してやるとまで言われて、それで何でそんなに嬉しそうにしていられるの?」
彼女は、少し煮立ち始めた鍋の中身を心配してか、バーナーの火を弱めた。
電灯の点かない室内、そして外の帳は、完全に降りてしまっている。
光源と呼べるものは、部屋の片隅に置かれたキャンプ用ランタンと、このバーナーの火のみ。それが弱められると、室内の闇が、一層濃くなる。
私は、理解した。
これは、顔色を隠すための処置で、彼女なりの矜持なのだと。
「私はね、言ったのです。貴方を、遠坂凜を食べた、と。そうしたらね、彼はとても怒ってくれました。それが、嬉しかった。それは、それだけ貴方を愛しているということでしょう?それは、それだけ貴方に執着しているということでしょう?これが嬉しくなくて、何が嬉しいでしょうか」
後半は、ほとんど聞き取れなかった。
思わず、顔に熱が集まる。
そっか。
あいつ、怒ってくれたんだ。
私が喰われたと、そう聞かされて。
それで、我を忘れるくらいに、怒ってくれたんだ。
それで、女の子に刃を向けるくらい、怒ってくれたんだ。
そっか。
うん。
そうなんだ。
なら、許そうかな。
うん、許してあげよう。
「愛とは、執着でしょう?執着は、生でしょう?なら、彼はこのまま人として生きていける可能性が、まだあるということでしょう?それだけで、それだけで、私は…」
視界が、暗かった。
辺りは、寒かった。
それでよかったと、そう思った。
だって、その声は、濡れていた。
初めて、濡れていた。
何に?
分からない。
喜び、だろうか。
悲しさ、だろうか。
驚きかもしれないし、絶望かもしれないし、希望かもしれない。
それでも、その声は、涙に濡れていた。
それだけは、はっきりと憶えているし、これからも忘れないだろう。
目の前の少女は、ただ只管に、他人のために涙を流すことのできる、少女だったのだ。
例えその口が、人の血液に濡れていても。
例えその排泄物に、人の髪の毛が混じっても。
その涙だけは、尊かった。
それだけは、忘れないでいよう。
そう、強く願った。
そうして、バーナーの火を、完全に消してやった。
一層、暗くなった室内。
そこに、少女のすすり泣く声だけが、響いた。
「…止めないのですか?」
俯いた声で、彼女はそう言った。
「…何を?」
平静を装った声で、私はそう言った。
ぽつぽつと、雨が窓ガラスを叩き始めた。
いつの間にか始まったその独唱は、あっという間に大合唱に。
通り雨だろうか。
なら、さっさと止んでくれればいいのに。
どんどん白くなっていく自分の息を見ながら、そう思った。
「彼では、私に勝てません。いや、純粋な意味で私に勝ちうる存在は、英霊も含めたところで一人も存在しない」
「それは、貴方が不死だから?」
彼女は、ゆっくりと頷いた。
そこに、誇りは無かった。
ただ、己の身の穢れを恥じる、幼い少女だけが、あった。
「私は、いや、彼は、私の中にあった無数の泡沫人格を飲み込んだ。そうして、その悉くを一つの世界として従えている。魔術的な要素からすれば、彼は多数の世界の集合体です、それを殺すことは、一つの世界を消し去ることに等しい。彼は、おそらくこの世で最も不死に近しい者の一人です。その恩恵を間接的とはいえ被っている私も、限りなく不死に近い」
分かっている。
散々、見せ付けられた。
キャスターの、人智を超越した大魔術。
そして、ランサーの凶悪な宝具。
その直撃を受けて、ヨハネはなお微笑っていた。
おそらく、セイバーの宝具、剣というカテゴリの頂点、最強の幻想、それをもってしても仕留める事が叶うかどうか、あれはそういうレベルの不死だ。
ならば、それを従者として従えているという彼女の不死のレベルも言わずもがな。
当然、あのへっぽこに仕留めることは、叶うまい。
いや、そもそも。
そんな瑣末な問題ではなく、もっと大きなところで、彼はこの子を殺すことなんてできないのだろうけれど。
「…それでも、貴方は、止めないのですか?」
「ええ、止めないわ」
彼女は、ゆっくりと顔を上げた。
部屋を揺らす、古代の光。
それに照らされた彼女の瞳は、どこまでも澄み切っていた。
「それは、彼を信頼するということですか?それとも、私が彼を殺さないとでも?」
私は、ゆっくりと頭を横に振った。
きっと、私の髪の毛が舞い踊ったことだろう。
それが、この部屋の暗さを少しでも和らげることができれば、そんな埒外のことを祈った。
「確かに、私は彼を信頼している。でも、彼では貴方に勝ち得ないでしょうね。それに、きっと貴方は士郎を殺すわ。それだけの覚悟が貴方にはあるし、最悪あいつが歩む道程は、それだけのことをしても避けなければならないものなのかもしれないし」
なら、何故、と。
そう言いかけた彼女の顔は、明らかに怒りで染色されていた。
開きかけた、唇。
それを待ってやる義理なんて、どこにもありはしない。
「だからね、私が信頼してるのは、もっと別のものよ」
「…では、貴方は何を信頼しているのですか…?」
意図的に、一拍の間を設けてやる。
そうでもしないと、きっと私は笑ってしまう。
照れ隠しで、笑ってしまう。
その確信が、あった。
「私はね、私を信頼してるの。私の、男を見る目を信頼してるの。これでももてる方だからね、それなりのお誘いも今まであったわ。でも、てんで駄目。外見はどんなに良くても、中身はスカスカの風船人形みたいな奴ばっかだった。だけど、あいつは、違う。あいつだけは、絶対に違うと断言できる」
彼女の唖然とした表情に、段々と色がついていく。
それは、何だろうか。
よく分からない、感情。
羨望、だろうか。
「あいつなら、貴方に勝つわ。貴方の頬をひっぱたいて、そうして、在るべき形に治そうとするでしょうね。あいつは、頑固で、しつこくて、我侭で、何よりケダモノよ。精々気をつけることね」
「…それは、ベッドの中以外でも、ですか?」
「もちろん、ベッドの中以外でも、よ!」
「あはははははははははははははははは!」
彼女は、転げまわった。
転げまわって、笑い続けた。
比喩表現ではなく、お腹を抱えて。
コンクリートの冷え冷えとした床の上を、転げまわったのだ。
その様子が、とてもおかしくて。
私も、同じように、転げまわって、笑った。
笑って。
笑って。
笑って。
それは、幸せな時間だった。
とても、幸せな時間だった。
いつしか、その幸せな時間が過ぎ去ったとき。
彼女は、言った。
「遠坂先輩」
「何?」
「隣に行って、いいですか…?」
それは、脅えた声だった。
拒絶を恐れる、幼児の声だった。
それとも、抱きしめられることも無く少女になった、少年だったものの声だったのかもしれない。
「いいわよ。私も寒かったし、ちょうどいいわ」
「…すみません」
「だから、いいっての」
彼女は、おずおずと私の隣に腰を下ろした。
少し、肩が触れ合う程度の距離。
それでも、実際にそれが触れ合うと、まる静電気が流れたかのように彼女は身を離す。
まるで、兎か小鳥だった。
それが、大変愛らしかった。
だから、ほんの気紛れを、起こしてみたのだ。
そっと、彼女の肩に、手を回す。
びくりと、小さな身体が強張った。
逃げようともがくその身体を、強引に引き寄せる。
そうして、胸に埋めるように、彼女の頭を抱きしめた。
「…先輩、苦しいです」
「我慢しなさい」
「…先輩、痛いです」
「我慢しなさい」
これでは、本当に母親のようではないか。
そう思って、苦笑しようとした。
でも、できなかった。
苦笑が生まれるよりも早く、私の顔には、きっと優しい微笑が、陣取っていたから。
「…先輩、お願いがあります」
「…何?」
「…泣いても、いいですか?」
いつか、どこかで見た、光景だった。
あれは、そう、私の自慢の妹を抱きしめる、あいつの姿だった。
なら、私が為すべきことも、決まっているではないか。
言葉は、要らない。
人を本当に助けるのは、そんなものじゃあないから。
だから、ただ無言で、力いっぱい彼女を抱きしめた。
「うええ、うええん…」
悲しげな声が、狭い室内に響いた。
それでも、彼女の小さな体は、温かかった。
もう、寒くなかった。
「おとうさん、おかあさん…」
彼女は、泣き続けた。
そうして、泣き疲れて、眠りに落ちた。
その様子は、ほとんどあの子と一緒だった。
◇
「行くの?」
「はい。約束は守らないといけませんから」
一度裸になった彼女は、妙に物々しい服を、手早く身につけた。
素肌の上に直接被った、柔らかな、それでいて薄い、極上のレザーのような素材の服は、彼女の美しい身体のラインを存分に強調している。特に、胸の辺りの小さなふくらみを見ると、女の私でもどぎまぎしてしまう程だ。
それでも、やはり一級品の武装。魔術的な加護が目一杯に付されていることは明白。
その上から、関節や急所に、レガースやプロテクタのようなものを巻き付けていく。
戦闘服。
そういった誇称が、この上なく似合う出で立ち。
それに設けられた各部のホルダに、小型の剣を収めていく。
腰に、二振り。
背中に、二振り。
太腿に、二振り。
それだけ携行して戦闘に挑めるということは、よほど軽い素材で出来ているのだろうか。流石の私も見たことの無い材質ではあるのだが。
そうして、最後の仕上げと言わんばかりに、その腰部に備え付けられたホルスタに小型の拳銃を一丁、収める。
「…なんでそんなもの、持ってるの?」
「ふふ、この国はいいですねえ。金銭と手間さえ惜しまなければ、大抵の物は手に入る。本当はRPGとか、手榴弾とか、クレイモアとか、持っていきたいものは山ほどあるのですけどね。まあ、今回はこれくらいにしておこうかと」
「…ええ、お願い」
私は、最愛の恋人の安全を想って、本気でお願いしたのだ。
彼女は微笑いながらそれに応え、腰のポケットに煙草の箱とライターを押し込んだ。
「…身体に悪いわよ、それ」
「ええ、知っています」
最後に、その長い髪の毛を、後ろで一括りにして。
彼女は、立ち上がった。
その瞳に、涙の跡は、どこにも無い。
ただ、戦う者としての、覚悟だけが、あった。
「私は行きます。貴方はどうしますか?」
馬鹿にしているのか、それとも優し過ぎるのか。
おそらく、後者だろう。
きっと、恋人が死ぬ様を、見せたくないと。
そんな筋違いなことを、考えているに違いない。
それでも、あいつは、付いて来てくれたんだ。
私と妹の、醜い姉妹喧嘩の場所に。
もしかしたら、私が死ぬかもしれない、戦場に。
そして、一度も目を逸らすことなく、最後まで見届けてくれた。
なら、私が行かないわけには、いかないじゃあないか。
「お生憎様。私は、そんな可愛げのある性格、してないわ」
彼女は、微笑った。
もう、お互いの間に言葉は、いらなかった。
「小生意気な後輩の性根を、私の恋人が叩き直すんだもの。そんなの、特等席で見ないと、一生後悔するでしょう?」
震えそうになる舌の根を叱咤して、それでもそう言い切った。その瞬間の私は、賞賛に値すると想う。
「では、行きましょう」
彼女は、背筋を一ミリたりとも曲げることなく、部屋を後にした。
私も、それに続く。
雨は、遠からず止むだろう。
そのとき、誰が生きているのか。
もし、士郎が死んだら、私は生きていない。
生きている自信は、無い。
きっと彼女に挑んで、無様に殺されるのだ。
だから、頑張って、士郎。
あんたは、愛しの恋人の命も、背負っているんだから。
きっと、目の前の少女の命も、背負っているんだから。
だから、お願い。
負けないで、死なないで、士郎。