FATE/IN THE DARK FOREST 作:shellfish
くそ、くそ、くそっ!
なんだ、あのサーヴァントは!
てんで弱いじゃないか!
本来、僕の使役するサーヴァントなら遠坂達のサーヴァント三匹如き簡単にぶち殺して然るべきなのに!
やっぱり借り物のサーヴァントだからだ!僕が呼び出したサーヴァントならあんな無様なことになんてならなかったはずだ!
屈辱だ!遠坂はおろか、あのカスの衛宮にまで馬鹿にされた!
あの愚図め!主人が愚図なら、サーヴァントは下種しか呼べないのか!
苛苛する!苛苛する!苛苛する!苛苛する!苛苛する!苛苛する!苛苛する!
そういえば、あの愚図はどこに行った!僕の裁きを恐れて逃げ出したか!
そもそも、なんで僕がこんなところに隠れなきゃいけないんだ!まるで浮浪者か何かじゃないか!
くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!くそっ!
どうすればいい!どうすればこの屈辱を晴らし、僕の正当な評価を取り戻すことができる!?
………………………。
…………………。
……………。
そうだ、まだあの結界があるじゃないか。ライダーはとことん使えない下種だったが、あの結界は悪くない。
あれを使えばお人よしの馬鹿はもちろん、上手くいけば遠坂姉妹も釣り上げることができるはずだ。いうなれば、穂村原の全ての生徒、教師が僕の庇護のもとに置かれているのと一緒なのだからな。
素晴らしいアイデアだ。凡人ならこうはいかない。やっぱり僕は天才だ。
なにが「遠坂を誘い出す材料にする」だ。なにが「あくまで示威。発動はさせない」だ。道具は、武器は使ってこそ意味も意義も生まれるんだ。初めから撃つつもりのない拳銃なんて、モデルガンと変わらないじゃないか。
そうだ。何かおかしいと思ってたんだ。あいつの意見を聞いたのが間違いだったんだ。
あの愚図の顔を立てたのがそもそもの過ちだった。一応はサーヴァントを借り受けた形になってたから言う事を聞いてやってたが、ここまで使えない奴だとは思えなかった。いや、使えないだけならまだ可愛いものだ。あれは足枷だ。僕の足を引っ張る、性質の悪い雌豚だ。よし、決めた。あいつは衛宮の前で犯してやる。あいつは隠してるつもりかもしれないが、衛宮に惚れてるのはわかってるんだあの屑が射をしてたとき妙に熱い視線を送ってたからなちょっといじればすぐにはつじょうするあばずれのくせしてぼくにめいれいするなんてどれだけみのほどしらずかおもいしらせてからおかしておかしておかしておかしてなぐってなぐってなぐってなぐってなかせてなかせてなかせてなかせてこうかいさせてやるやるやるそうすればあのばかでもだれがえらくてだれにしたがうべきかわかるだろうはははははははははははハハハハハハハハハハ―――――――。
よし、そうと決めたらあの下種サーヴァントの傷を治さなけりゃならない。主人と一緒で役に立たない雌だが、僕にだって慈悲の心はあるんだ。いい女とヤルことができる、そう言えばすっ飛んでくる発情猿を何人も知っている。生贄は多いほうがいい。すぐに電話しよう。三十人もいれば十分だろう。衛宮、遠坂、今は優越感に浸っていろ。明後日だ。明後日になればお前達は僕の足元に跪いているんだからな。
episode16 悪夢と背中
黒い、黒い檻の中に居た。
おそらくそれは檻で在りながら、手に触れる事すら叶わない。
おそらくそれは黒で有りながら、目に感じる事すら在り得ない。
檻で在って檻で無い物。
檻という単語以外でそれを表すならば、無、辛うじてそう表現する事が出来るか否か。
体が揺れて居る。
振れる様に左右にでは無く、
揺する様に上下に。
それは荒れた野を行く荷馬車の様に。
まるで幼子をあやす母の背中の様に。
揺れる視界の中で、憂える世界が燃えて居る。
赤い人、紅い人。
黒い者、黒い物。
俺に向かって伸ばされる手、手、手。
それらは救いを求める様で在り、しかし仲間を求める様でも在った。
いつもの夢だ。
忘れるなと。
罪を忘れるなと。
生者は忘れても死者は憶えていると。
俺が俺に向かって突き付ける断罪の穂先。
解っている。
そんな事、百も承知だ。
俺は罪人で。
この世界は俺に不向きだ。
世界はもっと優しく無くて良い。
乾いた風が良い。
あの風ならばきっとこの生温い悪夢も吹き飛ばしてくれる。
あの世界なら俺はやっと生きて行ける。
だからこの世界は俺の世界じゃない。
俺に相応しい世界じゃ無い。
誰かが走っていた。
我武者羅な足音。
荒い吐息。
懸命に懸命に懸命に。
あれは凛だ。
でもこの世界は俺に相応しく無い世界だから。
彼処で走っている凛も俺の知らない凛だ。
いや、そもそもあれは凛なのか。
必死で逃げる凛では無い彼女。
振り返り絶望し。
前を向きなお走る。
ああ何て滑稽な永久機関。
そんな事をしても逃げ切れる訳が無いのに。
それでも彼女は奔って居た。
奔って奔って。
何から逃げて居るのか。
何を守ろうとして居るのか。
その姿は嘲笑出来る位珍妙で。
涙が出そうな位尊くて。
そんな事をしても無駄だよ。
だってお前が守ろうとして居る物はとびっきり無価値だ。
路傍の石の方が幾倍も高尚だ。
無駄だから。
無駄なんだってば。
なのに。
あなたは何で。
止めてくれ。
涙で視界が濁る。
檻の隙間から千切れんばかりに手を伸ばす。
それでも。
それでも人影の背中は遥か遠くに。
どんどん僕から遠ざかって行く。
あれが守ろうとして居るのは。
お願いだから。
十分だから。
もう僕は大丈夫だから。
逃げて。
お■■■■ん。
あ。
蟲が。
捉った。
蟲が虫が。
断末魔の声。
蟲が虫が蟲が。
彼女が覆われて。
蟲が虫が蟲が虫が。
全身を震わせる絶叫。
蟲が虫が蟲が虫が蟲が。
彼女を咀嚼する小さな口。
蟲が虫が蟲が虫が蟲が虫が。
彼女を食べているのは黒い塊。
蟲が虫が蟲が虫が蟲が虫が蟲が。
彼女の髪が紅い血で染まっていく。
蟲が虫が蟲が虫が蟲が虫が蟲が虫が。
体があっという間に小さく成って逝く。
蟲が虫が蟲が虫が蟲が虫が蟲が虫が蟲が。
食い千切られて噛み砕かれて飲み下されて。
蟲が虫が蟲が虫が蟲が虫が蟲が虫が蟲が虫が。
細やかにされて微小に還されて刹那に戻されて。
蟲が虫が蟲が虫が蟲が虫が蟲が虫が蟲が虫が蟲が。
――蟲が彼女を食べて居る。
晩餐は、やっと、終わった。
どこにも、生命は、居なくなった。
よろよろと、人影が居たところまで、歩み寄る。
なんだ、最初から檻なんて、無かったんだ。
そうか、あれは、俺の怯懦だったんだ。
俺は、死ぬのが、怖かった。
ばしゃっと、水気のある音が、足元で響く。
食い残しの上で、人だったものの上で、蹲る。
赤い水溜りに手を突っ込んで、何かを、掬い取ろうとする。
赤い、赤い髪の毛が、するりと指の間から滑り落ちる。
何も掬えない。
誰も、救えない。
命を、掴め、ない。
ああ、また、置いて、いかれて、しまった。
もう、なみだも、ながれない。
無限の喪失感が襲って来る。
これでまた一つ罪を犯した。
最後に残ったのは人影の目玉。
赤い絨毯の上、真ん丸な眼球がぱしゃりと転がって。
錆色の瞳が優しく俺を眺めていた。
粘ついて、冷え切った汗が不快だ。
全身を覆う重たい冷たさ。早々に着替えないとほぼ間違いなく風邪を引くことになるだろう。
沈み込むほど柔らかい大きなベッドの上、鈍重な動きで体を起こす。
薄く靄がかった頭を押さえる。頬を擦って眠気を追い出す。
ぬるり、と液体の感触。
それは汗か、それとも涙か。
最初に感じたのは安堵。夢でよかった、心の底からそう思った。
それでも、寝覚めは最悪だ。
枕が変わったくらいで悪夢に魘されるほど可愛げのある神経をしているつもりはないのだが、今日のは飛び切り最悪を極めた夢だった。
追い詰められていく焦燥感と、底なし沼に沈み込んでいくかのような無力感。誰かが、何かが自分のために消えていく、そんな喪失感。それらの一つだけでも死にたくなるのに、今日の夢は全部が揃っていた。劇薬のカクテルを飲み込んだって、こんなにダウンな気分は味わえないだろう。
それでも、果たしてそれがどんな夢だったのかがはっきりとしない。
漬物石みたいな頭に残っているのは、揺れる体、遠ざかる背中、赤い髪。
視線を周囲に漂わせる。なにか面白い物でもないだろうか。この悪夢の残滓を振り払ってくれるものならなんでも大歓迎だ。
重厚なドア。深い絨毯。歴史を感じさせる、使い込まれた机と椅子。
カーテンの隙間から窓の外を覗く。まだ日は昇っていない。
枕元にあった目覚まし時計を手に取る。蛍光塗料で淡く光った長針と短針は、周囲がまだ眠りの世界に身を委ねている時間であることを教えてくれた。
それでも、再び体を横にする勇気は無い。もし、もう一度同じ夢を見たら、俺はきっと発狂する。
だからといってドアを開けて部屋の外に出るのも憚られる。初めて来た他人の、しかも女性で魔術師の、家で真夜中にごそごそ動き回る度胸は、俺には備わっていない。
結局のところ、俺に出来ることは何も無かった。
天井を見上げる。
それは衛宮の家よりも遥かに高い場所にあった。
頭の中で、あの悪夢の再生ボタンを押す。押したくはない。それでも押してしまう。
背中。
襲い掛かる圧倒的な危難から俺を守るために、どんどん小さくなっていく背中。
あの大きな背中は誰のものなのだろう。
凛?
いや、違う。
もっと古い。
藤ねえ?
それも、違う。
もっともっと古い。
切嗣?
近い。
だが、それでもない。
もっと、もっと、もっと。
ああ、そうだ。あれは……。
「先輩、そろそろ起きてください」
優しい声が俺を起こす。
耳の奥に綿が詰まっているみたいで、ぼわぼわと、不思議な反響音が残る。
「あー……、桜……?」
情けないほど枯れた声。
それが自分のものであると気付くまでに数瞬の時を必要とした。
「うーん、いい感じに寝ぼけてますね。今なら襲っても憶えてないかな?」
「わかった、起きる、今すぐ起きさせていただきます」
ちぇっ、と可愛く口を尖らせる我が後輩。
柔らかな曙光に照らされた横顔は、聖母のそれを思い起こさせる。
「朝食の準備が出来ています。早く降りて来てください。それとも私が口移しで……」
「さー、いえっさ。了解しました、軍曹殿。今すぐ行きます」
くすくすと、口元に手を当てながら控えめに微笑う桜。その微笑みは、彼女と同じ名を持つ花の花弁の色のように、淡く、儚い。
「あ、と、そうだ、桜、ちょっとお願いがあるんだけど」
ドアノブを掴んで、今まさに部屋から出ようとしていた桜が、顔だけをこちらに向ける。
「はい?なんでしょうか、先輩」
「ちょっと寝汗をかいちゃって、このままじゃあ風邪を引いちまう。なにか着替えとかないかな」
腕を広げて『ほら、こんなに』というポーズをとる。
昨日の夜貸してもらったパジャマは、外から見てもはっきり分かるほど汗で濡れて重くなっていた。客たる身分で家主に注文するのは心苦しいが、この時期に風邪を引いてみんなに迷惑をかけるわけにはいかない。
「あ、大変。わかりました、すぐにお持ちします」
急激に引かれたドアが、そのぞんざいな扱いに抗議の声を上げる。
ぱたぱたと、廊下に響くスリッパの音。
まだ眠気の残る頭でぼんやりと考える。
結局、あれからまた眠ってしまったらしい。
夢の内容はほとんど忘れてしまった。忘れてしまったということは、憶えておく必要がない、頭がそう判断したのだろう。
だから、もう気にしないことにした。
あの背中なんて、俺は知らない。