FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode97 聖女蹂躙

 ぎちりぎちりと、骨を軋ませる音。

 それが、体内から私の鼓膜を犯し続ける。

 

 ぎちりぎちり。

 ぎちりぎちり。

 

 締め付けられる力は、どんどん強くなって。

 いずれ、この両腕は、捻じ切られて落ちるのだろうか。

 それもいいかも知れない。

 もう、腕なんて必要ないのだから。

 私は、聖杯だ。

 私に、人としての機能は必要在るまい。

 このまま、この世で最も濃厚な魔を身に宿したまま。

 子宮で育て、そして産み落とす。

 果たして、腹を食い破って出てくるか、それとも産道を割り裂いて産声を上げるか。

 どちらでもいいと思う。

 どちらでも、この意識は胡乱だ。

 汚された。

 私は、汚された。

 英雄王に、汚されたと思う。

 今まで、蟲に凌辱され続けたのとは意味合いが異なる。

 今まで、見知らぬ下衆な男共に輪姦され続けたのとは、意味合いが異なる。

 今まで、狂ったような瞳で嗤う兄の精液を飲み下し続けたのとは、意味合いが異なる。

 

 私には、愛する人がいた。

 確かに、愛する人がいた。

 その人は、人ではなかったけれども。

 人であることを、とうに止めてしまった人だったけれども。

 それでも、私は愛した。

 確かに、彼を愛していた。

 自惚れでなければ、きっと彼も私を愛してくれた。

 それは、分かる。

 だって、彼は私の中にいる。

 今も、私の中で、私を想い続けてくれている。

 その、暖かさ。

 私の冷え切った体温を、心地よく溶かすような、その甘い暖かさ。

 

 それを抱きながら、私は英雄王に犯された。

 

 そして、狂った。

 

 彼が私に与える、想像を絶する快楽の檻に。

 

『はあ、はあ、はあ―――』

 

 頑なだった女の蕾は、いつしか、腐った果実のように愛液が溢れ。

 

『はあ、はあ、はあ―――』

 

 太い指をねじ込まれた尻の穴は、ぱくぱくと男を求めるように窄まり緩み。

 

『はあ、はあ、はあ―――』

 

 硬く閉じられた唇は、いつしか、彼の唾液を求めてだらしなく花開き。

 

『はあ、はあ、はあ―――』

 

 無理矢理だった口腔奉仕は、恍惚とした快楽を伴い。

 

『はあ、はあ、はあ―――』

 

 喉の奥に叩きつけられた生臭い液体の咽喉越しは、天上の美酒にも勝り。

 

『はあ、はあ、はあ―――』

 

 嫌悪しか覚えなかった愛撫は、幾度となく快楽で脳を焼き。

 

『ごめん、ごめん、さい、ごめんなさい―――』

 

 不浄の窄まりへの奉仕は、倒錯した悦楽で女の芯を痺れさせ。

 

『ゆるして、ゆるして、ゆるして―――』

 

 恐怖しか覚えなかった巨大な肉棒は、悦楽をもって私をひれ伏させ。

 

『アサ、シン―――』

 

 膣を、肛門を、何度となく貫かれ。

 

『わた、しは―――』

 

 女性器の最奥にて痙攣し、目一杯の欲望を吐き出した陰茎を想うと、女としての喜びが胸を満たし。

 

『はあ、はあ、はあ―――』

 

 それをしゃぶり清め、再び屹立させたときに、牝としての誇りを満たされ。

 

『もっと、もっと、もっと―――』

 

 正常位にて悶え狂う私の足は、彼の腰に巻きつき、その亀頭をより深く迎えようとする。

 

『頂戴、頂戴、頂戴―――』

 

 後背位にて悶え狂う私の舌は、肩越しに彼の舌と絡み合う。

 

『いかせて、いかせて、いかせてください―――』

 

 騎乗位にて悶え狂う私の腰は、快楽を求めて前後左右に蠢く。

 

『出して、出して、出して―――』

 

 己の意思を持って、蠢く。

 

『そのまま、そのまま、そのまま―――』

 

 誰に強制される事もなく、ただ、己の意思のみをもって。

 

『いく、いく、いく―――!』

 

 私の愛する人を、この胸に抱いたまま。

 

 愛する人に、見つめられたまま。

 

 

 ――愛する人を、愛したまま。

 

 

 私は、快楽に溺れた。

 

 何度も、何度も、達した。

 

 今までの生は、この瞬間のためにあったのだと、そう確信するほどに。

 

 幾度となく愛され、そして愛した。

 

『中々の伽であった。精々これからも励めよ、代羽』

 

 ことが終って、荒々しい吐息も収まらない、私に。

 

 恍惚として、未だ焦点も定まらない、私に。

 

 金色の男はそう言って、優しく口付けをしてくれた。

 

 それは、あの人が私を抱いてくれたときより、遥かに洗練されていて、遥かに甘美で。

 

 私は、確かに満たされてしまったのだ。

 

 ならば。

 

 私は、裏切った。

 

 私は、この人を、悲しませた。

 

 分かる。

 

 分かるのだ。

 

 この人の魂が、泣いている。

 

 滂沱の涙を流し、悲嘆にしゃくりあげながら。

 

 すまぬ、すまぬと、詫びている。

 

 私を守れなかったこと、それを悔やんで泣いている。

 

 すまない、許してくれ、と。

 

 ああ、なんで、貴方は。

 

 せめて、怒ってくれれば。

 

 その魂を紅く燃やして、残酷な罵声を叩きつけてくれれば。

 

 尻軽女と、売女と、家畜にも劣る娼婦と。

 

 そう、罵ってくれれば。

 

 私は、耐えられたかもしれないのに。

 

 彼の愛妾として、生きることも出来たかもしれないのに。

 

 なのに、謝るから。

 

 貴方が、その魂を悲しみに染めて、謝るから。

 

 あまりにも、やさし過ぎるから。

 

 もう、私は生きていてはいけない。

 

 生きていてはいけない。

 

 人は、愛する人が死んだら、自殺しなければならない。

 

 人は、愛する人が死んだら、自殺しなければならない。

 

 人は、愛に殉じなければならない。

 

 だから、私は死にましょう。

 

 この子とともに、死にましょう。

 

 果たして、卵が先か、鶏が先か。

 

 忌み子がこの身を焼き尽くすか。

 

 それとも、抑止が母子共々に塵と還すか。

 

 より皮肉なのは、後者だろうか。

 

 もし、あの赤い騎士が、私を滅ぼすこととなれば。

 

 私が殺した私自身が、私を滅ぼすこととなれば。

 

 それは、どれほど諧謔に満ちた―――。

 

 まあ、いい。

 

 どうでも、いい。

 

 どちらでも、いいのだ。

 

 どちらでも、私は死ぬことが叶うだろう。

 

 もう、疲れた。

 

 もう、死にたい。

 

 もう、死にたい。

 

 もう、死にたい。

 

 もう、死にたいのに。

 

 何で。

 

 何で、貴方達は。

 

 こんな私を、助けるために。

 

 どうして。

 

 もう、いいのに。

 

 英雄王も、狂った神父も。

 

 全て、私が連れて行きますから。

 

 私が、この世界ではないどこかへ、連れて行きますから。

 

 なのに、貴方達は、何故。

 

 知っている。

 

 私は、その理由を知っている。

 

 この身に宿らせた、赤い騎士の記憶が、私に教えてくれる。

 

 それが、衛宮士郎が与える、優しさだと。

 

 それが、衛宮士郎の受け取る、優しさだと。

 

 何て、残酷。

 

 これじゃあ、おちおち眠ってもいられない。

 

 一緒だ。

 

 私の一番愛する、愛しの暗殺者と、一緒だ。

 

 なら、私は眠ってはいけない。

 

 彼らを見捨てては、いけない。

 

 彼のときは、見捨ててしまったから。

 

 今度は、絶対に見捨ててはいけない。

 

 だから、私は起きましょう。

 

 起きて、義務を果たしましょう。

 

 でも。

 

 何か、おかしい。

 

 じくじくと、体が痛む。

 

 この、感覚。

 

 不可思議な、感覚。

 

 身体の中で、何かが燃えているような。

 

 熱い。

 

 なんだろう。

 

 体が、燃えている。

 

 精神的な昂揚による錯誤ではない。

 

 事実、体の中で、何かが燃え上がっている。

 

 私を縛り付けた、冷たい鎖。

 

 それよりも冷たくて重たい、何か。

 

 それが、ぶすぶすと焦げながら、燃えていく。

 

 なんだろう。

 

 一体、なんだろう。

 

 分からない。

 

 分からないが、私が為すべきことは、一つだろう。

 

 だから、私は、喰らいついた。

 

 己の一番傍にあった肉に、ぞぶりと。

 

 犬歯が、その皮膚を、易々と食い破る。

 

 迸る鮮血が、英雄王の唾液と精液に塗れた咽喉を、清めていく。

 

 苦痛。

 

 もう、この苦痛を引き受けてくれる騎士は、いない。

 

 それでも、これが私の義務であるならば。

 

 受け入れよう。

 

 そう、誓った。

 

 視界の端を、赤い赤い糸が、ふわりと揺らいだ。

 

 そんな気が、した。

 

 

 果てしない剣戟音が響く。

 必殺の意志を込めた、剣舞。

 人智を超越した力と技の応酬。

 踊り手は、二人。

 身体中を朱に染め、それでもかつての主を守ろうと奮戦する、騎士王たる少女。

 その有様を、まるで初夜に震える花嫁の姿が如く愛で眺める、金色の英雄王。

 二人は、拮抗した戦士でありながら、その在りようは天と地と程に乖離している。

 騎士王、セイバーは、その端麗な顔を、正に必死の形相に歪めながら切りかかり。

 英雄王、ギルガメッシュは、その流麗な顔を、正に天上の芸術を眺めるように歪ませながら嘲笑い―――。

 それでも、二人の剣舞は尽きることは無い。

 理由は、単純だ。

 圧倒的な優位を誇る片方が、その敵を滅ぼす意志を持っていなかったから。

 鼠を甚振る猫のように、弱りゆく獲物の剣線を愉しんでいたのだ

 戦局は、常に一定。

 攻めるセイバーと、防ぐギルガメッシュ。

 その表情さえ見なければ、優位にあるのはセイバーと勘違いしてしまう、そんなふうであった。

 

「おう、騎士王よ、まさかこの程度ではないわなぁ!?」

「せいやああぁぁぁ!」

 

 嘲る調子の声に応えたのは、鉄を裂くような裂帛の気合。

 正しく鉄を断つ大上段からの一撃は、英雄王の片腕によって容易くいなされる。

 圧倒的なまでに体制を崩した彼女。

 それに報いる逆撃の刃は、少女の頬を軽く掠めるに終る。

 それは、受け手の技術によってではなく、攻め手の嗜虐によって。

 然り、ギルガメッシュの口端が、在り得ないほどの急角度で吊り上がる。

 セイバーの、騎士としての誇りは、最早その形状を残さぬほどにずたずたであった。

 

「…おのれ、英雄王、誇り高き騎士を、どこまで弄れば気が済むかっ…!」

 

 しかし、彼女が本当に罵っているのは、目の前に立ちはだかる英雄王ではない。

 自分自身。

 剣を握り、剣の勝負を挑まれ、満足な五体にて敵を仕留める事を為し得ない、己の無様こそが他の何者よりも許し難かった。

 賢明なる英雄王は、そのことを知っている。

 何故なら、彼こそは原初の王。

 己を至高とし、他の何者をも蹂躙し辱め貶めた彼である。

 目の前の少女が流す無色の嗚咽を、それ自体が名画であるように鑑賞する。

 支配されるものが流す無念の涙など、それこそ飽きるほどには賞味しつくしてはいる。

 それでも、少女の涙は美しかった。

 その無念が深ければ深いほど、その美を増していくかのようであった。

 

 ―――これで、その純潔を散らせば、如何程美しく泣き喚くのだろうか。

 

 その様を想像して、彼の男性は屹立していた。

 

「騎士の誇りは、下種な騎士のみが帯びればよい。我が妻には不要である。故に、雪いでいる。何か不可解な点があるのか?」

「おのれ、おのれおのれおのれぇ…!」

 

 セイバーは、痛恨の思いで叫ぶ。

 それと共に、この上ない殺意を込めた突きを繰り出す。

 目の前で嘲り微笑う、男の咽喉元目掛けて。

 しかし、そのいずれもが、ギルガメッシュに対して如何なる痛みを与えることは無かった。

 彼は、前に泳いだ少女の足を蹴り払う。

 当然、前のめりに倒れる少女。

 その無垢なる頬を、聖緑の瞳を、金砂の髪を。

 血と砂煙によって形作られた汚泥が、汚していく。

 しかし、それすら美しかった。

 その穢れすらが、彼女を飾り立てる極上の華化粧のようであった。

 

「―――ああ、やはり貴様は美しいな、騎士王。その顔が苦痛に歪めば歪むほど、その美は昇華されていく」

 

 倒れ伏したセイバーは、そのままの姿勢で振り返る。

 絶望と怒りに染まった彼女の視界、その中で、黄金の英雄王は、高らかに嗤っていた。

 絶対の隙を見せた敵を、仕留めることもなく。

 理由は、単純である。

 仕留める必要すらない、この獲物には、そんな資格すらない。

 それは、獅子に対する狩人ではなく、小鳥を愛でる少女の感情。

 その優しさが、あるいは残酷さが、本物の獅子の誇りを如何に傷付けるか、ギルガメシュは理解していた。

 

「己を誇れ、貴様の美は、確かに我を虜にしている。しかし、己を呪うならばそれも吝かではない。そうすれば、その美はより熟成されるだろうから」

「―――っ!」

 

 最早、声は無かった。

 セイバーは、名高き聖剣を杖代わりに、歯を食い縛って立ち上がる。

 苦痛に耐えるが故ではない。

 油断すれば漏れ出そうとする、その嗚咽を噛み殺すために。

 そして、再び構える。

 そして、切りかかる。

 まるで、永久機関。

 それも、お情けによって活動することを許された、永久機関。

 一体幾人の観客が、その様を見て笑い転げているのか。

 戦い続ける少女には、そのことすら分からなかった。

 

 本来は技術、体術、経験、そのいずれにもおいて騎士王に劣るギルガメッシュが、彼女を圧倒できる理由。

 それは、一つではない。

 鞘の奇跡をもってしても即座に癒すことが叶わない、乖離剣の傷。

 己の主の瀕死を前に、浮き足立つ少女の焦り。

 しかし、何よりセイバーにとって致命的だったのは、ギルガメッシュが手にしている両手剣の性質である。

 魔剣グラム。

 北欧神話の大英雄、シグルドの所有したといわれるその魔剣は、悪竜ファフニールを討ち滅ぼしたと伝えられ、バルムンクと名を変えて他の英雄譚にも登場するほどの名剣である。

 しかし、それと並び立つほどの名剣宝刀の類ならば、英雄王にとって珍しいものではない。

 今この場において重要なのは、その切れ味ではなくその性質。

 竜を、滅ぼす。

 ドラゴンスレイヤーとしての機能は、幻想種の頂点たる竜をして唯一の弱点であり、それを相手取る脆弱な人にとって、唯一の希望。

 当然、竜の因子を色濃く受け継ぐセイバーにとって、天敵ともいえる武器である。

 ならば、その原典たるメロダックにも、相応以上に竜殺しの性質は存在する。むしろ、神秘の深い古代に錬剣された分、その性質は顕著であるといえよう。

 その伝説が、少女の身体を縛り付ける。

 彼女自身理解し得ない重圧の正体は、それであった。

 そして、英雄王の背後に浮かぶ、無数の切っ先。

 それらは、全て竜殺しの逸話を持つ神器の原典。

 そのいずれもからグラムに勝るとも劣らない重圧感が放たれ、そのいずれもが少女の肢体を縛り付ける。

 普段の彼女であればその正体をいち早く見抜き、相応の手立てを講ずることも出来ただろう。

 しかし、ギルガメッシュの暴虐によって心身ともに限界を超えている彼女にとって、その明快な解答を導き出すことすらが困難を越えた絶事。

 故に、唯闇雲に、切りかかる。

 希代の英雄王は、当然、そのような無策が通じる二流三流ではない。

 故に、彼女は勝てない。

 簡単な理屈であった。

 大河は、まるで止まったように見えて膨大な水を流し続ける。

 変化が無いように見えるこの戦いも、いつしかその様相を変えた。

 無限に続くかと思われた剣舞は、意外なほどあっさりとその舞台の緞帳を下ろすこととなる。

 単純な話である。

 舞手が、飽いたのだ。

 

「ふむ、貴様と戯れるのも中々に愉しかったが…。宴は、酣をもってしめるものであるな」

 

 相変わらず出鱈目に切りかかるセイバー、英雄王は幾度もしたように、その足を払ってのける。

 一体幾度目か、数えるのも億劫なほどに繰り返された、地面との接吻。

 しかし、此度だけは違った。

 

「げふっ!」

 

 起き上がろうとする少女の脇腹を、男の固い爪先が、思い切り蹴飛ばす。

 セイバーは、めきりと、肋骨の拉げる音を、確かに聞いた。

 

「ぐええっ!?」

 

 ごろごろと、苦痛を撒き散らすかのように転がった彼女は、いずれその動きを止める。

 まるで団子虫のように丸まったまま寝転がる彼女の右腕を、英雄王は押えつけ。

 その、手にした長剣で。

 昆虫採集の虫を、ピンで縫い止めるが如く。

 

「う―――ぎああああああああ!」

「ああ、その悲鳴、十年間待ち侘びたぞ!」

 

 細い手首、その中央を深々と抉った魔剣の刃は、ほとんど柄に近い場所まで地面に埋まり、彼女を標本の蝶とした。

 それだけでは終らない。

 今度は、左手を。

 少女は、必死の思いで抵抗を試みる。

 それは、意地とか誇りとか、そういう人間的な感情の発露ではなく。

 ただ、生物全般が持つ、生存本能としての抵抗であった。

 

「見苦しいぞ、女!」

 

 英雄王は、目を見開いて己に噛み付こうとする少女の顔を、思い切り蹴飛ばした。

 鈍い音が響き渡り、その後に小石が落ちたように軽い音が響いた。

 少女の歯が、砕けて飛び散った音であった。

 しかし、セイバーは、己が足蹴にされた事実すら認識していない。

 何故なら、その左手を、歪な形をした刀によって貫かれていたから。

 

「いぎいいいいいいい!」

 

 刀の名は、天羽々斬剣。

 此度の聖杯戦争が執り行われるこの地で、暴竜八岐大蛇を屠り去った神刀である。

 その刀身が、右腕と同じように、少女の左手を地面に縫い止める。

 少女は、正に標本に貼り付けられた、虫と同じであった。

 

「う…あ…あ…あ…あ………」

 

 最早泣き叫ぶ力すら残っていないのか、セイバーは虚ろな視線で中空を見上げる。

 口の端からは血が溢れ、その前歯の幾本かは姿を消している。

 無惨。

 万人がそう評して、否定すること無いであろう、姿であった。

 

「さて、次は足か…」

 

 ぴくりと。

 意識を失いつつあった少女の瞳に、色が燈る。

 それは、敵愾心とは遥かに無縁の。

 恐怖と。

 そう呼んで差し支えない感情の為す表情であった。

 

「…殺せ、いっそ、殺せえええええ!」

「おう、忘れるところであったわ」

 

 少女の絶叫を聞きながら、ギルガメッシュは懐から一冊の本を取り出す。

 無銘の著。

 しかし、その本にはこのような名がある。

 偽臣の書、と。

 

「マスターたる我が命ずる。セイバー、自害を禁ずる」

 

 瞬間、圧倒的な魔力がセイバーの身体を包み込む。

 そして、その声を聞いた少女の瞳に、涙が浮かんだ。

 察したからだ。

 理解したからだ。

 己の命、その生殺与奪の権利を、目の前の唾棄すべき男に奪われたことを。

 騎士の誇りとしての自刃。

 その権利すら、奪われたのだと。

 セイバーは、己をかかる破目に陥れた、代羽という少女を心底恨んだ。

 

「次は、足であったな」

 

 男は、少女の右足を掴んだ。

 そして、剣を突き立てる。

 剣の名は、ネイリング。

 ベオウルフの、竜殺しの魔剣。

 

「ぐぎゃあああああ!」

 

 男は、少女の左足を掴んだ。

 そして、剣を突き立てる。

 剣の名は、アスカロン。

 聖ジョージの、竜殺しの聖剣。

 

「いぎいいいいいい!」

 

 そこには、蝶がいた。

 美しい、蝶であった。

 美しい。

 その羽の優美な模様は、見るもの全ての視線を奪って、決して離すことは無いだろう。

 そして、老いない。

 朽ちない。

 しかし、飛ぶこともなく、子を為すことも無い。

 額縁の中の、蝶。

 磔にされた、蝶。

 彼女は、正にそれであった。

 深々と地面に埋まった四本の剣は、そのいずれもが竜殺しの伝説を持つ聖剣魔剣神剣宝刀。

 竜の体に食い込めば、その命を切り裂くまでは、決して抜け去ることは無い。

 それが、四本。

 少女の四肢を、大の字に縫い止める。

 

「ぜひっ、ぜひっ、ぜひっ、ぜひっ、ぜひっ、」

 

 喘ぐような呼吸。

 焦点を失った聖緑の瞳は、今にも零れ出さんばかりに見開かれ。

 顔は蒼白、それを、絶え間なく溢れる涙と脂汗と涎が覆い尽くし。

 だらしなく開かれた唇からは、巨大な蛭の様に、舌が垂れ下がる。

 胸は、そこにピストンを仕込まれたエンジンのように、激しく上下し、酸素を貪る。

 しかし、彼女の苦痛に終わりは無い。

 当然だ。

 少女の体を責め苛むのは、二律背反する二つの要素。

 彼女の身体を癒そうとする、聖剣の鞘の加護と。

 彼女の身体を蝕もうとする、竜殺しの呪い。

 その二つが相克し合い、その激しい衝突が、そのまま苦痛となって少女を更に苦しめるのだ。

 身体中の血管に王水と剃刀を同時に流し込まれたが如き苦痛は、常人を越えた彼女の神経ですら致死量を越えている。

 それでも、彼女は死ぬことが許されない。

 何故なら、令呪をもって命じられたから。

 

 自害を禁ずる、と。

 

 単純な方向性をもって命じられた令呪の効力は、魔法に届くような強制力を働かせる。

 その絶対性は、精神の防御作用としての自死をすら、許すものではなかった。

 故に、彼女は壊れることすら叶わず。

 痛みによって、自我を失うことすら叶わず。

 ただ、断続的に点滅を繰り返す意識の中で、この世に生まれたことを後悔するような苦痛を味わい続けなければならない。

 それは、許されざる罪に鞭打たれ続ける、地獄の亡者が受けるべき拷問にも似た責め苦であった。

 びくびくと小刻みに跳ね上がりながら痙攣する小さな体と、苦悶と恍惚の入り混じった忘我の表情は、無上の快楽に絶頂を繰り返しているようですらあった。

 それは、騎士王と呼ばれた少女の表情ではない。

 アルトリアと。

 かつてそう呼ばれた少女の、限りない無慚であった。

 ギルガメッシュは、その様を満足気に見遣る。

 しかし、一瞬遅れて困惑の表情を浮かべた。

 それは、如何にもこの男には似つかわしくない、表情であった。

 

「…このまま婚儀を進めてもよいが…。それは寸毫、雅やかさに欠けるか…」

 

 男は呟き、虚空から器と酒瓶を取り出す。

 豪奢な装飾の施されたそれらは、かつての聖杯戦争において、『聖杯問答』と余人が呼んだ戯れに持ち出したものと同じである。

 彼はその器に神酒を満たし、その口に含む。

 そして、苦痛で喘ぐ騎士王の身体の上に、圧し掛かり。

 その唇を、彼女の唇に重ねた。

 

「んんん!」

 

 少女の身体が、大きく跳ね上がる。

 縫い止められた四肢から、血が噴出す。

 それは、今までの、痛覚が齎す苦しみを、幻と見紛わんばかりの苦しみ。

 体ではなく精神を犯された苦しみ。

 騎士王の頬を、少女の涙が濡らした。

 そして、彼女の口中に注ぎ込まれる、神酒。

 英雄王の唾液の混ざったそれを、セイバーは吐き出そうとする。 

 しかし、鼻を摘まれ、口を硬く塞がれた状態で、それは不可能だった。

 

「飲み込め」

 

 仮初とはいえ、マスターの言葉は、弱りきった彼女の体を、抗い難い強制力で満たし。

 少女の咽喉が、ぐびりと動いた。

 ギルガメッシュは、その様を満足気に見守る。

 やがて、少女の視線は、はっきりとした焦点を形作った。

 少女の胃の腑に納められた神酒の麻薬性が、彼女の苦痛を溶かしたのだ。

 

「…満足か、ギルガメッシュ」

「ふん?」

 

 宛ら生贄に捧げられた乙女のようなセイバー、それを見下すギルガメッシュの紅い瞳。

 セイバーは、思い出した。

 かつて、目の前の男が、己の肢体を舐めるように見回したことを。

 その、背筋の毛が総毛立つような、怖気。

 そして、理解した。

 磔刑に処された四肢、失われた聖剣。竜殺しの呪いに冒された体では、聖杯の鞘を展開させることも叶わないだろう。

 ならば、己に抗う術など、一つ足りとも残されていないことを。

 

「…我が身を、辱めたければ思うがままにするがいい。しかし、この心まで辱めることが出来るなど、ゆめ思うな!」

「…く、ふふ、ふははははははっ!」

 

 男は、嗤った。

 正しく、狂笑であった。

 セイバーは、不可思議に思った。

 その笑いが、異質だったからである。

 最初は彼女の無様を嗤っているのかと思ったが、どうも違う。

 何かが、微妙にずれている。

 

「何が、おかしい」

「いやいや、貴様が悪いわけではないぞ、騎士王。…いや、半分は貴様の責なのだが…」

 

 にこやかに歪められた紅い瞳が、再び少女の肢体を犯す。

 その乳房を、臍のくぼみを、陰核を、子宮を。

 それは、おぞましい蟲が這い回るような、先程の苦痛に勝る程の耐え難い苦痛であった。

 

「先程、今の貴様と同じ啖呵を吐いた女を喰らってな。その女、最後はどうなったと思う?」

「貴様…!」

 

 英雄王は、虚空から一振りの長槍を取り出した。

 紅く、紅い、槍。

 呪いの魔槍。

 破魔の紅薔薇、その原典。

 それを、少女の咽喉元に突きつけ。

 そのまま、少女の体をなぞるように。

 首から、胸の中央に。

 そのまま臍をなぞり、最後に股の裂け目まで。

 一切の手応えも破砕音も衣の悲鳴もなく、少女の着衣は切り裂かれた。

 少女自身の魔力で編まれた武装と衣服は、破魔の魔槍を前に、あまりにも無力であった。

 光となって霧散する、女の防壁は。

 その下に、瑞々しい、この上なく美しい、女神の裸体を隠していたのだ。

 

「最後はな、己の愛する者の名を泣き叫びながら、我の上で腰を振っていたぞ。その滑稽な様、貴様にも見せたかったわ!」

「この、下衆が…!」

 

 セイバーは、男の顔を目掛けて唾を吐きかけた。

 しかし、少女を真上から見下していた男の顔は、あまりに遠く。

 頂点を極めた液体は、重力に従って落下し。

 生みの親の顔を、汚したに過ぎなかった。

 男の哄笑が、再び地の底を満たす。

 少女は、女に生まれた身を、初めて呪った。

 

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