FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode38 BLADE PLAYS WITH SNAKE. ;THE THIRD

 勝敗は、決した。

 彼女の、勝ちだ。

 

episode38 BLADE PLAYS WITH SNAKE. ;THE THIRD

 

 激烈な勢いでの突進。

 これが一手。

 それをかわし、隙を突いて飛び込んできた敵に合わせる風の鉄槌。

 これで二手。

 寸前でそれをかわした敵になおも襲い掛かる、風を纏った神速の一撃。

 それで、三手。

 通常なら、そこで終わり。

 それは、蛇神に痛烈な痛手を強いたであろう。

 しかし、それで終わり。

 それだけでは、蛇は死なぬ。

 蛇は再生の象徴。

 しぶとく、生き汚いが、蛇の信条。

 故に、彼女は四手目を用意した。

 特別なことではない。

 極めて単純だ。

 彼女がしたことといえば、その聖剣を、持ち替えただけ。

 右手から、左手に。

 そして、左手に握った剣を、敵の視線から隠れるように巧みに持ち替えた。

 難しいことではない。

 ただ、左手を背中に回しただけ。

 それだけのこと。

 それだけのことで、一度その姿を現した聖剣は、再びその姿を隠したのだ。

 今度は、安っぽいトリックによって。

 しかし、蛇神は、騎士王の右手に剣を幻視した。

 それも致し方あるまい。

 なぜなら、一度聖剣が姿を現したとき、彼女には風王鉄槌という圧倒的な危機が迫っていた。

 ゆえに、その視界には聖剣が映っていたが彼女の脳がそれを認識し得なかったのだ。

 そして、騎乗兵が風王鉄槌をかわしたときには、既に剣は左手に持ち替えられていた。

 つまり、騎士王の右手には何も握られていない。

 から..、だったのだ。

 それに騎乗兵は気付かない。

 いや、騎士王が気付かせなかった。

 そして、風を纏った神速の突進。

 横薙ぎに振るわれる、からの右手。

 己の中で作り出した剣の幻想に脅えた騎乗兵は、それをかわさざるを得なかった。

 首筋を狙って振るわれた偽りの剣を、彼女は身を沈めてかわそうとする。

 もしも、本当に騎士王の右手に聖剣が握られていたならば、その一撃は騎乗兵の髪を刈り取るだけで、空しく宙を舞ったであっただろう。

 しかし、彼女の右手には何も握られていない。

 故に可能なのだ。

 新たに何かを握ることが。

 最初から、騎士王の狙いは騎乗兵の首などではない。

 最終的な目的がそれでも、今は違う。

 

 彼女の狙いは、騎乗兵の髪の毛。

 美しく、そしてしなやかで、おそらく簡単には千切れない。

 それを、掴み取ること。

 それが、彼女の目的。

 

 普通、激烈なスピードの中で常人の髪を掴めば、即座に千切れ飛ぶか、それとも頭皮ごと引き千切るか、そのいずれかだろう。

 しかし、この騎乗兵に限ればそれは有り得ない。

 なぜなら、その髪は、魔眼と並んで彼女の象徴といえるものなのだから。

 髪の毛を蛇に変えた、呪われた女神。

 それこそが彼女の伝説。

 ならば、その髪が容易く千切れるはずは無い。

 だが、剣士がそれを知り得たはずもないのだ。

 彼女が知っていたのは、そして信頼していたのは、全く別のもの。

 彼女が知っていたもの、それは己の能力であり、彼女が信頼したのもまた、己の能力のみ。

 騎士王のみに許されたスキル、未来予知じみた直感によってもたらされた感覚。

 それを信じて、敵を縛る手綱を掴み取ること。

 それだけが、騎士王の狙いであり、それは完全に成功した。

 そして、彼女は勢いにまかせて、騎乗兵を思いっきりコンクリートの壁に叩きつけた。

 

 凄い音だった。

 

 ごしゃ、とか、ぐちゃ、とか。

 肉が、潰れる音。

 骨が、拉げる音。

 そして、コンクリートが粉微塵になった音。

 濛々と、細かく砕かれたコンクリートが、煙のように舞い上がる。

 砕けたコンクリート、その破片に塗れた灰被りの蛇。

 力を失って崩れ落ちかけるそれを、髪を掴んだ片手で引き摺り起しながら、騎士王は初めて嗤った。

 戦局、ここにいたって、初めて立場は逆転した。

 今や、捕食者は小さき少女であり、哀れな贄こそが蛇だった。

 騎士王は、歓喜と共に呟いた。

「捕まえたぞ」、と。

 騎乗兵は、絶望と共に聞いた。

「捕まえたぞ」、と。

 

 

「捕まえたぞ」

 私は呟いた。

 

「捕まえたぞ」

 かのじょはつぶやいた。

 

 

 彼女は、無言でその爪を振りかざした。

 

 わたしは、がむしゃらにつめをふりかざした。

 

 

 彼女の爪が、頭部を掠める。

 

 わたしのつめが、かのじょのひたいをかすめる。

 

 

 力は無い。きっと、意識が朦朧としているのだろう。

 

 ちからがでない。あたまがふらふらだ。

 

 

 私は、無言で、彼女の髪の毛を手繰り寄せる。

 

 かのじょは、よろこびながら、わたしのかみのけをひっぱる。

 

 

 左手に握った聖剣を振るう。

 

 かのじょのけんが、わたしにきばをむく。

 

 

 狙いは、彼女の右足。

 

 ねらいは、きっとわたしのみぎあし。

 

 

 彼女がかわそうともがく。

 

 わたしはかわそうとあがいた。

 

 

 右手で彼女を御する。

 

 かのじょのみぎてが、わたしをしばりつける。

 

 

 ざくっと。

 

 ざくっと。

 

 

 彼女の右足が、宙を舞う。

 

 わたしのみぎあしが、なくなる。

 

 

 彼女が鳴く。

 

 わたしはなきごえを、あげた。

 

 

「ひいいいいいぃぃぃぃぃ!」

 

 騎乗兵の泣き声が響く。

 彼女の足は、膝から下が綺麗に失われていた。

 ばしゃばしゃと、濁った血が舞い散る。

 まるで壊れた噴水のようだ。

 それでも、騎士王はその右手を離さない。

 崩れ落ちる騎乗兵を、無理矢理引き起こす。

 

「ああ、その悲鳴を聞きたかった」

 

 今は、かけらの喜悦も、その表情に浮かばない。

 彼女は、ただ無表情。

 無表情のまま剣を構え。

 無表情のまま、それを振り下ろす。

 頭部を両断すべく放たれた剣線は、とっさに身を捩った騎乗兵の左肩から先を切り飛ばした。

 

「あああああぁぁぁぁ!いたいいいいいいぃぃぃぃぃ!」

「……足掻くな」

 

 どさり、と騎乗兵は地に伏せた。

 騎士王の右手は、既に騎乗兵の髪を放している。

 なぜなら、既にその必要が無くなったから。

 彼女の前にいるのは、既に人の形をしていない哀れな贄。

 片腕を根元から失い。

 足の長さは不揃いになった。

 髪を振り乱しながら、己の血溜りの中で悶え狂うその姿。

 それは、断末魔にのたうつ大蛇を思い起こさせる。

 

「ひいいぃ、ひいいぃぃぃぃっ!」

 

 息も絶え絶えに、騎乗兵は這いずり逃げる。

 そこに英霊の誇りなど、微塵もありはしない。

 

「……見苦しいといえばこの上ないが、その在り様には敬意を表する」

 

 かつかつと。

 手負いの騎乗兵を追い詰める、乾いた足音。

 騎乗兵は振り返る。

 己を断罪する死神を目に焼き付けん、そう言わんばかりに。

 

「いいいいいぃぃぃひひひひひひひっ!いたい、いたいよおぉ!ひひ、いたいひひひ!」

 

 嗤う。

 死に物狂いで、嗤う。

 衝かれたように、憑かれたように、嗤い狂う。

 

「いひ、いひひひ、ひひひ、ひどいよぉぉぉ!てが、あしが、なくなっちゃったよぉぉぉ!」

 

 しかし、騎士王は無言。

 無言で、足を進める。

 その胸中にあるのは、哀れみ。

 許すつもりのない敗者に哀れみを向ける、それが如何に非道なことか知っていながら、彼女は目の前の仇敵を哀れまずにいられない。

 

 おそらく、違う。

 この敵は、こんな存在では無かったはずだ。

 もっと誇り高く、もっと神々しい存在だったはずだ。

 ならば、誰が。

 誰が、彼女を堕としたのだ。

 一体、誰が。

 

 先ほどとは趣の異なる怒りによって、彼女の胸中は飽和していた。

 だから、彼女は剣を構えた。

 風の鞘を脱ぎ払い、その姿を見せた、名高い神剣を。

 最早、一時たりとも彼女を生かしておいてはいけない。

 それが、彼女なりの慈悲だった。

 

「きらいだ、あなたなんか、だいっきらいだぁぁぁ!」

 

 失われた手足を、振り乱す。

 残された右手で、近くに落ちていた小石を放り投げる。

 その様は、奇しくも彼女の仮初のマスターであった少年の狂態に酷似していた。

 それでも、騎士王の歩は止まらない。

 ゆっくりと、ゆっくりと、歩み寄る。

 不可避の死。

 それに抗うように、蛇は狂う。

 狂い、踊る。

 血が、血が、舞い散る。

 血が。

 

「だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だから、だからぁぁぁ!」

 

 血が。

 舞い散る血が。

 舞い散る濁った血が。

 舞い散る濁った血が、魔方陣を、形作った。

 

「しんじゃえぇぇぇぇ!」

 

 何かが、その中から突進してきた。

 騎士王の直感、それが全身に危機感を響かせるほどの何かだ。

 彼女は、先ほどまで持っていた身の程知らずな感情を振り捨てて、横っ飛びに飛び退く。

 千切れかけた脚部の筋肉、それでこれだけの反応を示せたのは奇跡と言うほか在るまい。

 それでも、逃げ遅れた彼女の一部、軍靴の踵が、じゅ、と嫌な音をたてて蒸発した。

 地に倒れ伏した彼女は、火で炙られたように痛む右足の踵に顔を顰めながら、身体を起こす。

 そして、見た。

 天に羽ばたく、その姿。

 漆黒の威容。

 その優美な翼は、まるで天に君臨する猛禽のよう。

 赤い目と、尖った牙は、本来のその種の持つ器官では有り得ない。

 いや、そもそも、宙で嘶く汗馬など、存在し得ないではないか。

 だが、神話の中でなら、それは存在する。

 天馬。

 ペガソス。

 呪われた女神、メデューサの血液から生まれた、幻獣。

 しかし、伝説のそれは、処女雪のような純白の姿ではなかったか。

 ならば、あれは。

 なるほど。

 穢れが、伝染したのか。

 それに、しがみつく様に跨る騎乗兵。

 片手は根元から失われ、片足は膝から下を失った。

 それでも、彼女は騎乗兵なのだ。

 その手に黄金の手綱を握り締め。

 失われた片手の代わりに、口で手綱を噛み締め。

 狂い嘶く天馬を、御している。

 

「――見事」

 

 騎士王の口を衝いた一言は、純粋なる感嘆の言葉。

 彼女は、初めてこの敵を尊敬した。

 あそこまで狂い、手の施しようが無いほど堕ちても、彼女は騎乗兵だった。

 その事実に、騎士王は鐙を外す想いだったのだ。

「その天馬が貴様の宝具か。…いや、微妙に違うな。しかし、本質としては変わるまい」

 騎士王は、ゆっくりとその聖剣を肩に担いだ。

「敵に敬意を表するとは、些か偽善的ではあるが…、たまにはいいだろう」

 天馬が、漆黒の天馬が、蒼天を大きく旋回する。きっと、その全力をもって彼女を叩き潰すつもりなのだろう。

「我が名はアルトリア。ブリテンの王にして、騎士王の二つ名を頂く者。名も知れぬ騎乗兵よ、冥府でこの名を思い出せ」

 襲い来る天馬。

 まるで、主神の放った一本の矢。

 その眩しさに目を細めつつ、彼女は端麗なくちびるを開く。

 その聖剣の、真名を解放するために。

 戦いを、終わらせるために。

 

騎英の(ベルレ)―――」

約束された(エクス)―――」

 

 二つの声が、重なる。

 二つの極光が、重なる。

 それは神話の再現でありながら、如何なる神話をも凌駕する激突。

 神々をすら駆逐する、力と力の衝突。

 誰にもその戦いを知る資格は、無い。

 天より覗き見る、傲慢な神々にも、だ。

 あるとすれば。

 辛うじて、それでもあるとするならば。

 

手綱(フォーン)!」

勝利の剣(カリバー)!」

 

 そう、己の命をかけて、この戦いに生きると決めた、地を這う矮小な者にこそ、その資格はあるのかもしれなかった。

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