FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode103 風、吹き来る。

 少女は、その戦いをぼんやりと見つめた。

 美しい、少女だった。

 しかし、呆けたような顔をした、少女だった。

 裸である。

 一切の衣類を、身に纏ってはいない。

 白皙の肌に、金砂の髪。

 まるで、女神。

 いや、女神とて嫉妬に狂うような、美貌の少女だった。

 目も眩まんばかりに美しい、裸体。

 歳相応、いや、ひょっとしたら同年代の少女よりは貧相な体つき。

 それが、まるで中世絵画に描かれた天使のようで、かえってその美しさを際立たせている。

 それでも、その表情は、呆けたようであった。

 魂が抜けたような、何かを諦めたかのような。

 普段ならば綺麗に結われたその髪は、いつしか解かれ、さらりと流れるように。

 聖緑の瞳は、呪いに侵され、濁った金色に染まる。

 儚い、本当に解けて消え去りそうなほどにか弱い、少女。

 その、無垢な瞳が、その戦いを見つめていた。

 

 どうして。

 どうして、戦うのだろうか。

 どうして、彼らは戦っているのだろうか。

 戦えば、痛いのに。

 痛くて、苦しくて、重たくて、冷たくて。

 いいことなんて、何一つ無いのに。

 どうして、戦うのだろう。

 どうして。

 

「こんばんは」

 

 声が、した。

 振り向く。

 そこには、真っ赤な、真っ直ぐな、髪の毛が。

 そして、錆び色の瞳。

 大きな、お腹。

 その中に、赤ちゃんが。

 こんなに、綺麗な人の、赤ん坊だから。

 きっと、可愛いんだろうなあ。

 

「…謝罪は、しませんよ、騎士王。私は、貴方よりも守りたいものがあった。それだけの話なのですから」

 

 彼女は、私の手を摩りながら、泣いていた。

 私の、大きな穴の開いた手首を摩りながら、泣いていた。

 泣くくらいなら、謝るくらいなら、最初からしなければいいのに。

 私は、少し不機嫌になった。

 

「見てください。彼が、戦っています」

 

 知っている。

 少年が、戦っている。

 私の愛した人と、愛した人が、戦っている。

 剣と剣が、ぶつかり合う。

 剣と剣が、へし折れる。

 剣と剣が、砕け散る。

 同じ、剣。

 同じ、剣。

 それが、砕け散る。

 剣の双子が、砕け散る。

 剣の双子が、死んでいく。

 何故だろう。

 何故だろう。

 それが。

 私には、それが。

 とても、悲しくて。

 

「目を、逸らさないで下さい。自慢の、弟なのですから」

 

 必死の形相。

 必死の形相。

 二人は、遊んでいた。

 二人は、遊んでいた。

 気が合う、友人のように。

 それは、明らかに遊んでいた。

 楽しんでいた。

 如何なる暗さも無く、ただ、単純に。

 戦争ごっこに興じる、少年のように。

 何て、羨ましい。

 私にも、ああいう、未来が。

 あったの、だろうか。

 求めれば。

 掴めた、のだろうか。

 

「何て、羨ましい…」

 

 貴方も、そう思うのですか。

 私も、そう思うのですよ。

 

「この世界の衛宮士郎は、幸福です。きっと、幸福になることが出来る。その資格が、ある」

 

 ふわりと。

 抱き締められた。

 その、長い髪の毛が。

 どこかで嗅いだ、誰かの匂いに、似ていた気がした。

 どこだろう。

 誰だろう。

 

「だからこそ、貴方にも託したい。どうか、どうか彼を幸せにしてあげてください。お願いします。お願いします」

 

 泣きながら。

 謝りながら。

 それでも、彼女は私の瞳を、見つめたまま。

 ああ、この瞳は。

 この瞳は、誰の瞳だろう。

 どこかで、見たような。

 何だろう。

 

「ですから、一言だけ、許して」

 

 少女は、そう言って。

 真っ赤な、瞳で。

 真っ赤な、頬で。

 真っ赤な、髪の毛で。

 一番、真剣な、微笑を浮かべて。

 そして、こう、言ったんだ。

 

「―――セイバー。俺も、お前を、愛している」

 

 その、台詞、は。

 その、台詞、は。

 何故。

 何故、貴方が。

 

 イメージ。

 朝焼け。

 全てが終った、達成感。

 もう、戻れないという、絶望。

 それでも、誓ったのだ。

 もう、交わることの無い、道程だけど。

 それでも、振り返らずに、歩いていくと。

 それは、最後の誓いで。

 でも、きっと、原初の誓いに等しく。

 悲しかったけど。

 でも、誇り高くて。

 彼に愛された自分。

 彼を愛した自分。

 自分の知らない、自分。

 きっと、この世界の自分ではない、自分。

 ああ。

 ならば。

 ならば、だ。

 目の前の、女性は。

 代羽、は。

 どうして、そのことを。

 なんで。

 知って、いる?

 どうして。

 どうして。

 どうして。

 

「貴方と別れた衛宮士郎は、幸せになりましたよ。誰よりも誇り高く、生きて、生きて、生き抜いた」

 

 知っている。

 そうじゃないと、許さない。

 そうじゃないと、許せない。

 あの人が、許せない。

 自分が、許せない。

 私が、許さない。

 でも。

 答えて。

 答えろ。

 答えなさい。

 代羽。

 マキリ代羽。

 どうして、貴方が。

 彼の、未来を。 

 知って、いるのだ?

 

「ええ、ええ、知っています。とてもね、単純なことなのです」

 

 にこりと。

 少年のように、微笑って。

 翳りのない笑みで、微笑って。

 まるで、シロウのように、微笑って。

 

「だって、私の本当の名前は、ね」

 

 こしょこしょ、と。

 耳に、その唇を近づけて。

 囁くように。

 秘密を、打ち明けるように。

 厳かに。

 罪を、明らかにするかのように。

 内緒話をする、乙女のように。

 秘密を共有する、悪童のように。

 彼女は、やはり微笑いながら。

 

「―――と、いうのです」

 

 ―――。

 ああ。

 そんな。

 なん、で。

 どうして。

 貴方は。

 何故。

 そんな。

 非道い。

 酷過ぎる。

 貴方が。

 何故、そのような姿に。

 貴方、こそが。

 こんな、私なんかよりも

 誰よりも、幸せにならないと。

 いけないのに。

 

「だからこそ、貴方にお願いします。セイバー、どうか、この世界の衛宮士郎を、守ってあげてください」

 

 その、瞳が。

 錆び色の、瞳が。

 どんどんと、近付いてきて。

 最後まで。

 微笑いながら。

 ふわりと。

 唇に、暖かい感触。

 触れるだけ。

 お互いの存在を確かめるだけ。

 私が、ここにいる。

 貴方が、そこにいる。

 この上なく、捻じ曲げられて。

 手の施しようのないくらい、穢されて。

 もう、何一つ、貴方ではなくなってしまったけど。

 唇に触れた、この感触は。

 まるで、本当の貴方のようで。

 

「ふふ、今回は、順番どおりですね」

「じゅん、ばん…?」

 

 いぶかしむ私に、彼は笑いかけ。

 ぎゅうと。

 一層強く、抱き締めながら。

 

「以前は、先に凛に唇を奪われ、その後に貴方の唇を奪いました」

「い、ぜん…?」

 

 白みがかった、イメージ。

 ざらざらと、砂嵐の流れる、乱雑な視界。

 それでも。

 絡み合う、三人の男女。

 ボロボロの、廃屋。

 埃の積もったベッドが、どこまでも柔らかくて。

 これ、は―――?

 

「きっと、衛宮士郎から流れ込んだイメージでしょう。混乱しないで。それは、怖いことじゃあなくて、とっても優しいもの。私が、保証します」

 

 知っている。

 知っている。

 貴方に保証なんて、してもらわなくても。

 私には、いや、私なんかにだって、分かる。

 だって、こんなにも、暖かい。

 だって、こんなにも、暖かい。

 

「全く、アイツ、自分の記憶を俺の弟に流し込みやがったんだな。余計なことをしやがって。―――まぁ、そのおかげで彼は生き残ったんでしょうから…あながち、間違えていなかったのかもしれませんが」

 

 彼は、一人納得していた。

 その様子が、憎々しげで、でも、とても楽しそうで。

 まるで、過去の自分の失敗、それを語る、老人の瞳のようで。

 私は、悟ったのだ。

 

 この人は、ここで死ぬつもりなのだ、と。

 もう、あの家に帰るつもりは、無いのだ、と。

 

「でも、俺、相変わらず、弱いからさ。あの時、セイバーに叱られた時のままだからさ。ギルガメッシュには、きっと勝てない。だから、セイバー、お前の力を、借りたい」

 

 何故だ。

 

「きっと、さっきの言葉は、本心なんだろう?お前は、確かにあいつを愛してしまったんだ。それを殺せなんて、言えないけど。でも、このままじゃあ、俺の弟が、殺されちまうから。お願い、できないかなあ?」

 

 何故、燃え上がる。

 

「悪いなあ、セイバー、違う世界なのに、迷惑かけっぱなしで」

 

 私の、一番奥底。

 

「令呪だって、ないのにさ」

 

 呪いにだって、冒すことの出来なかった、一番深いところ。

 

「鞘だって、ないのにさ」

 

 そこを、とろとろと、炙るように。

 

「こんど、お前の好きなおやつ、何だって作って、やるから」

 

 この熱は、何だ。

 

「頼むよ」

 

 こんなにも、熱くて。

 

「アルトリア」

 

 ただ、熱い。

 

 

 世界の中心で、少年が戦っていた。

 歯車の雲、剣の木々、荒れ果てた大地。

 吹き荒ぶ風は、剣を錆び付かせ、やがて朽ちさせる慈悲の風。

 その世界の中心で、己の編み出した世界の中心で、少年が戦っていた。

 両の手に煌びやかな長剣を携え、荒く息を継ぎながら。

 

「くはぁー、くはぁー、くはぁー…」

 

 肩が、激しく上下する。

 もはや、呼吸を読むとか読まないとか、そういう次元ではない。

 倒れないのが不可思議なほどの、満身創痍。ただでさえ血に塗れた彼の衣服は、その上から新たな血化粧を被り、もはや元の染色が何色で成されたのか、分からないほどに。

 それでも、彼は死なない。

 体内で練成した剣を微細に砕き、その鉄分をもって血液を偽造する。

 その、粗悪な血液が、彼の全身に絶え間ない苦痛で蝕み続ける。

 それでも、彼にはその苦痛が愛おしかった。

 せめて、痛くないと、苦しくないと、途切れてしまいそうな意識。

 だから、彼は痛みがありがたかった。

 もし、ここで、地に膝を付けば。

 自分を許せないだろう。

 その確信が、あった。

 

「…千を越える財を砕き、それでも我が眼前に立ちはだかるか」

 

 呆れと感嘆を、等分に含んだ声。

 呟きたるは、かの偉大なる、最強の英雄王。

 未だ、健在。

 息は上がらず、微細な傷を負うことも無い。

 露になった上半身は、半神たる栄光と美々しさを顕示するかのようで。

 しかし、それよりも猛々しく。

 威風堂々と、兵陣の先頭に立つ、戦王のようで。

 なるほど、原初の王。

 こいつが王様なら、命を賭けてもいいかもしれない。

 その治世のための、人身御供となっても、後悔しないかもしれない。

 でも、今は敵だから。

 中々に、上手くいかないものだ、と。

 少年はそう考えて、やはり苦笑した。

 

「贋作者と侮ったが…。なるほど、或いは貴様をこそ、一番畏れていたのやも知れぬ」

「ち、がう…」

 

 荒々しく、息を継ぎながら。

 それでも、貴重な酸素を吐き出して。

 

「おれ、じゃ、なくて、おれ、たち、だ」

 

 王は、笑わなかった。

 その代わりに、深く頷いて。

 真剣な瞳で、少年を見遣って。

 

「そうであった。許せよ」

 

 その手に、長剣。

 いつの間にか、少年が持っていた物と同じもの。

 

「贋作は所詮贋作、真なる宝物に敵うはずはない。それは覆せざる真理だ。故に、誇れ。この世界は、貴様らの辿り着いたこの世界は紛れもない真品、そして至高の宝物である」

 

 それをもって、切りかかる。

 その、異様な光景。

 彼は、最強たる魔弾の射手。

 であれば、何人たりとも彼には近付きえず。

 その冷笑を歯噛みしながら、剣山となるだけが、許された運命。

 なのに。

 彼が剣を手に、切りかかる。

 それが、どれほどのことか。

 少年は知りえず、そして知りたいとも思わなかった。

 英雄王は、知らせるつもりも無く、その必要性も見出さなかった。

 それでも、やはり異常な光景だった。

 

「しかし、そこまでか、雑種!ほれ、もう足元が覚束ない様子だぞ!」

「くううぅ!」

 

 そして、それは最悪の戦術であったのかもしれない。

 もし、英雄王がいつもと同じように、無限の財、その射手であるに固執するならば、少年にも勝ちはあった。

 現れる剣軍を、片っ端から複製し、相殺する。

 そうして肉薄し、最後の一撃を加える。

 それも不可能ではなかっただろう。

 

 しかし。

 

 振り下ろされる、白刃。

 英霊たる男の全霊をもって打ち下ろされる、絶対に絶命の刃。

 少年は、辛うじて斬り返す。

 ぶつかり、砕ける刃。

 その衝突は同時に、少年の体内をも蹂躙する。

 常識を凌駕した酷使に、彼の筋繊維はずたずたに千切れ。

 慮外の衝撃に、彼の骨格は歪み。

 表皮はこそげ落ち、真皮は削れ、そのピンク色の肉が露出するに至る。

 土台、無茶な話である。

 人と英霊が打ち合うなど。

 それでも、少年は無茶を省みないから。

 その代償は、彼の体に刻まれていくのだ。

 

「もう、限界、か?」

「は、ぐええ―――!?」

 

 どごん、と。

 少年の腹に、男の蹴りが炸裂する。

 目の前に剣、それを弾き返すのに精一杯だった少年は、なす術もなく吹き飛ばされ、盛大に吐瀉物を撒き散らした。

 乾いた地面を反吐が濡らし、一瞬で乾かす。

 異臭がしたのも、一瞬であった。

 

「よくぞ、ここまで持ち応えた。褒美をとらす。名を、明らかにせよ」

 

 それは、王としての男がその敵に与えうる、最上の栄誉であった。

 しかし、少年は答えない。

 そんな無駄なことをする間に、深呼吸を、一回、二回。

 そのほうが重要であると、知っているのだ。

 そして、王も、そのことを知っている。

 だから、激昂もせず、失望もせず、静かに少年を見遣った。

 

「―――よかろう。あとで、貴様の連れ合いに問い質すとしよう。それでも、今生において貴様の名を忘れぬこと、ここに約そう」

 

 そう、宣言して。

 その、手には。

 円柱を、組み合わせた。

 唯一、この世界に存在しない、神剣を―――。

 

 まずい、と。

 少年の本能が、咆哮し。

 彼は、手直にあった剣を。

 片っ端から、投擲し。

 

「手ぬるいぞ、贋作者!」

 

 剣線一閃。

  

 名剣宝刀の山は、真なる神剣によって駆逐される。

 

 それでも、それは、確かな隙。

 

 その瞬間。

 

 少年は、全力をもって、駆け。

 

 その手に、大英雄の、大剣を。

 

 これが、最後の一撃。

 

 その、覚悟。

 

 英雄王は、知っている。

 

 その瞳は、決して侮っていいものではない。

 

 その瞳をした者は、完膚なきまでに叩き潰さねばならない。

 

 それは、王としての、本能であった。

 

「来い!」

「うおおおおおおおおおお!」

 

 そして。

 二人の影が、交わり。

 

 そこに、如何なる工程も、存在しない。

 あらゆる工程を無視し、しかし全ての工程を凌駕しつくし。

 幻想を結びて、現実を超越する。

 

「全工程投影完了――――是、射殺す百頭!!!」

 

 叩き込まれる九連戟。

 しかし、発動したのは、只の一撃。

 それで十分、しかし、九連の音速を叩き込んだ神速の一撃は。

 紛れもない、死神の鎌として、男の眉間に。

 吸い込まれるように。

 

「其れでも―――届かぬ」

 

 故に、英霊、と。

 最後までは、呟き得ず。

 代わりに。

 その、代わりに。

 彼は。

 その神剣の、真名を。

 

「―――天地乖離す開闢の星」

 

 荒れ狂う、断裂の暴風。

 その中、大剣をもって、断裂そのものを断ち割ろうと前進する少年。

 一歩、あと、一歩。

 切っ先と眉間の距離、あと僅かに数センチ。

 涙が、溢れる。

 あと、一歩。

 あと、一歩なのに。

 それが、なんと、遠い―――。

 

「泣くな、名も知れぬつわものよ」

 

 荒れ狂う暴風の中。

 王は、はっきりと。

 

「大儀であった。我が許す―――もう、休め」

「ちく、しょおおおおおおおおお!」

 

 少年の慟哭は、嵐の中に掻き消えた。

 

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