FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode42 君の名を呼ぶ

 金属と金属のぶつかる音。

 火花が舞い散り、硬質な擦過音が神経に鑢をかける。

 それらに、時折液体をぶちまける音が混じる。

 周囲をそれらの音で飽和させながら、二人は戦う。

 いや、二人、という表現が果たして正しいかどうか。

 少なくとも、片方は人の姿をしていない。

 背中より化け蜘蛛の脚を生やし。

 あっさりと、まるで模型か何かのように、一度は泣き別れになった頭部を嵌め込んだその姿。

 それを、人と呼ぶには、一抹の抵抗がある。

 あれを人となど、呼べるものか。

 人ならば、自らの誇りにかけて、そう思うに違いない。

 あれは、人では無い。

 人では、無い。

 

 戦局は、先ほどと正反対になった。

 髑髏は前進する。

 弓兵は後退する。 

 弓兵が、飛び退く。

 髑髏が、間合いを詰める。

 接近戦を嫌がっているのは、明らかに弓兵。

 彼のクラスの持つ特性からすればそれは当然のことと言えるのだが、先ほどまで執拗に接近戦を挑んでいた彼の戦い方を考えれば、些か弱腰との謗りを免れまい。

 ならば、賞賛を受けるべきは彼を後退させた預言者か。

 しかし、それもまた抵抗がある。

 けたけたと嗤いながら、人外の武器を持って英雄を追い詰めるその姿。明らかに、英雄に討たれるべき、醜怪な化け物。例えその実がいかんであっても、人は視覚にこそ真実を求める生き物。ならば、彼を手放しで賞賛するのは不可能だ。

 いずれにせよ、追う預言者と、退く弓兵。

 その構図に間違いは無い。

 何故、そのような構図が出来上がったか。

 それは、機先を制したのが預言者であったからだ。

 タイミングの上でもそうであるし、精神的にもそうだ。

 本来の弓兵ならば、いくら如何に相手の手数が多かろうが、その程度のことで後退することなどあり得ない。彼は機関銃の一斉掃射の如き槍兵の攻撃と互角に打ち合ったのだから。

 だが、預言者の身体の奇怪性が、弓兵の攻撃から積極性を奪った。

 この八本の脚だけならば、何の問題も無い。現に、襲い来るそれらを、捌き、いなし、そして斬り飛ばしている。つまり、押す退くという駆け引きを除けば、依然優位にあるのは弓兵なのだ。

 然るに、弓兵が敵の懐に飛び込めないのは、再生し続ける蜘蛛の脚と、それ以上に預言者の隠し玉を恐れるからだ。

 まだ、何か隠しているのではないか。

 まさか、これだけではないだろう。

 その、思考。

 彼の長年に亘る闘争の歴史、それが告げる警告。

 それらは、まさに正しい。

 その事は、遠からず実証される。

 

episode42 君の名を呼ぶ

 

「……貴様、本当に、人か?」

 

 またしても、唇を裂いて出た、呟くような疑問。

 このような状況においては、それは無意味どころか罪悪ですらあるだろう。

 しかし、目の前の髑髏は、やはり嗤いながらそれに答える。

 

「くふ、私は人だよ。少なくとも、貴様よりは人に近い。

 なぜなら、私はまだ人を殺したことが無い。なるほど、そう言う意味では、君は英雄だ。一人殺せば殺人者、百人殺せば英雄か、名言だな、これは」

 

 嘲る口調。

 しかし、奴の攻撃の苛烈さは一向に衰えない。

 脚。

 先端を凶器と化した、現実にはあり得ない蜘蛛の脚。

 それが、絶え間なく私を襲い続ける。

 上から、振り下ろすように。

 横から、降りぬくように。

 下から、掬い上げるように。

 絶え間なく、ほぼ同一のタイミングで。

 ぎちぎちと、不快な音をたてながら。

 それと、打ち合う。

 下がりながら、打ち合う。

 がりがりと、剣戟の音を立てながら。

 干将・莫耶。

 両手に握った双剣で、それらと打ち合う。

 金属質な先端部は、流石に硬い。

 故に、狙いは節。

 そこなら、比較的簡単に切断することが出来るからだ。

 それだけ。

 それだけのこと。

 斬り飛ばせば、生え変わる。

 無限めいた再生力。

 たったそれだけのことだ。

 たいしたことは無い。

 これならば、あの夜の槍兵のほうが、遥かに脅威である。

 しかし、私の足は、前に出ることを知らない。

 下がり続ける。

 このまま奴と打ち合えば取り返しのつかないことになる、まるでそう言うかのように。

 その時、妙に間の抜けた声が、聞こえた。

 本当に、間の抜けた。

 

「おやあ?」

 

 それは、目の前の髑髏から。

 

「おやおやぁぁぁ?」

 

 今まで聞いたことのないくらい、神経に触る声で。

 

「おやおやおやぁぁぁぁぁぁ?」

 

 奴は、笑い始めた。

 

「くはッ!」

 

 笑いながら、前に出てくる。

 

「あはははははははは!」

 

 奴の腹部が、盛り上がった。

 

「ふっはははははははははは!」

 

 そこから、何かが飛び出てきた。

 

「ヒヒヒヒひひひひひひひひひひひ!」

 

 私の眉間を狙ったそれを、辛うじてかわす。

 

「やめてやめてやめて!」

 

 それは、鎌だった。

 

「しぬしぬしぬしぬしぬしぬ!」

 

 ぬらぬらと、まるで死蝋化した死体のように濡れた、金剛石の、鎌。

 

「なるほどなるほどなるほどなるほど!」

 

 そのとき、上から何かが降ってきた。

 

「そうかそうかそうかそうかそうかそうかそうか!」

 

 それは、針。

 

「かわいそうにかわいそうにかわいそうにかわいそうにかわいそうに、かわいそうになあ!」

 

 鎌と同じく、てらてらと光った、腐った金剛石の、蠍の持つ、毒針。

 

 横っ飛びに、かわす。

 がしゃ、と、コンクリートに何かが刺さる音。

 体から、明らかに己の質量を超える虫の器官を生やした醜悪な預言者は、それに喰らいついてくる。

 

「――何が、そんなにおかしい」

 

 私の手には、 干将・莫耶 。

 しかし、それは短刀と呼べるようなサイズではない。

 まるで、ささくれ立った私の心情を吐露するかのように、凶悪なフォルム。

 かの大英雄の岩剣、それに届かんとする刃渡り。

 背には、猛禽類の持つ、初列風切羽根のような、棘。

 なるほど、これは名剣である。

 使い手の欲しい形状を、ここまで如実に読み取ってくれる。

 オーバーエッジ。

 

「ふんっ!」

 

 干将を、横薙ぎ。

 莫耶を、上段から振り下ろす。

 それらを、同時に。

 必殺のタイミング。

 然り、髑髏は反応すら出来ない。

 胴は真っ二つに切り裂かれ。

 肩から腰骨まで、一文字に裂けた。

 金剛石の鎌は折れ。

 同じく、金剛石の毒針は千切れ。

 鋼鉄の蜘蛛の脚、その半ばを断たれても。

 やはり、髑髏は、笑っていた。

 

「Equus albus,Equus rufus,Equus niger , Equus pallidus!」

 

 千切れた上半身、それが過たず、下半身と癒着する。

 

「Epheso, Smyrnae, Pergamo, Thyatirae, Sardis,Philadelphiaeフ, Laodiciae!」

 

 奴は、大きく後ろに飛び退いた。

 

 現れた光体は、三桁に届かんとする、大群。

 それらは、やはり、きちきちと歯を鳴らし、私を慈しむように包囲した。

 同時に、奴の体から、ぶちぶちと、無数の突起が飛び出た。

 それは、脚であり、角であり、鋏であり、鍵爪であり、触脚であり、毒針であり、鎌であり、牙であった。

 ありとあらゆる虫の、最も攻撃的なパーツ、それが奴の体から生え揃っていた。

 悪夢。

 悪夢が、嗤っていた。

 

「八対二ではなかったのか」

「くふ、預言者とは嘘吐きの別称である、そうは思わないかね?」

「ふん、違いない」

 

 間合いは、一足一刀よりやや広いか。

 固有結界の詠唱には、時が足りない。

 周囲には、鼠の子一匹這い出る隙間も無い。

 そして、全方位を同時に攻撃する武器は、無い。

 ローアイアスでも、背後、上空からの攻撃をかわすのには厳しいか。

 なるほど、これは『詰み』に嵌った、そういうことか。

 己の置かれた状況に、苦笑が漏れた。

 それでも、最後まで為すべきことは為さなければなるまい。

 

「――工程完了。全投影、待機」 

「君は、初めから全力で来るべきだった。そうすれば、私如き一溜りも無かっただろう」

 

 ――確かに。

 私は、全力のつもりだった。

 全力で弓を絞り、剣を振るった。

 しかし。

 しかし、固有結界の展開を含めた、本当の全力にはほど遠かった。

 勝てる。

 戦力を温存したまま、勝てると。

 この敵は、所詮そこまでではないと。

 そう、思い込んでいた。

 少なくとも、ハルペーが奴に通じなかった時点で、早々に戦術を切り替えるべきだったのだ。

 慢心。

 そう、言ってもいいだろうか。

 

「……貴様、さっきまで手を抜いていたか」

「いやあ、どうも君と打ち合っていると興が乗ってきてね。少し、無茶をしてみた。しかし、何とかなるものだね、意外と」

 

 仮面の下の奴の顔が、おそらくは喜悦に歪んだ。

 確かに、私は追い詰められている。

 しかし、この程度の窮状、生前に幾つも切り抜けた。

 鷹の目、そして心眼。

 ならば、此度も切り抜けてみせる。

 

「停止解凍、全投影連続層写――!」

「させるか――」

 

 その二つの声。

 それに、もう一つの声が、重なった。

 

「――Ατλασ」

 

 時が、止まる。

 原子が、その運動を止める。

 声も出ない。

 ただ、光のみが、己の置かれた状況を認識させる。

 周囲は、静寂に満ちていた。

 静寂の中で、静止していたのだ。

 異形の預言者も。

 奴の生み出した、女の顔をした、何かも。

 そして、私も。

 あらゆるものが、静止していた。

 

「貴方も英霊の端くれでしょう。その程度、自分で何とかしてみなさい」

 

 そんな、キャスターの声。

 無茶を言ってくれる。

 神代の大魔術師、その魔術を、この脆弱な身をもって打ち破れと。

 しかも、それが味方と呼べる女性の言なのだから、始末が悪い。

 ここで私が尻尾を巻けば、彼女から永遠に嘲笑されるは必定。

 ならば、あの愚か者ではないにせよ、虚勢を張らねばなるまい。

 精一杯の、虚勢を。

 

「――なるほど、君はいい女だ」

「やっと気付いた?」

 

 ぱりん、と、音を立てて砕け散った何か。

 それを無視して、私は疾走する。

 目標は、かの髑髏。

 私の手には、干将・莫耶――。

 

「駄目!」

 

 彼女の声が、響く。

 

「投影するなら、あの化け物の斧剣にしなさい!」

 

 ――。

 事の仔細を考えている余裕は、無い。

 今は、彼女の言葉こそが絶対だ。

 

「I am the bone of my sword.」

 

 虚空から、絶大な重量感。

 ずっしりとした、節くれ立った感触。

 それを、握り締める。

 なるほど、これが正解だ。

 なんの根拠も無く、確信した。

 

「ちいいいぃぃぃぃっ!」

 

 私とほぼ同時に、奴も戒めから解き放たれていた。

 当然だ。

 奴と私は同一の魔術によって固定化され、それを私が打ち破ったのだから。

 しかし、私のほうが、疾い。

 私のほうが、最初の一歩が、早い。

 だから、貴様には、かわし得ない。

 

「それがどうした!私には、これが――!」

 

 襲い来る、忌まわしい光球の群れ。

 しかし。

 

「――Αερο」

 

 光球は、その数を上回る、魔女の光弾によって、打ち消された。

 

「ねえ、坊や。これ、ひょっとして、魔術のつもり?」

「おんなぁぁぁぁぁぁ!」

「脆すぎるわ。もう少し、勉強なさい」

 

 奴は飛び退く。

 私は、その分前進する。

 戦局は、再び逆転した。

 そして、三度逆転させるつもりは、毛頭無い。

 ここで、決める。

 必殺の意思。

 それを込めた、大上段からの一撃。

 

「ちいいいいぃぃぃぃぃ!」

 

 奴は、体から生やした無数の脚を、牙を、角を、鋏を。

 全て、防御に回した。

 折りたたまれた、黒い塊。

 硬い外骨格。

 攻めれば、全てを貫く矛。

 守れば、全てを弾く盾。

 まるで、黒い、壁。

 しかし、この剣は、それらの概念全てを叩き伏せる、神の仔の怒り。

 小汚い虫程度に、防げるものではない。

 構わず、振り下ろす。

 割り箸を折るように、軽い感触。

 ばきばきと、小枝を折るような、小気味のいい音。

 そして、紙の如く切り裂かれる、外骨格。

 不潔な粘液が、飛び散る。

 それは、コンクリートの地面に付着すると、じゅ、と奇妙な音を立てた。

 剣は、全ての盾を両断した。

 ぶすぶすと、辺りを焦げ臭い幻臭で圧しながら、振り切られた一撃。

 そして、奴は――。

 

 無傷で、そこに立っていた。

 全ての虫の器官を切り離し、奴はそこに立っていた。

 なるほど、あれは囮。

 堆く積まれた外骨格を囮にして、奴は逃げ出していたか。

 蜥蜴の尻尾きり。

 ほんの少しだけ、感心した。

 そして、奴は無傷。、

 今までと、同じ。

 しかし、今までとは様子が違う。

 そこに、一片の余裕も無い。

 ただ、必死に、己の不死を忘れたかのように、荒く呼吸を繰り返す。

 あたかも、寸でのところで断頭台から生還した、死刑囚のように。

 ぜえぜえと、見苦しく。

 まるで、生き物みたいに。

 

「……私如きに、英雄二人掛りか」

「まさか、卑怯なんて言わないわよねえ。二対一。常識的な数字でしょう?」

「――ふん、身に余る光栄だよ」

 

 肩を激しく動かしながら、奴は喘ぐように、言った。

 己から生え出した、忌まわしい虫によって切り裂かれた襤褸の外套。

 その隙間から覗く、褐色の皮膚。

 そして。

 

 辛うじてかわした、私の剣線。

 それが両断した、奴の仮面。

 かつん、と乾いた音が、今更のように響いた。

 

 そこに在ったのは。

 泣き顔の仮面、その下に在ったのは。

 見るも無残な焼け爛れた顔でもなく、この世のものとも思えぬ醜男でもない。

 端正な顔立ち。

 鷹のように鋭い目つき。

 すっきりと通った鼻筋。

 形の整った唇。

 

 しかし。

 その瞳は極端に小さく、貌は四白眼の狂相。

 唇の両端が持ち上がっているのは皮肉からではなく、嘲笑ゆえに。

 背筋は曲がり、猫背気味の姿勢。

 睨目上げるその視線は肌に纏わりつくようで酷く不快だ。

 そして、何より不快なのは、その顔が私の知っている奴によく似ていたからだ。

 

 この上なく知っている、その顔。

 

「アーチャー……」

 

 凛の呟き声が、聞こえた。

 

 

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