FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

119 / 133
episode94 49秒

「うおおおおお!」

 

 少年の絶叫が、地の底にて木霊する。

 血を吐き出すような叫びだ。

 怒りと、それ以上の殺意に満ちた叫びだ。

 その表情も、尋常ではない。

 目を喝と見開き、口の端から涎が垂れている。

 異相であり、狂相であった。

 禍々しい。

 普段の彼には在り得ない双眸。

 それでも、彼の怒りを表現するには彩が足りない。

 何故なら、彼の心を焼くのは、明らかに人外の怒りであったのだから。

 

 そして、彼は駆け出した。

 赤い、まるで彼が生き延びた、あの地獄のように赤く色付いた空気。

 ごつごつとした岩場。

 聳える巨大な岩盤と、黒い、何かを掴み取る腕のような形をした黒い頂。

 その麓に立つ、絶対の威圧感を醸し出す金色の王。

 かの存在に歯向かうことは、即ち死だろう。

 彼は、理解している。

 そもそもが聡い少年である。

 彼我の実力の差など、理解していないはずが無い。

 それでも、彼は駆けたのだ。

 

 汚されたのだ。

 己の半身が、汚された。

 己の唯一残された肉親が、犯された。

 己をあの地獄から救ってくれた恩人を、守ることが出来なかった。

 まるで、我が身を引き裂くような怒り。

 それは、彼がかつての友人と対峙したときに感じた、烈火の如き怒りと同質のものであった。

 同質で、しかしより粘着質で、より高温で、より破滅的なものであった。

 その怒りを爆ぜさせて、彼は駆けた。

 手には、狂った大英雄の斧剣。

 彼の殺意の象徴として、これほど相応しいものもあるまい。

 一度たりとて砥がれたことの無い鈍い刃は、切る為ではなく叩き潰すためのもの。

 汚らわしいものを叩き潰すための刃。

 それを、目の前の男の薄ら笑いに叩き込む。

 その為だけに、彼は駆けた。

 だが、少年のさして大柄ではない体に、その剣は大き過ぎる。

 いや、例え天を突くような大男であったとしても、その剣は人の身が持ち上げることを許されるような重量ではない。

 しかし、彼の怒りはそれを可能とした。

 それでも、いや、だからこそ、その重量は彼の体を破壊する。

 一歩足を踏み出すごとに、彼の全身を構成する筋繊維は悲鳴をあげて千切れていく。

 骨と骨の軋み合う悲しげな音が、関節から響き渡る。

 身体中をばらばらにされるような苦痛のはずであるが、その苦痛すら憤怒で煮え滾った脳細胞には届かない。

 彼の赤く染まった視界に届くのは、焼け付くような殺意のみである。

 

 その、暴風のような感情の奔流を、金色の王は正面から受け止めて、なお微笑っていた 

 彼の苦悩を、悲しみを、怒りを、心地いいと言わんばかりの有様。

 そして、限りなく冷ややかな瞳。

 冷ややかに少年を見つめ。

 冷ややかに、掲げた指を打ち鳴らす。

 それが、号令。

 王の財宝、その進軍が始まる。

 激烈な射出音が鳴り響く。

 まるで、今まさに絨毯爆撃があったかのようなその轟音は、大空洞にいた全員の鼓膜を強かに打ちのめした。

 打ち出されたのは、武器の形をした弾丸。

 剣が、槍が、斧が、槌が。

 古今東西のあらゆる武器の原典が、無情に打ち出される。

 

 その数、二十。

 

 一つ一つが一級以上の宝具であり、少年の柔い体を紙よりも儚く切り裂くに十分過ぎる威力を誇る。

 その、いわば絶対の死の塊が、音をすら置き去りにして少年の頭部、心臓、肺腑、水月、肝臓、あらゆる急所に向かって飛来するのだ。

 常人であれば、いや、如何なる達人であったとしても、その一撃すらかわすのは不可能だっただろう。

 無論、歳若いその少年に防ぎきれるものではない。

 後ろより彼を眺める者は、ヤマアラシの如く無惨を呈するその背中を幻視した。

 しかし、少年の身の内に宿るのは、かの弓兵の生涯。

 例え、それが少年の歩むべき道程の果てにあるものでなかったとしても、同じ起源を有する彼にとって、その記憶の一つ一つが万金以上の価値を有する。

 故に、彼の沸騰した視界は、高速で飛来する切っ先の目標地点を、正確に見切っていた

 十は、弾幕であり、捨て弾。

 

 ―――そのまま直進すれば直撃はない。

 

 六を、身を捩ってかわし。

 

 ―――浅く肉をこそげ取ったが、致命には至らない。

 

 二を、その大剣をもって弾き飛ばし。

 

 ―――衝撃で左尺骨が折れ砕けたが、彼の体内に剣製された短剣がそれを繋ぎ直す。

 

 残りの二つは、折れ砕けた大剣を捨て去って、飛来する宝具と同じものを用意して相殺した。

 

 ―――衝撃で右上腕骨に罅が入ったが、螺子のような刃が、神経ごとそれを縫いとめる。

 

 脳髄を蕩かすような激痛は、流石に彼の足を止め、その唇から苦痛の呻き声を漏らさせる。

 それでも、生き残った。

 彼は、英雄王の一撃を喰らって、生き残ったのである。

 それだけでも驚嘆に値する奇跡だ。

 しかし、その代償は安くなかった。

 彼の全身は、まるで赤い蛇がとぐろを巻いたかのように血に塗れている。

 捨て弾と見切った刃が、弾き飛ばした切っ先の破片が、容赦なく少年の体を切り裂いたのだ。

 英雄王の戯れと言っていい一撃で、衛宮士郎の体は死に瀕していた。

 自然、制御を失った身体は、重力に従って地に伏せるだろう。

 彼は、無様に膝を突きかける。

 それを拒んだのは、彼が辛うじて投影した黄金の剣と、何より彼の意地から。

 剣の切っ先を岩に突き立て、柄を抱きかかえるようにして立ち竦む。

 歯を食い縛り、仇敵を睨みつける。

 貴様の前で、折る膝など持たない、そう言わんばかりに。

 だが、彼の足は、腱を断ち切られたかのように動かない。

 苦痛、疲労、恐怖。

 様々な原因があったが、結果だけは明白だ。

 つまり、彼では、目の前の男の冷笑を辞めさせることは出来ない。

 力の差が、ありすぎる。

 あまりの無念に泣き出す寸前だった彼の耳道に、二つの声が飛び込んできた。

 

「その程度か、雑―――」

「よくやった、小僧」

 

 果たして彼の霞んだ視界が、疾走する青い背中を捕らえることが出来たか否か。

 先行する少年を囮のように使って最前線に踊り出たのは、最速を誇る槍兵。

 一瞬とはいえ少年の猪突に心奪われた英雄王は、人の姿をした獣を確実に見逃していた。

 誰の鼓膜も震わすことの無かった舌打ちは、その失態を表すに十分過ぎるものだっただろう。

 この時点において、槍兵は英雄王に対して僅かばかりの優位を得ていた。

 英雄王の力の源泉たる無尽蔵の財は、中・長距離において真価を発揮する。

 槍兵は、そう見切っていた。

 だからこそ少年の先行を許し、敵の有効射程を駆け抜ける機会を窺っていたのだ。

 一面で言えば、味方、それもあどけなさの残る少年を、まるで撒き餌の如く使ったと見られても仕方の無い、非道な戦術である。

 しかし、彼にとって、戦場に立った者は悉くが戦士である。

 戦士であれば、死んで当然、いや、死ぬことが仕事とすらいえる。

 ならば何故それを、女子供にするように、わざわざ守ってやる必要があるだろうか。

 それは、覚悟を備えた一人の男に対する侮辱ではないだろうか。

 故に、彼は少年を省みなかった。

 彼の怒りと悲しみを囮として使って、一切の恥を憶えなかった。

 例え少年が先程の一撃で剣山のごとき彫像と化して絶命していたとしても、彼は悼みの言葉一つかけることは無かっただろう。

 何故なら、少年は戦士なのだから。

 彼が少年に詫びる事があるとすれば、それはこの一撃において敵の首級を挙げることが叶わなかった時に他ならない。

 彼の貌に浮かんだ狂戦士の相は、その覚悟を表していたはずである。

 獣の踏み込みで、堅い地面が爆ぜ砕けた。

 僅かに、三歩。

 たったそれだけで、彼我の距離はその半分まで縮められていた。

 それでも、それは間違っても槍の切っ先が届く間合ではない。

 ならば、主導権を握るのは依然として金色の王。

 然り、彼は再度指を打ち鳴らす。

 再び、激烈な射出音。

 打ち出されたのは、王の財宝をもって可能な瞬間最大数。

 それが、ただ一人の英雄に向けて打ち出された。

 言葉は無い。

 ただ、互いの頬を歪める愉しげな笑みが印象的であった。

 それにしても、状況は槍兵にとって絶望的である。

 襲い来る無数の刃。

 矢避けの加護が及ぶことは無いだろう。

 神秘は、それを上回る神秘に打ち消されるが道理。

 宝具のように具現化した神秘を前に、呪いによって得た加護如きで立ち向かうなど、愚かを通り越して哀れに過ぎる。

 当然、その程度のことは槍兵も把握している。

 故に、彼が無数の魔弾と立ち向かうのに有する武器は、自身の身体能力とその手に握る愛槍のみ。

 湯水のように溢れ出る宝具の前に、あまりに頼りないそれらを槍兵は心強く思った。

 そも、彼はこの二つだけをもって無数の戦場を生き抜いてきたのだ。

 そして、無敗。

 ならば、今更何を嘆くことがあろうや。

 だから、槍兵は駆けた。

 相変わらず、前にのみ向かって。

 飛び来る刃の軍勢。

 それを、かわす。

 潜り抜けながら前進する。

 しかし、密度を増した弾幕が、彼の足を縫いとめる。

 ならばと、弾く、いなす。

 目的は、唯一つ。

 目の前の、薄ら笑いを浮かべる男の心臓を、紅き魔槍をもって貫くこと。

 じりじりと、前に出ようとする槍兵。

 それをさせじと、彼を穿ち続ける宝具の群れ。

 流石にその前進は阻まれたが、それでも彼もまた、無傷。

 槍が織り成す不可侵の防御陣を、宝具の群れが突破できない。

 車輪かそれとも歯車の如く疾走する赤い魔槍が、宝具の大顎を阻み続けるのだ。

 故に、未だ互角。

 激烈な金属音。

 耳を劈くようなそれは、ある種の協奏曲を思い起させる。

 彼は、まるで舞踏家のようですらあった。

 無限に続くかと思われたその合奏と、共演。

 しかしその終演は以外に早かった。

 土台、不可能な話なのだ。

 確かに、槍兵は並みの英雄ではない。

 常人では立ち入ることすら難しい影の国に若くして単身赴き、魔女スカハサから秘槍を授けられ、故国に攻め入った魔女メイヴの軍勢を、単騎をもって退けた。

 武勇、逸話は数知れず。

 光の皇子、クー・フーリン。

 それでも、英雄王の従える軍勢は、魔女の従えたそれの比ではない。

 彼の繰り出す武具の一振り一振りが、珠玉の英雄の所持した聖剣、魔剣の類。

 いわば、英雄そのものであるのだ。

 ならば、彼が防ぐ一撃は、竜を倒した戦士の斬撃であり、海を断ち割った海神の怒り。

 槍兵の俊敏をもってしても、全ての刃を捌ききるのは不可能を越えた絶事である。

 槍兵も、それを悟っていた。

 だからとて、引けなかった。

 己の、そして己の知るもの全ての名誉を守るために、その命すら惜しまなかった男である。

 例え敵わずとも、一太刀。

 後に続く戦士に報いる一太刀を。

 しかし、尽きることを知らない英雄王の猛攻は、それすらも許さない。

 前進を阻まれた彼の足は、じりじりと後退を余儀なくされていた。

 手が、痺れる。

 足が、砕ける。

 衝撃で眼球が破裂するとさえ思った。

 荒々しい呼吸。

 徐々に、本当に少しずつ、彼の作る制空圏が縮小していく。

 その刹那である。

 一振りの短剣が、彼の頬に舐めるような掠り傷を作り出す。

 絶対だった彼の防御を飛越えて。

 それが、切欠であった。

 舐めるような掠り傷は、徐々にその幅を広げ、皮膚を抉りこむように。

 槍兵の四肢を、絶え間なく打ち出される刃の群れが喰らい尽くしていく。

 致命的な傷は無いものの、それも時間の問題であろう。

 左右に飛び退くには、時期を逸した。

 どこに逃げても、そこにあるのは刃の軍勢である。

 姿勢を崩した状態でその猛威に晒されれば、結末は火を見るより明らかであろう。

 だから、ここで受けきるしかない。

 瞬きほどの一瞬が、槍兵には無限の如く感じられた。

 そして、槍兵は悟った。

 無数に飛来する宝具の群れの中に、どうしても防ぎきれない一弾が紛れ込んでいることを。

 その着弾点は、己の心臓。

 かわせない。

 打ち落とせない。

 身体の、他の部位で受けきるのも不可能。

 そういう一撃が、確かに紛れ込んでいたのだ。

 槍兵は、未だ絶対の安全圏に身を置いて、彼の奮闘を眺める金色の男を、睨みつけた。

 男は、微笑っていた。

 見下すように、王者の視線で。

 つまり、全て承知の上だった。

 これは偶然ではなく、意図して放った一撃。

 その否定しようも無い認識に、槍兵は歯噛みした。

 彼は、生き残ることに特化したサーヴァントである。

 少々の、いや、身を引き裂くような死線とて、彼は幾度と無く潜り抜けてきた。

 それでも、彼は死を覚悟した。

 覚悟せざるを得ない状況であったのだ。

 ならば、せめて一撃を。

 ほとんど破れかぶれに、彼がその愛槍を投擲しようとした、その瞬間。

 彼の心臓を今まさに貫かんとしていた輝く宝槍が、一切の輝きを打ち消した、不可視の聖剣によって打ち落とされたのだ。

 槍兵は、隣を見遣ることをしなかった。

 不可視の剣、その主を確かめようとはしなかった。

 そこに誰がいるか、何があるか、最早明白であったから。

 

 そこには、銀色の鎧があるだろう。

 そこには、黄金に輝く聖剣があるだろう。

 そこには、金砂の髪があるだろう。

 そこには、聖緑の瞳があるだろう。

 

 始まりの夜、彼が矛を交えた仇敵。

 その一撃一撃が、大砲染みた魔力の爆発をもって、彼を叩きのめした。

 女と侮った存在に歯が立たない現実、彼は何よりもその事実に狂喜したのだ。

 これほどの強敵を用意した運命の女神とやらに、彼は忠誠を誓っていいとさえ思った。

 そして、誓ったのだ。

 忠誠ではなく、誓約を。

 この獲物は、俺が仕留めると。

 絶対に、他の誰にも渡さないと。

 倒し、犯し、征服すると。

 それは、恋愛感情にも似た、救いがたい男の性であった。

 その愛しの恋人と、矛を並べて戦う。

 なんと皮肉な運命だろうか。

 気に入った味方が敵となって立ちはだかるのが、彼の宿命であれば。

 討ち果たすと誓った敵が、いつの間にか味方となって轡を並べるのも、また彼の運命。

 それも悪くないと、男は笑ったか否か。

 そして、少女も槍兵を見ようとはしなかった。

 ただ、前のみを見据えていた。

 その様を見て、英雄王は微笑った。

 十年間、待ち続けた甲斐があるものだと、内心でほくそ笑みながら。

 

「押し通るぞ、ランサー!」

「応よ!」

 

 不可視の聖剣を担ぎ上げた少女は、その宝具の真名を解放する。

 いずれ、剥ぎ取らねばならぬ鞘である。

 ならば、友軍の露払いに使うのも、吝かではないはずだ。

 

「風王鉄槌!」

 

 裂帛の気合と共に振り下ろされた不可視の聖剣。

 それを覆い隠していた風の鞘が、暴風の大顎となって牙を剥く。

 まるで嵐を凝縮したかのような大気の塊が、宝具の軍勢を迎え撃つ。

 逆巻く風の蛮軍が、魔弾を押し留める。

 無論、弾き返すことなど出来ようはずがない。

 

 一瞬。

 

 一瞬だけ、その猛威を食い止めるだけで精一杯である。

 しかし、槍兵の形をした獣にとって、その一瞬で十分であった。

 彼は、駆けた。

 騎士王が作り上げた、束の間の静寂の隙を、縫うように。

 風王鉄槌の作り出した真空、その中に流れ込む大気の奔流に乗じたその体裁きは、ほとんど神速といっていいものだった。

 騎士王は、その様を見て苦笑した。

 まるで、前回の聖杯戦争の焼き直しだと、そう思ったからである。

 そして槍兵は、鉄壁の布陣を潜り抜ける。

 黄金の英雄王と彼の間に、その視線を遮る何物も存在しない。

 勝機、と。

 彼は確信して、獲物を視野に納める。

 

 故に、見えた。

 

 見てしまった。

 

 英雄王、その手に握られた、まるで石柱を組み合わせたような歪な剣を。

 その、威容。

 男の繰り出した輝かしい宝具が、一山いくらの数打ちとしか思えぬような、威圧感。

 槍兵は、己が誘い込まれたことを確信した。

 そして、跳躍した。

 最早、怯懦な後退は死を招くのみ。

 あれから繰り出される一撃は、距離をもって防げるような生易しいものではない。

 ならば、己に許された最高の一撃をもって迎撃することこそ、唯一にして、そして蜘蛛の糸よりも細い、生存への方策。

 彼の身に刻まれた無数の闘争の歴史が、それを確信させた。

 それは、騎士王も同様であった。

 出し惜しみは、即死に繋がる。

 そもそも、格上の相手に出し惜しみなど、意味をなさない。

 彼女は、再び聖剣を担いだ。

 その刀身に、ありったけの魔力を注ぎ込む。

 今、ここで仕留めなければ勝敗が決まる、そういう覚悟をもって。

 

 槍兵は、その全身をたわめられた弓と化して、その槍を番える。

 

「突き穿つ―――」

 

 騎士王は、絶対の信頼を込めて、その聖剣を振りかぶる。

 

「約束された―――」

 

 英雄王は、その二人の必死の形相を肴に、ただ嗤うのみだ。

 

「死翔の槍!」

「勝利の剣!」

 

 襲い来る、無数に分かたれた紅く凶暴な穂先。

 襲い来る、無限にも届きかねない魔力の奔流。 

 

 それらを一笑に付して、英雄王は剣を携え。

 

 そして、その魔剣の真なる力を解放した。

 

「―――天地乖離す開闢の星」

 

 轟音。

 途方も無い、力と力の衝突。

 空間が、軋む。

 果ての知れない大空洞が、震える。

 天地を揺るがす、その衝撃。

 光の奔流。

 それは、確かに彼我の視力、そして聴力を奪った。

 相殺され行き場を失った力の渦が、荒れ狂う。

 まず、地に足をつけていなかった槍兵は、為す術も無く大きく吹き飛ばされた。

 そのまま岩盤に叩きつけられていれば、さしもの彼でも、少なからず手傷を負っていたであろう。

 そんな彼の足を、伸び来る影の触手が掴み取る。

 そして、致命的な衝突から救ったのだ。

 やっとの想いで着地した槍兵は、主に礼を言うことも無く、前方を見据える。

 そこには、剣を地面に突き立てて、辛うじて立ち尽くす、二人の主従。

 その先には、この世を二分するかのような、濛々とした土煙の壁。

 手応えは、あった。

 ただ真名を解放しただけではない。

 彼の習得した原初のルーンによって魔力を付加された宝具の一撃の威力は、本来それが持つ能力の更に一つ上の位階に至ったはずである。

 それに、騎士王の持つ名高い聖剣、その一撃を上乗せしたのだ。

 仕留めた。

 耐えられる筈が無い。

 あの狂戦士とて、一撃で屠れるはずの威力だったはずだ。

 それは、極めて正しい認識だ。

 

 しかし。

 

 この場合、間違えていたのは槍兵ではない。

 槍兵の認識、そしてその行動は、悉くが正しかった。

 だから、間違えていたのは、そして在り得なかったのは、違うもの。

 在り得なかったのは、槍兵の敵、その力量だ。

 英雄王。

 原初の英霊。

 その力量が、あまりにも慮外だったこと。

 この一時について、槍兵に一切の責任は無い。

 ぱらぱらと、砂塵が舞い散る。

 その音に紛れて、声が聞こえた。

 

「中々、愉しませる」 

 

 ぞくりと。

 

 槍兵、そして騎士王の背の産毛が、逆立った。

 

 悠々と響くその声に、苦痛の色彩は存在しない。

 

 そして。

 

 再び、風が逆巻く。

 

 逆巻く風が、砂煙を吹き飛ばす。

 

 風王鉄槌、それすらも微風と見紛うような、風神の息吹。

 

 それが、軋みを上げる乖離剣から吐き出される。

 

 そして。

 

 鉄の少年と。

 

 影の少女と。

 

 騎士の王と。

 

 青の槍兵は。

 

 ほぼ同時に、それを見た。

 

 巨大な岩盤に背を預け、相変わらず微笑む黒い神父。

 

 その前に立ち、円柱の剣を構える、金色の英雄王。

 

 そして。

 

 先程と同じ、いや、それ以上に荒れ狂う、魔力の奔流。

 

 在り得ない。

 

 上級宝具、いや、間違いなく至高の宝具を全力で放っておきながら、この魔力はまるで―――。

 

 もう一撃―――!?

 

「ほれ、もう一度、気張ってみせい」

 

 悪いときには、悪いことが重なる。

 予想が、最悪を極める。

 神は、悪い方向にのみ全能なのだ。

 

「天地乖離す開闢の星」

 

 四組の瞳は、吹き荒ぶ魔力の猛威を、為す術もなく見つめた。

 

 呆然と、色を失った瞳の群れ。

 

 その瞳の色を名付けることが叶うならば、こう呼ばれるだろう。

 

 絶望、と。

 

 これにて、勝負は終わりを告げる、

 少年の咆哮が地の底を満たしてから、僅か49秒。

 勇敢なる二組のサーヴァントとマスターに対する死刑執行宣言は、無慈悲な静寂と共に下されたのだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。