FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode24 彼女の傷口

 俺の魔術性質の測定には思いのほか長い時間を要した。

 ああでもない、こうでもない、凛と桜、そしてキャスターが喧々諤々の議論を戦わせた後、最終的に判明した性質が『剣』。

 凛は『は?そんな性質あったの?』となかば本気で驚き、桜は『うーん、なんとなく先輩らしいです』と微妙に失礼な感想を述べ、キャスターは表情を消して黙り込んだ。

 本来、『根源に至る』という魔術師の悲願からすればベクトルのずれた性質、しかし、こと戦いにおいてはこれほど向いた性質も他にはあるまい。

 

「んー、士郎が魔術師としての道を目指すなら、お世辞にも褒められたもんじゃないけど、今、この時期に状況を限定するならこれは素晴らしい性質ね」

 

 微妙に判別に困る表情をした凛が言う。

 確かに、普通はそうなのだろう。凛の五大元素や桜の虚数属性は言うに及ばず、例えば水や火といった単一の属性なんかよりも研究には向いていない属性だろう。

 でも、俺は自分の魔術の性質を聞いて、飛び上がりそうなほど嬉しかった。

 なぜなら、俺が目指すのは魔術師ではなく正義の味方。

 求めるのは真理ではなくみんなの笑ってる顔。

 それを目指すためには、どうしても戦う力がいる。少なくとも、自分と、自分に近しい人達を守れるくらいの力は必要だ。

 だから、この性質はうってつけ。

 顔も忘れてしまった本当の両親に、少しだけ感謝した。

 

 episode24 彼女の傷口

 

 ぴんぽーん、と来客を告げるチャイムが鳴る。

 

「はーい、ちょっと待ってくださーい」

 

 まだ、少し目の赤い桜が床から立ち上がり、ぱたぱたと玄関までかけて行く。

 時間は既に午後の7時。ビジネスライクな冬の太陽は既にその仕事を終えている。

 こんな時間の来客、しかも時期が時期だ、本来ならばそれなりの不信感を覚えて然るべきなのだろう。第一、明確な目的を持たない客など、この家に張られた人払いの結界が排除する。

 しかし、俺達の間には特に緊張感のようなものは無かった。なぜなら、時間外れの訪問者の正体を、既に全員が知っているからだ。

 彼女の来訪は、事後承諾ではあったものの、既に了承を取り付けてある。凛などは少し渋ったが、マキリという家系の異常性を考えればやむを得ない処理だと考えたのだろう、最後には快く認めてくれた。

 ぱたぱたと、廊下から足音が近づいてくる。

 行きは一つだったものが、帰りは二つに。少しだけ楽しげな声も聞こえてくる。

 がちゃ、と扉が開く。

 そこにいたには、二人の美しい少女。

 桜と、代羽が、笑っていた。

 

「お邪魔します、遠坂先輩」

 

 台所で鍋を振るう凛が、にこやかに応じる。

 

「いらっしゃい、代羽」

 

 

 魔術の属性の検査が終わった後、俺は代羽を招いたことを凛達に告げた。

 

「また勝手なことを……」

 

 ソファに腰掛けた凛は、そう唸ってから両手で顔を覆ったが、

 

「いいじゃないですか、姉さん」

 

 と、桜は少し嬉しそうだった。彼女と代羽は大変仲がいい。ちょっとしたお泊り会、そんな感覚もあるのかもしれない。

 間桐代羽。

 俺や凛の後輩で、桜の親友。

 彼女の置かれた立場は非常に微妙なものだ。

 魔道の家系に生まれながら、魔術回路を持たない。

 本来庇護されるべき立場でありながら、家族にはサーヴァントの食料として襲われる。

 そして、家族の敵である俺達に、その身を保護される。

 どうにも、あやふやで、何かがずれている、そんな錯覚を覚える。

 

「しかし、代羽も可哀相だよな

 なんとなく呟いた俺の言葉に、不機嫌そうに凛が応じる。

 

「それ、絶対本人の前では言わないこと。普通の人間なら、侮辱されたって感じるわよ」

「分かってるよ。

 でも、もしあいつが生まれたのが間桐なんて家じゃなかったら、こんな厄介事に巻き込まれなかったのに、そう思ったんだ」

「あれ、士郎、言ってなかった?代羽は間桐の実子じゃないわよ」

 

 えっ?

 そんな話、聞いたこと無いぞ。

 

「……初耳だ。そんな話、どこで聞いたんだ?」

 

 我ながら固い声。何故だか知らないが、両手を硬く握り締めている。

 身体が、震える。まるで何かを拒絶しているみたいだ。

 

 何で?

 

 耳――――せ。

 

 何で?

 

 ――を、閉ざせ。

 何で?

 耳を、閉ざ――。

 

 何で?

 

 聞けば、呪わ――ぞ。

 

 何で?

 

 悪夢―、魘されるぞ。

 

 何で?

 

 知らなくてもいい。

 

 お前だけは、知ってはならない。

 

 お前は、それでも。

 

「誰にも聞いてないわ。幾つかの資料による推測ね。

 それに、そう考えないと辻褄が合わないの。1+1は2でしょ?1-1はゼロ。Xから1を引いて1を残すためには、Xは2以上の数でないといけない。でも、Xは最初は間違いなくゼロだった。だから、途中で増えたとしか思えないのよ」

 

 ……?

 よく、分からない。

 凛の話が難しいのか、ぐるぐると黒いものが渦巻く俺の脳味噌がスカスカなのかは知らないが、少なくとも俺は凛の意図するところが分からない。

 だから、ここが徳俵だ。

 残っても、きっと苦しいことだけ。

 下がれば、楽になれる。

 なのに、なんで俺は。

 

「……凛、もう少し詳しく説明してくれるとありがたい。最近、訳のわからないことばかりで、すこし混乱してる」

「わからない?つまりね――」

 

 そこまで言ってから、凛の視線が俺から逸れた。

 彼女が見たのは、俺の隣に座っていた自分の妹。

 桜を見た後で、凛は、後悔に顔を歪めた。

 

「……ごめんなさい、衛宮君。さっきの話は忘れて。少なくとも、これからの私達の戦いに影響を与えるようなものじゃないと思うから」

 

 その異常に、俺も桜を見る。

 彼女は、震えていた。

 まるでおこりを患ったみたいに、がたがたと。

 顔色は真っ青で、その見開いた瞳は僅かながら涙に濡れていた。

 

「さくら――」

「ごめん、士郎、今は何も聞かないで。

 桜、御免なさい。許して、なんて言えないけど本当に――」

「大丈夫です、姉さん、私は大丈夫」

 

 震える体を叱咤するように、少し強い声を出した桜は、無理矢理作った笑顔で微笑んだ。

 しかし、やはり身体を襲う震えは収まっていなかったし、その顔色は死人のそれに近い。

 

「そろそろ、話すべきなんだと思っていました。先輩が魔術の世界に足を踏み入れた以上、黙っていてもいずれはばれることですから、きっといい機会なのでしょう」

「止めなさい、桜!あなたには、まだ早い!」

「いいえ、姉さん。今しかないのです。今が、いいんです!」

 

 その言葉が表すのは、激情。

 そして、しばしの沈黙。

 誰も、何も話さない。

 ただ、キャスターだけが、母親みたいに優しい表情で自らの主を見つめていた。

 やがて、桜は口を開いた。

 まるで、飲み下した毒の棘を吐き出すかのように、重々しく口を開いた。

 その表情は、僅かな笑みと、それを凌駕する悲しみで彩られていた。

 

「先輩、私はね、もう、処女じゃないんです」

 

 

 殺したくなる。

 自分を、殺したくなる。

 うっかり、では済まされない。

 そんな言葉で、許されることではない。

 妹の、私の妹の、おそらくは一番脆い箇所。

 脆くて、そして、間違いなく一番痛い場所。

 そこを、ハンマーでぶん殴っておいて、うっかりでした、なんかで済むものか。

 呪いだと?

 遺伝だと?

 そんな言葉、ただの甘えだ。

 人は、原因ではなく、ただ結果にのみ責任を負うべき生き物だ。自由意志を持つという建前がある以上、それは間違いない。

 なら、私に背負えるのか?

 愛しい人間の前で、一番見せたくない傷を、暴いてしまった。

 この上なく、妹を傷つけた。

 その罪を、背負えるのか?

 許されるか?

 許されない。

 許して欲しい。

 許されてはならない。

 許されるべきでは、ない。

 後悔。

 私には、珍しい感情だと思う。

 いつもなら、起きたことは仕方ないと、無理矢理にでも思考を切り替える。

 後悔から、反省に。

 でも、今は不可能だ。

 こんなこと、反省のしようが無い。

 ああ、この一事をもって、地獄の門番は、私のために特等席を用意したことだろう。

 

「さくら、なにを……」

 

 呆然とした、士郎の声。

 それは悲痛というよりは、むしろ間抜けな響きをもって部屋に響いた。

 きっと、こいつはまだ事態が飲み込めていないのだと思う。

 飲み込んだら、きっとこの男は激怒するから。

 誰よりも、彼自身に対して。

 

「私は、昔、親に捨てられました。いらない子だということで、養子に出されたんです」

 

 いつしか、桜の震えは収まっていた。顔色は相変わらず土気色と言っていいほど真っ青だが、その視線には僅かな力が感じられる。

 

「今では、詳しいことは覚えていません。きっと、遠坂に帰される時に記憶を全て奪われたんだと思います。覚えているのは、私をもののように扱う冷たい視線と、帰っていい、と言われたときの安堵だけ。

 でも、きっとそれは幸せなことなんだと思います。きっと、あの家でのことを覚えていたら、私は私で無くなる」

 

 私は、ぎり、と、唇を噛んだ。

 微かな痛みと共に、口の中を鉄の味が満たす。

 

「でもね、先輩、私は魔術師だから、自分の身体のことは、誰よりの自分がよく分かるの。だから、分かるんです。私の身体は、既に男性を受け入れた事がある、と」

 

 拳を、握り締める。

 必要以上に力を込めたからだろう、ばきり、と爪が割れた。

 

「ときどき、夢を見るんです。どろどろとした、うねうねとした、なんだかよくわからないモノに犯される夢。きっと、あの家で私が体験したこと、なんでしょうね」

 

 それが、まるで自分の罪であるかのように。

 桜は、厳かに、頭を垂れた。

 

「……桜、お前がその家に貰われたのは、いつだ」

 

 士郎が、やっとの声を、搾り出す。

 

「……五歳の時です」

 

 桜が、やっとの声で、そう応える。

 

「……桜、お前が遠坂に帰ってきたのは、いつだ」

 

 士郎が、自分で傷を、作り出す。

 

「……六歳の時です」

 

 桜が、自分の傷口を、抉り出す。

 

 私は、何も、言えない。

 言う、資格が、無いから。

 だから、ただ、願う。

 この男が、桜の、救いになるように。

 お願い、士郎。

 桜を、助けて。

 私達を、助けて。

 

 天使が踊るみたいな沈黙。

 時計の針の音だけが、意地悪に響く。

 やがて、彼は桜を抱きしめた、

 優しい外見からは想像もつかないほど、逞しい両手と、分厚い胸板で。

 彼は、無言。

 何も、話さない。

 言葉は無力だ、まるでそう理解しているかのように。

 多分、それは正しい。

 言葉なんて、本当に、無力。

 だって、神が最初に作ったのが、言葉だから。

 役立たずな神様が作ったんだもの、役に立つはずが無い。

 人を救うのは、きっと、そんなものじゃない。

 

「先輩……?」

 

 桜は呟く。まるで、父親に甘える幼子みたいに。

 だから、きっとそれは桜にとって初めての経験なのだろう。

 桜は、父に抱きしめられたことなんて、ないはずだから。

 

「何も、言わなくていい」

 

 その声は、本当に。

 父親みたいに、優しかった。

 

「ねえ、先輩。ひとつ、お願いがあります」

「……いいぞ、オッケーだ」

「……ふふ、私、まだ、どんなお願いするか、言ってませんよ?」

「ああ、知ってる。でも、オッケーだ」

 

 ああ、わかった。

 こいつは、魔法使いだ。

 誰にも出来ない奇跡を叶えるのが、魔法使いの定義。

 なら、こいつは今、魔法を唱えた。

 だって、桜が笑ったもの。

 他の誰が、どんなに長い時間をかけても、どんなにお金をかけても、きっと出来ないこと。

 それを、あっさり実現したんだもの。

 だから、こいつはきっと魔法使いだ。

 他の誰が否定しても、私は彼を認めよう。

 そう、誓った。

 

「私は、きっと立ち直れます。でも、今は駄目。ほんの少しだけ、泣きたい。先輩、シャツを汚してしまうかも知れません、いいですか?」

 

 士郎は何も答えない。

 だって、あいつは桜に白紙委任状をきっているから。

 そんなこと、とっくに既定事項だ。

 ただ、桜を抱きしめる右手に、僅かに力を込めた。

 桜は、心地よさそうに頬を緩めて。

 気持ちよさそうに、泣き始めた。

 

「――っひ、ぐっ、うええ、うえええええぇぇぇぇ……」

 

 しっかりと桜を抱きしめる士郎と。

 士郎の胸に縋って泣く桜。

 その姿は、まるで一枚の聖画のように、私の心に消えない軌跡を残した。

 

 

 およそ十分ほど泣き続けただろうか、桜はやがて眠りに落ちた。

 俺は桜を抱き上げると、ソファに寝かしつけた。

 

「ありがとう、士郎」

 

 凛は自分の手をじっと見つめながら、そう言った。

 その手には、微かに血が滲んでいる。よほど強い力で握り締めたのだろう。

 

「……俺は、何もしてないよ」

「……知ってる。でも、ありがとう」

「そうね、お嬢ちゃん、あなたは坊やに感謝する必要があるわ。もし、桜が笑わなかったら、私がお嬢ちゃんを殺していたもの」

 

 キャスターはそう言って笑った。

 その声には一点の曇りも無かったが、それゆえに彼女が一点の曇りもなく本気なのだということが分かる。

 

「ええ、そうね。殺されても仕方ないことを私はしたわ。でも、私を殺さないで、キャスター。貴方が私を殺したら、きっとあの子が苦しむから」

 

 きっと、凛も本気だ。

 自分は殺されても仕方ないほどの罪を犯した、そう考えているに違いない。

 でも、それは。

 

「凛、あの少女は、君が罪悪感に苦しむ様など、望んではいないはずだ」

 

 部屋の片隅、今では彼の指定の立ち位置になったそこで、相も変わらず視線を明後日にやりながら、彼女の忠実なサーヴァントはそう言った。

 

「……わかってる」

「わかっているなら、速やかに実行しろ。それが魔術師たる君ではなかったか」

 

 喉元まで出掛かった怒声を、俺は飲み込んだ。

 この二人の間に、俺が口を挟む余地など無い、そんな簡単なことに気がついたからだ。

 厳しい口調は信頼の表れ。

 睨み付ける視線は、感謝の代わり。

 

「……ありがとう、アーチャー。あなた、いっぺん地獄に落ちなさい」

「ふん、君と一緒でなければ大歓迎だ」

 

 刺し殺すような凛の視線を涼やかに受け止めたアーチャーは、視線を明後日の方向に戻してから皮肉な笑みを浮かべた。

 凛は大きく溜息を吐いてから、俺の方に向き直った。

 

「さて、まだ聞きたいことはある?多分、一番くそったれな部分は終わったから、後は爽やかな話しかないけどね」

 

 当然だ。

 これで遠慮したら、俺は桜に合わす顔が無くなってしまう。

 

「……桜が貰われた家って言うのは」

「気付いてるでしょう?間桐、いえ、マキリという家系よ」

 

 マキリ。

 思い出すのは、あの夜。

 枯れた声で笑う翁と、粘りつくような不快な声で嗤う髑髏。

 白い髑髏のサーヴァントと、紫の長髪のサーヴァント。

 あいつらが。

 あいつらが、桜を泣かせたか。

 

「前も話したと思うけど、あそこは堕ちた家系でね、もう魔術の才のある子供は生まれない。そういう家は、どうすると思う?」

「……足りないものは、別の場所から補うのが魔術師、か」

「そういうこと。そして、あの家に養子をやったのは、古くから盟友関係にある家で、その名は遠坂。それだけのことよ」

 

 それだけのこと。

 それだけのことのために、桜は苦しんでるのか。

 

「父が何で桜を養子に出したのかはわからない。ただ、不用品を処分しただけなのかもしれないし、それ以外の意図があったのかもしれない。結果としては、桜は養子に出され、しばらくしてから帰された。それだけよ」

「魔術師が養子を取る理由って……」

「大きく分けて二つ。正統な後継者にする場合と、後継者を生むための子種、もしくは胎盤として必要な場合。政略結婚を原色ばりばりにどぎつくした奴って言えばわかりやすいかな。

 でも、よっぽどのことが無い限り養子を正統な後継者に挿げることはないわ。だって、魔術刻印が継げないんだから。

 だから、多分桜も胎盤として利用するつもりで貰われたんだと思う」

 

 胎盤、だと。

 人格なんて無視して、ただ子供を生むための道具として育てるってことか。

 なんて、ことを――。

 

「ストップ。

 だいたいあんたの考えてることはわかるけど、こんなのまだマシな方よ。普通は長子以外は魔術の知識のない一般人として育てられることが多いんだけど、実際、魔術師に後継者は二人は要らないわけだし、極端な家系だと二人目からは魔術の実験動物として育てるケースもあるんだから」

 

 怒りで、気が遠くなる。

 ただ、この怒りが誰に向けられたものなのかが、わからない。

 こんなことを事も無げに説明する凛に向けられたものか?

 違う。

 では、そんな外道を当たり前のように行う顔も知らない魔術師達に、か?

 それも違う。顔も知らない奴らを真剣に憎めるほど、俺は器用じゃない。

 だから、これは自分に対して向けられた怒りだ。

 自分の無知。そんな世界があることを知らず、日々を安穏と過ごしていた自分に対する怒りなのだと思う。

 

「……とにかく、桜は胎盤としてマキリに引き取られた。そこまではわかったよ。でも、じゃあ何で桜はこの家に帰ることが出来たんだ?結局あの爺のお眼鏡に適わなかったってことか?」

「……ありえないことじゃないけど、その可能性は低いわ。あの子、才能だけなら私以上よ。私も天才だけど、あの子は鬼才ね。だって、魔術刻印を継承していないのに、ほとんど私と同じだけの性能を誇ってるんだもの。異常よ、それって。

 少なくとも、堕ちたマキリ如きが食わず嫌いしていいような素材じゃない。

 だから、私はこう思ってるの。そもそも不要だったんじゃなくて、後から不要になったんじゃないか、って」

「状況が変化した、そういうことか」

 

 もともと、喉から手が出るほど欲しかったものを、あっさりと捨て去る。よっぽど趣向が合わない等の特殊な状況を除けば、その理由は限られてくる。

 例えば、マキリという家が魔道を捨て去った場合などはこれに当たるだろう。もしそうなれば、後継者を生み出す胎盤など無用の長物だし、その魔術的才能はかえって煩わしいものになるかもしれない。ならば、それをもとあった場所に帰すという選択肢もあり得る。

 しかし、現にマキリは魔道を受け継いでいる。ならば考えられる理由は、唯一つ――。

 

「多分、もっと性能のいい胎盤が見つかった、それが理由でしょうね」

 

 まるで俺の思考を読んだみたいに、凛が言った。

 性能のいい胎盤。

 そんな女性がマキリにいるのか?

 

「最初は、代羽がそれだと思ったわ」

 

 がつん、と。

 後頭部を、堅い何かで殴られたみたいに、眩暈が、した。

 年端もいかない幼子を、犯すような家系。

 魔術師である桜が、今も魘されるような悪夢。

 代羽が、それを味わったというのか。

 今も、味わっていると、いうのか。

 代羽が、俺の■■さん、が――。

 

「士郎、士郎、しっかりして!」

「シロウ、気をしっかり持って下さい!」

 

 気付いたら、目の前に、凛とセイバーがいて。

 なんだか、酷く安心した。

 

「……ああ、俺は大丈夫、話を切れさせて悪かった。続けてくれ、凛」

「……止めるって言っても聞かないでしょうね、あなたは。

 とりあえず、最初に疑ったのは代羽がマキリの後継者なんじゃないかってこと。

 彼女、少なくとも桜が養子に出された時点ではマキリにはいなかった。父さんの日記にも彼女の記述は無いし、契約時に受け取った家系図なんかにも彼女の名前は無い。これは確実だと思うの。でも、今彼女は確かに間桐の姓を受け継いでる。疑うのが当然でしょ?」

「それが、さっき言ってた『途中で増えた』っていうことか」

「そういうこと。マキリの胎盤は、最低一人は存在しないといけない。でも、桜は遠坂に帰されたし、もともとその適正のある子供はいないはず。せいぜい慎二くらいね、いたのは。

 だから、桜が帰された時点で後継者か胎盤か、少なくとも一人はいないと説明がつかないのよ」

「じゃあ、じゃあ、代羽は――」

 

 駄目だ。

 眩暈が、襲ってくる。

 眩暈が。『では問おう、衛宮士郎。』

 眩暈が。『君は、衛宮切嗣に引き取られて』

 眩暈が。『幸福だったかね?』

 眩暈が。『――そうか』

 眩暈が。『衛宮士郎、これが正真、』

 眩暈が。『最後の忠告になろう』

 眩暈が。『不幸とは己の業の深さ』

 眩暈が。『が呼び寄せるものだが、幸福』

 眩暈が。『とはただ神の御業に過ぎぬ。』

 眩暈が。『それが降りかか』

 眩暈が。『ったことについて、君』

 眩暈が。『が恥じ入ることなど何一』

 眩暈が。『つ無い。』

 眩暈が。『むしろ誇るがいい』

 眩暈が。『君は神に愛されている』

 眩暈が。『君は神に愛されている』

 眩暈が。『君は神に愛されている』

 眩暈が。『君は神に愛されているが、』

 眩暈が。『君は神に愛されているが、しかし、』

 

『神が愛し忘れた者も、確かに存在するのだよ』

 

「違うわ、彼女は胎盤でも後継者でもない」

 

 縋るように、凛を見る。

 今、彼女が自分の言葉を翻して、実は代羽が、なんて言い始めたら。

 俺は、俺でいる自信が、ない。

 

「前に言ったでしょ?『彼女とはちょっとした因縁がある』って。これがその因縁。桜と入れ替わりに養子としてもらわれた子供。嫌疑は十分よ、そんなもの。

 だから、調べたわ。それこそ、身体の隅から隅まで徹底的に。でも、彼女は魔術師でもないし、マスターでもない。おそらく、虐待なんかも受けてないと思う」

 

 妙に自信に満ちた、凛の笑み。

 

「……どうして、そんなことが、断言できる……?」

 

 ああ、わかってるんだ。

 俺には、わかってしまった。

 きっと、彼女は。

 あの神父の言ってることは――。

 

「前に、代羽があなたの家に担ぎ込まれた時のこと、覚えてる?」

 

 ふらふらと、幽鬼のような足取りで、近づいてくる代羽。

 

 

「あの時、『性的な暴行を受けた痕跡は無かった』って言ったでしょ」

 

 助けて、助けて、助けて、■■■――。

 

「彼女、まだ処女なの」

 

 助けて、■■■――。

 

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