FATE/IN THE DARK FOREST 作:shellfish
interval2 IN THE DARK ROOM 2
静かな、そして圧迫感を感じるほどに狭い部屋。
寒い。
彼と別れてまだそれほど時間はたっていないはずだ。
ならば、外はまだ太陽の照りつける時間帯なのだろう。
しかし、この部屋は凍えるように寒い。
外からの熱は、周囲の石造りの壁に吸収されてしまうのだろうか。
悴んだ掌に息をかけて解す。
じんわりと、指先に血の巡る感覚が、何故だか嬉しい。
小さな椅子に腰掛けると、目の前にある格子状に編まれた衝立と、そこに開いた小さな穴が目についた。
静寂。
ぎしり、と、自分が椅子に腰掛けた音以外、何の音もしない。
神の家、その表現に相応しい空気だ。
荘厳で、誇大で、独り善がりで、そして何よりも不快。
ため息を放つ。
きっと、こんなものの中に絶対者を見出すことができる人間ならば、その人生は華に満ちたものになるのだろう。
信じれる者は、幸せだ。
そんなことを考えながらしばらく待っていると、やがて衝立の向こうから、がちゃり、と扉の開く音が聞こえた。
かつ、かつ、と、誰かが近づいてくる。
そして、ぎしり、と重量感のある音が聞こえた。誰かが私の向かいに座ったのだろう。
「さて、当然私はあなたのことなど、何一つ知らない」
重々しい声。
先ほどまでの静寂と相俟って、それは必要以上に心を侵してくる。
「だが、ここにあなたが来たのは神のお導きだろう。罪があると自覚するならば、告白すればいい。神はきっとあなたを許されるだろうから」
思わず漏れそうになった笑いを堪える。
この男も神父なのだ、この男に真剣に懺悔をする人間がいるのだと思うと、暗い笑いを堪えきれない。
それでも、くすくすと漏れ出した声を聞いたのだろうか、衝立の向こうから少し不機嫌な声がした。
「……ここは神のみに許された『ゆるしの秘蹟』を行う尊ばれるべき空間である。真面目に告解を行うつもりがないならば、早々に帰りたまえ」
再び聞こえたぎしり、という音。きっと彼が立ち上がったのだ。
このまま彼を帰らせるのも面白いが、それではここに来た目的を果たせない。
私の喉が、枯れたような音を搾り出す。
「神父様、私の罪を聞いてくださいますか?」
ぴたりと、遠ざかりつつあった気配が止まった。
再び、静寂。
ひんやりとした石造りの部屋の空気が、更に重たい何かを孕んでいく。
「……神は寛大である。例え君が天に唾吐くような愚か者であったとしても、神は君を見捨てない。
しかし、よもや私を最初に頼ってくるのが君とは思わなかった。正直、意外だ」
がちゃり、と衝立が取り払われる。
告解の最中に衝立を外すなど、本来許されることではあるまい。
しかし、これから行われるのは告解などではありえない以上、その行為に批判されるべき事情は存在しない。
薄暗い室内。
そこに現れた人影。
均整の取れた長身。
巌のように、がっしりとした肩。
身に纏うのが法衣でなければ、彼を神父と認識する人間などいまい。
人を見下ろすその視線。
精神の深奥を抉るような説教。
立ち聳えるその姿は、どんな神よりも、人の神に相応しい。
「私も再び貴方を頼る日が来るとは思いませんでした。しかし、それが思ったよりも不快ではありません」
私の言葉に、彼は苦笑で返した。
彼が笑っているのを見るなんて、いつ以来だろうか。
そう考えて、はたと気付く。
そういえば、彼はいつも笑っていた。
私を見るたびに、神の奇跡を目撃した信徒のように、感動の笑みを浮かべていた。
ならば、それだけ長い間、彼と会っていなかっただけのことか。
「ああ、君とこうして話すのはいつ以来だろうか。
……そうだ、君がロンドンに発つ前だ。君は、毎日ここに来て、声が枯れるまで泣き続けた」
遠い目の彼。そこには微塵の嘲りの色も感じられない。
「はい。本当に懐かしい。あの頃の私にとって、世界はあまりにも辛かった。だから、ここは私の救いでした」
辛かった。
そう、ただ辛いと言えば、本当に辛かったのだ。
周囲のもたらす全ての苦痛が己にとって救いであると。
そう、感じるほどには。
「正直に言うと、君はあのままシスターか何かにでもなるものだと思っていたのだ。それほどまでに、あのときの君は神に餓えていた」
そう、なのか。
いや、そうなのだろう。
私は、確かに餓えていた。
しかし、それは神にではない。
いや、一面では神に餓えていたのかもしれないが、そうではない。
「私は、いまだかつて神になど餓えたことはありません。存在しないもの、それに対する飢えなど、錯覚以外の何物でもないしょう」
彼は苦笑する。
「神の家でそのような暴言を、何の気負いもなく吐くことができるのは君くらいのものだろうな。
しかし、それはそれで興味深い。あの頃の君は、家では蟲の齎す肉体的な苦痛で涙を流した。ここでは私の切開による精神的な苦痛で涙を流した。
あの頃の君は一体何に餓えていたのだね?」
何に餓えていたのか。
餓えなのか。
そうではない。どちらかといえば、そう、乾いていたのだと思う。
飢えというよりは、乾きといったほうがより漸近だろう。
この感覚は、私と同じ思いをした人間でなくては分かるまい。
目の前で、愛した人間を、見捨てた、痛み。
己を恐れ、自分が離分していく感覚。
ただ、存在していることが許せない。
世界が、あの子には優しくなかった世界が、私にだけ優しい。
そこに私は悪意を見出した。
故に、世界は私に優しくなかった。
そう、私は、ただ罰に乾いていた
。
「罪には相応の罰が必要です。
私は、貴方のもたらす傷の切開が心地よかった。
貴方の前でなら、私は唯の罪人として頭を垂れることが出来た。それが、本当に救いだったのです。
何故なら、何より辛いのは、忘れることだから。
貴方が私の傷口を抉るうちは、私はその痛みを忘れずに済む。だから、そう、私は貴方に乾いていたのでしょう」
忘れれば、楽だろう。
逃げれば、軽くなるだろう。
しかし、罪は、消えてくれない。
いつかは思い出し、いつかは追い付かれる。
それが、なにより恐ろしかった。
だから、私は罪を愛そうとした。ゆえに、罰を求めたのだ。
「それは光栄だ。君ほどの女性にそこまで評価されるなら、私も嬉しい
そうそう、君には言っていなかったと思うが、私には、実の娘がいてね。
こういった感情を抱くのは僭越にすぎると我ながら呆れるのだが、私は君を娘のように思っていた。そんな君がここまで芳醇に育ってくれるとは、私は神の存在を信じざるを得ない」
慈愛に満ちた声。
その声は、相変わらず私を安心させてくれる。
なぜなら、私以上に壊れた人間の声だからだ。
一度だけ、聞いたことがある。
彼は、幸福を幸福と感じることが出来ない。
美よりも醜に心を引かれ、喜劇よりも悲劇に笑う。
彼の在り様は、ある意味では私のそれに非常に近い。
それは、私に安心感を与えてくれる。
そう言う意味では、私はこの男に依存しているのだろう。
「そうですか。私も、あなたの中に父親を見出したことがあります」
父親。
一度は失い、幸運にして再び得た存在。
そして、今はどこにもいない、存在。
「なるほど、君が私の中に見出したのは父性の具現か。ということは、あれは君にとって近親相姦を意味していたわけだな。エディプスコンプレックスか、ふん、くだらない」
そうだ。
いつだったか、私はこの男に抱かれたことがある。
私がロンドンに渡る前だったから、おそらく私はまだ両手で数えることの出来る年齢だったはずだ。しかし、その時において私の身体は既に男を受け入れることの出来る、成熟した女のそれになり果てていたのだ。
私は全てを打ち明けて、その上でこの男に抱かれた。
彼は私を拒絶しなかった。嫌悪もしなかった。
彼は、ただ優しかった。
だから、私は襲われたのではない。
私がこの男の前で股を開いた、それだけのこと。
「後悔しているのですか、私を抱いたことを」
既に確定している返答を期待しながら、質問する。
「私は神の僕だ。迷える者が救いを欲するならば、あらゆる手段をもってそれに応えよう。そのことについて、私は微塵の後悔も抱かない」
「その行為を、神が禁じていたとしてでも、ですか」
彼は目を閉じ、幸せそうに哂った。
きっと、彼の心には確固たる神が鎮座ましましているのだろう。
「神の愛は無限だ。
そして、神が望むのは、ただ哀れな咎人の救済のみ。故に、私がしたことは神の御意志に叶っている。今も私はそう確信しているよ」
その時、私は初めて目の前の男に脅威を感じた。
この男は後悔しない。
そして、この男は何も求めない。
この男に、私は、勝てない――。
「さて、昔話はこれくらいにしようか。機会があるならば神の血でも用意しながら語り明かしたいところだが、時期が時期である。このような会合は短いものの方が尊ばれるな」
その表情に快楽の余韻は無い。
厳然と微笑む、審判者としての彼がそこにいた。
「教会を頼るということは、聖杯戦争における棄権を意味する。私には君がそこまで追い詰められているとは思えない。本当にいいのかね?」
「私が頼りたいのは教会の末端としてのあなたではありません。言峰綺礼という個人に頼りたいのです」
「詭弁だ。神の僕としての私は、私という個を作るうえで必要不可欠な要素として固定化されている。それを排除して私個人に頼ろうなど、虫が良すぎると思うが」
問答の最中も、彼は笑みを絶やさない。
その視線は、とても柔らか。
まるで愛しい宝物を愛撫するかのように、慈愛に満ちている。
「貴方は教会の末端ではなく、ただ神の徒である、昔そう言っていたのを覚えています。ならば、ここに迷える子羊がいる以上、それに手を差し伸べるのは貴方の義務だ。そこに教会という組織の概念など、刺し挟む余地は無いでしょう」
「君は二重の意味で錯誤している。
まず、私がただ神の僕であることは事実だが、しかし私がここにいるのは神を崇め奉る機関の一員としてである。君を助けるのは吝かではないが、それは私がここにいる意味そのものを否定する行為だ。意味が失われるということは、存在が失われると言うことと同義。存在しないものが君を助けることなど出来はしない。
そして、君は自分を迷える子羊だと称したが、私の見たところ、今回の参加者のうち、君ほど自我を確固としているものはいない。あの凛ですら、その点においては君の後塵を拝さねばなるまい。その君が救いを求めたところで、私が動くことは出来ないな」
まるで豪雨のように叩きつけられる言葉の銃弾。
昔を思い起こさせるそれらに、奇妙なほどの快楽を感じる。
変わらぬものがあった。
それを確認できただけで、ここに来た価値があるというものだろう。
「……そうですね。情理をもって貴方を説き伏すなど、真なる神でもなければ不可能なことでした。
では、これならいかがでしょうか。
私はあなたに娯楽を提供しましょう。代わりに、あなたは私の言うとおりに動いてください」
「なるほど、等価交換、というわけか。
そうなると、問題は娯楽の質だな。私はこれでも神に仕える身。低俗な享楽に身を委ねるなど、偉大なる父が許しはすまい。
さて、君は私に何を求め、何を与えるつもりなのだ?」
私は懐から小さな包みを取り出し、興味深そうに私を眺める彼に、それを放り投げた。
彼は視線を露ほども動かさずにそれを掴み取ると、無言で中のものを取り出す。
「これは……!」
私は内心でほくそ笑んだ。
彼の鉄面皮を驚愕で歪めるなど、一体何者に叶おうか。例え私が突然ナイフで首を掻き切っても、彼は眉一つ動かさないだろうから。
「確かに驚きである。師から一度だけ見せてもらった覚えがあるが、これは間違いなく遠坂の秘宝。何故君がこれを持っているのかね?」
おそらく、手品の種を明かす幼児や、犯人を弾劾する探偵などなら、今の私の暗い喜びを理解してくれるだろうか。
これは、誰も幸せにしない。
おそらく、全てを不幸にする。
それを分かって、私は彼に助力を求めるのだ。
「あなたが、ランサーに衛宮士郎を襲わせた現場に落ちていました。おそらく、遠坂姉妹はこれに込められた魔力をもって彼を蘇生させたのでしょう」
「……ほう、私がランサーのマスターと。何故、君はそのことを知っているのだ?」
彼の声に僅かな殺気が篭もる。
それが、とても愉快。
「協会から派遣された魔術師の死体を見つけました。その死体には、左腕が無かった。令呪ごと、持ち去られたのでしょう。彼女の名前はバゼット・フラガ・マクレミッツ。封印指定の執行者。単体でもサーヴァントクラスの戦闘力を持つ化け物。そんな彼女が気を許す存在を、不幸にして私は知っていた、それだけのことです」
彼は漏れ出していた殺気を恥じるように掻き消す、遠い過去を思い出すように視線を彼方にやった。
「……そういえば、彼女のことを君に話したことがあったか」
「ええ、寝物語で」
たった一度だけの交わり。
そこでかわされた、睦言といえぬ睦言。
幼い私を抱きながら、同じベッドの中で違う女のことを語る。
その姿があまりにも滑稽で、その名は強く記憶に焼きついた。
だから、はっきりと覚えていたのだ。
「しかし、解せん。なぜ、彼女がバゼットだとわかった。身分証明は偽造されていたはずだ。まさか、子供のように持ち物に名前を書いていたわけでもあるまい?」
「私の知己に、時計塔の支配階級の人間がいます。その方から、今回派遣される魔術師の名前を聞いてましたから」
時計塔の支配階級。
ロード。
彼女の名前は何と言ったか。
そんなことも、あやふやだ。
私を救ってくれた彼女。
彼を救ってくれた彼女。
彼女は優しかった。
厳しく、激しく、時に恐ろしかったが。
まるで本当の姉のように、ただ、優しかった。
「もともと彼女がランサーのマスターだと分かったのは、単なる消去法。少なくとも私の知る限り、マスターの知れないサーヴァントは彼だけでした」
「そして、バゼットから令呪を奪えるような人間は私だけ、そういうことか」
「ええ。半ばは鎌を掛けただけですが、あなたは嘘を吐けない人ですから」
「ふん、妙なところで信頼されているものだな」
彼は私の頭に手を置いて、ぐりぐりと撫で回した。まるで、父親が成長した娘を褒め称えるかのように。
きっと私は飼い猫のように目を細めていたと思う。
「で、君は私をどうするのかな?
ランサーが衛宮士郎を襲ったと知ったときの君の表情、奴の視界を通じて写ったそれは、今思い出しても震えが襲ってくるほど美しかったが」
離れていく大きな手が、なんだかとっても名残惜しい。
「あなたに利用価値があるうちは殺しません。せいぜい励みなさい、私に殺されないように」
「なるほど、私に拒否権などそもそも無かったというわけか。
いいだろう、で、君は私に何を求めるのだ?それをまだ聞いていなかったと思うのだが」
口では私を恐れながらも、彼は私に恐怖など感じていない。
いや、そもそも彼に何かを強制させることができる人間など存在しないだろう。
彼には大切なものはない。自分も含めて、悉くが無価値だ。
ならば、脅迫など、彼にはその用をなさない。
それに、おそらく彼にはまだ隠し玉が存在する。
彼が早々にランサーを動かした、その一点だけでその事実は確定的だ。もしもランサーが彼の鬼札ならば、最終局面までひたすら隠し通すだろうから。
だから、これは単に彼の食指が動いた、それだけのことなのだろう。
「……私が望むのは、遠坂陣営の弱体化。
そのためには手段は問いません。私はこれから彼女達の虎口に飛び込む。当然、いくらかの情報も手にするでしょう。それらは逐一あなたに報告します。それらをもって、もっとも貴方好みに課題を達成してくれればいい」
「……なるほど、了解した。
実を言うと、この気だるい展開には聊か辟易としていたところだ。
脅されて仕方なくならば、神もきっと許されるだろう。あくまで私が動くのは仕方なく、なのだから」
隠し切れない喜悦に頬を歪めながら、敬虔な神の使徒は静かに宣言した。
これからは、私も参加者となるのだ、と。
分かっている。
きっと、彼は私にもその研ぎ澄まされた牙を向けるだろう。
だが、どうでもいいのだ。
彼に殺されるなら、きっと私は天国に行ける。
いや、そもそも私が殺されるということ自体、容易に想定し難いのだが。
「話は終わりです。お騒がせしました」
私は静かに椅子から立ち上がる。
私が立ち上がっても、相変わらず彼の視線は私の遥か上から突き刺さる。
「待て。幾つか確認しておきたい」
立ち去ろうと、懺悔室の扉のノブを掴んだ私に、彼が後ろから声を掛ける。
「君は衛宮士郎を愛している。その感情が男女のそれなのか、それともそれ以外のものなのかは私の知ったところではないが、その事実に間違いはあるまい。
遠坂姉妹は、過程はどうあれ結果としてランサーに殺されかけた彼を助けた。いわば、彼にとっての恩人だ。
君は、彼女達を本当に殺せるのか?」
遠坂凛。
遠坂桜。
彼女達を殺せば、きっと彼は私を憎むだろう。私を軽蔑するだろう。
でも、私は。
「構いません。私にはそれだけの目的がある。立ちはだかる者には容赦しない。例えそれが肉親であったとしても、私は噛み殺してみせましょう」
「ほう、君がそれほど強く望むこと、実に興味深い。よければ話してくれないか?」
「話しません。
願いは、意志は、それが響きを持った瞬間にただの言葉に堕する。意志は、ただ心に秘める物。違いますか?」
沈黙は肯定だろう。
私は静かにドアノブを回す。
開けた空間。
眩しいほどの陽光に照らされたそこには、十字架にかけられた神の偶像が奉ってあった。
「ならば、祈るといい。例え君が神を信じていなくても、神は君を守り給うだろう」
薄ら笑いを浮かべた彼の声が、神の御前にて反響する。
祈れだと?
私に、祈れというのか。
この薄汚れた偶像に、祈れというのか。
ふざけるな。
こいつが、私に何をしてくれたというのだ。
こいつが、彼に何をしてくれたというのだ。
おぞましい。
万の蟲に身体を弄られるよりも、遥かに不快だ。
こいつに祈るくらいなら、私は舌を噛んで死んでやる。
激した感情、それを表す声高な足音。
己の未熟の表れであるそれを忌々しく聞きながら、私はこの空間からの脱出口に向かう。
しかし、私は足を止めた。
一つだけ、気になったのだ。
「どうした、まだ何か用かね?それとも、本当に神に祈るつもりになったか?」
「……最後に一つだけ。
貴方は先ほど言いましたね。私を娘のように思っている、と」
「ああ、確かにそう言った。それがどうかしたか?」
振り返ると、彼は祭壇の前で跪いていた。まるで、己の罪を悔いるかのように。
「貴方は実の娘がいるとも言った。
その子は、今、どこで何をしているのですか?」
「知らん。路傍で野垂れ死んだか、それとも娼婦に身を窶したか。案外、修道女にでもなっていたら、それはそれで愉快だな」
彼の声に悔いは無い。
ならば、彼は誰のために祈っているのだろうか。
もう、いない誰かのためか。
いま、苦しんでいる誰かのためか。
それとも、これから生まれてくる不幸な定めを背負った誰かのためか。
「逆に問おうか。君は私の中に父親を見出したと言ったな。
君の父親はどうしている?ご壮健かな?」
きっと、私の頬は、この上なく醜く歪んだはずだ。
「一人は、あの大火事の中で焼け死にました」
「一人は、ということは他にもいるわけか。ならばその方はどうされた?」
「食べました」
そうか、と。
彼の言葉には感情は無かった。
それが、自分の罪を責めたてる様で。
何故だか、酷く安心した。
彼は、その声のまま私を問い責める。
「美味だったかね?」
「ええ、とっても」
そうか、と。
今度こそ、彼は納得したようだ。
もう、ここに来ることもあるまい。
ならば、彼をこの光景で見るのも最後か。
だから、私はそれを強く心に焼き付けた。
彼は、相変わらず神の前に頭を垂れていた。
結局、彼は振り返ってくれなかった。
残酷だな、私は最後にそう思った。