FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

125 / 133
episode100 夢、もしくは後悔

「―――ン!」

 

 声がした。

 

 奈落の底から、天上の雲間から。

 

 声。

 

 五月蝿いと思う。

 

 私は、こんなに気持ちいいのに。

 

「―――い!―――ン!」

 

 呼ばれる。

 

 私の名前?それとも、私以外の名前?

 

 懐かしい、それともどうでもいい。

 

 もう、眠っていたいんだ。

 

 起こさないで欲しいな。

 

「―――きなさい、リ―――!」

 

 知っている。

 

 誰かが、今、ここにいないこと。

 

 私がここにいては、いけないこと。

 

 でも、でも、でも―――!

 

「起きなさいって言ってるでしょ、リン!」

 

 目が、覚めて。

 

 そこには。

 

 蛍光灯に光に照らされる、雪の少女と。

 

 掛けられた、暖かい布団。

 

 ああ、置いていかれたのだと。

 

 守られたのだと、自覚する。

 

 それは、優しくて、残酷で、情けなくて。

 

 私は、お腹を摩りながら。

 

 自分が泣いていることに、しばらく気付かなかった。

 

◇ 

 

 夢を見ている。

 これは夢だ。それ以外では在り得ない。

 だって、何も聞こえない。

 建物が崩れていく音も、燃え盛る炎の音も、断末魔の悲鳴も。

 きっと、あの時の夢。

 死んでゆく街を、あても無く歩いて、やがて彼と出会う。

 彼の人生が彼と出会ったことで始まったとするならば、これは多分前世の記憶。

 空気は肺を焼き、光は目を焼いた。

 動かない体。主人を失った四肢。

 ぼんやりと見上げる空、冷たい雨。

 ただ、息苦しくて。

 見上げた空に、懐かしい顔が。

 ああ。

 

 夢を見ている。

 これは夢だ。それ以外では在り得ない。

 だって、世界が漂白されている。

 白いシーツ、白い壁紙。窓の外は白い青空、話しかけてくる白い看護婦。

 無彩色の世界の中、ただ一つ色を持った存在が語りかけてくる。

 よれよれのダークグリーンのコート。

 しわくちゃのスーツ。

 ぼさぼさの黒髪。

 ところどころ剃り残しのある無精髭面。

 誰よりも知っている、見知らぬ男が問いかける。

 

「こんにちは。君が士郎くんだね」

 

 知っている。

 俺は、知っている。

 その、ぶっきらぼうで、不器用で、でも、どこまでも温かいその声が。

 どれほど、その子に安心を与えてくれるのか。

 

「率直に訊くけど。孤児院に預けられるのと、初めて会ったおじさんに引き取られるの、君はどっちがいいかな」

 

 彼は、選び取るだろう。

 必然の、選択肢を。

 

「―――そうか、良かった。なら早く身支度をすませよう。新しい家に、一日でも早く馴れなくっちゃいけないからね」

 

 たどたどしい手つきの、旅支度は。

 それでも、震える手で、一生懸命に。

 そうだ。

 今なら分かる。

 この頃から、彼は、もう―――。

 

「おっと、大切なコトを言い忘れた。うちに来る前に、一つだけ教えなくちゃいけないコトがある」

 

 いいかな、と。

 何気ない、必死さで。

 

「――――うん。初めに言っておくとね、僕は魔法使いなのだ」

 

 夢を見ている。

 これは夢だ。それ以外では在り得ない。

 だって、縁側に、男の子と、切嗣がいる。

 切嗣は、なんだか疲れたような顔で、月を見上げている。

 彼の視線の先には満月。

 やっぱり、疲れたような顔で。

 

「僕は正義の味方になりたかったんだ」

 

 知ってるよ、爺さん。

 

「でも、だめだった。正義の味方は期間限定で、大人になると、名乗るのが難しい」 

 

 そんなことはない。

 あなたは、いつだって、俺の理想だった。

 今だって、俺の理想だから。

 だから。

 あなたの理想は、俺が。

 

「ああ、安心した」

 

 彼は、静かに、眠るように息をひきとった。

 月は、まるで今夜みたいに真ん丸で。

 そのぼやけた輪郭が、本当に綺麗だったから。

 その子が泣いているのか、分からなかった。

 

 夢を見た。

 嵐の、夢だった。

 嵐のような、夢だった。

 嵐のように激しく、嵐のように儚く、嵐のように穏やかな夢だった。

 

『―――問おう。貴方が、私のマスターか』

 

 少女は、まるで俺の知っている少女で。

 

『関係あるわよ! 魔術ってのは金食い虫なんだから、使ってればどんどんどんどんお金は減っていくものなの!そうでなければ許さないんだから、とくにわたしが!』

 

 少女は、まるで俺の知っている少女で。

 

『はい。おはようございます、先輩』

 

 少女は、まるで俺の知っている少女で。

 

『ああ、時間を稼ぐのはいいが―――別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?』

 

『―――聖杯は欲しい。けれど、シロウは殺せない』

 

『判らぬか、下郎。そのような物より、私はシロウが欲しいと言ったのだ』

 

『―――やっと気づいた。シロウは、私の鞘だったのですね』

 

『最後に、一つだけ伝えないと』

 

『シロウ―――貴方を、愛している』

 

『お喋りはそれぐらいにして、お昼ご飯の準備をしてくれない? 道具一式、トートバッグの中に全部入ってるから。それと、あんまりモタモタしてると殺すわよ?』

 

『理想を抱いて溺死しろ』

 

『……信じられない。男の子に、泣かされた』

 

『そうだ、誰かを助けたいという願いが綺麗だったから憧れた! 』

 

『えへへ。キス、しちゃった』

 

『だ、だから色々は色々なのっ! もう、それぐらい察しろ馬鹿っっっっ!!!!』

 

『ええっと、し、しろう。士ろう。しろウ。しロう。し郎、城う、ではなく、士郎、士郎』

 

『ついて来れるか』

 

『……わたし、馬鹿、でした。ごめんなさい。ごめんなさい。こんなのつらいだけだった。ダメだって、負けるなって姉さんはずっと言ってくれてたのに、わたし、バカだから分からなくて、先輩が信じてくれたのに、裏切って、ばっかりで―――』

 

『おまえが最後のマスターだ。聖杯を前にし、その責務を果たすがいい』

 

『―――ううん。言ったよね、兄貴は妹を守るもんなんだって。……ええ。わたしはお姉ちゃんだもん。なら、弟を守らなくっちゃ』

 

『ええ、ただいま衛宮くん。そっちもいつも通りで嬉しいわ』

 

 夢を見た。

 

 騎士王の誇りを受け継いだ少年は、毅然と前を向いて明日を歩いた。

 

 赤い騎士の背中を見た少年は、己に対する覚悟を抱いて明日を歩いた。

 

 守るべき最愛の人を守りきった少年は、その温もりを抱き締めながら明日を歩いた。

 

 その顔のどれもが、輝かしくて、眩しくて。

 

 だからこそ、正視に堪えないほど、悲しくて。

 

 それらは、選ばれなかった可能性の残骸で。

 

 だからこそ、尊くて、冒し難くて。

 

 そんな、夢を、見た。

 

 きっと、幸せな、夢。

 

 嘘みたいに、奇跡みたいに、きらきらした、夢、

 

 俺以外の、誰かの、夢―――。

 

 

 様子見は無かった。 

 余裕など無かった。

 出し惜しみなど、ある筈が、無かった。

 必死である。

 正しく必死である。

 血が玉となり、そして雫となって滴る、逆立った髪。

 赤く染まった眼球は、見開かれた瞼から、今にも零れ落ちんばかりであり。

 いっそ裂けよと開かれた唇、そこから放たれる咆哮は、怒り狂った獅子をも追い払うであろう。

 片腕を失い、血に塗れた身体。

 身体中が傷だらけなのか、傷をもってその男の体が構成されているのかすら分からない。

 しかし、それを見た英雄王は確信した。

 目の前の男は、今が、一番危険である、と。

 この場所に姿を見せたとき、その万全であったはずの彼よりも。

 その手に赤い魔槍を握り、宝具の真名を解放したときの彼よりも。

 今の、満身創痍で、そのまま棺おけに収まりそうなこの男が、今までで一番危険な状態であることを、英雄王の嗅覚は嗅ぎ取っていた。

 先程まで、いくら精強とはいえ、只の人間を前に手も足も出なかった半死人である。

 それでも、やはり、今の彼は危険であった。

 例えば、古来の侍が、刀を手にすることによって自らを別の存在に作り変えたように。

 彼が槍を手にするということは、彼が別の存在に作り変えられるということ。

 人ではない、何か。

 英雄ではない、何か。

 もっと、おぞましい何か。

 獣。

 いや、鬼。

 戦鬼、であった。

 

「おきゃあああああ!」

 

 人の声ではない、声。

 人の顔ではない、顔。

 

 それは、鬼の声だ。

 それは、鬼の顔だ。

 

 血を滴らせる、鬼。

 血を貪り喰らう、鬼。

 

 狂ったような笑みは、狂気を飲み込んだ狂喜の笑みで。

 驚喜に爆ぜ踊る彼の四肢は、凶器以外の何物でもなく。

 狂戦士、クー・フーリン。

 心弱いものであれば、そのまま失禁しかねないような、狂相を前にして。

 英雄王は、やはり微笑ったのだ。

 そして、無言。

 無言のまま、手を掲げ。

 そのまま、振り下ろした。

 放たれる宝具の軍勢。

 一切の遠慮なく。

 

「暖かい血を噴出して死ね、犬ころ」

 

 切っ先の槍衾を。

 避けない。

 致命的なものは、叩き落す。

 掠り傷なら、儲けものでしょう。

 突き進む。

 突き進む。

 十戒など求めない。

 海は割り裂けないことを、知っている。

 ただ、海底を走り抜ける、求道者のように。

 一直線に。

 我不知に。

 出鱈目に。

 愚劣に。

 蒙昧に。

 只管に。

 前に。

 前に。

 前に。

 そして。

 宝具の敷いた紡錘陣は、ただ一人、満身創痍の英雄が神速によって、走破された。

 

「―――おのれ、腐っても…!」

 

 英雄王、その手に、乖離剣。

 唸りを上げる。

 その、前に。

 槍の石突を。

 その刀身に、叩きつけ。

 がらん、と。

 音が、響く前に。

 血塗れの男は、呟いた。

 頬を、急角度に吊り上げて。

 

「―――刺し穿つ死棘の槍」

 

 

 赤い闇の中にいた。

 赤い闇の中にいた。

 赤い闇の中にいた。

 私は、浮かんでいた。

 私の中を開きながら、浮かんでいた。

 私の内と外を逆転させながら、浮かんでいた。

 はらわたが、溢れ出す。

 脳みそが、初めての開放感に感涙する。

 骨が、主の意志を無視しながら踊り狂う。

 そして、眼球は。

 内側に裏返った、眼球は。

 只管に、私を。

 私だけを。

 見つめて。

 

『―――王は、人の心が分からない』

『お間違えめさるな。剣は敵を討つ物ですが、鞘は貴方を守る物』

『困った御方だ。この期に及んでなお、そのような理由で剣を執るのですか』

『王よ。貴方は私を愛してくださらなかった。故に、私は貴方を愛さなかったのです。ならば、何故罰をもって私に報いようとするのですか。それが、貴方の愛ですか』

『聖杯を求めると。陛下、貴方は十二人の奇跡を持ち、それでも重ねて奇跡を欲されるか。なるほど、ふん、まっこと、貴方は王に相応しい』

『王位を!私を息子と認めてくださらないのなら、せめて王位を寄越せ!』

 

 私を見つめる二十四の瞳。

 それが、口々に私を罵る。

 

 私のせいで、早過ぎる死を迎えた者。

 私のせいで、その名誉に、拭えざる泥を塗りたくられた者。

 私が、自ら死を与えた者。

 

 瞳が。

 その後ろに、なお、瞳が。

 

 私を愛した妻。

 私が愛せなかった妻。

 私が愛した民。

 私が守れなかった民。

 

 その子供。

 その子供の子供。

 その子供の子供の子供。

 

 餓えて死んだ人。

 戯れに殺された人。 

 奴隷として、鞭打たれて死んだ人。

 愛する人の目の前で犯されて、自ら死を選んだ人。

 

 その死体が。

 その死体が。

 干乾びた死体が。

 蛆の湧いた死体が。

 白い骨となった死体が。

 もう、姿も形も消え失せた、死体が。

 

 夜空の綺羅星が如き、瞳の群れが。

 夜空の漆黒が如き、呪いを。

 

 口々に、口々に。

 

 死ね。

 死ね。

 死ね。

 

 ―――はい、いずれは遠からず。

 

 呪われろ。

 呪われろ。

 呪われろ。

 

 ―――はい、刺青のように、消えてくれない。

 

 貴様のせいで。

 貴様のせいで。

 貴様のせいで。

 

 ―――はい、きっと、理解しています。

 ―――だから、私は、聖杯を。

 ―――相応しい王を。

 ―――そして、貴方達を。

 ―――なのに。

 ―――なんで、私を、そんな目で。

 

 貴様が、身の程知らずにも、剣を抜いたせいで。

 貴様さえ、あの黄金の剣に手をかけることが無ければ。

 

 後ろを見たことがあるか、小娘。

 

 貴様が剣を抜いた、その瞬間の後ろを、だ。

 

 見よ、どれほど雄々しい勇者がそこにいたか。

 見よ、どれほど威厳あふれる覇者がそこにいたか。

 見よ、どれほど深い教養を湛えた賢者がそこにいたか。

 見よ、どれほど寛容と慈愛に満ちた聖者がそこにいたか。

 

 己を省みろ、小娘。

 

 貴様は、その男よりも雄々しいか。

 貴様は、その男よりも威厳を備えていたか。

 貴様は、その男よりも完璧な真理を学んだのか。

 貴様は、その男よりも神に近しい存在だったのか。

 

 己に問い質せ、小娘。

 

 貴様は、何ゆえに、王となったのだ。

 貴様は、何を欲して、王となったのだ。

 貴様は、何を目指すが故に、王となったのだ。

 貴様は、如何にあらんとして、王などというものを志したのだ。

 

 何故、貴様は王であらねばならなかったのだ。

 

 思い出せ、小娘

 思い出せ、小娘。

 思い出せ、小娘。

 

 思い出せぬか。

 ならば、それが、お前の罪で。

 永遠に、苦しめ。

 それが、貴様に課せられた、罰である。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。