FATE/IN THE DARK FOREST 作:shellfish
「久しいな、主よ」
―――あなたは。
「取り込み中とは思うが、これがおそらく最後の機会ゆえな、無礼を許して欲しい」
―――あなたに対して閉じる門を、私は持ちません。
「それは光栄であるが…。しかし、もういいのではないかな?誰も、君を責める事は無いと思うが」
―――ええ、私も、そう思います。
「では、何故続ける?哀れみこそすれ、誰も君を褒めることはないだろう」
―――あなたも、そう思いますか?
「ならば…。ああ、そういうことか。ならば、止めるわけには、いかんな」
―――ええ。そういうこと。これは、只の意地です。
「あの男は、彼らに勝ったからな。ならば、君とて彼らには勝ちたいよなあ」
―――自分に負けるのは、恥ですから。
「それが、平行世界の自分であっても、か」
―――むしろ、それ故に。
「なら、もう少し、頑張るか」
―――はい。本当に、もう少しだけ。
「きっと、苦しいだけだぞ」
―――きっと、その通りでしょう。
「誰も、幸福にならない」
―――そんなこと、知っています。
「それでも、君は」
―――あと少し。あと少しだけ。
「なるほど、俺とはずいぶん変わっちゃったけど、お前はやっぱり正義の味方だよ」
―――最高の、賛辞です。
―――ありがとう。
―――ヨハネ。
―――私を、産んでくれた、人。
interval22 終劇、されど幕は下りず
荒れ果てた、大地。
大木が根から千切れ飛び、巨石がごろりと転がっている。
数時間前までそこが森林であったなど、誰も信じないだろう。
人の形を辞めた人が、転がっていた。
煌煌と輝く、美しい月。
星々は、その輝きの前に恥じ入り、姿を消してしまっているかのよう。
それほどに煌びやかな月光。
その下に転がる、歪な形をした物体。
それは、かつて少女と呼ばれた形だった。
それが、ごろりと、冷たい地面に転がっていた。
身体中を極彩色に染めながら、ピクリとも動かずに。
胸すら、上下していない。
理由は、簡単だ。
横隔膜が、存在しない。
無論、横隔膜と呼ばれた器官は彼女の中に存在する。
しかし、ずたずたに破れ、既に呼吸という機能を放棄した器官を、横隔膜とは呼ばない。
他の内臓も、似たり寄ったりである。
その証拠として、少女の身体に存在するあらゆる穴からは、絶え間なく血液が流れ出している。
眼、耳、鼻、口、尿道、女性器、肛門、果ては臍に至るまで。
その全てから、だらだらと、どす黒い血液が流れ落ちて、止まる気配すらない。
それを冷ややかに見つめる視線が、二組。
彼女をかかる目に合わせた、巨躯の神父。
二人の戦いと、その後の拷問を、終始楽しげに見つめ続けた金色の男。
二人は、少女だったものを見つめる。
それも、一瞬。
神父は、少女だったものを、蹴り転がした。
ぐねんと、ゴム人形かダッチワイフのような風情で転がり、仰向けとなったその物体。
乳房は、青黒く潰れて、その原型を留めていない。
腹部は、不自然に平べったい。おそらく肋骨の悉くが粉微塵に粉砕されたため、内臓をしっかりと支えることが出来ないからだろう。だるんと、左右に広がってしまっている。
両の腕には、新たな関節が一つずつ設けられている。左腕は、肘と手首の間に。右腕は、肩と肘の間に。それが腫れ上がっていないのは、もう流れ出る血液すら無いからか。
手首から先は…。もはや、形容をし難いほどに破壊されつくしている。中でも異様なのは、不自然に短くなってしまった指が幾本もあること。蹴り込まれた指が内部にめり込み、手の甲に埋まってしまっているのだ。
大腿部から下が無事なのは、神父が情を働かせたからではなく、ただ破壊がそこに至っていなかっただけの話。しかし、人間味を残した美しい足は、上半身の異様さを際立たせるためのスパイスに過ぎなかった。
「最早、話せぬであろう、それは」
金色の男は、軽く眉を顰めながらそう言った。
その表情が、己の所有物をこれほどまでに手酷く破壊された後悔からなのか、純粋に目の前に転がる物体の醜さ故なのか、それは誰にも分からなかったが。
しかし、神父はそ知らぬ顔で、少女の頭部の横に立った。
少女の、顔。
それは、彼女の身体に比べれば、まだ美しいと言えた。各所から血を垂れ流し、口の端がやや腫れあがっているものの、それでも人の形をしているのだ。それだけで十分に美しいといえるだろう。
その顔を眺めながら、神父は胸に十字を切り。
先程、彼女がそうしたように、その足を高く上げ。
その踵を。
見開かれたままの、彼女の漆黒の瞳目掛けて。
思い切り。
つき。
つき。
きれい。
まんまる。
ああ。
きれい。
つき。
あれ。
つき?
くろい。
いびつな。
だえん。
さきは。
すこし。
とがってる。
すごく。
かたそう。
あれ。
つき?
なんだろう。
ああ。
わかった。
くつの、うらだ。
ぐしゃ。
あ、ふまれた。
「私が殺す」
ぐしゃ。
「私が生かす」
はなが、おれ
「私が傷つけ」
ぐしゃ。
「私が癒す」
くちのなかで、ばきって
「我が手を」
ぐしゃ。
「逃れうる者は」
ぐしゃ。
「一人もいない」
あ、わたしはなにを
「打ち砕かれよ」
ぐしゃ。
「敗れた者」
ぐしゃ。
「老いた者を」
え、ここは
「私が招く」
ぐしゃ。
「私に委ね」
ぐしゃ。
「私に学び」
あれ
「私に従え」
ぐしゃ。
「休息を」
なにか、きこえ
「唄を忘れず」
ぐしゃ。
「祈りを忘れず」
くちのなかにこいしがいっぱい
「私を忘れず」
ぐしゃ。
「私は軽く」
かりかりなってる
「あらゆる重みを」
ぐしゃ。
「忘れさせる」
はきだしたいけど
「装うなかれ」
ぐしゃ。
「許しには」
したが、ちぎれてる
「報復を」
ぐちゃ。
「信頼には」
やめて
「裏切りを」
ぐちゃ。
「希望には」
とめて
「絶望を」
ぐちゃ。
「光あるものには」
ゆるして
「闇を」
ぐちゃ。
「生あるものには」
たすけて
「暗い死を」
ぐちゃ。
「休息は」
ぐちゃ。
「私の手に」
ぐちゃ。
「貴方の罪に」
ぐちゃ。
「油を注ぎ」
ぐちゃ。
「印を記そう」
ぐちゃ。
「永遠の命は」
ぐちゃ。
「死の中でこそ」
ぐちゃ。
「与えられる」
―――い。
「許しは」
―――さい。
「ここに」
―――なさい。
「受肉した」
―――んなさい。
「私が誓う」
―――めんなさい。
「この魂に憐れみを」
ああ、御免なさい。
これで、相応しくなった。
身体と顔が、相応しくなった。
破壊され尽くした身体と、破壊され尽くした頭部。
最早、それは人ではない。
顔が、潰れている、
彩るのは三色。
内出血の青。
鮮血の赤。
乾いた血液の、黒。
肌色などどこにもない。
瞼は腫れて目は塞がり、鼻と呼べる突起は陥没して見当たらない。
耳からは血が流れ出ている。
唇は所々が裂け、巨大な甲虫の幼虫のように腫れあがっている。
下顎は砕け、喉を押しつぶすかのようにひしゃげている。
ビクン、ビクン、と時折体が跳ね上がるのは、痛みによるショックか、それとも呼吸困難によるショックか。
傍らには男が立っていた。
彼はこの醜悪な芸術品を作った張本人。
彼は、ちらりと、その足を見遣った。
まだ、少女だったものの中で、唯一人間味を残した、足。
神父はそれを見遣り、しかし大きく一度、溜息を吐いた。
それだけだった。
不憫に思ったのかも、知れなかった。
「終ったか?」
「いや、まだだ」
神父は、しゃがみこむ。
その、西瓜のように腫れ上がった、頭部の横に。
そして、だらだらと血が流れる耳道に向かって、こう問うた。
「まだ、続けるかね?」
聞こえるはずが無い。
聞こえるはずが無い。
命があるだけでも奇跡なのだ。
如何に不死の身体とはいえ、こうまで破壊され尽くした人間の身体が生きていられるものなのか。
死は、救いであると。
そう確信してしまえる、目の前のズタ袋。
神父は、それに向かって問いかけるのだ。
優しい、如何にも彼らしい声で。
まだ、続けるのか、と。
まだ、続けたいのか、と。
まだ、続けることが出来るのか、と。
聞こえるはずが無いではないか。
聞こえるはずが、無い。
しかし、その頭部の、おそらくは口があった箇所が、微かに動いた。
微かに、震えるように。
ひゅうと、隙間風のような、吐息で。
神父には、それだけで十分だった。
「そうか」
相変わらず、神父はそう呟いて。
すっくと立ち上がり。
少し離れたところに落ちていた、己の法衣を拾い上げ。
少女を、それで、ふわりと包み。
優しく抱き上げた。
かくんと、少女の首はすわらない。
それを眺める神父の視線、そのなんと柔和なこと。
まるで、初めて我が子を抱く父親のような。
その首を、しっかりと支え。
赤子の小さな身体を、胸に埋めるように。
それは、正しく父と娘の姿だった。
「彼女は、敗北を認めた。さあ、行くぞ、ギルガメッシュ」
「…嬉しそうだな、コトミネ」
金色の男は、訝しげにそう問う。
神父は、微笑みながらそれに答えた。
「ああ、嬉しいとも。何せ、我が子を抱くのは初めてなのでな」
「ふん、なるほど。貴様らしいといえば、らしいのかもしれん」
それだけの会話だった。
それだけ。
そして、彼らは歩き出す。
目指すは、柳洞寺。
そこで、儀式は行われる。
滞りなく、行われるだろうか?
それとも、無粋な横槍が入るか。
彼らは、確信していた。
期待しても、いた。
このまま、何も起こらないはずがないと。
それを望んだのは、一人か、それとも二人か。
それは、彼らにも分からなかった。
分かったのは、唯一つ。
飛び来る短剣の、風切音。
それによって、その確信が、事実に変わったことだけだ。