FATE/IN THE DARK FOREST   作:shellfish

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episode4 宣戦布告

 

 赤は血の色、炎の色、私の髪の色。

 だから私は赤が嫌い。

 白は煙の色、骨の色、私の肌の色。

 だから私は白が嫌い。

 黒は雨の色、死体の色、私の瞳の色。

 だから私は黒が嫌い。

 青は水の色、空の色、私を救ってくれた人の色。

 だから私は青が大嫌い。

 

 

 episode4 宣戦布告 

 

 

 今日は本当に色々なことがあった。いままでの人生の中でも一、二を争う慌しさだ。

 朝早く起きて学校に行った。代羽と、嫌味とも皮肉とも取れる、つまらない会話をした。

 同じく、慎二にも嫌味を言われた気がする。そして、弓道場を掃除して、帰路に着いた。

 ここまではいい。少し事が多いが、それでも日常の範囲内だ。

 問題はこれからだ。

 校庭で人外の戦闘を目撃した俺は、とんでもないヘマをやらかして、その片割れに殺された。

 間違いなく殺された。

 胸を馬鹿でかい槍で一突きにされてそれで生きてるなら、俺も人外の仲間入りだ。

 しかし、俺は生きている。そして、俺は化け物の類ではない、と思う。なら、どうして俺は生きているのだろう。

 首を捻りながら、まるで言うことを聞かない体で這うように家に帰ると、そこには件の槍男が待ち構えていた。

 

「何の因果で同じ日に同じ人間を二度殺さなけりゃならねえんだ」

 

 槍男はそう嘆息したが、こちらにだって一日に同じ男に二度殺される因果があるとは思えない。

 槍男の攻撃をなんとか凌ぎながら、武器のあるであろう、土蔵まで逃げ込んだ。

 だが、体は既に満身創痍、武器など扱えるはずもない。結局は死ぬまでの時間を僅かに延ばしただけだったのだろうか。

 

「結構がんばったぜ、お前。もしかしたらお前が7人目だったのかもな」

 

 こちらには一つも理解できない台詞を吐くと、男は俺の胸に槍を突きつけた。

 

「じゃあな。恨んでくれてかまわねえよ」

 

 駄目だ、今度こそ死ぬ。

 大体、さっき生き残ったこと自体、奇跡のようなものなのだ。そして、奇跡はめったに起こらないからこそ奇跡といわれる。

 ならば俺は死ぬのだろう。あの槍に貫かれて。

 諦めが俺の心を侵していく。それはある意味、安息だった。なぜなら、もうあの悪夢に魘されずにすむ。

 せめて最後は穏やかに。

 そう願い始める俺の心の中で、諦観の侵食に反抗する勢力が鎌首をもたげた。 

 本当にそれでいいのか。

 お前は多くの人を見殺しにして、切嗣の理想を継いだのではなかったのか。そして、おそらくは今日も誰かに助けられたのではないか。その命、ここで諦めるのか。

 迫りくる穂先。それに対して俺は、 

 

「ふざけるなっ!」

 

 全身全霊をこめて叫んでやった。

 おそらくは迫り来る濁流の前に、たった一つだけ土嚢を投げ込むが如き行為。

 何の意味もない。そんな言葉などで槍を防ぐことなど出来るはずもない。

 しかし、それは。

 

「なにっ、本当に7人目だとっ!?」

 

 光の奔流が目を焼く。

 やがて、ぼやける視界に映った少女はこう言った。

 

「―――問おう。貴方が、私のマスターか」

 

 無骨な土蔵、舞台としては、それがかえって相応しかった。

 例えば、絢爛な舞踏会などは、彼女に相応しくない、そう思える。

 どんなに華美なドレスも、どんなに輝かしい宝石も、どんなに繊細なシャンデリアも、彼女の前では色褪せてしまうだろう。

 彼女は、完成している。

 ならば、外的環境は、寒々しいくらいで丁度いい。

 それほどに彼女の姿は雄雄しく、何より美しかった。

 その姿が鮮烈すぎて、それからのことはあまり覚えていない。

 今まで、見習いとはいえ魔術の修行を積んだ身で情けないと言われればその通りだが、ほとんど一般人と変わらない生活をしてきた俺にとって、脳の許容量が限界を超えてもそれは仕方のないことではないか、と思う。

 それでも、自分でセイバーと名乗った少女がランサーといわれた男を、傷つきながらもなんとか撃退したこと。

 その直後、彼女が玄関に向かって走ったこと。

 その彼女が向けるおそらくは剣の先に、尻餅をついた遠坂姉妹がいたことは覚えている。

 

 

「さて、説明してもらいましょうか」

 

 遠坂凛が最高の笑みを浮かべながらそう宣言する。

 一般の日本の家屋の基準からすれば決して狭くはない居間が、今は心持狭く感じる。

 それもそうだろう。現在この部屋には6人の人間がいる。

 まずは家主である俺、衛宮士郎。そして隣には、どうやら俺が召還したらしい、自らをセイバーと呼んだ少女。

 机を挟んで目の前には4人の人間が座っている。そのうちの二人は学園一の才媛姉妹といわれる遠坂姉妹。残りの二人が校庭で見かけた赤と紫の人型。俺以外の5人は、例え人数がこの半分であったとしてもこの部屋を狭く感じさせるのに十分であろう、巨大な存在感を放っていた。

 

「色々あってね、私、気が立ってるの。嘘とかついたら、承知しないわよ、衛宮君」

 

 そう、正にそれは宣言。こちらの拒否などはなっから眼中にない。もし、こちらが拒否するなら、即座に相応の報復措置をとる、とその目が叫んでいる。

 

「ちょ、ちょっと待て、遠坂。俺が知ってることを残らず話すことに依存はない。ただ、その前に教えてくれ。お前も桜も魔術師なのか?」

「はあっ、何、あなた全然気付いてなかったの?」

 

 呆れたような視線を俺に向けた後、遠坂は桜に声をかけた。

 

「どういうこと、桜。彼は魔術師なんじゃないの?これじゃ、まるで只のど素人じゃない」

 

 ど素人。

 そりゃあ半人前だってことは自覚してるけど、おそらくは一流の魔術師であろう、遠坂に面と向かって言われると、ほんの僅かな自尊心が傷つく。

 

「姉さん、間違いなく先輩は魔術師です。

 それも、遠坂にも伝わっていない特殊な修練を今に伝える稀有な家系です」

 

 桜はそう答えた。

 これではっきりした。桜も魔術師だ。軽く眩暈を覚えたが、何故かほっとした。

 しかし、おそらくは姉ともども一流の魔術師であろう、桜が驚くような鍛錬などした覚えがないのだが。

 

「ちょっと待ってくれ、桜。特殊な修練ってなんだ。俺はそんな特別な鍛錬をしたことは無いぞ?」

 

 その言葉に対して桜が噛み付いた。普段の暖かい桜の雰囲気からは考えられない、冷たい声で言う。

 

「今更嘘をつかないでください、先輩。

 私は知っています。毎晩毎晩、先輩が土蔵にこもって一から魔術回路を構築していたのを。

 普通の魔術師があんな、無駄で危険なことを敢えてするはずがありません。まして、先輩は『あの』衛宮の後継者。

 あれは衛宮に伝わる秘伝の修練なのでしょう?」

 

 後から思えば、強い口調は彼女が俺に対して自分を偽っていたことに対する罪の意識の表れだったのだろうが、その時俺が考えていたのは全く別のことだった。

 

「えっ?魔術回路って一から構築しなくてもいいのか?」 

 

 冷たい空気が部屋を支配する。

 俺とセイバー以外の四人は異なる表情を浮かべていた。遠坂姉妹はあっけにとられたような表情を、赤い外套は苦虫を噛み潰したような表情を、紫のローブは笑いを噛み殺した表情を。

 ため息とともに、遠坂が呟く。

 

「はあ、なんか嘘はついてないみたいね。

 よくわかったわ、衛宮君。訂正させてもらう。

 あなたは何も知らなかった。

 そしてあなたは只のど素人じゃないわ。とんでもなく頭の悪いど素人よ」

 

 どうやら俺のあずかり知らぬところで、俺の評価は下がったらしい。

 なんでさ?

 

 

 今、俺たちは教会に続くなだらかな坂を上っている。

 俺の横には黄色い雨合羽を着たセイバーが、やや後ろには凛と、少し憔悴した様子の桜が歩いている。

 

 

 あの後は本当に酷かった。何が酷かったか、それすらもわからないくらい酷かった。

 まず、桜が泣き出した。

 大声で泣き喚く、というならまだましだった。

 彼女は糸の切れた人形みたいに動きを止めて、ただただ静かに涙を流し始めたのだ。

 

「ごめんなさい、先輩、私、先輩を、だましてた、それに、先輩が、毎日、毎日、死にそうに、なってたのを、かんちがいして、みすごしてた」

 

 消え入るように静かで、この世のものとは思えないほど虚ろな声。

 とめどなく流れる彼女の涙は、岩間から染み出す湧き水を思い起こさせた。

 

「ゆるして、ください、ゆるしてください、せんぱい、わたしを、ゆるして」

「大丈夫だ、俺が桜を許さないなんて、そんなことがあるものか。

 第一、無茶な鍛錬をしていたのは俺が悪いんだし、俺も魔術師だってことを桜に隠してた。お互い様じゃないか」

 

 そう言ってなだめたが、桜は一向に泣き止まない。それどころか、まるで俺の言葉が聞こえていないように謝罪の言葉を繰り返す。

 

「許して、許して、すてないで、ごめんなさいすてないで、すてないで」

 

 桜が、すがるように繰り返す。流石に、少し尋常じゃない気がする。

 

「桜!桜、しっかりしなさい!」

 

 遠坂が桜の肩を揺すりながら呼びかけるが、おそらく桜の耳には一切届いていない。

 

「……こりゃ駄目ね」

 

 遠坂はそう呟くと、桜の耳元で何か呪文を唱えた。すると、さっきまでの様子が嘘のように桜はおとなしくなった。ぼんやりとした視線は相変わらずだが、その瞳からは狂気を感じさせる何かは抜け落ちている。

 

「おい、遠坂、桜に何をしたんだ」

「別にたいしたことじゃないわ。ちょっと強力な鎮静剤を打ったのと同じ。今は虚脱してるけど、じきに意識もはっきりするはずよ」

 

 ふぅ、と一息ついて、凛が言った。

 

「この子、昔、親に捨てられかけたことがあってね。家族を失うことを極度に恐れてるの。 あなたを監視してたこと謝るつもりは無いけど、この子を許してあげてくれないかしら?」

 

 なるほど、それが先ほどの狂態の原因か。

 

「ふむ、見事な手並みだな、魔術師よ。私の生きた時代でも、これほど見事な術を施すものは多くはなかった」

 

 いままで黙って会話を聞いていたセイバーが口を開いた。

 

「しかし、そろそろ本題に入ってもいい頃合いなのではないかな?まさか、我がマスターと口喧嘩をするためにこの場を設けたのではあるまい」

 

 確かにその通りだ。遠坂は、話があるから家に上げろ、と言った。俺と違って、一流の魔術師の遠坂がそう言ったのだ。何か理由があるはずだ。

 

「あなたの言うとおりね、セイバー。まどろっこしいのは嫌いだからさくっと本題にはいるわよ。

 衛宮君、私たちと同盟を組む気はない?」

 

 

 いつ終えるとも知れない長大な上り坂を上りきったところに、その教会は建っていた。

 神の家、そう称するのに相応しい威厳と荘厳さを兼ね備えている。

 もともと外国からの移民の多い冬木の街だ、外人墓地等も含めて、こういった施設は他の都市に比べると立派なものが多い。

 

「一応言っとくけど、ここの神父は一筋縄じゃいかないわよ」

 

 凛は扉の前でそう言った。

 

「嫌がらせを受けるのが嫌ならここで待っていてもかまわない。私だって用がなければ会いたい人間じゃないもの」

「俺がここに来たのは聖杯戦争について詳しいことを聞くためだ。俺が外で待っていてもここまで来た意味がないだろ。

 それよりも、凛。お前、ここの神父と知り合いなのか」

 

 凛は何かとんでもなく辛いものでも食べたかのような、微妙な表情でこう言った。

 

「知り合いなんてもんじゃない。

 私の兄弟子であり、師であり、後見人。

 ここまで腐れ縁が続くと、何か呪われた運命でもあるんじゃないかって、心配になるわ」

 

 桜、あなたはここで待っていなさい、そう言ってから凛は盛大にため息をつくと、重厚な扉に手をかけた。

 

 

「同盟?なんで遠坂がおれと同盟しなくちゃならないんだ」

 

 俺は、突然の遠坂の申し出に、軽く混乱しながらそう答えた。

 

「ふーん、そう。衛宮君はそんなに私と戦いたいんだ。よーーくわかりました、ならこの話は聞かなかったことにして頂戴」

 

 一息でそう言いきった遠坂は、腰を浮かせて桜の腕をつかんだ。

 

「ほら、帰るわよ、桜。何ぼけっとしてんの」

 

 いや、それは半分お前のせいだろ。

 

「ちょっと待ってくれ、俺の言い方が悪かった。

 俺は見ての通り素人だ。いくらセイバーがいるといっても、きっと俺は遠坂たちの足を引っ張る。なのに、なんで同盟を組むなんて申し出をしてくれるんだ?」

 

 俺の言葉に満足したのか、遠坂は口元に笑みを浮かべながら、浮かしかけた腰を再び落ち着けた。

 

「確かに衛宮君の存在はマイナス要因になり得るわ。

 でも、それを補って余りあるくらい、今の私たちにとってセイバーの存在は大きいの」

 

 彼女の話はこうだ。

 セイバーというクラスは基本的な能力が高く、忠実で信用が置ける。

 事実、過去に行われた聖杯戦争においてもセイバーのクラスに選ばれた英霊は高い戦果を残しているという。

 また、現在遠坂のサーヴァントであるアーチャーはセイバーの一撃で負傷しており、桜のサーヴァントである魔力以外の基本能力の低いキャスターと合わせても戦力的には心もとないらしい。

 

「それに、アーチャーもキャスターも、基本的には長距離からの狙撃、支援が得意だから、接近戦が得意な戦力が欲しかったのよ」

 

 しかも、アーチャーの対魔力は低く、彼が前衛を務めたのではキャスターが大魔術を使うことができないという。アーチャーを巻き込む恐れがあるからだ。かといって、キャスターが前線に立つのは不可能に近い。

 なるほど、だから二対一でもランサーを圧倒することが出来なかったのか。

 

「どうかしら、衛宮君。

 私達の同盟にはお互いメリットが大きい。私達は貴方の経験不足を補うことが出来るし、あなた達は私達の戦力不足を補うことが出来る。

 もちろん対価は支払うわ。未熟なあなたに対する聖杯戦争の知識の提供と、魔術の指導。悪くない条件だと思うけど」

 

 にんまりとした、チェシャ猫のような笑いを浮かべながら遠坂は言った。

 間違いない、こいつはコレクターだ。

 自分の欲しいものがあれば手に入れられずにはいられない、そんな性格に違いない。

 

「でも、それでいいのか?」

 

 俺は思わず聞き返す。

 

「何がよ」

「いや、遠坂の話の通りに事が運んだら、ほぼ半数のサーヴァントが同盟を組むことになるだろ。ルール的にそれは問題なんじゃないのか。

 それにセイバー達は聖杯を求めて召還に応じたんだろ、聖杯を手に入れることができるのがたった一人だけなら、同盟なんてそもそも不可能だ」

 

 くすくすと笑いながら遠坂が答える。

 

「素人の魔術師さんにしては的を射た質問ね。

 まず一つ目の質問については、そんな心配をする必要はないわ。

 なんでこの儀式に戦争の文字が与えられてるかわかる?それは、どんな手段を用いても、最終的に生き残っていた者の勝ちだから。目的のためにはどんな手段も正当化される。その手段のなかには当然、同盟も裏切りも含まれるわ。

 二つ目の質問について、あなたは根本的なところで勘違いしてる。私が申し出た同盟は恒久的なものじゃない。最初から時限付のそれよ」

「時限?」

 

 鸚鵡返しに言葉を返す俺に、いままで見たことがないくらい真剣な顔で遠坂は答えた。

 

「私達の学校に外道な結界を張った馬鹿がいるわ。私はこの地のセカンドオーナーとしてそいつを許さない。

 私に手を貸しなさい、衛宮君」

 

 

 教会から出ると、俺も、隣の凛も、同時に深呼吸をした。

 あまりに清廉で、この上なく浄化された、しかし腐敗臭の漂うあの空間、その空気が肺に残っていることが耐えられない、そんな気持ち。おそらくは凛も同じだろう。

 

「でも、本当によかったの、士郎」

 

 凛が伏目がちに尋ねる。

 

「何がだ?」

「同盟を申し込んだ私が言うのもおかしな話かもしれないけど、きっとあなたはこの戦いを生き残れないわ。私も、いざとなればあなたを捨て石くらいにはすると思う。もし戦いから降りたいなら今のうちよ」

 

 ああ、凛の言うことはおそらく正しい。それでも、俺は。

 

「正義の味方になるって決めたから」

 

 凛が怪訝な顔で尋ねる。

 

「……正義の味方って何よ?」

 

 俺は凛の声とは別の方向に体を向け、何もしゃべらなかった。

 答えの返ってくる問いではないと考えたのか、凛は別のことを口にする。

 

「そういえば、最後に綺礼、妙なこと言ってたわね。

『お前は里親に引き取られて幸せだったか』なんて。あいつが人の幸せに興味を持つなんて、初めて見たわ」

 

 そうだ。あいつは最後にそう言った。

 馬鹿げた質問だ。

 あの人に引き取られて、俺は幸せだった。

 あの人の理想を継げて、俺は幸せだ。

 この気持ちに嘘偽りなどあるはずがない。

 

「そんなことはどうでもいいよ。とりあえず、これからもよろしくな、凛」

 

 あらためて手を差し出す。

 

「こちらこそよろしく。でも、あまりべったり私に頼るようだと、背中から蹴っ飛ばすわよ」

 

 俺の手を確かな力で握り返してくるそれは、驚くほど小さく、そして柔らかかった。

 

「しかし、名前で呼ぶのはなんか照れるな」

 

 凛は少し赤くなってそっぽを向いた。

 

「遠坂じゃあ桜と紛らわしいから名前で、って言ったのは士郎でしょ。私だって名前で呼んでるんだからおあいこ。そっちが照れると私まで気まずくなるんだから、やめてよね」

 

 ああ、こいつはきっといい奴だ。その時俺は確信した。

 

「ねえ、お話は終わり?」 

 

 無邪気な、それでいてとんでもなく邪悪な、声が聞こえた。

 夜は、まだ終わってくれないらしい。

 

 

 異形が踊る。

 耳に聞こえぬ轟音。

 誰も気づかぬ大破壊。

 まるで、神話の一幕が、突然、現れたかのようだ。

 踊る影は四つ。

 

 赤い外套の射手。

 紫のローブの魔術師。

 青と銀の剣士。

 鉛色の巨人。

 

 そのいずれもが、人智の及ばぬ力を持っている。

 しかし、その中でも圧倒的な存在感を放っているのは鉛色の巨人だ。

 赤い外套の射手の放つ超音速の矢を無視し、

 紫のローブの魔術師の放つ神代の大魔術を歯牙にもかけず、

 青と銀の剣士を大剣で圧倒している。

 3対1の数的不利など、ものともしていない。

 このまま戦局が推移すれば、巨人の勝利は疑いあるまい。

 

「どうなされる、魔術師殿」

 

 闇夜に浮かぶ白い髑髏が、隣に立つ人影に尋ねる。

 彼のマスターは高台から戦場を見下ろして、何もしゃべらない。

 

「魔術師殿の許可がいただけるなら、そうさな、あの場にいるマスターの二人までを必ず討ち取ってみせよう」

 

 そこには、何の誇張も、少しの気負いも無かった。

 彼我の戦力、状況、それらを冷静に分析し必ず結果を残す、暗殺者の冷たい声色だけがあった。

 

「……私は何の命令も下してはいません。出すぎたまねは止めなさい」

 

 暗殺者の声よりも、さらに冷たい声が響く。

 

「勝手に敵が潰しあってくれているのです。ここで我らが巻き込まれる必要性など、どこにもない」

 

 それは正論。戦術面からいえば、敵と敵を争わせておいて漁夫の利を掠め取るのは、常道であり、覇道だ。

 だから、暗殺者が不満を覚えたのは主君の命令そのものに対してではない。

 主君の意図がどこか別のところにあるのではないか、そう感じた自分自身にこそ彼は不満を覚えた。

 そして、彼らが話している間に、戦局は決定的なものとなった。

 三人の前衛を務めていた青と銀の騎士が、狂戦士の剛剣の前に倒れたのだ。

 人であれば即死。如何にサーヴァントとはいえ、もはや戦う力は残されてはいまい。

 残りの二騎の猛攻を浴びながら悠然とした足取りで、狂戦士が青と銀の騎士に止めをささんと歩を進める。

 これで終劇か、と暗殺者は考えた。

 残りの二騎では、あの狂戦士に抗う術もないだろう。

 狂戦士は青と銀の騎士に止めをさした後、残りの二騎とそれらのマスターを葬り去る。

 ならば、私がなすべきは、あの怪物のマスター、銀色の髪をした少女の殺害。

 如何に圧倒的な戦いだったとはいえ、勝利の後には必ず気が緩むもの。

 そこを狙えば勝利は難くない。

 そこまで考えて、暗殺者は己の主君を見下ろした。

 当然、彼の考えた通りの指令が下るものと期待したのだ。

 然り、彼のマスターの口から指令が放たれる。

 しかし、それは暗殺者の期待したものとは微妙に、そして決定的に異なっていた。

 

「アサシン、あの化け物のマスターを殺しなさい」

 

 暗殺者が答える。

 

「承知。あの化け物が虐殺を終えた後、必ずや討ち取ってみせよう」

 

 暗殺者の主君が、さらに言う。

 

「私は、あの化け物のマスターを殺しなさい、と言ったのです。時期に制限など設けたつもりはありません。ならば、直ちに実行するのが当然でしょう」

 

 暗殺者は、誰にも悟られぬように驚愕した。

 おそらく、いや、間違いなく狂戦士は敵を皆殺しにする。妖艶に微笑む、あの銀髪の少女がそれを止めるとは思えない。ならば、その後で少女を葬れば、4騎の敵を一時で倒すことが叶うのだ。

 それを待たず少女を殺す理由。

 つまり彼のマスターは、この場で狂戦士に敵する何者かを救えと、そう言ったのだ。

 

「しかし」

「これは嘆願ではありません!命令です!聞けぬ、というのであれば令呪を使うまで!」

 

 なかば叫ぶような声が響いたその瞬間、在りうべからざる事態が起きた。

 青と銀の騎士を助けるために、おそらくは彼の騎士のマスターであろう少年が飛び出したのだ。

 

 振り下ろされる豪剣。 

 突き飛ばされる騎士。

 切り裂かれる少年の体。

 

 助かるまい、暗殺者は自らの記憶に照らし合わせてそう結論付けた。

 辛うじて両断は免れたようだが、背骨を含む腹部のほとんどが吹き飛んでいる。

 あれで生きていられるのは、我々のような化け物か、人であることを放棄した死徒くらいのものであろう。

 彼は自らの主君を見た。

 小さな肩が震えている。もしかしたら泣いているのかもしれない。

 彼は再び戦場に目を向けた。

 そこに、鉛色の巨人と、銀色の髪の少女の姿は無かった。

 何故、確実に掴むことができた勝利を見逃したのかはわからない。相応の理由が在ったのだろう。

 それよりも彼を驚愕させたのは、死んだはずの少年だった。

 驚くべきことに、かの少年は生きていた。傷口が、時を遡るように修復していく。

 彼は考える。

 これではまるで――のようではないか。

 その時、彼の隣から、喉から搾り出したかのような、地の底から響くような声が聞こえた。

 

「……一晩に二度も殺される馬鹿が……どこにいるというのです」

 

 彼のマスターは怒っていた。どうやら、肩の震えも怒りによる硬直から生まれたものだったらしい。

 

「帰還します、アサシン。もはや、これ以上ここに留まる意味はありません」

 

 人影が踵を返す。彼もそれに従おうとした、その瞬間。

 背後から、声がした。

 

「何だ、もう帰っちまうのか。まだ夜は長いぜ」

 

 青い皮鎧、真紅の槍。

 誰が見ても、そのクラスを違えることはあるまい。

 ランサーのサーヴァントが其処に居た。

 人影は振り返って、こう言った。

 

「私は、いまだかつて無いくらい機嫌が悪い。今すぐ消えなさい、私の視界から」

 

 槍兵は皮肉げに頬を歪ませる。

 

「そうしたいのは山々なんだがな、人使いの荒い糞マスターが、お前らとも戦って来い、とさ。まあ諦めてくれ」

 

 そう言いながらも、彼は新たな強敵と矛を交えられることに、心底幸福を感じているようだ。なぜなら、闘争そのものこそが、彼が召還に応じた理由だから。

 

「お前ら……とも?」

「ああ、今日は大収穫だ。得体の知れない弓兵に、魔術師。あとは、殺しても死なない、奇妙なガキに召喚された剣士ともやりあったぜ」

 

 指折り数える槍兵。

 人影はその言葉に目を細めた。

 狂気な静寂に満ちた笑み。

 

「まずは謝罪を。先の言葉は撤回します。あなたはここに残りなさい」

 

 林と呼ぶには小さな藪。そこを殺意が満たしてゆく。

 

「次に宣告を。あなたはここで狗のように果てなさい」

 

 感情が欠けた様な声で、人影が言い放つ。

 

「さがりなさいアサシンでばんですプレディクタ」

 

 そう言って、人影は呪文を紡ぐ。

 

「Ego sum alpha et omega, primus et novissimus, principium et finis」

 

 青の槍兵の前で、蒼い髪が踊った。

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