FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

18 / 133
interval1 IN THE DARK ROOM 1

interval1 IN THE DARK ROOM 1

 

 暗い部屋。

 単純に光度が足りないのではない。

 例えるなら、空気が人の存在を拒否してしまっているような、そんな部屋。

 その中央の座するは、矮小な老人。歳は既に百をいくつ越えているであろうか。

 しかし、深く刻まれた皺の奥の濁った瞳の色には、枯れた、という言葉を拒絶する妄執が宿っていた。

 

「失礼します、お爺様」

 

 静かに襖が開く。

 

「本日は、申し上げたき儀ありまして、まかりこしました」

 

 畳に額を擦りつけながら、壮年の男が言う。仮に、相手が真実祖父ならば、その指が震えているのは何故か。

 体格でいえば、男と老人のそれは、倍ほどの差がある。にもかかわらず、男は老人に対して怯えを隠すことが出来ないでいる。

 老人にあるのは、目上としての威厳でも、尊属としての優越でもない。

 ただただ、恐怖であった。

 

「お主の言わんとしていることはわかっておる。何故遠坂の娘を無傷で返してやるのか、その事についてであろう」

 

 壮年の男が安心したように息をもらす。

 

「ご明察、恐れ入ります。

 確かに、かの子供、器としては桜よりも優れておりましょう。

 しかし、胎盤としての性能は未知数。それに対して、桜は名門の娘」

 

 ゆえに、より良い跡継ぎを残すためには桜を胎盤とすべきではないか、と男は言った。

 カカ、と乾いた笑いを漏らしながら、老怪が答える。

 

「いや、お主の言うこと、いちいち尤もよな」

 

 その言葉に言外の嘲りを感じ取ったのは、男の神経が過敏なせいではあるまい。

 

「確かに、桜は名門、遠坂の娘。しかも、どうやらその属性は虚数。貴重といえばその価値は量り知れぬ」

 

 虚数属性。魔術師の中でもその属性を持つものは極めて少なく、希少度でいえば、五大元素に勝るとも劣らない。

 老人は続ける。

 

「跡継ぎに悩む魔術の家系など、掃いて捨てるほどある。それらにとって、あの胎盤は喉から手が出るほど欲しい素材であろうな。

 であるに、なぜ時臣は、マキリ如きに桜を譲ったのだ?」

 

 男が、声の震えを押さえながら答える。その質問は十分に予想されたものだったからだ。

 

「遠坂とマキリは古くからの盟友であります。また、魔術師に跡継ぎは一人で十分、不用品を廃棄した、その程度の認識なのでしょう」

 

 沈黙。

 さして広くない空間を、静寂が満たしていく。

 男にはそれが耐えられない。

 神経に鑢をかけられるがごとき一瞬。

 喉が渇く。

 額に嫌な汗が浮かぶ。

 謝ってしまえ、きっと自分が間違えたのだ。

 男がそう思った瞬間。

 

「例えマキリが断絶したとしても、聖杯戦争は続く。あれは既にシステムとして確立されておる」

 

 男には無限とも思われた、その一瞬を打ち破ったのは、やはり彼の前に鎮座する老人だった。

 

「盟友とは名ばかりの血で血を洗う仇敵同士、遠坂にとってマキリなど何の利用価値も無いのだ。少なくとも、敵として存在するうちはな」

 

 老人は続ける。

 

「此度、桜もかの子供も手に入れることが叶わなんだら、マキリは更なる弱体化を余儀なくされたであろう。あれほどの逸材をマキリに提供する家があるとは思えん。もし、遠坂がマキリを警戒するのであれば、今のまま放置するのが最上なのだ」

 

 それはそうだろう。 

 没落がはっきりとした方向を定めるようになってから、弟子の一人すら門戸を叩いたことはなかったのだ。いわんや、貴重な取引材料ともなる、才能ある子供をマキリに提供するような家があろうはずも無い。

 

「更に言えば、不要であることと無価値であることは同義ではない。

 あれほどの鬼才、跡継ぎに悩む名家に競わせれば、一体如何程の値がつくのであろうなぁ」

 

 男は恐怖によってではなく、反駁が不可能なことによって沈黙を強制された。

 

「そうさな、例えばこんな条件ならどうかな。

 我が子を譲る。

 その代わり、マキリという家そのものを譲れ」

 

 男が初めて顔を上げた。その表情には、ありありと驚愕が浮かんでいる。

 

「それは、時臣が桜によってマキリののっとりを図ったということですか。有り得ませぬ。桜には如何なる術もかかっていなかった。それは、他ならぬお爺様が確認なされたではありませんか」

 

 男が早口で捲し立てるのを、侮蔑の視線で見守っていた老人が話す。

 

「確かに、儂が知る如何なる魔術もかかっていなかった。しかし、この世には儂の知らぬ魔術のほうが多いでな」

 

 魔術とは秘するもの。

 いかに親交の深い家系同士であっても、その奥義は必ず隠される。

 さらに言えば、遠坂とマキリは仇敵同士。

 どうして、秘伝の魔術がないと言い切れよう。

 そして、その魔術が、桜を通してマキリを屈服させるような類のものだったら。

 例えば、マキリの種を骨抜きにして、桜の言いなりにさせるような性魔術。

 例えば、マキリの次代を遠坂の言いなりにさせるような、刷り込みの暗示。

 それらが遠坂にあるならば。

 そして、あの時臣ならば。

 やる。

 必ずやる。

 なにせ、自らの娘を取引材料としか考えないような男だ。

 右手で握手を交わして、左手で毒を盛る。

 それくらいは涼しい顔でやってのける男なのだ。

 老人は、そう考えていた。

 

「もしあれが手に入らなければ、多少の危険は冒してでも桜を胎盤としていたであろう。ゆえに、今の状況は、かの子供を拾ってきたお主の功績でもある」

「……わかりました。お爺様の深慮遠謀、私如きに測れるものではありませぬ」

 

 しかし、と男が続ける。

 

「無傷で返す必要があるのでしょうか。桜は、順調に育てば、マキリの障害となるは必定。将来の禍根は小さいうちに断っておくべきでは」

 

 老人の目に、僅かだが驚嘆の色が浮かんだ。

 男がここまで老人に食い下がったのは初めてのことだ。なぜなら、男にとって老人は恐怖そのものなのだから。

 男が老人に歯向かう。それは信徒が神に歯向かうことに等しい。

 老人は、これで魔術の才があれば、と誰にも気づかれずため息を放つ。

 

「桜と、近い将来の遠坂の当主は姉妹。今、進んで遠坂の敵意を買うのは上策ではあるまい。むしろ、桜を無傷で帰すことで、貸しを作るべきであろう。

 さらにいえば、仮に将来、桜が強大な力を持ったとしても、それが遠坂にとって有利に働くとは限らぬ。第三次のエーデルフェルトの例は、我らが倣うべき故事であろうな」

 

 エーデルフェルト。

 天秤の二つ名を持つ魔道の名門。

 その当主には、必ず姉妹が選ばれる。

 しかし、彼女達は姉妹ゆえに聖杯戦争に敗れた。

 属性の近しいものは往々にして反発しあう。

 蛇は蛙を喰らうのではない。

 蛇は蛇をこそ喰らうのだ。

 もし、妹と姉が反発しないなら、反目するように仕向ければよい。

 どんなに良好な関係であっても、傷の一つや二つは必ずある。ならばそれを広げるだけでよい。 

 僅かな沈黙の後に、男が再び顔を下げてこう言った。

 

「わかりました、この件に関して私が申し上げることはございません。どうか、お爺様の御意志のままに事を進められますよう」

 

 男が顔を上げる。

 

「その件とは別にご報告申し上げます。かの子供がもうすぐ目を覚まします。ご足労ですが、修練場まで来られますように」

 

 その言葉を最後に、男は老人の前から退出した。

 老人は考える。

 かの子供を胎盤とするには、あまりに未知数。

 しかし、それを補って余りある利点を備えている。

 何せ、既に完成しているのだ。

 微弱ながら、聖杯に潜むものとのパスも繋がっている。

 仮に、桜を最高の状態に改造することが叶ったとしても、ああはいくまい。

 名は何にしようか。

 あの泥を被ったのだ、記憶などは残っていようはずも無い。

 かの子供は、今まさにこの世に生を受けようとしているのだ。

 そういえばあの子供、魘されて何か呟いていたな。

 あやつにとって、失われた記憶など、前世の記憶に等しかろう。なにせ、奴は一度、劫火の中で死を経験しているのだから。

 ならば、それに基づく名ならば強力な言霊を孕むであろう。

 この身が脆弱な蛹から羽化し、永遠の命を得るための依代。

 聖杯となることを定められた子供。

 相応しいのは如何なる呪名か。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。