FATE/IN THE DARK FOREST 作:shellfish
「傷は、癒えたか?」
「……」
「既に、言葉も紡げぬほど狂ったか。それとも、その沈黙は肯定か」
「……あなた、おいしそう」
「……もはや、哀れとは言うまい。
私が貴様を殺すのは純粋なる私怨だ。恨みたくば恨め。罵倒したければ気の済むまですればいい」
「……たべて、いい?」
「この戦場は主の作った戦場。故に、この剣は主の剣と思え。今から貴様を叩き潰すこの剣だ」
「……いいのね?」
「好きにしろ。思う存分喰らうがいい。ただし――」
「……いただきま――す」
「貴様が喰らうのは、騎士王たる我が怒り、彼の従者たる我が誇り。さぞかし胃に靠れよう、心して喰らえ――!」
「くふ、久方ぶりだな」
「二日前にあったばかりだ」
「神は一週間で世界を創りたもうた。ならば二日、悠久と言って差し支えあるまい」
「ふん、『戦いに前口上は不要』、誰の言葉だったかな」
「ああ、これはすまない。柄にも無く高揚しているようだ。なにせ、既に君の死に様が見えてしまっているのだからいけない」
「ほう、人の死に様を視るだけで興奮する予言者か。不幸だな。そんなもの、人ごみを歩くだけで天に召されよう」
「くふふ、心配なく。私に興味があるのは、君の死に様だけだ。あとのものは高尚すぎて、私の趣味に合わない」
「予言は勝手にすればいい。実現はさせん」
「……貴様は彼女にとって有害だ。この場で殺す」
「そうだな、害虫駆除は早ければ早いほどいい。なんだ、気が合うじゃあないか」
「まったくだ、私と貴様は気が合う」
「ふざけるな、虫唾が走る」
「くふ、本当に気が合うな、我々は」
episode35 saber.archer,rider.predictor
星。
恒星、惑星、衛星、彗星、流れ星。
夜空を彩る数々の星の呼び名。中にはただの塵が人の記憶に軌跡を残すものもある。
押し並べて、星とは夜空に輝くもの。
それらを、人々はただ見上げるのみ。
ならば。
今、地上に咲く星を、誰が見上げるのか。
青く澄んだ白色矮星と、赤黒く濁った赤色巨星。
ぶつかり合うそれらは、いっそ不快なほど澄んだ蒼天のもと、他の何よりも輝いていた。
交錯し、衝突し、弾かれ、なお交錯する。
まるで、お互いが生み出す重力に惹かれ合うかのように。
地上より見上げるものは、誰もいない。
ただ、星々が、天空よりその光景を見上げていた。
「はあぁぁ!」
無機物ですら圧するような気合。
振り下ろされるのは、剣という範疇に含まれる万物の中で最も高位、人々の想念の具現、『かくあれかし』、その理想の結晶。故に、切れぬものはこの世にあらじ。
ただ、悲しきかな、それはただ、剣。物理法則には逆らえぬ。なぞれば切れる、触れれば貫く。ならば、なぞらねば切れず、触れねば貫けぬ。
一撃必殺。
その一撃が、彼女には思いのほか、遠い。
しかし、そのことをもって彼女を非難するのは愚昧に過ぎよう。
彼女は疾い。
彼女は聡い。
彼女は上手く、何より強い。
剣の英霊、その二つ名に恥じぬほどには。
ただ、相手が悪かった。
身体中を朱に染め、血を滴らせる堕ちた女神。
彼女は聡くなかった。
彼女は上手くなかった。
しかし、何者よりも疾く。
ひたすらに、強かったのだ。
これほどか。
私は脅威を覚えた。
敵の頑強さに対してではない。
この存在に対して、生を勝ち取った我がマスターに対してだ。
これが。
これが、彼女の本当の姿か。
強い。
疾い。
まるで、あの狂戦士に届くのではないか、それほどの戦闘能力。
低く地に伏せる、とぐろを巻いた蛇の如き姿勢。
身に纏うのは黒い装束。
病的に白い肌。
赤黒く、心臓のように拍動する長髪。
溢れ出す様な魔力、それはこの学校で青春を謳歌していた若者達の生命だ。
奇妙な眼帯の下、おそらくは瞳があるであろうそこからは、絶え間なく紅い涙が流れている。
おそらく、泣いているのだろう。
何が悲しいのか、分からない。
ただ、頬を流れる真紅の雫が、こう言っている気がした。
『殺してくれ』、と。
しかし、彼女は微笑んだ。
ぱかり、と鋭角に口を開けて、どこか爬虫類じみた、冷血な笑みで。
「あなた……よわいね」
その言葉に偽りは無い。
認めよう、今この場において、彼女は私よりも強い。
化け物じみたスピードに、あの貧弱な釘剣で私の聖剣を押し戻す怪力。
いや、そもそもあのような無銘の短剣を私の剣が両断できないなど、本来あり得ないことだ。
考えられるのは、唯一つ。
彼女の存在それ自体が、強化された。
英霊の装備はその服飾に至るまでが自身の格に影響される。故に、あの短剣も存在自体が強化されたのだろう。
英霊の格は召喚された地における知名度に影響されると言うが、それが突然変化するなどあり得ない。
おそらく、彼女は本当の姿に戻りつつあるのだ。
だから、あの涙は仮初の彼女の哀願なのだろう。
殺してくれ。
私を、殺してくれ。
私が、私であるうちに、私を殺してくれ。
そう泣き叫ぶ声が、聞こえた気がした。
◇
「vae」
奴がそう呟くと、昼間でもそうと分かるほど光輝く物体が姿を現した。
その数、約十。
ふわふわと、風に弄ばれる綿毛のように、所在無く宙を舞っている。
ずいぶんと短い詠唱だ。あの夜、やたらと長い時間をかけて詠唱していた魔術とは別物か。
「ふん、『禍いなるかな』、か。貴様が呼び出すのは何色の馬だ、それともラッパ吹きの天使でも呼び出すつもりか」
「ほう、なかなか博識。だが、いずれにしても違いはあるまい?私は貴様を殺す。それとも、貴様は私を殺す。過程に差こそあれ、結論は変わらないのだ。ならば、そこに論じる価値など生まれようがないだろう」
ゆらり、と。
朽ちた巨木が己の質量に耐え切れず、めしめしと、倒れる瞬間のように。
蒼い髑髏が、動いた。
相変わらず猫背気味の姿勢。ゆえに私が見下ろす形になっているが、きちんと背を正せば、私と同じくらいの背丈なのかもしれない。
その動きは鈍重。
青の槍兵となど比べるべくもない。
白い髑髏の暗殺者と比べても、際立って遅い。
常人よりも多少速いか、その程度。
奴が一歩を踏み出し、それを降ろし終えるまでに。
私は五本の矢を放った。
眉間、人中、喉、心臓、肝臓。
皆中。
何の音もなく、まるで吸い込まれるように矢が当たる。
しかし、奴は歩を止めない。
「くふ、痛いな、痛いな、痛くて死にそうだ」
矢を放つ。
矢が当たる。
矢を放つ。
矢が当たる。
矢を放つ。
矢が当たる。
矢を放つ。
矢が当たる。
矢は全て当たる。
悉く、外れ矢など、存在しない。
しかし、奴は歩を止めない。
まるで、ヤマアラシか何かのような外見になった奴は、それでもなお悠然と歩いてくる。
「ああ、痛い、痛い、痛い。君は酷い奴だ。ああ、憎いな、憎いな」
分かっていたことだ。
キャスターの、神の怒りそのものといっていいような大魔術を喰らって、この男はなお嗤っていたのだ。私の放つ、何の変哲もない矢如きで倒せる相手ではないことくらいは分かっていた。
「ああ、決めたぞ。君は殺そう、今決めた。
君は僕が殺すぞ。俺が殺すぞ。我が殺すぞ。私が殺すぞ。儂が殺すぞ。我輩が殺すぞ。愚生が殺すぞ。
殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。殺すぞ。
我々が、貴様を、殺すぞ」
色々な声が聞こえた。
色々な口調が、響いた。
それらの全てが、例えようもなく。
ただ、おぞましかった。