FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode89 午後七時半

「イリヤスフィール、まだですか?」

「んー、もうちょっとだけー。リズ、そっちはー?」

「だめ。見つからない」

「おっかしいなあ、たしかここらへんなはずなんだけど…」

「イリヤスフィール、我々は一体何を探しているのですか?」

「あれ?言ってなかった?」

「…キラキラした美しいドレスとは聞きましたが、それが何で何のために必要なものなのかは聞いていないはずです」

「あ、そうだっけ。ごめんなさい、うっかりしてたわ。えっとね、私達が探してるのは、天のドレスっていって…、セラ、危ない!」

「はっ?きゃあぁ!」

 

「「セラ!」」

 

「…大丈夫ですか?」

「ああ、あ、ありがとうございます、セイバー様」

「この辺りは崩れやすくなっているようですから、慎重にいきましょう」

「ふう、心配させないで、セラ」

「…すみません、お嬢様」

「セラ、うっかり者」

「リズ!その遠坂のような評価、即刻取り消しなさい!」

「ああ、もう…。ありがとう、セイバー。でも、ここはもういいから、一旦シロウの家に帰って」

「そういう訳にはいきません。私はあくまであなた方の護衛で来ているのですから」

「大丈夫よ。少なくとも今回の聖杯戦争において、私には聖杯としての価値はない。だから、あいつらが私を狙う可能性は少ないわ」

「しかし…」

「もし、あいつらが狙うとしたら、シロか、それともシロウか。ランサーも強いけど、彼一人じゃあギルガメッシュは荷が勝ちすぎると思うの。だから…」

「…分かりました。では、あまり遅くなり過ぎないようにお願いします」

「ええ。適当なところで切り上げるから。シロウにもよろしく言っといて」

 

episode89 午後七時半 

 

 それは、幻想的とさえ言える光景だった。

 暗い、暗い、闇。

 さわさわと、草木の擦れる微かな音色。

 アスファルトを舞う埃の匂いが鼻を擽る。

 そんな、闇。

 そこに浮かんだ、白い髑髏。

 微笑う、しゃれこうべ。

 かたかたと、震える。

 震えながら笑い、震えながら話し、震えながら踊る。

 本来、骸骨とは陽気な化け物なのだ。

 月夜の晩に、墓より出でて。

 怨むは亡霊、踊るは骸骨。

 己の不幸、己の不遇、己の無様。

 他者の醜聞、他者の憤懣、他者の無惨

 それを肴に、踊り狂う。

 そんな、意味の無い宴の情景を、夢想した。

 

「アサシン、何で貴方がここに…」

 

 少し、目が慣れる。

 室内よりは流石に暗いが、それでも肥太った満月の晩。

 僅かに白く色づいた、浅い闇。

 それは、彼の纏った黒い装束を覆い隠すほどのものではなかったのだ。

 闇夜に浮かぶ、長身。

 痩せた、しかし若竹のように長くしなやかな四肢。

 そこには、確かに暗殺者の英霊が、いた。

 

「なんであんたが一人で…いや、そんなことはどうでもいい。兄さんは、代羽はどこに…」

「…事実を、端的に伝えたい」

 

 暗殺者は、ぼそりと、小石を吐き出すように呟いた。

 聞き取り難い、だからこそ聞き入ってしまう声。

 それは、喚き叫ぶ声などよりも、遥かに耳に残る声であった。

 

「マキリ代羽は、現在言峰綺礼及びそのサーヴァントであるギルガメッシュと交戦中である」

 

 その一言は、十分に予想された一言だった。

 しかし、予想された一言が、安息を生むわけでも幸福を生むわけでもない。

 これは、むしろその対極にある一言。

 産んだのは、焦慮と不安。

 そこに戦って敗れたという言葉が無くても、何ら変わるところは無い。

 

「アサシン、教えてくれ、一体どこで!」

「ちょっと待って、士郎」

 

 勇んで庭に飛び出そうとした俺の肩を、恋人の小さな手が押し留める。

 

「アサシン、さっき、マキリ代羽って言ったわね。それに、貴方の魔力。ひょっとして…」

 

 いぶかしむ凛の声に、暗殺者は破顔した。

 くつくつと自嘲に塗れた響きは、笑い声でありながら闇夜を一際濃くするような陰鬱さがあった。

 

「察しがいい。おそらくは貴殿の予想されたとおり、私は今、主を持たぬ。前の主からは、三行半を突きつけられたでな」

 

 その瞬間。

 まさしくその瞬間、北の方角に聳える名も知らぬ山の麓から、大気を震わすような魔力の奔流が。

 爆発。

 濁流。

 津波。

 あらゆるものを飲み込んで、しかしその勢いを衰えさせない。

 それほどに慮外の魔力の渦。

 理解した。

 あれは、俺が足を踏み入れられる戦いでは、ない。

 

「始まったか…」

「クソ!セイバー、頼む!」

「承知!」

「待て!」

 

 振り返る。

 白い仮面。

 アサシン。

 

「無駄だ。蟲に喰われたいのか」

 

 蟲に、喰われる?

 

「マキリ代羽の、いや、ヨハネの魔術は、それほどに器用なものではない。あれに使役される蟲は、只管に喰らい只管に殺すしか能の無い、いわば病気か毒のような存在。少なくとも敵味方の区別など、してはくれない」

「…なるほど。だから、学校のとき、貴方は戦場から姿を消したのですか」

 

 セイバーの推察に、アサシンは首肯する。

 それはつまり、彼女の戦場においては、彼が無力であることを認めたも同然。

 その白い仮面が自嘲に歪んだ気がしたのは、俺の気のせいだろうか。

 

「少なくとも、今我等が動いたところで、足手纏いになるか、それとも戦場に混乱を齎すか、そのいずれかにしかならぬ。故に、マキリ代羽の意向を伝えたい。それに従うか否かは、貴殿らの判断に委ねる」

「…代羽は、何て…?」

「聖杯戦争は、終った。勝とうが負けようが、私が聖杯戦争は終らせる。各人、一旦この街から離れ己の身の安全を図ること。それが、マキリ代羽の願いである」

 

 辺りを、不快な静けさが満たした。

 それを、何と名付ければいいだろうか。

 無力感。

 疎外感。

 いや、そんなものではないか。

 

 ―――見捨てられた。

 

 他のみんながどう思ったのか、それは分からない。

 だが、少なくとも、俺は。

 見捨てられたと。

 また、置いていかれたと。

 そう。

 

「勝てば、ギルガメッシュの魂を生贄に捧げた上で、起動した大聖杯を破壊する。負けたとしても、最も被害の少ない形で、今回の聖杯戦争を終らせる。無論、そのための交渉は完了している」

「…交渉って、どんな内容なんだ?」

「彼女の要求は、衛宮士郎およびそれに近しい人間の命の保障。その代価は、聖杯たる彼女自身と、セイバーの令呪、その一角」

「セイバーの令呪って…ああーっ!」

 

 場違いに素っ頓狂な叫びが、凛の口から漏れた。

 

「しまった!今の今まで気付かないなんて、何て間抜け…!」

「マキリ代羽が卿に打った薬、あれは麻酔薬でも虫下しでもない。あれは、意識を混濁させ、その自我を乗っ取るための秘薬。ブードゥーのゾンビーを作る秘薬に近しいものだ」

「…義手一本の対価には、高過ぎるじゃない…!」

「マキリの秘術のうちに、令呪を本のかたちで第三者に譲渡し、仮初のマスターとする秘術がある。そのためには真実のマスターの同意が不可欠なそうでな。卿を謀ったこと、許してほしい、とのことだ」

 

 じゃあ、代羽がもし負ければ、セイバーは…?

 ちらりと横を見る。

 そこには、流石に青褪めた顔の、セイバーがいた。

 

「そんな、勝手な…」

「彼女の中での優先順位の問題だ。英雄王の望みは騎士王を己の手にすること。そのために聖杯の泥と、自害を防ぐための令呪を必要とした」

「…自害を防ぐ、とは…。はっ、私も舐められたものだな」

「奴は本来、聖杯に潜む者を使役して人類の粛清なども意図していたようだが、それは取引によって手を引かせた。よって、今回の聖杯戦争でこれ以上の犠牲者と成り得るのは、騎士王たる貴殿と、聖杯たるマキリ代羽の二人のみ。セイバー、貴殿はそれを罵るか?」

「…己を縛る手綱、それをあのような男に握られるのは例えようもないほどに不快です。しかし、それでシロウの安全が買えるなら、安いものでしょう」

「まあ、貴殿の対魔力ならば偽りの令呪如きに容易く縛られるとは思えぬが、戦いに敗れて瀕死の卿ならばそうはいくまい。要は勝てばよい。その程度の頚木だ、あれは」

「ちょっと待った。大事なことが抜けてる」

 

 顎に手を当てた凛が、会話を遮る。

 

「言峰は?あいつ、代羽の子宮を使ってアンリマユを現界させるつもりよ。そんなもの生まれたら、私たちの生死の約定なんて、吹き飛ぶわ。あれは全人類に向けられた呪いそのものなんだから」

「全人類を滅ぼす呪いだからこそ、そのことは問題とならぬのだ。あれの呪いは強大であればあるほど、その赤子が生れ落ちる可能性は加速度的に減少していく」

「何でそんな…あ」

「人類は、外的要因以外では滅びぬように出来ているのであろう?」

「そうか、阿頼耶識…。なら、確かにアンリマユは現界できない」

 

 凛は、一人で納得してしまった。

 桜もそれに倣って得心がいったような顔であるが、俺にはちんぷんかんぷんだ。

 阿頼耶識。

 どこかで聞いた言葉。

 そう、あれは。

 ゆらゆらとした。

 深海で。

 深海魚たちが、ぐるぐると。

 あれは、一体。

 

「凛…」

「気にいらねえな」

 

 僅かながらにも、確かに剣呑な響き。

 例えるならば、猛獣の唸り声だろうか。

 威嚇と、それに続く戦いを予兆させる声。

 ランサー。

 彼は、確かに怒っていた。

 

「何もかもがあの小娘の掌の上か?はっ、それでお前らは満足かも知れんが、何故俺がそれに従わなきゃいけねえんだい?」

「…であれば、貴殿は如何なさるおつもりか」

「決まってんだろうが。さっさと大聖杯を破壊して、その上であのいけすかねえ野郎と言峰を叩き殺す。それ以外の選択肢があるとでも?」

「…つまり、彼女の言葉には従えぬと、そういう訳だな?」

「くどいぜ。さ、行くぞ、桜」

「させぬよ」

 

 ダダン、と。

 屋敷の柱を貫通した、短剣が二振り。

 ダーク。

 暗殺者の英霊、ハサン=サッバーハの主武装の一つ。

 庭を見遣る。

 そこには、暗殺者らしくない、目に見えるほどの殺気を放つ骸骨が、いた。

 

「アサシン…」

「おいおい、話を聞いて、その後どうするかは任せるんじゃあなかったのかい?」

「それは、彼女の望み。私の望みとは異なる」

「…ああ、要するに、喧嘩売ってんのか、てめえは」

「…所詮は犬畜生。人の高潔さを理解せよというのが高望みであったか」

 

 その、言葉は。

 

「了解。死にてえんだな、てめえ」

「ランサー!止めてください」

 

 桜が、必死に制止する。

 それでも、槍兵の顔に浮かんだ狂相が消えることは無い。

 その手には、彼の無二の相棒、真紅の魔槍。

 それが血に濡れることなく収められる道理はないだろう。

 この戦い、極めて無意味な戦いは、最早不可避。

 誰もがそう思った瞬間。

 

「何故、分かってくれぬか!」

 

 暗殺者の悲痛な叫びが。

 

「何故、主の覚悟を、分かってくれぬ!これはな、只の愚行よ!あやつらを無視して大聖杯を崩せば、我らの負けは無いのだからな!しかし、それでも主は戦いたかった!戦わねばならなかった!」

 

 唯一、その叫びだけが、愚かな闘争を、制止した。

 槍兵の瞳は、真剣な面持ちで暗殺者を射抜く。

 

「覚悟には相応の礼儀が必要であろう!光の皇子よ!赤枝の騎士よ!何故、卿がそのことを理解してくれぬ!その誇り、犬に食われて消え失せたか!?」

 

 真紅の槍は、誰の血を吸う事も無くその姿を消した。

 槍兵は、無言で踵を返す。

 もう、この狂言に、興味は失った。

 そういうふうに。

 そして、どかりと腰を落とし。

 ちゃぶ台に置かれた湯飲み、そこに入っていた、冷め切った茶を飲み込み。

 眉を顰めながら、こう言ったのだ。

 

「…おい、坊主。これ、何だ?」

「え?ああ、梅昆布茶。不味かったか?」

「驚いただけだ。たまには悪くねえ」

 

 そう、苦笑しながら。

 

「そこの髑髏の言うとおりだな。考えてみれば、俺はこの戦に口を挟む資格は無い。これじゃあ、盛った犬ころと同じだ。だから―――」

 

 こう、言ったのだ。

 

「坊主、お前が決めろ」

 

 そう、宣言したのだ。

 

「今戦ってるのは、お前の兄だろう。今犠牲になろうとしているのは、お前の兄だろう。俺は、そもそも腹一杯に戦うため、それだけのために召喚に応じた恥知らずだ。この戦いがどう傾こうと、腹一杯に戦えれば満足して、そして消えていく。そんな奴に、口を挟む資格はない」

 

 それでも、その瞳は言っていた。

 これが、己の覚悟である、と。

 傍観者であること。

 己が流れを作らず、他者の作った流れに従うこと。

 これが、彼なりの覚悟であり、礼儀であると。

 であれば、お前はどうだ。

 衛宮士郎よ、貴様の覚悟はどうだ。

 そう、獲物を見定める、肉食獣のような瞳が、吼えていた。

 

「坊主。お前は、どうしたい?兄の誇りを守るか?それとも、それを踏み躙ってまで、兄を助けたいか?一体、どっちだ?」

 

 俺は。

 俺は。

 俺は。

 そんなの。

 考える、価値も無い。

 愚問だ。

 俺がしたいことなんて、ただ一つしかない。

 

「―――兄さんを、助けたい。たとえ憎まれても、軽蔑されても。もう、あの人に助けられるだけなんて、耐えられない」

「そうか。じゃあ、お前さんとそこの髑髏の主張は食い違うわけだ」

 

 分かっている。

 槍兵が何を言いたいか。

 これから、自分が何をせねばならないのか。

 時間は無い。

 これは、言葉をもって彼我の正しさを主張する領分では、ないのだ。

 視線がかち合う。

 初めて正面から受け止めた、暗殺者の殺気。

 それは、想像したものとは、全く違うものだった。

 それは、絡みつく蜘蛛の糸のような細い殺気でも、冷たく火傷するような凍てついた殺気でもない。

 ただ、燃え上がるような、身体の芯の一番熱いところの炎を煽るような、そういう殺気だった。

 

「時間はねえぜ。手早く決めな」

「…ああ、わかった」

「委細承知」

 

 裸足で、庭に降りる。

 誰も、俺を止めようとはしない。

 凛も。

 桜も。

 もちろんランサーも、そしてセイバーも。

 ただ、俺を見守ってくれた。

 それがどれ程の優しさゆえなのか。

 どれほどの感謝を捧げなければならないことなのか。

 いずれ、俺は思い知る日が来るだろう。

 それでも、今は、ただ前に。

 眼前の髑髏を叩き伏せる、そして兄さんを救う。

 それだけを、胸に秘めて。

 歩く。

 柔い、地面。

 そこは、昨日の雨の名残のある、しっとりとした大地だった。

 その冷たさが、身体の奥の瘧のような火を、更に煽り立てるかのようであった。

 

「…人の身で英霊に挑む。余人は、浅慮と言おう。猪突と言おう。無思慮と詰るやも知れぬ。それでも、私は尊いと思う」

「…それはどうも」

「正直に言うとな、少年、いや、衛宮士郎よ。私は、君の在り様に憧れていた。眩しかったよ」

「そういうことは、勝負が終った後に言うものだろう?」

「…そうであったな。厚顔であった。許せよ」

 

 呪文を紡ぐ。

 ずっしりとした両手の感触は、最早心地いいほどに。

 その重量を愛おしく撫でながら、構える。

 

「殺すつもりで来い。私は、殺すことしか知らぬ故に」

「ああ。もちろんだ」

 

 二人は、月下に対峙する。

 互いに、構えともいえぬような構え。

 ぼうと、枯れ木のように。

 隙だらけに見えて、その実、隙の一つもない。

 そのことは、互いに理解している。

 故に、動けない。

 無限ともいえる数瞬。

 それでも、意外なほどに早く、終わりは来る。

 おそらくは、此度の聖杯戦争において、最も無意味の戦い。

 その始まりを告げるのは、遥か遠くで響く戦火の声。

 蟲と宝具の戦争、その砲撃音。

 そして、一拍。

 互いの呼吸の白さが、闇を薄まらしたとき。

 骸骨は、動いた。

 まるで、風に揺らぐ柳のような。

 かの弓兵を、さんざ苦しめた、起点のない挙動。

 それが、魔術師の少年を襲う。

 少年は、迎え撃つ。

 己に宿った弓兵の生涯を頼りに。

 故に、それは再戦。

 弓兵対暗殺者。

 

 しかし、弓兵の魂宿りたるは、贋作の器。

 

 しかし、暗殺者に宿りたるは、戦士の魂。

 

 ならば、それは初見、そして初戦。

 果たして、いずれが勝ちうるか。

 最初の剣戟は、薄い夜空の元に、高らかと鳴り響いたのだ。

 

 

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