FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode41 遊ぼう、まずはそれから

 悪い冗談みたいな光景だった。

 男が立っている。

 まるで、長い歴史、風雨に晒された石像のように、厳然と、立っている。

 しかし、その石像には、首が無い。

 その男には、首が無いのだ。

 そして、首が無い男の後ろで、何かが揺れている。

 何か。

 球に近い。

 それが、揺れている。

 それが転げ落ちないのは、辛うじて繋がった皮、一枚のおかげ。

 ぶらぶらと、揺れている。

 それは、風に遊ばれる巨大な果実、そのように見えないこともない。

 ぶらぶら、ぶらぶら。

 

 揺れているのは、人間の頭部。

 

 私が放った斬撃によって半ば断たれたそれは、まるで大きく後方を覗くかのように仰け反り、その極彩色の切断面を露にしている。もし、今、奴に意識があるならば、上下逆さまになった自分の背後の風景を見るという、中々に得難い体験をしているはずだ。

 皮一枚をもって胴体と繋がったその様は、前後が逆であることを除けば、古来の切腹の作法である『抱き首』の状態に近いといえるだろう。

 胴体側の切断面より舞い散る血飛沫。それは、瞬時に大気と交わり、胸の悪くなるような血臭を周囲に撒き散らす。その臭気も、雲ひとつ無い晴天のもとでは、どこか良く出来た芝居めいた非現実感を醸し出すにすぎないのだが。

 どれくらいの間があったのだろうか。少なくとも、間欠泉のようなその墳血の勢いが、ゆったりと染み出す湧き水のそれになる位の時間はたったはずだ。

 やがて、石像のように確固と直立していた奴の体は、ゆっくりと崩れ落ちた。

 前後に倒れたのではない。

 跪くように、下に。

 力無く、だらりと下げられた両の手はそのままに、まずは膝がコンクリートとぶつかる。ごん、という乾いた音が響き、そして、奴はゆっくりとうつ伏せに、前方に向かって地面に伏した。

 自然、奴の仮面が見えた。

 ぼう、と上空を見上げる、生首。

 泣き顔の、恨めしそうな、顔。

 それは、当然のことではあるが、奴の生前と何ら変わることはない。

 ただ、無機質で、道化染みている。

 勢いを失った墳血が、じわじわとコンクリートを紅く染めていく。それはやがて私のブーツを濡らしたが、私はそれをじっ、と見つめただけだった。

 別に、敗者に黙祷を捧げていたわけではない。

 ただ、驚いていたのだ。 

 

 呆気なかった。

 

 意外を覚えるほどに、呆気なかった。

 拍子抜けと言ってもいい。

 あの夜、キャスターの大魔術をまともに喰らって、なお嗤っていた化け物と同一とは、とても思えない。

 或いは傀儡かとも思ったが、どうもそうではない。この魔力の色と質は、確かにあの夜感じたそれらと同一である。

 確かに、奴の首を断ち切った武具、ハルペーの持つ効力は奴にとって天敵であるだろう。また、そういった武具を相手によって使い分けられることが、私が持つ一番大きなアドバンテージであることも間違いない。

 屈折延命。

 自然治癒以外の如何なる再生能力も無に帰すこの鎌剣の効力は、不死を武器とする死徒のような類には効果覿面である。もちろん、私はそれを承知の上でこの扱い辛い武具を用意したわけではあるが、こうもあっさりと勝負がつくとは思っていなかった。

 

「――驚いたな」

 

 我知らず口を割って出た呟き。

 それは、何よりも端的に私の心情を表していたのだろう。

 しかし、いつまでも呆けてはいられない。

 ライダー。

 あの夜とは、比較にならぬほどの重圧感。

 如何にセイバーでも、苦戦は必至だろう。

 手を出すな、とは言われたが、まさか彼女が殺されるのを、指を銜えて見ていられるほど私も正直者ではない。

 これは戦争。

 いかなる手段もその目的のもとに正当化される。

 ならば、例え彼女に蔑まれることになろうと、私はライダーを討とう。卑怯者と謗られようと、背後よりライダーを射抜こう。

 そこまで考えて、私は足を上げた。

 いや、上げようとした。

 だが、足は上がらなかった。

 何かが、足首を、掴んでいた。

 がっちりと。

 生者を海底へと引きずり込む、亡者の手のように。

 ぞくり、と、冷たい何かが脊髄を駆け上る。

 驚愕と、一握りの得心を持って、地面に目を向ける。

 そこには。

 

「ぐぶ、私も、驚いだよ」

 

 首を断たれたまま、ごぼごぼと血泡を吐き出し嗤う、泣き顔の髑髏が、居た。

 

episode41 遊ぼう、まずはそれから

 

 髑髏の背中が、沸き上がる。

 ごぽごぽと、沸騰する熱湯のように。

 襤褸のような外套、その下で何かが湧き上がっている。

 

「その武器は何だ?いま一つ、傷の治りが悪い。差し詰め、対不死者用に特化した武具といったところかな?」

 

 相も変わらず、彼の首は断たれたまま。

 うつ伏せに寝転がった身体で、首だけが仰向けに弓兵を見つめる。

 呼吸器官など存在しない、首だけの髑髏が、和やかに語りかける。

 ぼこぼこと変質を続ける髑髏の背中。

 徹底的に現実感を欠いたその光景が、弓兵から咄嗟の判断力を奪った。

 髑髏の握力など、たいしたことは無い。少なくとも、英霊の末席である弓兵が振り払えないほどのものではない。

 しかし、彼は動こうとしなかった。

 いや、動けなかった、と言ったほうが正しい。

 今、彼の思考を支配しているのは、たった一つの疑問である。

 

『何故』

 

 この一つの、しかし根源的な問いが、彼から行動を奪った。

 何故。

 何故、髑髏は生きているのだ。

 確実に、奴の急所を破壊した。

 しかも、その得物はハルペー。

 例え、伝説に名高いかの女怪でも、死ぬ。

 死なざるを得ない。

 なのに、何故。

 

「しかし、中々小細工をしてくれるものだな。床丸ごとを落とすことで私の足止めをするとは。階下の人間などどうなってもいい、そういうことかな?」

 

 それは、この異形の髑髏の言うとおりである。

 円を描くように逃げ続けた髑髏。

 それを追う弓兵は、彼に向かって短刀を投擲し続けた。

 そして、地面に突き立つ短刀。

 それらの描く地上絵も、当然、円を描く。

 弓兵は、地に突き立ったそれらを、頃合を見て爆破した。

 全く同一のタイミングで爆発する剣の形をした爆弾は、二人の戦闘によって劣化した地面を破壊する。

 例えば、缶詰の蓋のように、綺麗に抜け落ちるならよし。

 或いは、粉微塵になって崩れ落ちるなら、それもまたよし。

 いずれにしても、致命的な隙を作ることが出来る。

 弓兵はそう考えていた。

 現実には、屋上の地面となっていたコンクリートは、爆発によって作られた断面を境に僅か数十センチ陥没したに過ぎなかった。それでも、弓兵はその隙を見逃さなかったわけではあるが。

 つまり、おそらくは階下で失神している生徒達に被害は出なかった訳だ。崩れ落ちたコンクリートの破片で傷ついた者くらいはいたかもしれないが。

 だが、それはあくまで結果論である。万が一、コンクリートの床が丸ごと崩落し、階下の生徒が下敷きになる可能性は存在した。

 弓兵は、あえてそれを無視した。

 確かに、彼はその解析能力と空間把握によって、こうなることを見越した場所を戦場にすべく、敵を巧みに誘導した。

 しかし、それだけだ。

 もし、万が一の事態が起きたら。

 万が一、階下の人間が、死ぬことがあれば。

 

 運が無かったのだろうさ。

 

 そう割り切るだけの非情さを、彼は兼ね備えていた

 時と場合によっては、目的のために自らのマスターすら切り捨てる強さ。

 荒れ果てた荒野を、ただ一人突き進むことの出来る、覚悟。

 それは、紛れも無く彼の強さであり、彼の歩んできた道程の苛烈さを物語る。

 その彼が、例え一瞬とはいえ、戦場において思考を奪われた。

 一瞬。

 だが、致命的、そう呼べる隙。

 その瞬間に、髑髏は、変貌を遂げていた。

 辛うじて人と呼べるものから。

 明らかに、人とは異なるものに。

 結論から言えば、彼は誤った。

 弓兵は、武器の選択を誤ったのだ。

 この人ならぬ人型を倒すために彼が手にすべき得物は、屈折延命を持つハルペーなどではなかったのだ。

 彼が手にすべきだった得物は、かの大英雄の、斧剣。

 そして、それの繰り出す絶技。

 斬っても斬っても、無限に増え続けるヒュドラ、その頭の全てを同時に射抜いたとされる大英雄の射を模した、剣の技。

 射殺す百頭。

 増え続けるものを、殺しきる。

 その剣が、そして技こそが、相応しかった。

 

 つまり、単純なことだ。

 一匹の巨象を倒すよりも。

 同じ質量の蟻の群れを、殺し尽くすほうが、遥かに難しい。

 それだけのこと、だった。

 

 

 ばしゃあ、と、液体の零れる音。

 同時に、びびび、と、繊維の裂ける音。

 ぶちぶちと、肉の千切れる音。

 同時に、きちきち、と、何かの軋る音。 

 神経に触る音の、大合奏だ。

 その指揮者、目の前の髑髏は、嗤っていた。

 くふくふと、さも楽しげに。

 

「接近戦を挑んだのは、他ならぬ君だ。

 ――よもや、卑怯とは言うまいね」

 

 奴の背中から、何かが、生えていた。

 宙そのものを掴み取ろうとするかのように、ばらばらに蠢く何か。

 先端は、尖っている。表面には性質の悪い悪膿のような突起が付着しており、フジツボのへばり付いた鯨の頭部を思い起こさせる。黒光りのするそれらは、金属質の光沢と、訳のわからぬ粘液に濡れ、如何にも不快なイメージを叩き込む。

 先端以外の部分には、それ自体が凶器じみた、凶悪に太い繊維が生え揃っている。

 そして、それらが幾つかの節に分かれ、ぎちぎちと、蠢いている。

 脚。

 それも、蜘蛛。

 タランチュラ。

 それの持つ脚部を凶悪にすれば、こういったフォルムになるのだろうか。

 しかし、このサイズは。

 かの槍兵が持つ、真紅の槍。

 それよりも、長い。

 その節を伸ばせば、一本が三メートルには届くだろうか。

 長大な、脚。

 それが、髑髏の背中から、生えていた。

 その光景、例えアラクノフォビアで無かろうが、常人であれば卒倒することは間違いあるまい。

 そんな、姿。

 スキュラ。

 伝説上の、幻獣。

 下半身を、醜い六頭の猛犬に変えられた、悲劇の美女。

 何故か、そんなイメージが、浮かんだ。

 断たれたままの奴の首。

 それが、嗤う。

 嗤い続ける。

 

「君は英雄だ。八対二。常識的な数字で安心したかね?」

 

 どうやら今日は、厄日らしい。

 私は大きく溜息を吐いた。

 

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