FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode10 不可思議

 

 その服はなんだ、と兄が言った。

 胸に十字のデザインの入った、真っ赤なハイネック。黒いミニスカート。

 明らかに私の服ではない。

 これは、遠坂先輩にお借りしたものです。

 そういうと、兄の顔が忌々しそうに歪んだ。

 そして、その表情が歪んだ笑いにかわり、兄はこう言った。

 後で僕の部屋に来い。もちろん、その服を着たままでだ。

 彼は私を犯すのだろう。

 それはいつものこと。

 別段、苦しくはない。

 でも、遠坂先輩に借りた服が汚されるのはつらい。

 明日、謝らないと。

 

episode10 不可思議

 土蔵の床、コンクリートの冷たい地面に腰を下ろし、胡坐を組む。

 手のひらを上に向け、指を絡ませる。

 結跏趺坐。

 精神統一のための行。

 息を吸う。吐く。

 意識をそれに集中する。

 だんだんと雑念が消えていく。

 世界が、俺に向かって閉じていく、そんな感覚。

 イメージはコヨリ。

 紙をねじり、先を固く、細くしていく。

 どこまでも、どこまでも……。

 ――さぁ、今日も始めようか。

 

「まだそんな無駄なことをしているのか」

 

 呆れたような声が、俺を世界に連れ戻す。

 

「――アーチャーか、こんな時間にどうしたんだ」

 

 俺は声の主に問いかけた。

 

「凛から聞いたはずだな、今まで貴様が行ってきた修行は無意味。貴様の努力は、苦痛は、何の実も成さなかったと」

 

 俺の問いかけには答えず、心底苛ついたような顔でそう言うアーチャー。

 

「なのに、何故続ける。貴様は被虐性愛症か」

 

 俺は一瞬ぽかんとしてしまったが、アーチャーの真剣な顔に吹きだした。

 

「……何がおかしい」

 

 気分を害した彼の声。

 それでも俺は笑ってしまった。

 

「あんた、意外と優しいんだな」

「はっ?」

 

 今度ぽかんとしたのはアーチャー。

 

「だって、わざわざ忠告しに来てくれたんだろう?」

 

 そう、冷たい奴は、いつだって無関心だ。

 ある偉人はこう言った。

 愛の対義語は憎しみではない、無関心であると。

 俺は全面的にその意見に賛成だ。憎しみから生まれるものもある。しかし、無関心からは何も生まれない。それに比べれば、棘のあるアーチャーの言葉もはるかに生産的だ。

 

「……貴様が何を言いたいのかはしらん、しかし覚えておくがいい。

 我らはたった一つの景品を求めて殺しあう仇同士だ。いらぬ情は身を滅ぼすぞ」

 

 なんとなくわかった。きっとこいつはいい奴だ。突き放すような、拾い上げるような感じが、どことなく凛に似ている。なるほど、確かにサーヴァントとマスターは似たもの同士になるようだ。

 依然、苦虫を噛み潰したような表情のアーチャー。

 

「ふん、貴様がくだらんことを吐かすから、本来の目的を忘れるところだった」

「本来の目的?」

 

 鸚鵡返しに問い返す。

 

「貴様が私達のボトルネックになっているのは自覚しているか?」

 

 ……そんなこと、言われるまでもない。

 サーヴァントは言うに及ばず、マスターの中でも俺の実力はダントツに低い。少なくとも、凛や桜には遠く及ばないだろう。

 

「貴様が己の未熟ゆえに死ぬのは勝手だが、一緒にセイバーまで消えられては我らの戦力の低下は避けられん」

 

 聖杯戦争における定石の戦術。サーヴァントでなく、マスターを狙う。

 その戦術を選択された場合、狙われるのはまず間違いなく俺であり、生き残る確率は限りなく低いだろう。

 

「さらに言うなら、万が一貴様が生きたまま敵の虜囚にでもなれば、凛にまで害が及ぶ可能性すらある。あれは、口でいうより甘い人間だ」

 

 自分が役立たずで、みんなの弱点になっている。

 それらは一応自覚していることではあるが、歯に衣着せぬ言い方で指摘されると、流石にカチンとくる。

 

「何が言いたいんだ?」

 

 俺がそう言うと、アーチャーは皮肉げに唇を歪ませた。

 

「なに、どうということはない。貴様を鍛えてやろうというのだ。今の貴様は只の塵芥だが、上手くいけば猫の手くらいにはなろう」

 

 アーチャーの言葉は、俺の想像の範疇から外れたものだった。

 

「……最後は敵同士だ、そう言ったのはあんただったと思うけど」

 

 その言葉に、やはりアーチャーは冷笑を浮かべた。

 

「はっ、今から鍛えたところで貴様が私や凛の敵と成りうるとでも考えているのか?だとしたら思い上がりも甚だしいな」

 

 ……悔しいけど、何の反論も思い浮かばない。

 

「そもそも、そんな先の話をする余裕が貴様にあると思っているのか?

 挑む逃げるは貴様の自由だが、私の課す修練はそれなりに厳しいぞ。少なくとも、今まで貴様が己に課した修行が児戯と思えるほどにはな」

 

 試すような視線で俺を射抜くアーチャー。

 挑むか逃げるか。

 前に進むか、後ろに退くか。

 そんなの、答えは決まってる。だって、俺の目標は定まっているんだから。

 

「強くなれるなら、そんなの大歓迎だ。是非頼む、アーチャー」

 

 そう言って、俺は右手を差し出した。

 アーチャーは、無言で俺の手を握った。

 背筋の凍るような視線。

 そして、言った。

 

「のた打ち回れ、衛宮 士郎」

 

 その瞬間、天と地が逆転した。

 何かが、アーチャーの掌から流れ込んでくる。

 それは、とても、とても、乾いていた。

 体が内側から裏返っていくような錯覚。

 皮膚が、肉が、骨が、内臓が、くるり、と反転する。

 それは、錯覚と分かっているのに、妙にリアルな感触で俺を襲った。

 頭の中を、意味不明なノイズが埋め尽す。

 

 あ、あ、あ――――……。

 

 駄目だ、俺が消える、押し潰される、縮小していく。

 

 ― 体は剣で ―

 

 流れ込んでくる、知らない誰かの人生。

 

 ― 契約しよう ―

 

 俺じゃない誰かの記録、それが俺の記憶を蹂躪する。

 

 ― シロウ、あなたを ―

 

 それは、とても寂しい記録。

 

 前方は遥かな荒野。

 隣には誰もいない。

 着いて来るのは己の影のみ。

 只ひたすらに、荒地に水を撒く。

 昨日までの自分を否定しないために。

 明日の誰かが笑っているように。

 でも、結局、理想の種子は芽吹くことはなかった。

 当然、彼は朽ち果てた。

 そこに、笑顔は、なかった。

 最後に、傍らには、剣があった。

 剣だけが、あった。

 そして、そいつ自身も剣だった。

 とても、強かった。

 固く、鋭く、しかししなやかで、折れず、曲がらない。

 だから、誰にも分からなかった。

 自分にすら理解されなかった。

 本当は、その芯鉄は、硝子のように繊細だということを。

 

 彼は救った。

 救って救って救って。

 

 彼は助けた。

 助けて助けて助けて。

 

 彼は裏切られた。

 裏切られて裏切られて裏切られて。

 

 彼は傷ついた。

 傷ついて傷ついて傷ついて。

 

 それでも。

 それでもそれでもそれでも。

 

 それでも。

 

 生命の存在を許さぬ荒野。

 風が吹き荒び、一滴の潤いもこの世界には存在し得ない。

 しかし、その男は傲然と顔をあげ、胸を張って、一人歩く。

 付き従える、剣の群れ。

 その背中は言っていた。

 

 ついて、来れるか。

 

 ああ、俺にできるのか。

 俺は、彼になることができるのか――。

 

 

「アーチャー、あんた何をしたの」

 

 名は体を表す、とはよくいう諺だが、彼女の声は、その名に正に相応しかった。

 凛とした声が、夜のしじまを破る。

 いや、それは正確ではない。

 静寂などとうに破られている。

 その元凶は、彼女の従者が背後にした土蔵の扉の奥。

 そこから耐え間ない苦悶の声が聞こえる。

 

「どうということはない。愚か者に軽い喝を与えただけだ」

 

 周囲に響く叫び声は、彼の言葉を否定している。

 

「アーチャー、あなた――」

「アーチャー、貴様、シロウに何をした!」

 

 今も土蔵で苦しむ少年の従者が、風の鞘を纏った聖剣を携え現れた。

 

「ああ、セイバー、何をそんなに慌てているのだ?我らは所詮現世の客人に過ぎん。ならば。この世にそれほど急くことなどないだろうに」

 

 あくまで余裕を保った彼の声。それは剣の逆鱗を逆撫でした。

 

「やはり裏切ったか、アーチャー!そのよく動く舌、切り取って野犬に食わせてやろう!」 

 

 本日三回目の激発。

 三度目の正直という諺が正しければ、今度こそ破局は避けられぬ。

 剣士は、槍兵も恥じ入るような激烈な速度で弓兵の間合いに飛び込み、横薙ぎに剣を振るう。

 狙いは首筋。

 きっと、弓兵は己の死すら認識しえぬまま、退場を余儀なくされる。

 だがしかし、今回適用されたのは、二度あることは三度あるという、正反対の意味を持つ諺だった。

 理知的な彼女を激発させたのが弓兵の言葉なら、それを止めたのもまた、彼の言葉だった。

 

「奴が、自分で望んだのだ」

 

 剣が、まさに赤い弓兵の首を断たんとしたとき、絶体絶命のはずの彼は、それでも落ち着いた声で話した。

 剣は弓兵の首の薄皮を一枚破ったところで止まっていた。

 

「…なんだと」

 

 そう問う剣士に、弓兵は再び言った。

 

「奴が自分自身で望んだのだ。君はそれを否定するのかね?」

「世迷言を…」

「そう思うなら、その剣を振り抜くがいい。君にとって今の私を屠ることなど造作もあるまい?」

 

 怒りに満ちた顔、それでも彼女が動かないのは、目の前の男の言に虚がないことを理解してしまっているからだ。

 

「振りぬかないのか?ならばその剣は収めたまえ。そして、あの小僧の下へ行ってやれ。君と奴には不思議な縁がある。もしかすると、奴が生き残る可能性も少しは上がるかも知れん」

 

 彼女は悔しそうに剣を引くと、駆け足で自らの主の下へ向かった。

 

「……どうした、何か言いたそうだな、凛」

 

 弓兵は己の主人に問いかけた。

 剣士は立ち去り、どうやら峠を越したのか土蔵から聞こえるうめき声も収まった。

 静穏が、再び夜を支配する。

 残されたのは二人。

 赤の魔術師と、同じく赤の弓兵。

 

「……別に。あなたのしたことは間違いじゃないと思う。あいつには最低限の実力はつけてもらわないと、こっちまで累が及びかねない」

 

 肯定の言葉。

 しかし、彼女の表情はその言葉に反していた。

 

「ただ、ちょっと意外だったわ。あなた、士郎を嫌ってると思ってたから」

 

 主の言葉に、従者は憮然とした表情を浮かべる。

 

「ふん、どうせ君も似たようなことを考えていたのだろう?こんな瑣末ごとにマスターの手を煩わせることも無い、そう思っただけだ。

 それに、あの小僧がどれほどの力を身につけようと、君にとって物の数ではあるまい。

 その気になればいつでも殺せる」

 

 その言葉に、彼女は苦笑で返した。

 

「ええ、その通り。確かに手間は省けたし、余分な宝石も使わずに済んだわ。でも、これからは事前にひとこと相談しなさい」

 

 そう言って、彼女は割り当てられた自分の寝室に向かった。

 一人残された弓兵は、表情を消して、月のない夜空を見上げた。

 

「そう、いつでも殺せる。さっきも殺せた。……殺せたのだ」

 

 その時、少しだけ風が吹いた。

 雲が千切れとび、一瞬だけ月が顔を出す。

 弓兵は、射抜くようにそれを見つめ、やがてその姿を虚空に消した。

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