FATE/IN THE DARK FOREST 作:shellfish
「士郎、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
居間の扉を開ける。
窓ガラスを透過した陽光が、きらきらと室内を照らす。
私の好きな、この屋敷の表情。
そこに、思い描いた男の顔は無かった。
どこに行ったのだろうか。
今日、マキリを襲撃するという話は間違いなく伝えてある。学校に行ったなんてことはありえない。
トイレ、だろうか。
それとも朝風呂。
もしかしたら、私達の部屋で、いけないこと。
頭の片隅でなる警報を意図的に無視しながら、楽観的な思考に縋る。
「士郎?」
とんとん、とトイレのドアをノックして尋ねる。
人の気配は無い。
当然、返事は、無い。
「おーい、馬鹿しろうー、どこにいったー?」
少し大きめの声で、呼びかける。
地下を除けば、この家のどこにいても十分に聞こえるだけの音量であるはずだ。
しかし、無言。
やっぱり、返事は、無い。
心臓が、どくん、と不規則なリズムを刻む。
喉が、渇いた。
「姉さん!」
その時、血相を変えた桜が私の視界に飛び込んできた。
「キャスターが先輩に渡した鞄が見当たりません!それに、先輩の靴も!」
どくん、どくん。
音が、遠い。
光が、暗い。
思考が、加速する。
今、あいつが向かう場所。
しかも、キャスターの魔具を持って。
そんなの、一箇所しかないじゃないか。
何故だ。
何を、見落とした。
どこで、見落とした。
「桜、使い魔からの報告は」
「ありません。依然、マキリ邸には変化無し、です。学校の周囲にも、マキリ慎二らしき気配はありません」
しかし、士郎がいない。
なら、向かった先は、どこだ?
何故、私達に一言も言わずに姿を消した?
「――ちっ。
お嬢ちゃん、最悪の報告。
結界が、発動してる」
そんな、馬鹿な。
慎二は、屋敷から出ていない。
校門をくぐった形跡も無い。
なのに、何故慎二が校内にいるのだ?
何を、見落とした。
きっと、致命的な何かを、見落としていたはずだ。
考えろ。
あの結界を発動させるためには、その中に術者がいることが必須条件。
つまり、今ライダーと慎二は、あの校舎の中にいる。
これは、絶対条件。
しかし、使い魔は、慎二とライダーが校舎に入るのを確認していない。
もちろん、マキリ邸から何者かが出入りしたことも有り得ない。
これも、間違いない。
つまり。
つまりつまりつまり。
慎二と、ライダーは、最初からあの校舎の中に潜んでいた。
それが、結論だ。
「キャスター、今すぐに『門』を発動!場所は校舎内!急いで!」
しまった。
魔術師は、苦境に陥れば、己の工房に篭もるもの。
その思い込みが、強すぎた。
確かに、工房は魔術師にとっての要塞である。
一般に、力ずくで城を攻め落とすには、防御側の三倍の兵力が必要とされる。
故に、地の利は計り知れない。
だから、それ以外の箇所の監視を怠った。
もちろん、全くしなかったわけではない。
校舎の探索は、かなり初期の段階で終わらせている。
それでも、内部の探索よりも、出入り口付近の監視に重きを置いてしまったのは否めない。
当然だろう、だって、慎二は工房に引き篭もっているはずだったのだから。
だが。
考えてみれば、あの校舎ほど彼らが身を隠すのに適した場所は他に無いのではないだろうか。
いまだ完成に至っていなかったとはいえ、視認できるほど濃密な魔力の渦巻く異界。しかも、その魔力はライダー自身の魔力である。ならば、彼女の存在をカモフラージュするのにこれほど都合の良い目晦ましはあるまい。
そして、言うに及ばず慎二は魔力を持たない。
ゆえに、あの結界の中で二人を探そうと思えば、当然肉視に頼らざるを得なくなる。いくらキャスターの操る使い魔が膨大とはいえ、探索に放ったのはその一部、校舎を探索させたのはさらに一握りだ。遮蔽物の多い校舎内ならば、見落としがあっても仕方ない。
だが、まだ間に合う。
結界は完成していないはずだ。
まだ――。
「だめ、お嬢ちゃん!『門』が発動できない!」
「――セイバー、アーチャー、先行して!」
頭よりも先に、体が現実に沿った指示を出す。
「承知!」
「まかせておけ」
二人の声を遠くで聞きながら、重い後悔を味わう。
くそ。
悪いときには、悪いことが重なるものだ。
あまりの怒りに、眩暈がした。
「しまった、あの宝具は結界だった……。こんな簡単なことを見落とすなんて」
「どういうこと、キャスター?」
「桜、結界の定義は?」
「結界の定義……あっ」
結界。
聖域を守る境界線。
それは、内と外を分ける、世界の継ぎ目。
ならば、そこを境に、空間は捻じ曲がる。
それが防御型の結界でも、攻撃型の結界でも、同じこと。
魔法の域に至らない、不完全な空間転移、その程度で、宝具の作った世界の継ぎ目は越えられない――!
「キャスター、桜、私達も!」
「はい!」
「うっかりなんて、私のキャラじゃないわ。もう、誰の悪癖が感染したのかしら」
ぶちぶちと不平を垂れるキャスター。
それは、私も同じ意見。
この遺伝を残したご先祖様を、殴りたくなる。
もし、私が時間旅行の魔法を極めたら、必ず実行に移そう。
そんなことを考えながら、私は玄関に向けて走った。
episode27 鮮血校舎・中
その光景を、どのように表現すればいいのだろうか。
赤い霧に囲われた校舎。
その表現では、その光景を表すのには幾許かの不足があるだろう。
どちらかと言うならば、巨大な紅い寒天で固められた、忌まわしいものの神殿。その表現の方がしっくりくる。
つまり、なんだ。
結界が、発動してたんだ。
「……あの、バカ野郎……!」
最後の望みは、断たれた。
分かっていたことだ。
分かっていたことだが、それでも俺は期待していたんだと思う。
そんなこと、何の意味も無い。
こっちが一方的に懸想して、一方的に振られただけのこと。
この件について、慎二には一切責任は無い。
だって、あいつは最初から最後まで、外道だった。
そのことについては、首尾一貫していた。
だから、これは誰のせいでもない。
ただ、あいつが自分の死刑執行書にサインした、それだけのことだと思う。
いや、俺はどこかで喜んでいないか。
心のどこかで、喝采をあげていないか。
よくやった、慎二。
いいぞ、慎二。
これで、俺は。
これで俺は、何の気兼ねも無く。
純粋に、お前を。
お前を■せる。
だって、もし、あいつが結界を解呪して。
代羽と美綴に、土下座でもして謝ったら。
俺には、無くなってしまう。
何がだ?
俺が、あいつを■す、資格が、だ。
さて、資格というのは不正確か。
なぜなら、そんなものなくても、俺はあいつを■すからだ。
だから、なくなるのは機会。
それがなくなるのが、怖い。
俺の口元を歪に変形させた、こわい笑み。
それを指摘する奴が隣にいないこと、それが少し嬉しかった。
一歩、学校の敷地に入ると、酷い眩暈が襲ってきた。
ああ、これはまずい。
本能的に、魔術回路に火を入れる。
がちり、と下りる撃鉄。
雷管に、衝撃が走り抜ける。
撃ちだされるのは、決意と殺意。
必ず殺す、必殺の意志。
キャスターから貰った鞄をひっくり返す。
がらがらと溢れる、神代の魔女の鬼子達。
色取り取りの、試験管。
小さな、獣の牙のような物。
そして、二振りの、短刀。
『いいこと?この世の全ては等価交換。その理からは、何者も逃れることは出来ない。私も一緒。材料が揃ってるならちゃんとした物を揃えられるけど、これらは間に合わせで作った出来損ない。故に、その対価は使用者から搾り取る。覚悟して使いなさい。最悪、一生寝たきりの生活を送ることだって有り得るんだから』
頭にダイレクトに響く、彼女の忠告。
俺はそれを有難く拝聴してから。
一番どぎつい薬を、手にした。
試験管の中で揺れる、虹色に輝く液体。
蓋を外して、一気に呷る。
口に含んだ瞬間、鼻腔に抜ける異臭で、吐きそうになる。
両手で鼻と口を抑えて、なんとか踏み止まる。
そして、嫌がる身体を押えつけて、強制的に嚥下終了。
これで準備は完了した。
凛達に何も言わずに家を出たのは流石に不味かった気がするが、今はそんなこと考えている場合じゃない。
まるで、目の前に紅い布を突きつけられた闘牛だ。
ただ、突っ込むだけ。
なら、華麗な闘牛士が慎二で。
そのサーベルが、ライダーか。
いいじゃないか。
闘牛士と闘牛の戦績が如何程傾いているかは知らないが。
闘牛士を惨殺した闘牛だって、確かに存在するのだ。
ならば、俺は牛でいい。
勝率が1パーセントでもあれば、十分だ。
だいたい、あんな声を聞かされて頭に来ない奴はいない。
例え獣だって、自分の肉親が目の前で甚振られたら、捨て身の反撃に出るだろう。
代羽が、犯された。
慎二に、犯された。
俺の■が、汚された。
慎二如きに、汚された。
汚されたのだ。
怒り。
憤怒。
原初の、罪。
いいぞ。
俺に、うってつけだ。
それが大罪というなら。
喜んで、地獄に落ちよう。
あいつを許して。
へらへらと安穏に過ごすくらいなら。
灼熱の溶鉱炉の方が、きっと心地よい。
きっと、あいつは教室にいる。
待ってろ、慎二。
すぐに、行く。
そして、あっという間に、お前を。
◇
校舎の三階。
斜陽に照らされたみたいに、紅い廊下。
その中心。
倒れ伏した顔も見えない生徒。
それを、まるでブリキの王座みたいにして。
慎二が、座っていた。
「ああ、二十分で来るって言ったのに、二十一分もかかるもんだからさ、退屈で結界を発動させちゃった。お前のせいだぜ、衛宮。お前が来るのがもっと早けりゃ、こんなことにはならなかったんだ」
「ああ、そうだな。すまない」
信じられないほど、落ち着いた声。
きっと、決意というものはこういう所に反映されるのだろう。
「……気に入らないな。何余裕ぶってんだよ。ほら、もっと慌てて懇願したらどうだい?『慎二、結界を止めろ』とか『今なら間に合う』とかさ。ひょっとしたら気が変わって、反省するかもしれないぜ?」
「ああ、そうかもしれないな」
器用だなと、我ながら不思議に思う。
視界を変色させるほどの怒り。
殺意で塗りつぶされた思考。
それでも、人間のような会話が出来るのだ。
これも慣れと言ってよいものなのだろうか。
「僕は、お前が気に入らない」
「そうか、悪かった」
いつだっただろうか、慎二と知り合ったのは。
『お前、馬鹿だろ。あんなの黙ってればいいのにさ』
「親無しの、魔術師の家系でもないくせに、サーヴァントを召喚しやがった」
「ああ、その通りだ」
覚えている。中学二年生の文化祭のときだ。
『いいように使われてるって分かってる?』
「僕は、名門マキリの後継者だ。お前なんかとは違う、選ばれた人間だ」
「凄いな、知らなかったよ」
いらない苦労を背負った俺を罵倒して。
『アタマの足りない三年も、さっきまで礼を言ってた一年もさ』
「その僕が、この二日間、どこで寝泊りしてたか知っているか、衛宮。体育倉庫だ。まるで学校に忍び込んだ浮浪者か何かみたいに、あの埃臭い部屋で、膝を抱えて隠れていたんだ。くそ、お爺様の言いつけじゃなけりゃ、誰があんな所に」
「ひょっとして俺のせいかな」
一人で夜通し作業を続ける俺を、つまらなそうに眺めて。
『とっくに帰って忘れてるって言うのにさ』
「物音がするたびに、跳ね起きるんだ。遠坂に見つかったんじゃないか、あの女が、あの笑顔で背後に立っているんじゃないかって。白状するとね、昨日、十年振りくらいに寝小便をしちまった。はは、自分の小便まみれのズボンを洗うのは、凄く情けなかったよ」
「可哀相にな、慎二」
でも、最後にこう言ってくれたんだ。
『ふうん。お前馬鹿だけどさ、いい仕事するじゃん』
「だから、僕はお前を殺す。絶対だ。絶対に殺すぞ、衛宮」
「ああ、知ってる。知ってるよ、慎二。だから」
殴ってやる。
その言葉は、殴られてもいい、という意思表示だ。
何をしてもいい。
その言葉は、こちらも何でもするよ、という意思表示だ。
慎二、お前は、俺を殺す、と言ったな。
なら、俺はお前を殺していいという事になる。
殺す、殺す、殺す。
はは、まるで小学生の口喧嘩だ。
自分の吐いた台詞がどんな意味を持つのか知らない、無知な存在だけが口にする言葉だ。
いつ読んだ漫画だっただろう。
ギャングの漫画だ。
昔の、ギャングが主人公の、漫画だ。
その敵役が、自分の弟分を諌めた言葉だ。
『ブッ殺す、と心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだッ!』
ああ、その通りだと思う。
それが一番美しい。
大言壮語もいいだろう。
しかし、行動がそれに伴わないのは、如何にも見苦しい。
だから、行動と思考が一致するのは美しい。
だから、殺す、と口にするのは美しくない。
でも、それは一面正しいが、一面では間違えている。
なぜなら、人は言葉でコミュニケーションを取る生き物だからだ。
獣は牙を剥く。
それは戦闘開始の合図であると同時に、戦闘を未然に防ぐための最後の希望だ。
『引いてくれ。お前が引かなければ、俺達は殺し合いをしなければならない。そんなの、嫌だ。俺はお前と戦いたくない。だから、こんなにも怖い顔で、唸り声をあげるんだ。お願いだ、引いてくれ』
人は、牙を剥く代わりに、言葉を吐く。
殺す、きれた、やってやる、許さない。
それらの言葉は、最後通牒だ。
もちろん、そうでない場合もある。
しかし、その言葉で相手が引いてくれたら。
すみませんでした、ごめんなさい、もうしません。
そう言って、尻尾を巻いて逃げ出してくれたら。
そう期待する思考が、どこかに存在しないか。
それは、優れたコミュニケーションだ。
争いを未然に防ぐための、最高の手段だ。
だから、俺は口にしないぞ、慎二。
さっきから、心を埋め尽くす、たった一つの単語を、絶対に口にしないぞ。
顔だって、優しいはずだ。
だって、怖い顔をして、お前に逃げられたら困るから。
無言。
本当の意志は、絶対に表に出さない。
顔だって、にこやかに。
笑って、優しく。
お前を、殺してやるんだ。
慎二は、にっこりと笑った俺を、まるで化け物か何かを見るようにして一歩下がり、そしてこう言った。
「……でも、お前を殺すのはいいけどさ、ただやりあうのもつまらないだろ? 僕は魔術師じゃないから不公平だし、ただのケンカじゃ僕が勝つのは判りきってる。だからここは公平を期して、お前にはこいつの相手をしてもらう事にしたんだ」
じわりと。
空間を侵食するように現れた、紫色の影。
一度見たことのある人影だ。
しかし、一度も見たことのない人影だ。
斜陽に照らし出された、マキリの家。
鷹揚に、ソファに踏ん反り返った慎二の後ろ。
そこに、彼女はいたはずだ。
だらん、と下げられた両の手。
生気のかけらも無い表情。
しかし、まるで宝石のように美しい紫の髪。
血塗れの巫女。
そんな印象だった。
だが、今は。
だらん、と下げられた両の手。
それは、変わらない。
だが、その表情は、獲物を前にした喜悦に歪み。
その髪は、濁った血の色に犯され。
全身を、乾かぬ鮮血で飾っている。
血塗れの巫女というよりも、勇者の返り血に笑う魔王。
そんな、幼稚なイメージが浮かんだ。
あの夜、アーチャーにやられた傷はある程度は癒えているものと見える。
ならば、この俺にどの程度の勝率があるのか。
『サーヴァントは人に有らざる者。人たるあなたが敵しようなど片腹痛い』
セイバーの忠言が、耳に痛い。
『一応忠告しておくけど、それらを十全に使ってもサーヴァントには歯が立たないわ。それらは、ただ生き残るために使うこと。いいわね?』
ごめん、キャスター。
俺は、あなたの作ってれた魔具の使い方を、多分間違える。
でも、今なんだ。
今、意地を張らないと、きっと、俺は駄目になる。
ここが、最後の一線だ。
ここで引いたら、後は下がり続けるだけになってしまう。
二本の短刀を、ゆるりと構える。
日本刀というよりは、むしろ鉈やマチェトに近い形状。
先端に重心のある、ものを断ち切るに優れた形状。
もちろん、込められた魔力も並ではない。
それでも、目の前の相手の前では、ロケット花火よりも頼りない。
「は、ははは、何だ、衛宮、お前本気でサーヴァントを相手にするつもりかい?いいじゃん、せいぜい足掻いてみろよ。最後は屑みたいに殺してやるからさ!」
耳に障る慎二の笑い声。
それで、思い出した。
一番大事なことを、忘れていた。
「慎二、最後に聞きたい」
「へえ、最後のお願いなら聞いてあげないといけないね。助けてください、以外なら聞いてやるぜ」
……ひどい勘違いだ。
俺が叶えて貰う最後の願いなんじゃなくて。
お前が叶える事が出来る、最後の願いなのに。
「代羽は、どこだ」
代羽は。
俺の■さんは。
お前が、汚した、俺の、■さん、は。
「はは、なんだ、そんなことか。いいぜ、教えてやる」
慎二は、ごそごそと、制服のポケットに手を突っ込み、そこから小さな機械を取り出した。
「最近のオーディオプレイヤーって便利だね。録音再生機能まで付いてる。買うときはこんな機能いらないって思ったけど、思わぬところで役立つもんだね、これって」
奴が、その小さなボタンを押す。
スピーカーは付いていないのだろう、しかし、イヤホンから微かな音声が漏れる。
『……やめて下さい、兄さん。私は何をされても構いませんから、その服は汚さないで。
遠坂先輩が、借してくださったのです』
その声は、あの電話の。
「わかった?お前は釣り上げられたの。代羽はここにはいないよ。僕だって、本当はここに連れて来たかったさ。ずたずたにしたお前の前で、あいつを犯してやったら、どんな声で啼くか、楽しみだったしね」
「……そうか」
何故だか、ほっとした。
「これを録音したのは、お前んちでやった『料理合宿』から帰ってきた日だよ。あいつ、いつもはマグロみたいに何にも反応しないのに、この日は珍しく嫌がったんだ。その理由が、遠坂の服を汚されたからだってさ。健気だね、全く」
あの日。
あの日か。
雨に洗われた、夜の坂道。
セイバーと代羽と一緒に、歩いたんだ。
あいつは、笑って、ありがとうございます、と言ったんだ。
きっと、自分が家に帰れば、どんな目に合うか、知っていたはずなのに。
それでも、代羽は、笑ってたんだ。
「あいつ、無表情で気味が悪いけど、あそこの具合だけは最高だからさ。残念だね、衛宮。お前も僕に従っていれば、一回ぐらいやらせてやったのに。そうそう、知ってるか、衛宮。あいつ、実は化け物なんだぜ。あいつ、何回やっても――」
「――黙れ」
声が、硬い。
駄目じゃないか。
隠さないと。
怒りは隠して。
敵意は隠して。
殺意は隠して。
あくまでも、友好的に。
あいつを、殺さないと、いけないのに。
「――衛宮、僕が喋っているんだぞ。お前、自分の立場が――」
「慎二、俺が黙れと言ったんだ。お前は屠殺場の豚みたいに黙ってりゃいいんだ」
未熟だと思う。
あの弓兵が見れば、鼻で笑うくらい、未熟だ。
でも、構わない。
これ以上、あいつの薄汚い口で、代羽が汚されるくらいなら。
俺は、未熟だろうが、構わない。
「……分かった。要するに、早いとこ死にたいんだ、衛宮は。いいよ、そんなに死にたけりゃ殺してやる」
ああ、もう。
殺すとか、死ぬとか、五月蝿い。
早くしろ。
こんなに、俺はうずうずしてるんだ。
戦いたくて、うずうずしてるんだ。
お前の、喉笛を、掻き切りたくて、うずうずしてるんだ。
「やれ、ライダー!その馬鹿を、叩き殺せ!」
疾走してくる、濁った静脈血色の、魔王。
迎え撃つのは、きっと旅の宿から出たばかりの新米冒険者だ。
それでもいい。
俺は、敵に向かって、右の短刀を、振り下ろした。