FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode21 嘘吐きな彼女

 おいで。

 おいで。

 こっちにおいで。

 友達がいっぱい。

 暖かい毛布をあげよう。

 おいしいお菓子もあるよ。

 不思議な魔法も見せてあげよう。

 こっちは天国だよ。

 

 君の村はどうだい?

 昨日のご飯はどうだった?

 お腹いっぱい食べれたかな?

 そうじゃないならこっちにおいで。

 こっちは天国だよ。

 

 怖いお父さんはいない。

 うるさいお母さんもいない。

 いばりんぼなお兄さんもいない。

 みんなみんな優しいよ。

 だからこっちにおいで。

 こっちは天国だよ。

 

 そうだ、こっちだ。

 ああ、いい子だ。

 神よ、神よ、山の神よ。

 この幼子の輝く瞳に。

 あなたの加護が、ありますように。

 

episode21 嘘吐きな彼女

 

 腹部に不思議な重量を感じる。呼吸が阻害される、微かな不快感。

 何かが聞こえる。規則的に聞こえるそれが、自分以外の誰かの寝息だと気付くまでに多少の時間を必要とした。

 障子の薄い壁を突破して部屋に侵入した陽光は、まだまだ明るい。きっとそれほど遅い時間ではないだろう。

 しかし、年頃の男女が同じ部屋で眠るのは、やはり憚られる。

 少し悪いと思ったが、俺のお腹を枕にして眠りこける人影に声をかけた。

 

「起きてくれ、代羽。朝だぞ」

 

 あと五分、そんな可愛いらしい声が聞こえたことは、墓場まで持っていく俺だけの秘密だ。

 

 

 また少し汗を掻いていたので、下着を替えた。本当なら布団も干したいところだが、今干してしまってもいつ取り込めるのか分からないので、渋々そのまま押入れにしまう。

 代羽はその間、ぼぅ、と焦点の合わない瞳で明後日の方向を見つめていた。ひょっとしたら寝起きが弱いのかもしれない。

 

「大丈夫か、代羽」

 

 先ほどまで立つこともままならなかった病人の言う台詞ではないが、少なくとも今は代羽のほうが調子が悪そうだ。

 

「だいじょうぶです……ほんとうはねおきはいいほうなのですが、さいきんはよふかしすることがおおくて……」

 

 かくかくと頭を前後に、そして左右に揺らしながら、辛うじて彼女は返事を返した。

 なんと言うか、凛の寝起きを冬眠から覚めた熊とでも表現するならば、彼女のそれは発条の切れかけたからくり人形みたいだ。今にも切れそうな動力で、やっとのことで動いている、そんな感じ。

 それに対して、俺の体調はすこぶるいい。まるで風邪を引く前のそれに戻ったような、いや、それ以上に体が軽い。

 

「凄いな、本当にあの薬は効くんだ」

 

 死神を従えた緑色の悪魔だったモノが、今は聖緑の瞳の天使に思える。

 

「あたりまえです。まきりのいがくやくがくはせかいいちぃ……」

 

 そう言って代羽は机に突っ伏した。

 ……なんだかよくわからないが、まあよしとしよう。

 時計で正確な時間を確かめる。

 午後二時。

 どうやら、二時間ほど眠っていたらしい。

 今から荷物を纏めて一時間。

 凛の家に着く頃には四時か。

 なら、部活を休んで帰ってくる桜と合流するのにちょうどいい頃合だろう。

 さあ、とびっきり苦いコーヒーをいれよう。香りだけでこの寝ぼすけが目を覚ますくらい、悪魔みたいに黒く、地獄みたいに熱いコーヒーを。

 

 

「醜態を晒しました……」

 

 俺の隣を俯き加減で歩く代羽。時折ぎりぎりと低い音が響くのは、彼女が歯を軋らせているからか。

 

「先輩、約束してください、今日のことは誰にも話さないと」

 

 今まで見たこともないくらい真剣な光を瞳に灯して、悲壮な顔で彼女が言う。

 きっと必死なのだろう、しかしその表情は、常の大人びたそれとは違って年齢相応の幼いものに見える。

 俺にはそれが愉快で、ついつい軽く返してしまう。

 

「さて、どうしようかな。ああ、今日代羽が俺にしたことを桜に黙ってくれるなら、考えないでもないぞ」

「くっ……なんと卑劣な……」

 

 本気で悔しそうな代羽。やっぱりお前、桜に話すつもりだったな。

 

「私はあなたを看病してあげたではないですか。そのことと私の醜態を黙っておくこと、これで取引は成立するはずだ」

「この前、夜道を送っていってあげたことは?」

「そ、それは、別に私が望んだことでは……」

「看病だって、してくれって頼んだ憶えはないぞ」

 

 悔しそうに黙ってしまった代羽。本当は、彼女に看病されたのはとても嬉しかったので以前のことなどどうでもいいのだが、彼女との掛け合いが楽しくて、ついつい調子に乗ってしまう。

 

「……わかりました。憶えておきなさい、衛宮士郎。この借りはきっと返して差し上げますから」

「ああ、覚悟しておくよ」

 

 きっと高くつくだろう。倍返し、いや、三倍返しくらいは覚悟しておいたほうがいいのかもしれない。それでも俺は、それが楽しみだった。

 

「そうですか、桜の家に」

「ああ、改修工事も終わったらしくてさ、この前のお礼にぜひどうぞって」

「なるほど、ついにあなたも男になる時が来たのですね!相手は桜ですか、それとも遠坂先輩?」

「君はもっと女性らしくなりなさい」

 

 時間は午後の三時。だいたい予定通りの時間に、代羽と二人で商店街を歩く。

 テレビなんかでは、大型のショッピングセンターに押されて寂れた商店街の話などをよく耳にするが、その例はここには当てはまらない。多種多様な店と、それに比例するほど魅力のある店の主人によって、かなりの活況を呈している。

 俺の家から一番近い食料調達ポイントであるここには、昔馴染みの顔が多い。だから、代羽と一緒に歩いていると様々な人から声をかけられる。

 

「お、士郎君、その子はカノジョかい?」

 

 これは八百屋のおじさん。

 少し慌てながら否定する。

 

「違います、この子は俺の後輩で……」

「婚約者の間桐代羽です」

 

 はっ?

 唖然として隣を見ると、満面の笑みの我が後輩。

 視線は八百屋の親父さんに向けられていたが、何故か彼女の冷たい視線を感じた。

 

『カクゴハデキテルカ?シテオクッテイッタヨナ?』

 

 ぴしり、と。

 何かがひび割れる音が、聞こえた気がした。

 

「は、はは、そうなんだ、士郎君もすみにおけないなあ。こいつ、これで結構やんちゃなとこがあるから、シロウちゃんも大変だろう?」

 

 硬い硬い親父さんの声。

 それに答える彼女は、やはり天使の微笑み。

 

「ええ、もう、彼ったらいつも強引で…。さっきも一緒の布団で寝てたんですけど、汗やらナニやらで布団がぐしゃぐしゃになってしまいました」

 

 アノ、シロウサン?

 

 タシカニオナジフトンデネテタケド、アナタハフトンノウエデネテマシタヨネ?

 

 タシカニアセデフトンハシメッチャッタケド、ソレハボクノネアセデスヨネ?

 

「そそそ、そうなのかい?い、いやあ、さいきんのわかものはすすんでるなあぁ、ははは」

 

 オジサンノカワイタワライゴエ。

 

 アハハハ、オレノココロニヒビクノモ、オナジヨウナワライゴエ。

 

「ええ、そうなんです。ところで、おじさん、そこの山芋もらえないかしら」

「や、やまいもですか!?」

「ええ、彼にはたっぷり精をつけてもらわないと、今日の夜も大変ですもの。

 ねえ、あなた?」

 

 シロウノウデガ、ボクノウデニカラミツク。

 

 ミチユクヒトビトノツメタイシセンモ、ボクノカラダニカラミツク。

 

 キョウクン。

 

 オンナノコハ、テイチョウニアツカウベシ。

 

 オコラセルコト、マカリナラン。

 

 キリツグ、アナタハタダシカッタ。マル。

 

 

「ああ、かわいそうな衛宮先輩、これでしばらくあの商店街には近寄れませんねえ」

 

 心底心配そうな代羽。

 ……とりあえず、嘘が上手いのも才能の一つだと思う。

 お前のせいだろ、そう突っ込む気力も俺には残されていない。

 どうやら俺は公園のベンチに座っているようだが、どこをどう通ってここに辿り着いたのか全く記憶にない。っていうか、ここはどこだ?

 

「ねえ、お姉ちゃん、お兄ちゃんっていつもこんな感じなの?なんか川に落っこちたナマケモノみたい」

 

 なんだ、その感想は。普段より生き生きしてるとでも言いたいのか。

 

「私の知る限り、この人はいつもこんな感じですね。生きてるのか死んでるのか、良く分かりません」

 

 代羽、君はどれだけ失礼なんだ。

 

 ん?

 

 今、変な声が聞こえなかったか?

 

「なんか可哀相だね、お兄ちゃん」

「ええ、可哀相な人ですよ、この人は」

 

 哀れむように突き刺さる二組の視線。

 黒い瞳と、赤い瞳。

 小柄な少女と、それより更に小さな子供。

 そこには、あの夜出遭った、鉛の巨人のマスターがいた。

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