FATE/IN THE DARK FOREST 作:shellfish
「これが、この時代の食事であるか」
「…貴方方は、そういった知識を、聖杯から与えられると聞いていたのですが?」
「知ることと経験することには埋め難い差異がある。確か、この国では何と言ったか…」
「百聞は一見に如かず」
「そう、それだ。ふむ、中々良い箴言だ。端的で、しかし的を得ている」
「ふふ、で、感想は如何?」
「これは、主殿がこさえたか?」
「はい。腕によりをかけました」
「王の食卓かと見紛うた。この身体、いわゆる食事など必要とはせぬが、それでも腹が鳴りそうだ」
「そこまで褒めていただけると、私も嬉しい。さあ、もしよろしければ、一緒に」
「よいのか?私は…」
「食べる必要が無いだけ。食べることが出来ないわけではないのでしょう?」
「あい分かった。それでは遠慮なく頂こう」
「ええ、召し上がれ」
「忝い。………む」
「………」
「………むむ」
「………」
「………むむむ」
「………アサシン、貴方、箸を使うのは初めてですか?」
「………このような食器、私が生きていた頃には、無かった」
「………でも、当然、知識としては…」
「………聖杯から。しかし、理論と実戦は異なる」
「………ああ、要するに、箸が上手に使えないと」
「………」
「………」
「………」
「………くく」
「………こんなもの使えずとも、人は殺せる」
「…ぷっ、…くく、くくく」
「………笑えばよかろう」
「あはははは、す、すみません、でも、でも!」
「………心外だ。なぜサーヴァントとして現界して、斯様なことで嘲弄されねばならぬか」
「ああ、すみません、すみません。…でも、アサシン、貴方は意外と…」
「それ以上、何も言うな。言えば、契約の破棄も考えねばならぬゆえ」
「分かりました。分かりましたよ。では、こうしましょう。貴方は、私の言うとおりに殺し、そして私を守る。代わりに私は…」
「………私は?」
「貴方に、ご飯を食べさせてあげましょう」
「………はっ?」
「ほら、あーん」
「…不愉快だ!」
「あーん、ほらアサシン、あーん。いいのですか、令呪使いますよ」
「くっ、もうこの時代で食事など、するものか…」
Last interval 無人の劇場で、女は祈る
ぐらり、と崩れ落ちる体。
視界が反転する。
力が、入らない。
感覚が、無い。
もう、寒さも、疲れも、痛みすらも、遠過ぎる。
意識も、間もなく消え去るのだろう。
自分の宝具なのだ、その効力は熟知している。
如何にサーヴァントといえ、心臓を潰されて生きていられる筈が無い。
だが、何故だ。
確実に心臓を破壊した。
もちろん、奴の心臓だ。私のではない。
その、柔らかで反吐が出る感触も、手に残っている。
しかし、現に潰されたのは私の心臓のようだ。
何故。
一体、何故。
「なるほど、二重存在への攻撃による反射呪詛か。蛇蝎の類にしては気の利いた宝具よな」
どさりと、音がした。
一瞬遅れて、己が地に伏せたのだと、理解した。
楽々と、仰向きに。
視界にあるのは丸い月。
違う。
私が見たいものは、こんなものではない。
もっと美しくて、もっと暖かくて、もっと優しいもの。
ああ、主殿。
「戯けめ、我が呪詛返しの宝具如き持っていないとでも思ったか」
ああ、なるほど。
それは考えていなかった。
呪いの類は、それが不成功に終わったとき呪術者本人に効果が還る。
人を呪わば穴二つ掘れ、というやつだ。
ならば、今の惨状は当然の帰結。
なるほど。
なんと、無様。
ああ。
無念だ。
恋する相手なのに。
救えぬか。
未練だ。
望みを叶えてくれた恩人なのに。
届かぬか。
「ハサン」
声。
主の声。
恋焦がれた、その声。
応えようとする。
応えようと、口を開く。
それでも、声が、出てくれない。
もう、私は、彼女の声に応えることもできない。
すまぬ、主よ。
役立たずであった。
さあ、如何様にでも詰ってくれ。
貴方には、その権利がある。
何せ、外れくじを引いたのだ。
私でなければ。
私でなければ、貴方を助けることが出来たやもしれぬのに。
口惜しい。
私の力では、貴方を助けられぬ。
私は、役立たずだ。
「いずれ、また」
ああ。
ああ、あなたは。
なぜ、あなたは。
感情にならぬ激情。
激情を凌駕する、慕情。
この想い、声にすらならぬ。
ただ、祈る。
神よ。
いや、悪魔でもいい。
どうか、どうか私の願いを叶えておくれ。
枯れ果てていた涙が、視界を遮る。
最後に一度だけ、嗚咽が漏れた。
願わくば、今宵と同じ、丸い月のもと。
再び主と見えんことを。
彼は光り輝く粒子になって、私の中に姿を消した。
涙は流れない。
悲しくないわけではない。
悲しい。
寂しい。
この穢れた身が、張り裂けんばかりに。
でも。
何故だろう。
涙は、流れない。
知っているから。
私は、知っているから。
きっと、いつか、どこかで。
「シロウよ。貴様は、いい女だな」
轟然とした、声が。
「男は支配し蹂躙するが本懐、女は組み伏せられ蹂躙されるが幸福。しかし、いい女は男を強くする。男は、いい女の前では強くあらねばならぬ。シロウ、誇れ。お前は、薄汚い暗殺者を、勇猛な戦士へと変えた」
ぽろりと。
ぽろり、ぽろりと。
熱い何かが、頬を伝っていく。
なんだろう、これは。
どうしてこんなものが、ながれるのだろう。
どうして。
「故に、お前には価値がある。我の手によって組み伏せられ、蹂躙される価値がな」
「光栄です、英雄王。でも、英雄王。私は貴方を殺します」
ぽろり、ぽろりと、泣きながら。
歯を食い縛り、顔を醜く歪ませながら。
「こんなにも他人に殺意を覚えたのは初めて。絶対、絶対絶対絶対絶対絶対殺します…!憶えておいてください…!」
英雄王は無言。
ただ、前のみを見据えて歩く。
滲んだ視界にその姿が、この上なく憎らしい。
「そして、言峰綺礼。貴方もだ。貴方も、絶対に殺してやる」
「…マキリ代羽よ。私はな、いつかアサシンにも同じことを言われた。しかし、私は生きている」
相変わらず、優しく私を抱えあげる、その逞しい腕。
その、心地よい感触と、暖かな体温。
でも、私はもう、目を細めない。
「これで君ら主従から命を狙われることになったわけだ。従者の啖呵は不発だった。果たして、君は私に安らぎを与えてくれるのだろうか」
私を抱き締める腕。その力が強まった。
そうして、立ち止まる。
見上げる。
彼は、月を見ていた。
丸い、丸い、大きな月。
ああ、そうだ。
神になど、祈らない。
悪魔は、神の手先でしょう。
だから、自分に。
自分と、貴方に祈りましょう。
いつか、いつの日か。
必ず、この、丸い月の下。
再び、お会いしましょう。
この、揺らめく月の光の下で。
虹の辺のような、森の中で。
◇
「みんな、覚悟は、いいか」
「愚問」
「俺を誰だと思ってやがる」
「私は遠坂の魔術師よ。なら、生まれたときからそんなもの」
「………」
「なら、行こう。最後の戦いだ」