FATE/IN THE DARK FOREST 作:shellfish
ずん、と、衝撃がお腹を貫く。
剣道の試合で、何度か味わった感覚に似ている。
似ているが、しかし、非なるもの。
まず、その実在感。
衝撃だけでなく、刃そのものが皮膚の下にめり込むというのは中々珍しい感覚だ。
次に、冷たさ。
痛点と冷点がその対応を間違えているのか、不思議なくらい痛みは無く、不思議なくらい冷たい。
最後に、恐怖。
これは、この感覚は、そのまま死に直結するもの。そう体が知っている。体中から噴出す脂汗は、何よりの証拠だと思う。
でも、後悔なんて、無い。
あのまま寝てたら、もっと痛かった。
士郎が間桐君を殺す瞬間を見るなんて、もっと辛かった。
もしかしたら、間桐君が悪いのかな、と思う。
士郎がこんなに怒ってるんだもん、きっとそうだよね。
でも、殺しちゃ駄目。
殺したら、笑えなくなる。
そんな人、お爺様の知り合いに、何人もいたから。
それとも、もう笑うことしか出来なくなるか。
笑いながら人を殺すことしか、出来なくなるか。
私は許さないぞ、士郎。
あなたがそんな人間になるなんて、絶対に許さない。
きっとこれは望んだ結末。
私が全身全霊で望んだ、結末。
だから士郎。
そんなに悲しそうな顔をしないで。
あなたが悪いんじゃないから。
あなたが責任を背負わなければいけないのは、間桐君を殺そうとしたこと。
そのことは、一生をかけて償ってください。
でも、私を傷つけたことは、あなたのせいじゃない。
私があなたの前に飛び出した。
誰もそんなこと、予測できないよね。
あなたの狙う的の前に、ふらふらと自分の意志で飛び出した、お姉ちゃんが馬鹿なだけだから。
お願い、あなたは笑っていてください。
多分、しばらくは無理だと思うけど。
それでも、殺しさえしなければ、いつかは笑えるよ。
大丈夫、私は絶対に死なないから。
士郎の剣なんかで、絶対に死んでやらないから。
だって、私が死んだら、きっと士郎は立ち直れない。
それくらい、自惚れじゃなくて確信してる。
なんたって、私はあなたのお姉ちゃんなんだぞ。
お姉ちゃんは絶対に死なないのです。
お姉ちゃんは強いから。
安心して、士郎。
少し、眠るだけ。
起きたら、全力で殴ってあげる。
殴って、暴れて、喚いて。
最後に、ぎゅうって抱きしめてあげるから。
楽しみに待っててね、しろう―――。
episode30 絶望
あ。
「うん、間に合った」
あ、あ。
「士郎、駄目だぞ、そんな危ないもの振り回しちゃ」
あ、あ、あ。
「本当、怖い顔してたけど……」
あ、あ、あ、あ。
「よかった、いつものしろうにもどった……」
なんで。
なんで、あなたが。
なんで、わたしは。
なんで、あなたが、ここにいるのですか。
なんで、わたしは、あなたをきずつけているのですか。
なんで、あなたは、そんなにちをながしているのですか。
なんで、わたしは、あなたを――。
殺してしまったのですか。
「藤ねえ―――――――――!」
笑顔を浮かべたまま、ふわりと倒れる彼女。
神様よりも早く動いて、なんとか抱き止める。
ほとんど、反射に近い。
「何で!」
慎二が、悪いんだ。
「何で!」
みんなを苦しめてるから。
「何で!」
代羽を、犯したから。
「何で!」
何で。
「何で!」
あなたが、あんな奴を、庇うんだ。
あいつは死んで当然のことをしたんだ。
殺さなきゃいけないんだ。
罪には罰を。
行いには報いを。
因果には、応報を。
俺は、正義の味方だから。
悪い奴は、やっつけないと。
皆を苦しめる奴は、排除しないと。
なのに。
何で、あなたが――。
「ゆるしてあげて、しろう」
蚊が鳴くような、小さな囁き。
「まとうくんを、ゆるしてあげて」
なにを、いまさら――。
「ふふ、しろうはがんこだねぇ……」
だって、あいつは、あいつは。
「じゃあ、せめてじぶんを、ゆるしてあげて。そんなに、じぶんを、いじめ、ないで……」
嫌だ。
俺は、絶対に許せない。
正義の味方なのに。
切嗣から、理想を受け継いだのに。
こんなの、嘘だ。
こんなこと、認められない。
こんなのは、正義の味方じゃあ、ない。
「くそ、血が出てる、痛い、痛いぞ、ちくしょう!」
慎二が、叫んでる。
「病院だ、こんなに血が出てる、役立たずの藤村め、教師としては欠陥品なんだから、せめて生徒の盾くらいにはなれってんだ!」
藤ねえの身体を貫通した刃が、ほんのちょっぴり慎二を傷つけたらしい。
「こいつ、僕を殺そうとしやがった!くそ、ライダー!こいつを殺せ、今すぐだ!」
「慎二」
自分でも、不思議に思うほど、心は穏やかだった。
嵐の中心は晴天、それに近いのかもしれない。
「頼む、藤ねえを助けてくれ」
藤ねえをそっと横たえる。
剣は抜かない。
抜けば、一気に出血量が増えて、ショック状態に陥ると聞いたことがあるからだ。
「頼む、慎二、藤ねえを助けてくれ」
「はぁ?何で僕がそんな役立たずを助けなけりゃいけないんだよ!だいたい、お前は今から死ぬんだから、そんな心配はしなくていいんだ!」
俺は、深く深く、頭を下げる。
「この通りだ、慎二。俺は殺されても構わない。ライダーの養分にでもしてくれ。だから、慎二、藤ねえを、皆を、助けてやってくれ」
ややあって。
へえ、と。
優越に満ちた声が、聞こえた。
数分前なら、吐き気が収まらなかっただろう、嫌な声。
しかし、今の俺にそんなことを考える余裕は無い。
「……しおらしくなったじゃあないか、衛宮。でも、人にものを頼むときって、そんな態度じゃあ不味いんじゃないの?」
一瞬の迷いも無く、廊下に膝を突く。
手をついて、額も擦り付ける。
土下座。
「お願いします。藤ねえを助けてください。皆を助けてください。お願いします。お願いします。お願いします」
ははは、と、嗜虐に満ちた笑い声が、静寂な廊下に響く。
「いいぞ、そうだ、その姿が見たかったんだ!最初からそうしてれば、こんなことにはならなかったのにな!お前が悪いんだぜ、衛宮!」
狂笑は止まらない。
それでも、いい。
何十分の一か、何百分の一か。
どんなに僅かな可能性でもいい。
慎二が、ほんのちょっぴりの気紛れを起こして、彼女達を助けてくれれば。
それは、今から俺が素手でライダーを倒すよりも、遥かに高い可能性だろう。
そのためなら、このカボチャみたいな頭くらい、いくらでも下げてやる。
「お願いします」
「うんうん、やっぱり人間、分相応に生きないとね」
「お願いします」
「今のお前は悪くないぜ、衛宮、ああ、いい気分だ」
「お願いします」
「うーん、どうしようかなぁ」
ぐいっと、後頭部の髪を掴まれた。
顔を引き起こされて、そこにあったのは、醜く歪んだ慎二の顔。
人はここまで醜く笑うことが出来るのか、その生きた標本だ。
「でも、だぁぁめ。ちょっと遅かったね、衛宮。心配するなよ、一人で逝かせるなんて、残酷な真似はしないからさ。ちゃんと藤村も殺してやるよ。赤信号、皆で渡れば怖くない、って言うじゃん。だから、怖いことなんて何一つないぜ?」
舌を卑猥に動かす慎二。
嘲るような調子で、続ける。
「遠坂達もだ。ちゃんとあの世に送ってやるよ。まぁ、たっぷり楽しんだ後になるから、いつになるかはわからないけどね」
駄目か。
やっぱり、無駄だったか。
仕方ないか、慎二。
お前は、きっと俺が無手だと思っているだろう。
ある意味では、それは正しい。
しかし、それは根本的に間違えている。
俺は、無手になるということは絶対に無い。
いつだって、この手に武器を握ることが可能だ。
今、そのにやつく口元を、もっと大きくしてやることだって出来るんだ。
でも、それはしたくない。
藤ねえが、泣くからだ。
きっと、お前を殺せば、藤ねえは泣く。
それは、とても嫌な事だ。
だから、我慢した。
ちろり。
だから、お前に頭を下げた。
ちろり。
でも、お前は、止まってくれなかった。
ちろり、ちろり。
だから、火をつけたのは、お前だ、慎二。
一旦は、完全に鎮火した、業火。
その、燻る火種に、再び着火したのは、お前だぞ、慎二。
ちろり、ちろり、と。
舐めるように、炎が、広がっていく。
もう、収まらない。
誰も、止められない。
藤ねえは、泣くだろうし、悲しむだろう。
でも、死ぬよりはマシだ。
目の前で、大事な人を失うなんて、一度あれば十分だ。
だから、慎二。
俺は。
「さあ、ライダー、もう飽きちゃったからさ、こいつ殺してよ」
「投影、開――」
「やだ」
――。
たった二文字の、絶対的な拒絶。
あまりにも幼い返答は、周囲の張り詰めた空気を弛緩させた。
「はぁ?もう一度言うぞ、ライダー。こいつを、殺せ!」
「やだ。ころさないんじゃなくて、ころせないから、やだ」
……どういう意味だ。
慎二は、ライダーのマスターなんじゃないのか。
「お前、僕の命令には従う、そう言ったじゃないか!」
「でも、そのめいれいは、さいしょにうけためいれいとむじゅんするから。だから、したがえないの」
「はぁ?そんなこと、聞いてないぞ!お前が僕に絶対服従するって言うから、『偽臣の書』を作らせなかったんだ!約束が、違う!」
「そんなの、しらない。でも、わたしはさいしょにめいれいされたから。『えみやしろうをころすな』って」
命令された?
誰に、だ?
「そんなの知ったことか!だいたい、新しい命令は古い命令より優先されるんだ!殺せったら殺せ!」
癇癪を起こした幼児みたいに喚く慎二。
それを、おそらくは冷ややかに見つめるライダー。
「うん。ふつうなら、そうだよね。でも、このめいれいは、れいじゅをつかっためいれいだから。だから、やぶることはできないの」
令呪を使った?
たった三つのコマンドスペル。
空間転移などの、奇跡すらも可能にする切り札。
戦術ではなく、戦略面においてすら影響を及ぼす、兵器。
それを使って、俺を殺すなと、そう命じたのか。
一体、誰が。
「――そんなこと、知るか!よし、分かった。お前がやらないなら、僕がやる!」
慎二は、ポケットから、折りたたみ式のナイフを取り出した。
しゃこん、と刃が飛び出る。
「そうだ、どうせ殺すなら直接殺したほうが気持ちいい!どうせ爺の指示だろう!あいつが自分から令呪を使うなんて、そんな自由認められてるはずが無い!なら、爺に感謝しないとね!」
慎二は、ナイフを振りかざす。
かわすことは出来ない。
かわせば、藤ねえに当たる。
「死んじゃえよ、衛宮!」
俺は藤ねえの上に覆いかぶさって、強く、目を閉じた。
「ああ、そういえば、そのめいれいにはつづきがあってね」
呆けたような、ライダーの声。
その直後聞こえた、かつん、という、妙に硬質な響き。
例えるなら、皿を猛スピードの銃弾が貫通したら、こんな音が鳴るのではないか、そんな音。
構えた衝撃は、いつまでたっても訪れない。
不審に思って、慎二を見上げる。
刹那、ぱしゃり、と暖かい液体が降りかかってきた。
妙に粘ついて、鉄臭い。
あれ、慎二。
お前、何してんだ?
お前の顔、いつからそんなに平坦になっちゃったんだ。
まっ平らで、でも、真っ赤。
まるで、CTスキャンか何かで撮った、人体の断面図みたいじゃないか。
いや、それよりももっとリアルだ。
だって、物凄く、派手だ。
黄色い脂肪の粒。
極彩色の血管。
白い、骨。
乳白色の、脳味噌。
そして、未だ拍動を続ける心臓と共に溢れ出す、赤い血液。
そんなに見せて、恥ずかしくないのか、慎二。
脳味噌なんか、今にも零れ落ちそうじゃあないか。
慎二、慎二。
お前。
「『えみやしろうをころすな、そして、かれをころそうとするものを、ぜったいてきにはいじょしろ』だってさ」
ぺろり、と。
哂いながら、爪に張り付いた慎二の肉片を舐め取るライダー。
ぐらり、と。
崩れ落ちる、間桐慎二だったもの。
そして、天井には。
唖然とした、慎二の顔が張り付いていて。
ぎょろり、と動いた目玉が。
悲しそうに、俺を映した。